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小池都知事は正しい選択を!

あまりに意味のない研修

 昨年12月に成立した東京都の女性活躍推進条例案に、「男性管理職への生理痛体験会」が含まれていることが話題になっています。下腹部にEMS(筋電気刺激)パッドを装着し、電流を流すことで生理痛を疑似体験するというものなのですが、実のところこの教育プログラムは以前から行われており、「フェムテック」を推進する業者などが主導していたようです。

 フェムテックとはFemale(女性)とTechnology(テクノロジー)の合成語で、月経、妊娠・出産、更年期など女性特有の健康課題をテクノロジーで解決する製品やサービスを指すのだそうです。
 例えば、経産省による「女性特有の健康課題による経済損失の試算と健康経営の必要性について」を見ると「月経随伴症」によって年間0.6兆の損害が出ているとしており、この数字は本件の意義を根拠づけるものとして、あちこちで目にしました。

 しかし、わざわざ研修という名目で人に痛みを与えること自体がどうかしているとしか思えず、SNSでは人権侵害だ、拷問だとして、ブーイングの嵐になっています。何しろ中国では、これに似た「出産の痛み体験」で小腸が壊死(えし)した男性がいるそうですから。
 いえ、百歩譲って企業が勝手にやっている分には、「(安全性を確保した上でならば)ご勝手に」と言えるのですが、都が推奨するとなると、やはりおかしいのではないかと思わずにはおれません。

 想像するに痛みは平均値が設定されているのでしょうが、そもそも生理痛そのものに個人差があるわけで、そこを機械で再現しての追体験にどこまでの意味があるのか、疑問です。
 事実、Xではこの研修を受けたと称する人物が「大した痛みではない、現場での女性の生理申告は無視する(大意)」とポストして、炎上しました。

 もちろんこのポスト自体が研修に反発してのフィクションという可能性もありますし、この人物がたまたま痛みに強かっただけかもしれません。しかし「私の痛みを共有しろ」とまでのムチャ振りをした以上、当然こうしたリアクションもあり得るわけで、そもそもの研修の意味のなさ(個人差があること、どう解釈するかは人それぞれなのに、「共感」を強制することの愚かしさ)を露呈させた形です。

“楽をしている男性”を苦しめたい

 さて、「共感」というと、思い出すことがあります。よく「女の不平や愚痴に対しては解決策を提示するのではなく、共感しろ」などと言われるのを見聞しないでしょうか。男性は問題に直接対処して具体的な解決を試みるが、女性は女性は感情に焦点を当てた対処の仕方をする傾向がある、というわけです。言うなら男は「解決脳」、女は「共感脳」、というわけですね。

 これはもちろんわかりやすく言い切っているだけで、男女の全てがそうだというわけでは全くないのですが、しかしある程度でもこうした傾向が見られるということは、心理学的な実験結果からも確認ができます。
 一例ですが、歌人の橋爪志保さんの著書、『地上絵』には次のような一節があります。

《ここへ来て一緒に濡れてほしいのにあなたは傘をたくさんくれる》(36p)

 Xでもそっくり同じ主旨の漫画が流れてくるのを、見た方も多いのではないでしょうか。男性からすれば「傘をくれた方がいいじゃん」ですが、女性の感覚で言えば「いっしょに濡れてほしい(=共感してほしい)」という思いが強いことを、これらが象徴しています。

 そして、それはそれで心情としてはわかる(男性にも共感を求める気持ちはある)ものの、結果濡れっぱなしで2人で風邪を引いてしまったとしたら、やはり「馬鹿だなあ」の誹(そし)りを免れません。
 今回のケースもまた、それと同じ「馬鹿だなあ」の範疇(はんちゅう)なのではないでしょうか。

 前回、渡邊渚さんの意見をご紹介しました。

《だから、買春したり、不同意性交をしたりする人間は、社会全体で正々堂々と蔑(さげす)んでいいと思う。他者の人権を踏み躙(にじ)り、人生を壊した加害者には、二度と社会生活を送れないくらいの辱(はずかし)めを受けさせるべきだ》

「蔑む」「辱める」などといった言葉を見るに、これは性犯罪被害者に心を痛めているというよりは、ただ節度なく男性への憎悪、復讐心を垂れ流しているように思われ、とても同意できません。しかし「生理痛体験」にも「楽をしている(と彼女らが信じる)男性を苦しめたい」という、同様の心理が潜(ひそ)んでいるのではないでしょうか。

 共感には建設的共感と、退行的共感があります。雨に濡れている相手に共感し、可哀想だからと傘を差し出すのは明らかに建設的共感と言えますが(共感しないならば、他人ごとだと放っておくことになるわけですから)、共に濡れるのは明らかに退行的共感でしょう。これは「共に落ちていく」、さらに悪化すれば「相手を引きずり下ろす」性質を持つようになるわけです。例えば、成功者を見て「よし、俺も頑張ろう」と思うのではなく「ネットで叩いてやる」になるなどですね。

 先に述べたように、そもそも「解決しよう」としている時点で、その前提として充分に「共感」があるわけですが、女性の中にはそれが「冷たい(淡々と解決策を述べるとは人情味がない)」と感じる人もいる。上の橋爪さんの詩などまさにこれを歌ったものと言えますね。

 ほかにも近年のフェミニストは「マンスプレイニング」という概念を提唱しており、これは「(男の女に対する)見下した、傲慢(ごうまん)な、(マウントを意図した)物言い」を指す言葉なのですが、正直、かなりの割合で、「共感して、解決しようとしてくれた」ことへの「共感の足りなさ」についての逆恨み、逆ギレという場合が多いように思われます。本当にマウントを取りたくてくちばしを突っ込んでくる人というのはいるものですが、そうした人は男性に対してだって同じことをするわけですから。
「共感脳」そのものが悪というわけではないのですが、少なくとも本件はその悪い側面が出たのだとしか、評価しようがないわけです。

 ちなみに「女性活躍推進条例案」には「女性が活躍できる環境を整えるために、性別による無意識の思い込みを止めよ云々(大意)」と男性に対するありがたいお説教、否、そのようにせよとの経済団体、事業者、都民への責務の押しつけが延々と並んでいます。要は「フェミニズム的ジェンダーフリーを推進しよう」との宣言なのですが、それならばその前に、もう少し女性にも自身のジェンダーのネガティブな面に対しての意識化をしてもらう必要も、あるように思われます。

ムダな教育プログラム

 本件については医学博士の筒井冨美さんも批判的です。『PRESIDENT Online』における記事では、以下のように言われています。

《女性からも「生理痛特有の痛みをどこまで再現できるのか」「毎月数日間続くことのつらさや、吐き気・眠気といった他の症状、精神的な負担など、生理に伴う複合的な苦痛を完全に再現することは困難」といった意見や、「そこまでして分かってもらおうとは思わない」「女性側も求めていない」といった声もあがっている》

 そう、そもそもEMSによる痛みは生理痛によるものとは由来が違い、あくまで擬似的なものである上、生理によるデメリットは単純な痛みに留まるものではありません。PMS(月経前症候群)と呼ばれるさまざまな症状が出ることもあるのです。この中には生理痛も含まれますが、他にも動悸(どうき)、悪心、めまい、精神的なイライラ感、抑うつ、不安・緊張感、不眠、判断力の低下などもあり、このせいで女性は他者を罵倒したり、攻撃したりすることもあると言います。

 これは男女平等という観点からなかなか取り扱いの難しい話題ですが、そこまで生理の辛さを理解しろというのであれば、PMSについての議論も当然、俎上に乗せるべきでしょう。もちろん、諸症状そのものは女性の責に帰せられるものではありませんが、だからといって同僚を罵倒したり仕事でミスをしたりが許されるものではない以上、こちらこそオープンに語られ、理解を促進するべき問題のはずです。

 日本での働く女性2987名を対象とした調査では全体の21.6%(646人)が中等度/重度のPMS、74.9%(2236人)がPMSなし/軽度と定義され、重度のPMDを持つ女性の3分の2は、欠勤がないにもかかわらず、パフォーマンスが30%以上低下したと報告しています。
 オランダでの3万2748人の女性に対して行った調査では13.8%が月経期間中に欠勤、3.4%がほぼ毎回または毎月の月経周期で欠勤しているとわかりました。

 もちろん、これらは医療により軽減させることが可能ではありますが、ならばこそ「フェムテック」は男性に苦痛を与えるのではなく、こうしたデメリットのさらなる軽減にこそ、使われるべきでしょう。
 確かにこれは女性にとってはある意味不利な情報であり、あまり大っぴらにしたくない気持ちはわからないではありません。

 事実、『男性権力の神話』によれば、欧米で医師がこのPMSについて言及した時、フェミニストたちが男尊女卑であるとして攻撃しました。ところが男性を殺害した女性がPMS下にあったとなると、フェミはそれを減刑する口実にし始め、実際に女性は執行猶予となったそうです。
 実のところ、刑事犯に対しても、女性は男性に比べ非常に寛大な対応を受けるということは全世界で普遍的なのですが、それにしても何だか随分と身勝手なダブルスタンダードではないでしょうか。
「生理で大変だ」と男性に痛みを押しつけるくせに、女性に不利な点については頬被りという状況は、何だか本件と相通ずるものを感じます。

 ぼくは女性の活躍をやたらと推進することには賛成できません。
 働くことばかりがエラいわけでもないし、そもそも女性の中でキャリア志向を持って働こうとしている人はごくわずかです。理学博士である太田さつき氏の「大卒若年総合職の昇進意欲:性差の基礎的分析」によれば、20代の大卒総合職の女性412名を対象にした調査では、役員を目指しているのは5.1%。男性の6分の1です。
 別に普通の家庭の主婦に収まることが女性の生き方として、悪いことなのでは全くありません。

 ですからそもそもが、この(何が何でも、万難排して、女性の社会進出を推し進めよという)「女性活躍推進条例案」自体、あまり評価できません。
 しかしそれでも、本当に女性活躍推進をしたいと願うならば、あまり合理性があるとは思えないムダな教育プログラムで男性にばかり「理解」や「共感」を求めるのではなく、少しでもそうした「クレクレ女子」ぶりを顧みることも必要なのではないでしょうか。
兵頭 新児(ひょうどう しんじ)
本来はオタク系ライター。
フェミニズム、ジェンダー、非モテ問題について考えるうち、女性ジェンダーが男性にもたらす災いとして「女災」という概念を提唱、2009年に『ぼくたちの女災社会』を上梓。
ブログ『兵頭新児の女災対策的随想』を運営中。

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この記事へのコメント

きつね 2026/1/8 21:01

>共感には建設的共感と、退行的共感があります。〜悪化すれば「相手を引きずり下ろす」性質を持つ〜。例えば、成功者を見て「よし、俺も頑張ろう」と思うのではなく「ネットで叩いてやる」になるなどですね。

すみません。私は女性および、制度を実行に移した男性に、不幸になってほしいと思っています。
男性に暴力的な拷問を行い、それを正当化した人々に、同じように拷問を受けてほしいと、私の態度が変わるのは、退行的共感と言えるでしょうか。

生理痛体験マシーンをセットする側の人員に
「あなたがかわりに体験してみては?」
と言いたいです

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