自国を批判する初の学者たち

古田 『反日種族主義』、売れているみたいですね。

久保田 日韓両国あわせて、もう50万部近いと聞いています。びっくりですね。

古田 久保田さんは「編集協力」とクレジットされていますが、どういう経緯があったんですか。

久保田 この本は、李栄薫先生の主宰する李承晩学堂の韓国近現代史の歴史観を問う連続講義から生まれたものなのですが、本の企画段階から私が日本語版の出版をお勧めした経緯があってお手伝いしました。『反日種族主義』は、李先生による、実に1970年代末からの長い研究生活の成果で、根拠のない歴史観との闘争の結実です。
 韓国で80年代、累計100万部という空前のベストセラーになった『解放前後史の認識』(1979~89年、全6巻)というシリーズ本があります。この本は親日批判、建国批判、民族解放を謳った革命思想の論文集で、学生運動世代、いわゆる三八六世代(90年代に30代、80年代に大学生だった60年代生まれ)のバイブルとなりました。

古田 韓国左派の歴史認識を決定づけたと言われているよね。

久保田 盧武鉉政権はまさにその三八六世代の熱い支持で誕生した政権です。李先生は大統領府にまで及んだ左派の伸張に危機感を抱き、『解放前後史の認識』に反論する『解放前後史の再認識』(2006年)を編集しました。日本語版『大韓民国の物語』も2009年、文藝春秋から出版されましたが、その中に「職業が歴史研究であるゆえ、ことさらにそう感じるのかも知れませんが、私は大韓帝国の滅亡という疼(うず)く傷を、今も胸の奥で痛みとして感じつつ日々を暮しています」と書かれています。亡国によって、その後、左翼史観や被害者史観で歪(ゆが)んでしまった歴史観への憂国が原点なのだと思います。

古田 反日左派によって韓国の歴史観は大いに歪められていたから。

久保田 ただ、この時は慰安婦問題について中央大学教授の吉見義明氏の説を採用していたのです。つまり、強制連行され、性奴隷だったと。ところが2012年、転機が訪れます。以前からの仲間である古文書調査チームから慰安婦に関する資料があるという調査の誘いがありました。そこで見つけたのが、ビルマ(現ミャンマー)やシンガポールで慰安所を経営していた朴治根の1916~57年までの日記だったのです。特に43~44年の日記には、慰安所経営に関する詳細な記述がありました。慰安婦たちは自分の意思で廃業して故郷に戻ったり、朴氏ら経営者が慰安婦募集をしていた実態が明らかになったのです。
 自身の不明に気づいた李先生は落星垈経済研究所で慰安婦研究を決意し、所属の研究員らと約1年間にわたって週1回のゼミを開きました。その成果は『反日種族主義』の第三部「種族主義の牙城、慰安婦」に収められています。
 李先生は2016年、「李栄薫教授の幻想の国」という韓国近現代史の連続講義をインターネットメディアで行いました。その最終講義が「慰安婦の女性たち」で、性奴隷説を真っ向から全面否定する公娼制による軍慰安婦解説でした。それが『反日種族主義』の生まれるきっかけだったのですが、そのとき、李先生は「ちょっと待ってください」と。何を考えているのかなと思ったら、実は慰安婦問題だけではなく、韓国の反日史観を歴史的に包括し、なおかつ文化的、宗教的な背景を探る本にしたのです。今から考えると驚きますが、韓国版の初版は3000部でした。

古田 まぁ、それくらいでしょう(笑)。
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日韓双方でベストセラーとなった『反日種族主義』

反日教育に立ち上がった高校生

久保田 李先生をはじめ、ほかの研究者たちも出版当初は、いわゆる売国奴的な内容でしたし、売れるかどうかも含めて懸念を示していました。実際に研究者の1人、李宇衍氏は、暴漢に襲われています。韓国の反日を巡る状況を知る一人としては執筆陣の覚悟と、その勇気を称えたいですね。韓国で出版記念パーティーが開かれ、私も参加しました。40~50くらいのこぢんまりとした会で、「売れるといいね」と話していたんです。ところが、予想に反して発売初日で重版が決定されるほど、ソウルの大型書店でベストセラーになって、あれよあれよという間に、約1カ月で10万部を突破しました。

古田 韓国ではどの層に一番読まれているんだろう。

久保田 50代、60代が中心ですが、意外に20代、30代が手に取っているんです。20代は反日教育にどっぷり浸かっていますが、インターネットや日本のアニメ、旅行などで日本に対する印象が違います。受けた教育とのギャップがあるから、「いったいどういうことだろう」と思っているんです。実際に仁憲高校で「反安倍」や「反日」を強制された高校3年生、130人が立ち上がり、ソウル教育庁に「学校の監査をしてくれ。反日教育はおかしい。学校側が強要するのはおかしい。反安倍なんて言いたくない」と訴えた事件がありました。

古田 青瓦台(大統領府)の反応はどうだろうか。

久保田 黙秘し続けていました。韓国メディアも発売当初の2~3週間は無視。〝売国の本〟がこれだけ売れているわけですから、報道する側も戸惑ったのでしょう(笑)。そのうち「こんなひどい本が出た」と報じられるようになり、曺国前法相は「吐き気がする親日」と感情的な反応を示すようになった。

古田 そう言うだろうな(笑)。

久保田 韓国で売れたことにはとても驚いたんですが、日本で今や40万部近く売れているのも驚きです。こういう本を通じて、偏狭なナショナリズムに凝り固まっている韓国に対して憂えている韓国人学者がいることを、多くの日本人に知ってもらえるわけですから。

ウソと戦う韓国社会科学者

古田 『反日種族主義』で面白いと思ったのは、最初から「韓国人は噓つきだ」と平然と言っていること。いかに噓つきか、さまざまな例をあげて証明している。たとえば、1人当たりの偽証罪は日本の430倍、誣告(ぶこく:虚偽に基づく告訴)の件数は500倍で、1人当たりにすると日本の1250倍……。こうやって数字をあげてもらえるのはいい。今後は「韓国経済史学者の李栄薫氏によると」と書くことができますから。

久保田 李先生の専門は、そもそも社会科学に根づいています。そこから韓国の実態を観察しているので、説得力があります。

古田 人文系の学者だと、倫理的価値を入れ込んでしまう。社会科学者は倫理的価値を横に置いて、事実だけを並べるので有無を言わさない迫力がある。ただ、不満もところどころある。タイトルの「種族」という言葉がまず気になった。人文系学者が見ると「レイシズム(人種差別主義)」と思うかもしれない(笑)。李氏は「部族主義」と言っていたこともあるから、そちらにしたほうが良かったんじゃないかな。

久保田 「種族主義」は近年、過激な白人至上主義者などが自分たちと異なる考えを持つ者を拒絶し、攻撃する不寛容な主義主張として欧米などで問題視されているのは確かです。より尖鋭的で、槍を持って敵に突っ込んでいくというイメージを持たせる意味で、韓国的状況にピッタリ合わせる敵意がこもっています。

古田 ただ、そうなると研究が止まる恐れがある。

久保田 韓国の反日だって「敵意」の塊でしょう(笑)。

古田 対抗するとなると、政治的要素が含まれます。研究成果に政治を入れるのはあまりよくない。研究成果を政治利用するのは構わないけど、僕はなるべく避けています。

久保田 李先生は反日研究をする以前、北朝鮮的な捏造された噓の歴史学に対抗しようと、教科書フォーラムを立ち上げたりしています。正しい歴史を教科書に載せるべきだと、事実を暴いていくのですが、結果的に韓国においては、すべて政治的になってしまう(笑)。

古田 最近の韓国の教科書を見てはいないけど、北朝鮮の主体思想の影響を受けているのかな。

久保田 小6の教科書には「強制された我が民族」として、いわゆる徴用工の写真が掲載されたり、ロウソクデモのことが記載されたりしています。朴槿惠政権時代、国定教科書を作成する動きがありましたが、文政権になり、前政権のやり方は間違っていると、取り止めにしています。

古田 盧武鉉時代、歴史教科書にマルクス主義者で朝鮮民族革命党の金元鳳と、金九(大韓民国臨時政府主席を務めた)が輩のように記載されていて、「これはヤバいな」と思ったことがある。

久保田 文大統領は金元鳳のことを尊敬に値する人物だと言及したことがあります。古田先生自身は日韓共同歴史研究に携われていたことがありましたよね。韓国の歴史観は噓ばかりだったでしょう。

古田 まさに戦争だった。

久保田 現場としては政治的だったと言えませんか。

古田 その側面は否めない(笑)。だから、その後、面白おかしくエッセーにしたんです。研究成果としては書かなかった。研究として書くと国の体面を傷つけますから。

久保田 日本の歴史学者と韓国の歴史学者が正面切って戦ったことは、後にも先にも、あの一度だけだったような気がします。韓国側の歴史認識はどのように感じられましたか。

古田 「植民地うんぬん、慰安婦うんぬん、竹島うんぬん」と言ってきて、「どうしようもないな」と正直思った(笑)。でも、そうなったとき、いくつかの手段があります。根本は研究だけど、エッセーや新聞記事を書くことができる。これらは一つの媒体だから、この中から、どれを使ってもいいと思っています。最近は論文までエッセー風に書いている。

久保田 伝える手段が多いのはいいことですよね。

人文系の歴史学は下火になる

古田 あと気になったのが「北朝鮮のスローガンの木」(北朝鮮が金日成親子を偶像化するため、人々を動員して木の皮を剝ぎ、そこに字を化学薬品で刻んだもの)について言及しているけど、あの論文を一番初めに書いたのは鐸木昌之氏(元尚美学園大学教授)です。それと「鉄杭騒動」(植民地期に日本が朝鮮の地から人材流出を防ぐため、全国の名山にわざと鉄杭を打ち、風水侵略をしたという虚報)について最初に論文で発表したのは、野崎充彦氏(大阪市立大学教授)。この二人の研究成果は参考文献として入れてほしかったと思う。

久保田 参考文献を入れるかどうかは悩みましたが、編集方針として韓国版の原本通りになりました。

古田 それと帯!「歴史に噓をつくことはできない。」とあるけど、これを見たとき、驚きました。歴史の中に誰か見張っている人がいるんですか。そんなのは近代の迷信に過ぎませんよ。こういう文言を帯に平気で書くなんて信じられません。歴史の見張り人を自負しているわけですから、文藝春秋社の傲慢としか言いようがない。「知の巨人」や「歴史の番人」というゴーレムをつくっては消費する。
 一方で『反日種族主義』を読んでつくづく思ったのは、ああ、人文科学の歴史は終ったな、と。これからは社会科学の歴史にならざるを得ない。朝日新聞に「両立できぬ『歴史の物語』」(2019年11月24日付)が掲載されていました。20世紀の古い歴史学者、李成市氏(朝鮮古代史/早稲田大学教授)と吉田光男氏(朝鮮近世史/東京大学名誉教授)の名前が出てきます。李氏は「(日韓)両国が、争いながら折り合いを付けてきた歴史」と述べている。滅茶苦茶でしょう。吉田氏はさらにひどく「日韓両国は二卵性双生児」であり、少しの違いが強調されて近親憎悪がかきたてられている、と。こういうのを「近代の迷信」と言います。迷信は古代や中世だけではないのです。

久保田 笑うしかありません。

古田 人文科学の歴史学者は、これほど時代から遅れています。ハッキリ言えば、大衆より下のレベルになっている。こんな有様では、文系の学界を担うことはできません。これからは社会科学でないとダメですよ。

久保田 どうすればいいんですか。

古田 自分のやり方で政治、経済、軍事をやればいい。そうすると、自然に社会科学になってしまう。岡田英弘先生(故人)は人文系の歴史学者でしたが、著作を読むと、ほとんど社会科学です。人文系の学者は今まで針の穴から天井を覗くようなことをしてきたのです。こんなことをしていたら、いつまでたっても世界認識にならない。これからの人文系の学問は、間違いなく人が集まらないでしょう。

久保田 そうかもしれません。

古田 だって中国の天文学や年中行事をなんでコツコツ研究するのですか。ホッブズは「間違った古代の学問を今の研究につないではいけない」と言っています。ところが、20世紀まで平然と、これを続けていた。古代ギリシャの自然学なんていうインチキなものを、マルクスは20世紀の学問につなげていた。滅茶苦茶なんだけど、平気で学位を取得できていました。だから、20世紀型の古い学者は、こんな風に歴史が経過したという、経緯説明しかできない。
 研究結果の成功、失敗を問わないから世界認識を与えられない。世界認識で失敗してはいけない。それでは戦いに負けることになります。そういう意味で、20世紀の人文系の歴史学は終焉を迎えました。今後は社会科学的歴史学に移行していくと思います。

久保田 学問的幻想が強いんですね。

古田 社会科学的歴史学は、昔からなくはなかったんです。ところが、それは学者ではなく実務家が担ってきました。たとえば、満洲鉄道にかかわった人たちは実務的だから、政治や経済、軍事の歴史を書いてくれます。満鉄総裁室広報課の嘱託だった園田一亀氏の『明代建州女直史研究』(1948年)なんて、まさにそう。東アジアの外交関係が、これを読むとすべてわかる。最近でいえば、松本厚治さんの『韓国「反日主義」の起源』(草思社)がそれ。

久保田 松本さんは元通産省官僚でした。

古田 松本さんの本を読むと、学者並みの研究をしていることがわかります。ただ、意識的に価値判断を外しているので、冷酷な印象を受けてしまう。これは教養で緩めるしかないと思っています。

久保田 日本で出版されている嫌韓系の本は、それこそ垂れ流しで出ていますが、読むと、みんな内容がやさしい。松本さんのようなしっかりした本がないと、日韓関係は何でも書いていいと思われてしまいす。いい加減な資料で書かれてしまうのも違う気がします。

今を説明できる歴史が重要

古田 社会科学で言えば「たたかうエピクロス」(『WiLL』2020年2月号掲載)にも書いたけど、1980年、韓国の延世大学校から「月額21万5千ウォンを支払う」と契約書に書いてあった。しかも宿舎付きというから行ってみたら、事務員が「15万ウォンしか出せない」と言う。「宿舎は?」と聞いたら、「自分で下宿先を探せ」と。「契約書と違うじゃないか」と反論したら、「じゃ、帰るか!」と息巻いてきた(笑)。これで韓国社会に契約概念が定着していないことがハッキリわかりました。
 それから、商店で売り子に商品の有無を聞くと「知りません」「ありません」と平然と言う。タバコ屋で煙草を買うと、つり銭を捨てるように放り出す。ああ、商業道徳もないのかと。極め付きは、下宿屋のジイサンが洗濯に出した僕のパンツをはいて歩いていたこと。私的所有権もダメなんだと(笑)。

久保田 2000年代、韓国で仕事をしていましたけど、商業道徳に関しては変化したと思います。

古田 でも、私的所有権と約束事は、いまだにダメでしょう。人のものは自分のもの、入ってきたものも自分のもの。竹島なんか、まさにそれです。

久保田 「ドラえもん」のジャイアンみたい(笑)。

古田 だから、三浦按針(ウィリアム・アダムス)のように江戸幕府に航海術を教えたり、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)のように日本で文学作品を残すような存在が、韓国からいつまでたっても出てこない。だってそうでしょう、自分の成果は、みんな取られてしまうんですから。

久保田 今の北朝鮮が80年代の韓国そのものです。欲しいものはどんどん奪っていく。

古田 だから、日本人は統治時代、韓国人に何も教えていないじゃないかと思った(一同爆笑)。今でも疑問です。松本厚治さんが「韓国人は日本人になった」と書いていたけど、本当にそうだったのか。

久保田 なった人も確かにいました。総督府の官僚や軍人、日本企業にいた人がそうだった。

古代社会の残存

古田 それ以外の人たちはまったく日本人じゃなかったわけだ。しかも棲み分けしていたから、影響を受けていない韓国人がたくさんいる。もっと驚いたのが、街をうろついていたら、北朝鮮のスパイに間違われて、交番に連行されたことがあります。「パスポートは?」と言われて見せたら、「こんなものはすぐに偽造できるぞ」と(一同爆笑)。日本の教育がまったく沁(し)み込んでいないぞ、とつくづく思った。近代合理性もダメなのです。

久保田 それは先生の人相が相当悪かったからじゃないですか(笑)。

古田 そうかもしれない。知人の家に行って夕食を食べる約束をしていたんだけど、場所がわからず迷ってしまったところを通告されたんです。通告すると一時金をもらえるから、怪しいと思われたらすぐ密告されてしまった。とにかく韓国では「約定・分業・所有・法治・人権」がすべてダメ。分業だって、セウォル号の事故が発生したとき、対策本部が3つも4つもできてしまう。財閥のワンセット主義もそう。誰かの傘下にいるか、支配していないと不安を覚えるのです。

久保田 日本のように中間層が育たない。上に大きなものができて、その他大勢です。

古田 会社の中で出世する人間は、全員ゴマすり(ヌンチ)ばかり。それから長になるとすぐに威張り出して、賄賂を要求する。しかも下の人間はちゃんと忠実に持っていくから困る。アシアナ航空で日本に帰ってきて、副社長になった友人の在日韓国人がいます。彼がよく言っていたのが、「柱の陰から私のことを誰も見てくれていない」と。関心があるのは、ボスのお嬢さんの誕生日だそうです。こういった韓国人の特性を見ると、〝種族主義〟よりも〝古代社会の残存〟と言ったほうが適していると思う。

久保田 李朝時代から脱していないことが『反日種族主義』にも書かれています。近代化論を言うと、イコール反民族主義だと決めつけてしまう。日本理解は李朝時代から成長しておらず、旧怨の対象になっています。

日本の朝鮮政治学者たち

古田 日本人の学者でも、最近の社会科学系の若い朝鮮研究者は悪くない。GSOMIA破棄を韓国が撤回したことを受けて、読売新聞の記事(2019年11月23日付)で、木村幹氏(神戸大学教授)と西野純也氏(慶応義塾大学教授)が寄稿していました。幹ちゃんは「韓国は、破棄は日本側に原因があるとして、米国の仲裁によるけんか両成敗を望んでいたが、ワシントンでは通用しない論理だった」と本当のことを書いていた。以前は、「劣等生の韓国が優等生になってきたから日本が嫉妬している」みたいな、ドクター・プロフェッサー風にズレていたんだけど、それがなくなってきたかなと。
 西野君の場合は「年明けには、韓国人元徴用工訴訟問題を巡り、韓国内の日本企業資産が現金化される可能性がある」とまで先見した。

久保田 現金化の問題は日本政府が最も懸念している事態です。輸出規制問題を名目に政府間協議がすでに動き始めましたので、現金化はしばらく棚上げになるのではないでしょうか。これを韓国が実行してしまったら、日韓関係はほぼ崩壊状態ですから、韓国側はいましばらく引きずるんじゃないかと思います。

古田 韓国お得意の遷延策(引き延ばし)だ。ただ、西野君はこうやって先見をしているのがいい。社会科学者は大衆に世界認識を供給しなければいけません。今まで西野君はそんなことをしなかったんだけど、ここに来て先見し始めている。当たるかどうかはわかりませんが、精度を高め、彼の先生のようにしょっちゅう外さないことを祈っています(笑)。

久保田 私自身はお2人の見解に対して、多少違う意見を持っています。日韓の動きが大変流動的ですから、学者の方々もその状況の真意を読み解くのが難しいことは、十分承知の上ですが、木村先生は「保守と革新の2つに分断される韓国で、革新勢力に支えられる文氏の支持率が大きく下がることは予想しがたい」としています。これは少々違うと思います。文大統領の支持層は大きく分けて2つのグループに分類されます。1つは労働組合を中心にした「全国民主労働組合総連盟」(民労総)。もう1つが「参与連帯」です。
 民労総は革新的な親北グループであり、「ノー安倍」をスローガンに、安倍首相に反対する団体を680ほど集めて、デモを組織しています。GSOMIA継続についても、北朝鮮が反対の意を表明しているので、同じく民労総も破棄撤回に反対していました。だから、GSOMIA継続を決めた文大統領に対して、反対デモを組織し、拡大しています。最近ではソウルの中心街である光化門でデモをし、なんとアメリカ大使館に向かって靴を投げ込んだのです(笑)。

深まるイデオロギーのミゾ

古田 アメリカの圧力に負けた文在寅の弱腰に対して怒っている。

久保田 支持団体がいまは圧力団体になっています。「選挙公約を守れ!」と怒り心頭に発し、アメリカ大使館の後、煌々と火が灯る松明を何十本と持って青瓦台に向かって抗議デモを展開しました。

古田 ユーゴーの『ノートル=ダム・ド・パリ』みたいだ(笑)。過激だね。

久保田 ところが、文政権下の警察組織は、そういう親北団体に優しく、誰一人、逮捕していません。もう1つの参与連帯は朴元淳現ソウル市長がかかわっている団体です。

古田 朴元淳氏は親北反米の運動体である「ノサモ」(盧武鉉を愛する会)の立ち上げにかかわっている。

久保田 韓国全土の地方に支部を持ち、人権問題を前面に押し出してくる。慰安婦像を全国に設置しようと考えている母体でもある。参与連帯も今回のGSOMIA破棄撤回に反対しています。その理由は、彼らも親北だから。アメリカの圧力で寝返った文大統領に憤っています。地方に根強い組織力があるから、来年4月に行われる国会議員選挙で、与党が大勝利を収めるのは危うい。

古田 そうか、幹ちゃんの分析は、少し甘いと言わざるを得ないね。簡単に就職してしまって、苦労知らずだからね。

久保田 興味深いことに、先の2つの団体は、さまざまな疑惑で揺れ動いていた曺国前法相の立場をかばっています。ところが、GSOMIAでは反対に回っている。北朝鮮に背を向けるような政治決断をした途端、文大統領にドスを突き付けるようなマネをしているわけです。これほどイデオロギーの対立のミゾが深くなっています。

古田 日本のマスコミは韓国で起こっているデモや過激な行動をまったく報道しないよね。

久保田 本当に。報じないのは記者の怠慢です。ソウルにいたら、記事を書く以外に何があるんですか(笑)。政権に気を遣っている部分もあるかもしれません。というのは、盧武鉉政権時代、産経新聞だけ青瓦台に出入り禁止でした。

古田 どうして?

久保田 理由は簡単、盧武鉉の悪口ばかり書いていたから(笑)。青瓦台で日本記者を招いて昼食会を開くことがありました。そのとき、なぜか産経だけ呼ばれない。当時の黒田勝弘ソウル支局長が、それを聞きつけて「おかしいじゃないか。日本の全メディアを招いて昼食会を開いているのに、どうして産経だけ参加できないんだ」と、青瓦台の広報官に猛抗議の電話をしました。

古田 向こうはどう答えたの?

久保田 「別に日本のメディア全員を呼んだわけではなく、いつもお付き合いのある方々を任意で呼びましたので」と苦しい言い訳に終始していましたよ(一同爆笑)。

頑張れ!日韓の社会科学者

古田 『反日種族主義』に戻るけど、この本を読んだ日本人が「韓国って、こんなに進んだ国なんだ。日本の研究者は何をしているんだろう」と思われるのは困る(笑)。

久保田 そう言う読者は確かにいます。そのときは「そんなことはありません。この本に書かれていることは日本の常識です」と伝えています。

古田 日本の研究のほうが先を行っていますから。生前、梅原猛氏は「北朝鮮の体制について、しっかり書いている日本人研究者はいるんだろうか」と、とても失礼なことを書いていた。研究成果を知らないで書くから腹が立つ。もちろんいますよ、鐸木昌之氏とか。西岡力氏や秦郁彦氏の慰安婦研究成果のレベルは高く、この本でも参考にしているので勘違いしないでほしい。ようやく社会科学が韓国で立ち上がったという印象を受けてはいるけど。

久保田 ここまで売れてしまったら、韓国政府や世論も社会科学的な根拠をもとに書かれた本を潰すことができません。

古田 左派系の学者だって反論しづらい。だから、無視して、ごまかす。徐々に崩れてはいくでしょう。ただ、そう簡単には変わらないのも事実です。

久保田 そう思います。

古田 僕自身、ソ連が崩壊するまで12年待ちました。そんなものです。

久保田 日本人読者で「この本で韓国は変わるでしょうか」と言う人がいますが、そんな甘いものではないと思います。

古田 コツコツやっていくことが大事。「隠れて生きろ」(エピクロス)。

久保田 売れたということが一つのステップです。

古田 日本の場合は日本型リベラルを減らす努力をし続けなければいけない。大衆の世界認識を誤らせてしまいますから。

久保田 でも、リベラルは組織力があるし、しつこい。右派はそれぞれが言いたい放題で一匹狼が多いので、組織力にどうしても欠けます。

古田 1つ嫌な事実を言うと、日本の場合、左派の欠点は、勉強はするけれど偏っている。一方、右派の場合は全然勉強しないこと(一同爆笑)。マルクスやジョン・ロックを読んでいる人間なんて、不幸者の僕くらいじゃないかな。読んでいないから、左派に負けてしまう。読めば彼らの虚構を打ち砕くことができる。そうやって、リベラルを減らす努力をする必要があると思います。なにしろ彼らは今までの「善」が「悪」に変わったことに気づいていませんからね。今では、性善説の「アジア主義」が、性悪に対抗する「非韓三原則」ですよ。ロールズの『正義論』なんか読んでいる場合ではありません。


古田 博司(ふるた ひろし)
1953年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科東洋史専攻修士課程修了。延世大学、漢陽大学などで日本語講師を務める。滞韓6年の後、帰国。下関市立大学を経て、筑波大学名誉教授。『ヨーロッパ思想を読み解く──何が近代科学を生んだか』(ちくま新書)、『日本文明圏の覚醒』(筑摩書房)など著書多数。近著に『韓国・韓国人の品性』(ワック)、藤井厳喜氏との共著『韓国・北朝鮮の悲劇 米中は全面対決へ』(ワック)がある。

久保田 るり子(くぼた るりこ)
東京都生まれ。成蹊大学経済学部卒業。産経新聞入社後、1987年、韓国・延世大学留学。95年、防衛省防衛研究所一般課程修了。外信部次長、ソウル支局特派員、外信部編集委員、政治部編集委員を経て編集局編集委員。國學院大學客員教授。著書に『金日成の秘密教示』(扶桑社)、『金正日を告発する──黄長燁の語る朝鮮半島の実相』(産経新聞出版)がある。

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