本当にヘイト本なのか

 KADOKAWAより出版予定だった『あの子もトランスジェンダーになった SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』が発売中止となり、出版業界が大騒ぎになったことは、みなさんもご存じかと思います。

 同書はアメリカのジャーナリスト、アビゲイル・シュライアーによるトランスジェンダーブームについての著作。
 本来、性別違和を発症するのは男性に多く、女性の例は稀少だったのですが、過去 10 年間で劇的に「トランスジェンダー」を自認する少女が増えた。2018年、イギリスではジェンダー治療を求める10代の少女が過去10年間で4,400パーセント増加したという、衝撃的な数字が挙げられています。

 これは世がSNS時代に入ったことが原因であろう、というのがシュライアーの主張です。目下、YouTubeではトランスのインフルエンサーたちが大勢活躍しており、少女たちに「あなたはトランスジェンダーだ」と説き、ホルモンの投与、理解のない親との離縁を推奨しているとい言います。
 産婦人科医、リサ・リットマン博士によればトランスの90%が白人の中流階級であり、また、トランスの少女の70%にはトランスの友人がいるとのことで、これは「文化的な伝染」、つまりは「意識高い系」の人たちの間でのブームだとしか思えないのです。

 これはぼくが以前にお伝えした、まだ9歳の男の子を去勢しようとする母親(9歳の少年を去勢⁉行き過ぎたLGBTはここまで来ている)、また自らの子供を「トランス」として育て、「ジェンダーに囚われない自分」に誇らしげなセレブたち(「トランス育児」はトンデモ育児)のことを、どうしたって思い起こさせます。
  ことに後者の記事には、すでに日本でもトランスによる子供への働きかけがなされていることが述べられていますが、近年、小学館のサイト「NEWSポストセブン」においても同様の記事が掲載されました(「多様性への理解は重要だけれど…… 性自認の強要や適性の無視へと暴走する一部の人たちも」)。

 一方、反対派の言い分は本書が事実誤認を多く含む悪質なヘイト本だ、というもの。しかしながら出版以前の段階で表現の自由を脅(おびや)かし、存在そのものを大衆の目から覆い隠すようなやり方が、好ましいはずもありません。
 果たして本書はそこまでの非常手段を取ってまでキャンセルせねばならぬまでに、粗悪なものだったのでしょうか。

 ハフポストでは2023年12月25日付で「KADOKAWA出版予定だった本の6つの問題。専門家は『あの子もトランスジェンダーになった』は誤情報に溢れていると指摘」といった記事が掲載されました。著者はアメリカの医学博士ジャック・ターバン。
 上の記事ではわかりやすく「(同書には)6つの問題(がある)」とされているので、本稿ではそれぞれを検証することで、一連の騒動の正当性を探っていくことにしましょう(ただし、「問題に付された番号はこちらで振ったものです)。

 ちなみに以降、「トランスジェンダリズム」という言葉を多用します。これは一般的には「自認、自己申告による性別に基づき、法律や施設運用がなされるべきとの思想」と説明されますが、ここでは要するに「そうした理念に基づいたトランスの運動」広くを指すものと、ご理解ください。
 また、本稿においては「自身をトランスだと考える、生物学的には女性として生まれた若者」を総称し、「トランス少女」と呼びます。本当にトランスなのか、仮にそうであれば少年と称するべきではといった問題もありますが、あまりに煩瑣になるので、そこはご容赦下さい。
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『Irreversible Damage: The Transgender Craze Seducing Our Daughters』

語るに落ちる批判ばかり

①シュライアー氏は、自身が取り上げたトランスジェンダーの若者のほとんどに取材していない。

 この点は、あらゆる批判者が口を揃えています。
 確かに本書は「トランスジェンダーの若者の母」へのインタビューの比率が高いことは事実です。本書の原題は『Irreversible Damage: The Transgender Craze Seducing Our Daughters』、訳するなら「回復不能なダメージ:娘たちを誘惑するトランスジェンダーの流行」というもので、本書自体が「娘を持つ母親」に向けて書かれていることが見て取れます。このことが、反対派にとってはことの外お腹立ちのようで、その根底には「母子関係を強調するとは家父長的でけしからぬ」といったイデオロギー的な怒りがあるのかもしれません。
 しかしまず、問題なのはトランス少女が(インフルエンサーにそそのかされ)親と疎遠になる傾向です。何しろ呆れたことに、そのことはターバン博士自身が指摘しているのですから。

《親の多くは子どもと疎遠になっていた。親から拒絶された子どもたちが深く傷ついたからだ。

 そのような若者の心理を理解するには、子が口をきいてくれなくなった親の話を鵜呑みにするのではなく、本人の話を聞いてみる必要があるだろう》


 そもそも親と疎遠(そえん)になっている者と連絡を取るのは困難でしょう。また、トランスジェンダリズムにおいては当人のジェンダーについての自己申告をとにもかくにも受容すべきで、そうしないのは虐待だとされるのですから、それではインタビューどころではありません。
 それに、実際には親ではなく若者(トランスからまた元に戻った者たちが多いのですが)にもインタビューはされているのです。


②シュライアー氏は、自分は政治とは無関係だと主張する。ところが本書は、保守派政治思想の推進を使命に掲げるレグネリー出版社から出ている。

 これはもう、語るに落ちるとしか言えません。
 日本でもロマン優光氏の記事などがそうでしたが、とにもかくにも「敵は保守派だぞ、保守派だぞ」と繰り返すばかり。それならばぼくだって「ハフポストに書かれている記事など、検討にも値しない」「ターバン博士自身が親トランス派なのだから信じられない」で済ませたいところです。

トランス少女の爆増の実態

③シュライアー氏は「性別違和はほとんどの事例(70%近く)で解消される」のだから、自認する性に近づけるための医療ケアを若者に提供すべきではない、と主張しているが、この統計は誤っている。

 やっとデータについての反論らしきものが登場し、ぼくもほっと胸を撫で下ろしたところですが、では本当にこの統計は誤っているのでしょうか。
 正直、シュライアー氏が挙げるデータ(J. RistoriとT. D. Steensmaによる「小児期における性別違和」)を確認することは困難ですが、例えばフィンランドの精神科医、リイッタケルトゥ・カルティアラ教授も近い指摘をしています。

《私たちは調査の中で、ジェンダー活動家が一般的に無視している点を指摘した。それは、圧倒的多数のジェンダー違和を持つ子どもたち(約80%)にとって、自然な思春期を過ごせば、彼らのジェンダー違和は自然に解決するということである。こうした子どもたちは多くの場合、自分が同性愛者であることを自覚するようになる》
「“ジェンダーを肯定するケア”は危険だ 私は開拓の手助けをしたから知っている (翻訳記事)」

 そもそもターバン博士の主張は、シュライアーのデータが、古い診断法を用いているのであてにならない、トランスジェンダーではない子をトランスジェンダーであると診断していた可能性が高い、というものなのですが、これも何だかヘンです。
 古い診断基準は不正確なものであり、それに基づく研究は信頼度が低いという言い分は一応、頷(うなず)けるのですが、しかし、そうなるといよいよ話が不自然になります。

 というのも、本書の要諦は先にも述べたように、トランス少女が驚くべき勢いで増えている、という事実の指摘にあるからです。
 つまり、かつての極めて少数であるトランスの症例はその多くが誤診であり、トランスではなかった。ところが一体全体どういうわけか近年、激烈な勢いで「真のトランス」の数が急増しつつある――何だか、信じがたい話です。
 しかもトランスジェンダリズムの説く「古い、あてにならない診断法」とは異なる新たな「診断法」は「本人の自己申告」というものなのですから。

 以前も申し上げましたが、思春期の頃には誰しも、自らの性に揺らぎを持つものです。ことに女の子であれば自分の女性性に嫌悪感やコンプレックスを持つことは普通でしょう。それで「私はひょっとして男の子では」と思ったら、それは全てトランスだ――それが近年のトランス少女の爆増の実態なのです。
 果たしてそれをそのまま受け入れよとするトランスジェンダリズムを、あなたは信じる気になれるでしょうか……?

④シュライアー氏は、トランスジェンダーだと言う子どもの多くは実際にはLGB(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル)なのに怖くてそう言えない、それはトランスジェンダーの方が辛くないスティグマだからだ、と主張する。だが実際のデータはその逆を示している。

 ここでターバン博士はまるでシュライアー氏が「ライリー」という若者だけを症例に上のような主張しているかのように書いていますが、それはフェアではありません。
 先のカルティアラ教授の指摘のように、男性同性愛者が幼少期に自らをトランスであると「誤認」する傾向があることは広く知られており、シュライアーの著作にもカナダの性科学者、レイ・ブランチャード博士の主張を引き、以下のように記されているのですから。

《ブランチャードは、性別違和は多くの場合、精神障害を伴っており、性別違和があると主張するティーンエイジャーの多くは、実際には境界性パーソナリティ障害であり、不幸の原因を(偽の)性別違和のせいにさせていると強調する》

ジェンダーは男性がつくり上げた女性支配の装置であり、幻想

⑤シュライアー氏は、思春期の子どもたちに思春期ブロッカー〔二次性徴抑制ホルモン療法〕を与えると、よりトランスジェンダーと自認し続けやすくなると述べているが、これも間違いだ。

 思春期ブロッカーとは第二次性徴を抑制するホルモンです。トランス運動家はトランス少女にある種の「現状維持」のための「中立策」にこの療法を勧める傾向にあるのです。
 上の表題に続き、ターバン博士は以下のように主張します。

《シュライアー氏は本書の多くを、トランスジェンダーの若者に二次性徴抑制治療を認めるべきではないという主張に費やしている。なぜなら氏は、その薬のせいで本人たちが性自認に「執着」しがちになる、と考えているからだ》
《まずそもそも、トランスジェンダーであるのが悪いことだと示唆すること自体が不適切だ》


 しかしシュライアーの主張はまず、「思春期ブロッカーには害がある」ということなのです。何しろこの薬品は、これはFDA(アメリカ食品医薬品局)に承認されていない、危険なものなのですから。
 つまりこれは逆にターバン博士自身の、「とにもかくにもトランスジェンダリズムを推進したい、それを妨害する者は悪者として排撃したい」との情念が先行し、シュライアーの主張をねじ曲げたものだとしか思えないのです。

⑥自認する性に近づけるための医療的ケアがトランスジェンダーの若者のメンタルヘルスを改善していることを示すデータを、シュライアー氏はことごとく無視している。

 ――いえ、これも字面だけ見ればもっともな感じがするのですが、何しろその「改善しているデータ」をターバン博士は挙げておらず、これでは検証のしようもありません。
 ちなみに本書の第10章は「後悔」と題されており、そこでは性転換を後悔しているトランス少女たちがトランスジェンダリズムを「カルト」と呼び、それに「洗脳された」と断言しています。
 また、カルティアラ教授も以下のように指摘しています。

《小児ジェンダー医学の世界では、身体移行した若者のうち、その後移行を解除するのはわずか 1%以下であるという統計がよく繰り返されている。これを主張する研究もまた、偏った質問、不十分なサンプル、短いタイムラインに基づいている。私は、後悔はもっと広範囲に広がっていると考えている。例えば、ある新しい研究によると、サンプルの患者の30%近くが 4年以内にホルモン処方をやめている》

 ターバン博士がこれらデータが虚偽である、誤認であると指摘しているのであれば、ぼくも彼を信用する気になれるのですが、大変残念なことに、それはなされていません。

 ――そもそも、ターバン博士の記事にはシュライアーのメインの主張である「インフルエンサーによる少女たちへの“洗脳”」についても、そもそもの「トランス少女の爆増」についても、何ら言及がありません。
 それらは極めて驚くべき、また前者については絶対に許してはならないおぞましい事実であり、逆にそれらがシュライアーによる虚偽や誤認であるというのであれば、まず何を措いてもそれらについて批判するべきであろうにです。

 しかし、それも無理のないことかもしれません。
 ときどき申し上げることですが、フェミニズムには「強制的異性愛」という概念があります。
「異性愛」とはヘテロセクシャル男性たちが女性を支配するために強制したものであり、そんなものは幻想に過ぎない。
 言うまでもなく、ジェンダーもまた男性がつくり上げた女性支配の装置であり、幻想である。
 そして仮にそれが本当であるならば、確かに少女たちがトランスとなるのは望ましい、本来のあり方になりましょう。彼女らをトランスに導くインフルエンサーたちの言動も当然、正当なものになります。


 すなわち、シュライアーによって暴露された恐るべき実態は、彼ら彼女らにとっては何ら曇(くも)るところのない正義であり、それを「告発」することなど、絶対に許してはならない「ヘイト」であったのです。
兵頭 新児(ひょうどう しんじ)
本来はオタク系ライター。
フェミニズム、ジェンダー、非モテ問題について考えるうち、女性ジェンダーが男性にもたらす災いとして「女災」という概念を提唱、2009年に『ぼくたちの女災社会』を上梓。
ブログ『兵頭新児の女災対策的随想』を運営中。

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