ウクライナ危機で動き出した

 国家の根幹を支えるエネルギー安全保障の重要なパーツが、電力の安定供給にほかならない。
 エネルギー政策を誤れば、国民は広域停電の危機と隣り合わせの生活を余儀なくされる。停電は人命を危険に晒(さら)す重大な社会リスクである。電力の安定供給はエネルギー安全保障を支え、国家を強靱なものとする。
 エネルギー資源市場、食料市場、金属市場は相互に連動している。エネルギー問題を考えるうえで欠かせないのが、政治、経済、軍事をふくめた地政学的な視点である。

 ドイツはエネルギー供給をロシアに依存してきた。それを支えたのがロシア産天然ガスパイプライン「ノルドストリーム1」であり、新設の「ノルドストリーム2」も運用開始する予定だった。しかし、ロシアのウクライナ侵攻を受け、従来よりEU各国や米国の反発が大きかった「ノルドストリーム2」は半永久的に凍結された。かくしてEUの経済大国ドイツは、ロシア産天然ガスへのさらなる依存の道が閉ざされた。ドイツは残る3基の原発を今年度中に閉鎖することにしているが、その先行きも怪しくなってきた。
 ドイツの脱原発政策を傍目に、隣国のフランスと英国は原子力発電所の増設に大きく舵を切った。

 フランスは、マクロン大統領が最大14基の大型原発を増設すると2月に発表した。フランスの電源は大国の中では最も脱炭素に近い。原子力67%、自然エネルギー24%、火力9%という構成である。
 新設される原発でつくられた電気は、ドイツなどの近隣諸国への輸出にも振り分けられる。ドイツはたとえ自国の原子力発電を廃止して「脱原発」を達成したと宣言しても、その裏で隣国から買ってくればいい。
 英国では4月上旬、最大8基の原発の新設を発表した。現在は約20%の電力を原発で得ているが、2050年までに25%程度まで引き上げる目論見だ。

 欧州以外では、米国が2028年までにビル・ゲイツが創業したテラパワー社の新型原子炉(ナトリウム冷却高速炉)1号機の建造を計画している。中国は大型原子炉を年間2~3基程度のペースで新設し続けており、2030年には110基以上の原発を稼働、米国を上回る予定である。

 エネルギー政策の根幹には、石油、石炭、天然ガスなどの化石燃料資源の産出国と消費国の調達問題があり、それは商取引のみならず外交政策に深く関係する。
 地政学は、国際政治の地理と外交政策をめぐる「知」であり、政治、軍事、経済の影響を強く受ける。この地政学的な視点が欠けるとエネルギー政策も歪(いびつ)なものとなり、国家安全保障にも悪影響を及ぼしかねない。ひいては国家の衰亡を招いてしまう。
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第1列島線と第2列島線

エネルギー安全保障の脆弱(ぜいじゃく)

 日本が第2次大戦に突き進まざるを得なかった背景にはエネルギー、特に石油の供給問題があった。そして戦争に敗北した日本は、一時的にではあるが国家主権を失った。
 現在、日本列島の近くには中国によって一方的に“第1列島線”と“第2列島線”が引かれている。これは事実上、中国側から見た自国の防衛線である。つまり、軍事的支配力が及ぶ境界線を示している。

 日本にとって、海外からの原油などの枢要物資の輸送路、いわゆるシーレーンが第1列島線内にかかっているので、海上封鎖をされれば日本はひとたまりもない。日本は瞬く間に物資が不足、窒息する。まずは第1および第2列島線というものが存在することと、その地政学的な意味を知っておくことが重要ではないか。

 エネルギー安全保障の観点に立つと、中東への依存度が大きい石油や天然ガスは、その供給ルートに大きな脆弱性がある。日本の石油の輸入先は8割以上を中東の産油国に依存している。日本の天然ガス輸入量は世界の貿易取引の3分の1を占めているが、中東への依存度は3割程度である。
 その他の主な輸入先であるマレーシア(18%)、インドネシア(10%)、ブルネイ(7%)も中国の防衛線内にすっぽり収まる。第1列島線を経ない天然ガスは、ロシア(9%)とオーストラリア(16%)からの輸入であり、日本の輸入総量の4分の1に過ぎない。
 化石燃料のもう一つの主軸である石炭の輸入は、オーストラリア(60%)、米国(4%)、カナダ(5%)と安定供給が脅かされるリスクは比較的低い。残りはインドネシア(20%)、ロシア(6%)、中国(4%)である。

 一方、原子力の燃料であるウランの輸入先は、カナダ、オーストラリア、ナミビア、ニジェール、米国で9割以上を占める。この傾向は将来、さほど変わらないだろう。北米と豪州で6割を占めるので、紛争などのリスクの影響は少ない。
 エネルギー安全保障の要である電力供給において、日本はその7割以上を天然ガスを主力とする化石燃料火力に頼っている。国際紛争などによる地政学リスクに対して脆弱な性質を伴っているのだ。
資源エネルギー庁「エネルギー白書2013」より (12188)

天然ガスの輸入先(2011年度)
via 資源エネルギー庁「エネルギー白書2013」より

原子力の重要性と課題

 日本政府が示す第6次エネルギー基本計画では、2030年度における電源構成の目標が天然ガス火力20%、石炭火力19%、再生可能エネルギー36~38%、原子力20~22%、石油火力2%となっている。
 石炭火力は今や世界的な「グリーンこそ正義」とするプロパガンダの波にさらされ、環境正義の観点から悪の烙印を押されている。しかし、天然ガスも石炭も同じように二酸化炭素を排出する。その量にはあまり大きな差はない。石炭1に対して天然ガスは0.55である。

 日本には独自開発した石炭ガス化複合発電(IGCC)という技術がある。これだと二酸化炭素排出量を従来に比べて2割も削減できる。さらに二酸化炭素の回収貯留(CCS)や再利用(CCUS)技術と組み合わせれば、大気中に二酸化炭素を排出しないゼロカーボン石炭火力が実現できる。この技術を決して手放してはならない。
 再生可能エネルギー、特に太陽光発電の伸長は著しく、日本の設備容量は世界第3位である。純国産エネルギーとして期待する半面、いくつかの深刻な問題を抱えている。それは、気候や気象に左右される不安定な電源であることだ。そして夜間は全く発電しない。つまり、必要なときに必要な電力を供給する「給電指令」に応えられない。したがって、バックアップの調整電源が常に必要である。それは、石炭や天然ガス火力が担う。太陽光を増やせば、おのずと火力発電による二酸化炭素排出を伴うというジレンマを抱えている。

 太陽光や風力による再生可能エネルギーは、エネルギー安全保障の観点から頼りにできない。
 原子力は現在、年間の電力需要の6%程度しか供給できていない。その最大の原因は、再稼働が遅々として進んでいないことにある。再稼働しても、テロ対策施設の設置を義務付けているが、あまりにも過重な設備のため建造が間に合わずに停止を強いられているという事情もある。
 しかし、3.11以前は日本の電力の約30%を賄(まかな)っていた。原子炉は一旦燃料を挿入すれば1年以上運転できるので、エネルギー安全保障の観点からは頼りになる電源である。

 ここまで見てきたように、原子力は、燃料の輸入先を見ても国際情勢の変化に晒されにくいので、強靭性を備えている。さらに、季節、天候、昼夜を問わず一定量の電力を安定的にリーズナブルな価格で提供できる電源なので、ベースロード電源として最適なのだ。
 日本の将来を地政学的な視点からみれば、原子力をうまく活用せずして強靭なエネルギー安全保障体制を確立できないことは火をみるより明らかである。

 2022年4月時点で、稼動状態にある原子炉は10基、審査は通過したが稼働していないものが7基、審査中が10基で、合計27基である。これは3.11以前の54基の半分である。再稼働が順調に進んだとしても、総電力の15%程度しか賄えないことは自明である。
 岸田文雄首相は、4月26日夜のテレビ東京の番組内で、エネルギーの安定供給について、「できるだけ可能な原子力発電所は動かしていきたい」と述べた。
 しかし、それではまだ足りない。原子力発電所の再稼働の促進に加えて、運転期限の延長、そしてリプレース・新増設──。この3点セットが、わが国が強靭なエネルギー安全保障を確立するために欠かせない。
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国際原子力機関などのデータを元に作成
さわだ てつお
1957年、兵庫県生まれ。京都大学理学部物理学科卒業後、三菱総合研究所に入社。ドイツ・カールスルーエ研究所客員研究員を経て、東京工業大学ゼロカーボンエネルギー研究所助教。専門は原子核工学。原子力研究の実務として最初に取り組んだ問題は、高速炉もんじゅの仮想的炉心崩壊事故時の再臨界の可能性と再臨界の現象分析。その後、原子炉物理、原子力安全(高速増殖炉および軽水炉の苛酷事故、核融合システム安全など)、多目的小型高速炉、核不拡散・核セキュリティの研究に従事。

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