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【朝香 豊】シルエットが浮かんだ⁉「46」%削減が日本を滅ぼす

温室効果ガスの46%削減は製造業の放棄

 菅総理は2030年度における温室効果ガス削減目標を、2013年度比で46%削減する方針を打ち出した。さらに「50%(削減)の高みに向けて挑戦を続ける」とも述べ、46%が最低水準だとの姿勢まで示した。これは日本が製造業を主軸として生きていくことを事実上放棄したと考えざるを得ない、とんでもない話である。

 この件について、小泉環境大臣は「くっきりとした姿が見えているわけではないけど、おぼろげながら浮かんできたんです。『46』という数字が。シルエットが浮かんできたんです」と話して、ネット上で炎上した。国の産業のあり方に責任を負うべき立場にありながら、実現できる根拠もなく数字を持ち出したことへの批判が集まったのは当然だ。ちなみに経済産業省は「取り得る策を積み上げても30%台後半が限界」だと報告していた。

 小泉環境大臣は「日本が攻めることができる環境に変え、民主主義国が同じ方向をみて、(中国に)向き合っていけるようステージを変えることが必要」との考えを示して、高い温室効果ガス削減目標を打ち出すことを正当化していたが、その肝心の中国は「2030年までに排出量を減少に転じさせ、2060年にカーボンニュートラルを目指す」としか表明しておらず、過去の姿勢から事実上変化を見せなかった。

 西側先進国には石炭火力の停止が求められ、既設の石炭火力発電所への銀行融資さえ停止の圧力が強く加わっている。わが国でも三菱UFJ銀行はすでに新設、既設を問わずに、石炭火力発電所への銀行融資を停止することを決めた。西側では石炭火力の新増設が見込めないどころか、既設の石炭火力の停止の方向性も見えている中で、中国は石炭火力の設備容量の拡大を当面続ける意向を示している。2020年の上半期に中国が新設計画をまとめた石炭火力発電所の発電容量は53.2ギガワットで、世界全体の90%にも及ぶ。この動きを世界は止められていない。

再生可能エネルギーだけでの国力維持は不可能

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中国は石炭火力の設備容量の拡大を当面続ける
 中国はその次の手も着々と打っている。現在建設中で世界の原子力発電の約28%を中国1国が占め、数年後からは火力に偏った発電構成から一気に原子力中心の発電構成に転換できる準備も着々と整えている。今後中国に対する「国際的圧力」が生じることは中国政府は既に計算済みで、排出量の削減開始を2030年から5年ほど前倒ししたところで、痛くも痒くもない状態を準備しているのだ。

 菅総理が行う取り組みの一番の柱は、「再生可能エネルギーなど脱炭素電源の最大限の活用」だが、再生可能エネルギーに頼って十分なエネルギーが得られるというのはありえない。太陽光や風力は必要な時にまったく稼働しないことがあるから、そういう事態が生じたときのバックアップ電力が必要であり、その役は火力が担わなければならない。さらに日本の地理的な位置は、太陽光や風力にあまり適しておらず、稼働率が低くなって、その分高コストにならざるを得ない。その上、稼働率を引き下げて存続させなければならない火力のコストが加わり、さらに送電網を強化する余計なコストもかかることになる。
 現在でも年間の再エネ賦課金は2.4兆円であり、国民1人あたりで計算すれば2万円の負担である。2030年には1人あたり3万円程度の負担になっているだろう。こうした電力の製造コストの上昇は、われわれの暮らしを直撃して生活水準を引き下げるだけでなく、日本の製造業拠点としての魅力を失わせることになる。この結果、日本での製造業は衰退せざるを得ない。
 キャノングローバル戦略研究所の杉山大志氏によると、2050年にCO2ゼロを日本が達成した場合に抑制できる地球の気温上昇は、IPCCの報告書の仮定が正しいとしても、0.0065度にしかならないという。0.01度にも満たないのである。そのために日本は製造業を諦め、跳ね上がった電力負担を受け入れなければならないのだろうか。どう考えてもおかしいだろう。

 現在西側諸国は安全保障の見地から、中国に過度に依存するサプライチェーンを問題視し、自国などへの産業の回帰を促すことを最優先すべき段階にある。だが、このCO2排出量の問題があっては、中国から自国に製造拠点を動かすことなど到底できないだろう。中国は2030年まで石炭火力の増強さえ許されているのであり、むしろ国内の厳しい規制を逃れるために中国に製造拠点を動かすことを検討しないと、製造業はやっていけなくなるのが実際だ。

中国の手のヒラで踊るな

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中国の手のヒラの上?
 ここで考えてもらいたいのは、この絵を中国が描いて世界を動かしている可能性である。環境保護の運動は中国が台頭するはるか前から存在するものではある。だが、中国はこれが先進国の経済力を止めるための手段として活用できることに当然気が付いていて、これを自国を有利にするために使うために積極的に動いてきた。

 米下院天然資源委員会は環境系法律事務所のアースジャスティスに対して、中国政府に都合がよく逆に米国に不都合な活動を米国内外で展開していることについて書簡で回答を求めたが、返答はなかった。ちなみにアースジャスティスは日本の沖縄の普天間基地の移転に反対する運動にも関わり、スウェーデンの有名な環境活動家のグレタ・トゥンベリ氏を支えていることでも知られる。米下院天然資源委員会は有力な環境保護団体である世界資源研究所(WRI)に対しても、中国政府および中国共産党の高官と定期的に交流し、中国の政策を肯定的に扱っていることを指摘している。

 中国が環境政策で先進国を縛り付け、西側に対する中国の勝利を目論んでいることを、絶対に軽視すべきではない。

 安全なサプライチェーンのために製造業の脱中国を進めることを最優先するとしたら、CO2の規制の考え方は完全にひっくり返るだろう。圧倒的なCO2の放出を行っている中国を抑えるとすれば、たとえば国ごとのCO2の排出量をGDPに完全比例するようにするといったルールこそが求められる。日本はいまからでも欧米諸国を中心に、CO2規制の新たな枠組みをつくるための働きかけをすべきではないか。製造業を中国から国内に戻したいという気持ちは欧米諸国は本音では持っているだろう。日本政府が勇気を絞って一歩踏み出すことで世界の流れは変わり得る。菅政権が勇気を出すことを願ってやまない。
朝香 豊(あさか ゆたか)
1964年、愛知県出身。私立東海中学、東海高校を経て、早稲田大学法学部卒。
日本のバブル崩壊とサブプライム危機・リーマンショックを事前に予測、的中させた。
現在は世界に誇れる日本を後の世代に引き渡すために、日本再興計画を立案する「日本再興プランナー」として活動。
日本国内であまり紹介されていないニュースの紹介&分析で評価の高いブログ・「日本再興ニュース」の運営を中心に、各種SNSからも情報発信を行っている。
近著に『左翼を心の底から懺悔させる本』(取り扱いはアマゾンのみ)。

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