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タバコの過度な規制は何をもたらすのか(画像はイメージ)

行政はどこまで介入すべきか

 今年4月から、自転車でのヘルメット着用が努力義務化された。警視庁によると、2022年に都内で発生した交通事故のうち約46%は自転車が関係していた。自転車に乗っていて死亡した30人全員がヘルメットを着けていなかったという。全国(2021年)では361人の死亡者を出している。
 自転車は果たして、危険な乗り物とみなされるべきだろうか。毎年、多数の死者を出すから乗らないほうがいいのだろうか。

 国土交通省の資料によれば、我が国の自転車保有台数は約6800万台。国民の2人に1人が自転車を所有している計算となる。事故の死者数も1960年の2084人をピークに、83%減(361人)になった。自転車を日常的に利用する人の42%が「(運動不足解消につながり)健康に良い」から利用していると答えている。これだけ多くの国民が日常的に利用して事故死亡者が361人なら、相当安全な乗り物といえるだろう。

 他方、風呂場で死んでいる人は、毎年1万9000人もいる。風呂場でのヒートショックによる死亡が有名だが、実は転倒事故による死亡が一番多い。自転車のヘルメット着用は罰則のない「努力義務」なので、別に放っておけばいいではないかと考える人もいるだろうが、であれば、風呂場でもヘルメットの着用を努力義務化したらどうなのかと少々難癖をつけたくもなる。
 日本の行政はなぜ、国民一人ひとりの責任問題にいちいち首を突っ込むのだろうか。情報提供と注意喚起は重要だが、あとは個人が自分自身の健康を考えればいいのではないか。

「ヘルメット着用義務化」に至るプロセスは、警察が「交通事故死を何年までに○○人に減らします」という計画をつくり、それに基づいてあらゆる交通行政での規制が強化されていくという手順が踏まれている。国民が不便・不自由を感じるかどうかは考慮されない。現場の警察官も上から出された指示に、深い考えもなく従っているだけだろう。

タバコとお酒を楽しむ自由

 同じような悲劇が「タバコ」にも起きている。言うまでもないが、タバコの次は「お酒」の規制である。行政による過剰な規制を止める風潮をつくらなければ、健康に悪影響を及ぼすことが論文で証明されている「お酒、牛肉、小麦(うどん、パスタなど)」なども同様の末路をたどることになるだろう。

 特にお酒は、かつての「適量なら健康」からWHO(世界保健機関)の調査により「一滴でも飲めば有害」というエビデンスに塗り替えられつつある。財津將嘉氏(東大助教)によれば、「1日に日本酒1合、ワイン1杯(180ミリリットル)、ビール中瓶1本、ウイスキー1杯(60ミリリットル)のいずれかに相当するアルコールを10年間飲み続けた場合、食道がんになるリスクが45%、喉頭がんは22%、大腸がんは8%、胃がんは6%上昇。がん全体では5%上がる」という。

「お酒は身体に悪い」という認識が厚労省内に広まれば、居酒屋からタバコが追い出されつつあるように、お酒も追い出される可能性がある。タバコ同様に規制が進むなら、子どもが入店できるレストランで、アルコール飲料が供給されていいのかという議論になるはずだ。アルコール飲料を子どもが誤飲する可能性もあり、極端な話をすれば、アルコールが気化して子どもの肺に入るのを妨げることはできない。現在、タバコに実施されている規制はそのレベルなのだ。
 タバコの規制が強化されるプロセスは、まず厚労省の「健康日本21」という組織が、国民の健康について「喫煙率を何%まで下げる」といった数値目標を決め、その目標を守るために、改正健康増進法の見直しが着手されることになる。「健康日本21」は、厚労省の官僚が選んだ極端な反喫煙派識者で占められていて、ほとんど国民的議論もないままに結論が導き出される。

 特に問題なのは、健康になるためなら、国民生活を好きなだけ規制していいという態度だろう。長生きするためにストイックな生活を送りたい人もいれば、お酒もたばこも楽しみながら生きたい人もいる。それが社会というものだ。

 この1年、ツイッターでウクライナ戦争の情報収集をしていると、ウクライナ軍の最前線の兵士が束の間の休息をしているとき、みんなでタバコを分け合って美味しそうに吸っている場面をよく見かける。明日死ぬかもしれないという極限の状態でタバコを吸うというのは、現代日本ではなかなかできない体験だろう。だが、それでも疲れてしんどいときに吸うタバコを規制しようとする行政の想像力の欠如には、ほとほと呆れてしまう。
 繰り返しになるが、厚労省が健康増進のための規制強化を止めない限り、「喫煙」という文言が「飲酒」という文言に変わる日は近い。そして、お酒の次は牛肉、小麦粉となるのは目に見えている。

禁煙ファシスト

 タバコ規制をもっとも進めたのが大阪市である。松井一郎前大阪市長は、市長公用車を喫煙室代わりにするほどの愛煙家。にもかかわらず、2025年に開幕する大阪・関西万博を見据え、大阪市内全域で路上喫煙を禁止するのだという。世界を見渡せば、路上で喫煙する行為が禁止されているわけではなく、タバコは外で吸えというのがスタンダードだ。

 WHOも屋外喫煙について言及していない。屋外喫煙がダメなら、自動車の排気ガスや工場から出る煙も禁止すべきではないかと思ってしまうが、なぜかタバコ規制だけが強化されている。
 松井前市長は大阪全市域で、喫煙所をわずか120カ所しか設置しないという。もはや愛煙家の皮を被った禁煙ファシストといえる。喫煙所が足りなければ、路上喫煙やポイ捨てが増えるだろう。

大阪市が「ポイ捨て地獄」に?

 大阪市の昼間人口が354万人、大阪万博にやってくる来場者は2820万人と想定されている。昼間人口が85万人の東京都千代田区ですら58カ所の喫煙所が設置されている。喫煙率が日本と世界で約2割程度だと考えれば、大阪市は万博開催中にタバコの「ポイ捨て地獄」になるだろう。その点をつかれた横山英幸大阪新市長は、こう弁明している。

「大阪の商店会連盟が統計に基づくデータから必要な喫煙所の数を算出したら360カ所を超える結果となった。今、大阪市が目指しているのは120カ所で、非常に高いハードルである。千代田区(の喫煙所数から導かれる大阪市に必要な喫煙所数)から逆算すると300カ所、商店会連盟は360カ所以上と示されている。本当に全面路上喫煙を目指すなら、さらに力を入れていかなければならない」
「屋内も外も禁煙だったらどこで吸うねん。どないしたらええねんという声を聞く。今後インバウンドが増えて、どこで吸えばええねんとなったら商店街にお客さんがきてくれないリスクもあるんじゃないか。その懸念はごもっともです」
「開放型と呼ばれるような喫煙所を含め、駅などの公共空間を借りてなんとかして増やしたい」
(ユーチューブ『シリーズ〝STOP! 受動喫煙〟第7弾「大阪市長候補 大阪維新の会幹事長 横山ひでゆき氏に大阪の喫煙所問題について聞いてみた」』より)

 であれば、そもそも規制しなければいいではないか。横山新体制となった大阪市で、果たして喫煙所は増加するのだろうか。努力を注視していきたい。
おぐら けんいち
1979年生まれ。京都大学経済学部卒業。国会議員秘書を経てプレジデント社に入社、プレジデント編集部配属。経済誌としては当時最年少でプレジデント編集長に就任(2020年1月)。21年7年に独立。現在に至る。

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