昔は民間人がそのまま公務員になる制度があった。昭和35年に銀行から経済企画庁への出向を命ぜられて行ってみると、「部員」という名刺をもらった。

「何ですか、これは?」と聞くと、
「もともとは〝首相直属の経済安定本部の部員〟で、国家の将来について起案せよということだが、とりあえずは〝全国総合開発計画の起案〟が仕事だ」
 と言う。だが、誰もその仕事をしている人がいない。麻雀ばかりしている。しかし、麻雀をしながら聞くと何でも教えてくれた。
 国鉄から出向している人がいて、全然仕事をしない。わけをきくと、
「オレの名刺をよく見ろ、麻原三郎とは〝朝からサボロー〟のことだ」
 というのでアッと驚いた。それでもヨーロッパに日本の新幹線を売りこんでもダメだ、という理由を教えてくれた。そもそも都市の駅名が行先表示になっている。日本も最初はそのようにつくったので、上野駅は東北方面、新橋駅は東海道、新宿駅は信州松本行きで、上野→東京→新宿は相互につながっていなかったという。確かにそうだから、東京を通る線は東西南北ともそれぞれ一本化するのが夢だと言っていたので感心した。
 
 しかし現実は、政治家や官吏が口を出してなかなかうまくいかないから、「民間直営」の東海道新幹線だけが直通化できるという意味である。地元の声が強い民主主義の下では〝全国総合開発〟はむしろ民間事案になるのではないかと考えた。

 アメリカのワシントン・ボストン間の新幹線構想も、日本を事業主体に期待する声が強い。多分、それは参加する民間各社があまりに高利益を期待するからに違いない。
 
 高利益の仕事は参加希望が過多で、結局は公共事業になると考えてみた。そこで参加希望者に着手金を多額に要求すると、その声は消滅する。または決定に時間をかけると消滅する。当たり前である。
 
 国有地の払下げを熱望する大地主に対して、まだ元気一杯だった田中角栄氏がこう答えるのを横で聞いたことがある。
「この土地はよい土地である。しかし払下げ希望者の人数が多いから時間がかかる。かけねばならない」
 
 着手金をとる代わりに時間が必要だと教わった。先行利益は未実現利益で先を急ぐ投資家はソンをすることになっている。その例は多い。本州と北海道をつなぐトンネルとか、四国へ海をわたる橋とか、成田空港とか。
 
 大蔵省から来ている人は、酒税とそれに伴う検査を廃止すれば日本酒はうまくなると言い、地方の税務署から献上される酒をうまいうまいと役得で飲んでいた。酒の格付けを廃止すれば日本酒はうまくなるというのがその人の持論で、実際そうだった。日本は酒税で日清戦争を戦って勝ったのだが……と思いながら聞いた。
 
 満洲国で〝国をつくった〟という人もいて、そのお話を拝聴するとまず人口配置計画をつくる。国境を守るのは国の第一の仕事だからという。次に交通・通信網の基盤をつくる。それから産業を配置して最後に都市を計画的につくる……というので感心したが、「資源開発は?」と聞くと「石炭がある」と言って黙ってしまった。満洲には石油がなかったのである。
 
 この問題は、日米安保でアメリカ依存と決めたので今はみんな忘れている。石油の代わりに原子力で、というのもいつの間にか忘れている。それでも困らない日本になっている。だとすれば、それを前提にこれからの全国総合開発計画を新たに考えてみてはどうか。それは東南アジア開発と同じである。
 
 われわれの世界をみる目は昔のままだが、それでは済まない、と思いながら全国総合開発計画案を書き上げた。たくさんの人の助言を得てとても勉強になったが、その第一は書き上げてからの上司の縄張り争いである。それぞれの出身省庁の縄張りを守るために論争するが、その中で削りに削られたのは主務官庁がまだなかった公害防止の一章である。
 
 多分、環境庁を新設することで合意が成立し、あとはそこでのポスト争いに移行したと思う。おかげで日本はエンバイロンメント問題の最先端国になったが、それを世界にPRしていないので逆に中国に援助をするなどの大損害を受けた。
 それを特筆大書して主張するのが、これからの日本外交の使命である。

日下 公人
1930年生まれ。東京大学経済学部卒。日本長期信用銀行取締役、(社)ソフト化経済センター理事長、東京財団会長を歴任。現在、日本ラッド、三谷産業監査役。著書に『ついに日本繁栄の時代がやって来た』(ワック刊)。

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