【橋本琴絵】北京五輪ボイコットは先進国の義務

【橋本琴絵】北京五輪ボイコットは先進国の義務

中国は着々と五輪への準備を進めるが―
 4/4日、アメリカ国務省のブライス報道官は中国の人権問題への強い懸念から、同盟国と共に北京オリンピックのボイコットを協議したい旨を公表した。4/16日には菅義偉総理の訪米と首脳会談も控える中、基本的人権の擁護という価値観を日本が共有していることを国際社会に示すためにも、本論は北京オリンピックのボイコットを強く主張する。

 しかし、現在の日本国内には基本的人権の軽視ないし否定の思想が公職者ならびに特定の言論人に蔓延している忌々しき情況にある。そこで、近代オリンピックのボイコットに纏わる歴史を紹介することで、北京オリンピックのボイコットが何故必要であるか述べる。

1936年 ベルリン五輪での過ち

 近代オリンピックのボイコットの歴史は、1936年のベルリンオリンピックの議論に遡る。ドイツは1916年にベルリンオリンピック開催が決定していたが、第一次世界大戦の勃発によって参加国がなくなり、開催不能となった。そして、戦後もドイツは懲罰としてオリンピックの参加権を剥奪され、1920年のアントワープオリンピックも1924年のパリオリンピックも参加が認められなかった。(20年五輪はオーストリア、ハンガリー、ブルガリア、トルコも参加禁止)

 しかし、戦後復興が認められ、1931年に再度ベルリンでの開催が決まった。だが、アドルフ・ヒトラー率いるナチス党が政権を奪取すると苛烈な反ユダヤ政策が実行された。これは、ゲットー(ユダヤ人居住区)の建設やユダヤ人学者の追放、政治犯の強制収容などが伴うもので、オリンピック開催国としての適性が問題視された。

 各国のオリンピック委員会は、人種や宗教で選手資格が制限されるようでは近代オリンピックの精神が損なわれるとしてボイコットを示唆した。また、社会学者のパウル・マッシンがザクセンハウゼン強制収容所に収容された経験を亡命先のアメリカで「FATHERLAND」という小説として書き上げ(ペンネーム「カール・ビリンガー」)出版すると、ナチスの全貌についてアメリカ世論が騒ぎ出し、ボイコット運動が盛り上りを見せた。
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ユダヤ人差別は存在しない―として開催されたベルリン五輪
 しかし、当時の各国は「ユダヤ人というだけで強制収容所に入れてしまう」とか「ユダヤ人というだけで殺してしまう」といった現象が本当にあり得るのか懐疑的だった。確かに亡命してくるユダヤ人らはそのように証言する者もいたが、共産主義思想による「陰謀論」ではないかとの疑念が唱えられ、実際に当時のIOC理事を務めていたアベリー・ブランデージは、「ナチスによるユダヤ人差別は共産主義者の陰謀である」として取り合わなかった。逆に理事の一人であったアーネスト・リー・ヤンキーは、ドイツの反ユダヤ主義への懸念からベルリンオリンピックのボイコットを公式に提言したため、IOCから追放される事態となった。

 一方のナチスも、ベルリンオリンピックの成功はナチズムの成功に直結することを理解し、「ユダヤ人差別は存在しない」という外観作出のための政治工作を多数行った。

 例えば、ユリウス・シュトライヒャー主幹の反ユダヤ新聞「デア・シュテュルマー」は、発行部数最大40万部の大新聞であり、毎号「ユダヤ人がドイツの子どもを誘拐して悪魔への生贄にしている」とか「ユダヤと性的交渉をもったドイツ女性の血は永遠に呪われる」といった報道を続け、目ぼしいユダヤ人問題が無いときは、中世や古代の古文書に記載された「ユダヤ人は悪魔である」との記述を引っ張り出して報道するなどの筋金入りの反ユダヤ新聞であったが、これを全ドイツの店頭から一斉に撤去した。そのほか、反ユダヤ主義を掲げたポスターや標語もすべて取り除いた。さらには、極めつけの手段としてアメリカなどに亡命したユダヤ人を呼び戻し、ドイツ代表選手に仕立て上げることまでやったのである
 フェンシング女子選手のユダヤ人ヘレン・メイヤーは、1928年のアムステルダムオリンピックで金メダルを獲得した実力者であり、ベルリンオリンピックでも銀メダルを獲得した。驚くべきことに、ユダヤ人のメイヤーは銀メダルの授賞式でナチス式敬礼をヒトラー総統にした。これを見た世界各国のマスメディアは、ナチスにユダヤ人差別は無いと確信したのだ。

 しかし、のちに彼女は「それが強制収容所にいる親族の命を守ることにつながると信じていた」と語った。ヒトラー政権はほかにもユダヤ人選手を参加させ、世界各国の目に「ユダヤ人差別は存在しない」と誤解させることに成功した。

中国の「演出」に騙されるな

 ここまで述べて、この状況が現在と酷似していることがよく伝わると思う。中国共産党は北京オリンピックで当然チベット人やウイグル人の選手を出場させ、差別は存在しないとの外観を演じさせることが予想できる。当人にしてみれば、それが強制収容所の家族の命を守ることにつながると信じていることだろう。しかし、それは悪夢の再現だ。

 日本が先進国であると自負するならば、基本的人権の擁護は変更が許されない普遍的価値観である。そこに「中立」や「慎重」といった概念は無い。人権を擁護するのか否かという二元論のみある。しかし、残念なことに本邦の与党の一部からは、どっちつかず―すなわち結果としてウイグル人への人権侵害を許容することになりかねない主張があった。また、大手服飾メーカーも人権侵害のジェノサイドに対して事実上「目をつぶる」とも思われる声明を発表している。こうした兆候は、日本が後進国の仲間入りを果たす表徴であり絶対に看過できない。
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良品計画は「新疆綿」を使った衣料品の販売を続けると発表(4月14日)
via wikipedia
 近代オリンピックとは平和の祭典である以上、その平和を乱す行為はオリンピックの精神を汚すものであるとの認識が重要である。1980年のモスクワオリンピックも、前年に勃発したソ連のアフガニスタン侵攻を受けて世界50ヵ国以上がボイコットした。その「ボイコット報復」としてソ連や北朝鮮などの共産国が1984年のロサンゼルスオリンピックをボイコットしたが、これこそ「政治利用」であった。

 平和とは、対外的戦争をしていないことを意味するものではない。内戦が長期化したシリアが平和であるとはだれも言えないことと同様、平和とは基本的人権の擁護が為されている状態をいう。

 今こそ日本も同盟国と歩調を合わせて、北京オリンピックのボイコットを表明する勇気が必要である。
橋本 琴絵(はしもと ことえ)
昭和63年(1988)、広島県尾道市生まれ。平成23年(2011)、九州大学卒業。英バッキンガムシャー・ニュー大学修了。広島県呉市竹原市豊田郡(江田島市東広島市三原市尾道市の一部)衆議院議員選出第五区より立候補。日本会議会員。

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