山口敬之:「仁義なき」総裁選を誘発するか~8.22横浜...

山口敬之:「仁義なき」総裁選を誘発するか~8.22横浜市長選に注目!

悩みが尽きない菅総理

「仁義」が色濃く残る世界

 政治と任侠。総裁選とか総選挙とか、いわゆる切った張ったの局面になると、永田町でよく使われるのがヤクザ用語だ。仁義、刺客、親分、子分、現ナマ、縄張り、ケツ持ち、水盃。こんな言葉が普通に使われるのは、もはや昭和の任侠映画と永田町位だろう。

 私が永田町で下っ端の政治記者をしていた90年代は、選挙が近づいてくると、用もないのに中堅若手の議員が次々と自民党本部4階の幹事長室を訪れては、10分もしないで出てくる事がよくあった。

 「随分手短かですね。ヤマタク幹事長と選挙の情勢分析ですか?」
 「イヤイヤ、まぁ、その、ご挨拶ですよ」
 
 いつもは愛想が良く雑談に事欠かない旧知の議員も、この時ばかりは醜い照れ笑いを浮かべて、私を振り切るように、そそくさとエレベーターに乗り込んでいった。背広の胸元は、まるでボディビルダーのようにパンパンに膨らんで、申し訳程度に留めたボタンが、はち切れそうだった。
 そう、この中堅議員は、百万円の札束「4本」を2つに分けて背広の左右の内ポケットに忍ばせているから、親しい記者とも無駄話をする余裕がなかったのだ。

 親分に現ナマを注入してもらって、選挙という鉄火場に備える。冬にはモチ代、夏には氷代、もらったタマの数だけ恩義も増える。いざカチコミとなれば、我先にとり親分の元に馳せ参じる。

 現代の永田町で行われている事は、時代も目的も違うが、飛び交う現ナマが力を生む構造は、近世日本の博徒と何も変わらない。

 カネと権力と憎悪が支配するという共通点において、政治と任侠は親和性が高いからこそ、永田町ではヤクザ用語がしっくりとハマるのだろう。

 中でも、理不尽と不条理が渦巻く世界だからこそ、永田町で頻繁に耳にするのが、「仁義」という言葉だ。この言葉の本当の意味がわからないと、永田町で起きる事は、ほとんど理解できない。
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「恩」あれば「仁義」を忘れてはいけない世界-

派閥領袖は「菅擁護」

 菅政権の支持率続落が止まらない。昨年9月の発足時には7割近かった内閣支持率は、今年初頭には4割強の数字に落ち着き、6月頃迄は「低値安定」の状態が続いていた。ところが都議選の予想外の低迷で潮目が変わり、7月東京に4回目の緊急事態宣言を出してオリンピックの無観客を決めた所で、支持率は一気に再下降に転じた。メディアによっては危険水域の3割を割り込むところも出てきた。

 一方で、自民党の支持率は一貫して3割強という数字を維持しており、多くのメディアで内閣支持率が自民党支持率を下回る逆転現象が起きている。
 ※参考記事:「青木率」について

 だからこそ、
 「菅首相では総選挙は戦えない」
 「新しい首相の元でやれば勝てる」
 という「菅下ろし」のマグマが地表近くまで迫り上がっているのだ。
 社長交代後に業績が明らかに低迷した企業は、「経営責任」という名の下に、経営陣を刷新する。これが組織存続の王道だ。

 なぜ自民党の場合は、こういう判断がストレートに機能しないのか。それは、永田町という街に、任侠の論理がDNAレベルで埋め込まれているからだ。

 支持率底割れ状態でも、党内の派閥の領袖クラスから菅下ろしに加担する動きが出てこないのも、現段階の倒閣運動に「大義」がないからだ。

 「菅さんは精一杯頑張っているじゃないか」「重大な瑕疵のない首相を、その時々の支持率で下ろすの下さないのという事時自体が不謹慎だ」という領袖がほとんどだ。

 確かに、あれだけ批判された無観客での五輪開催も、幕を閉じてみたら肯定的な評価が大半だ。

 日本勢が大活躍したオリンピックは、多くの国民を「自宅TV観戦」に導いた。緊急事態条項のない「平和憲法」の元、これほど効果的な「人流の抑制策」はあるまい。

 菅首相にとって不幸だったのは、インド由来のデルタ株の感染力が想定以上で、オリンピックとは無関係なところで感染拡大が続いてしまった事だ。

 「デルタ株は菅さんのせいじゃない」

 派閥の領袖クラスのいう事はもっともだ。デルタ株は今世界を席巻しているのであって、いま日本で感染が拡大しているのは、菅首相のせいでもオリンピックを開催したせいでもない。
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コロナウイルス感染者の再増加は世界中で起きている―

全ての派閥に「跡目」がいない状況

 しかし、派閥の領袖があくまで菅擁護の姿勢を崩さない理由は「瑕疵がない」からだけではない。

 有り体に言えば、ほとんど全ての派閥は、「跡目」を継がせる正統な世継ぎが決まっていないのだ。

 ここで、自民党派閥の勢力図を整理しよう。

 【自民党派閥 勢力一覧】
 ・清和会(細田派)97(衆61 参36)
 ・志向会(麻生派)54(衆41 参13)
 ・経世会(額賀派)52(衆32 参20)
 ・志師会(二階派)37(衆27 参10)
 ・宏池会(岸田派)36(衆34 参12)
 ・水月会(石破派)16(衆15 参1)
 ・有隣会(谷垣派)15(衆14 参1)
 ・近未来(石原派)10(衆10 参0)
 *************************************
 ・菅グループ   23(衆13 参10)
 ・無派閥議員   26(衆19 参7)

 昔は派閥の領袖=次期総理候補と決まっていたが、今は違う。細田博之氏、麻生太郎氏、額賀福志郎氏、二階俊博氏など、岸田文雄氏を除くほとんどの領袖は、もう総理・総裁を狙っていない。
 かといって、各派閥とも、跡目を継ぐ若頭を絞りきれていない。

 筆頭派閥の清和会を事実上率いているのは安倍元首相だが、安倍氏自身まだ66歳で現役バリバリだ。一時は後継候補と目された稲田朋美がジェンダー政策でミソをつけた事もあり、清和会領袖としての「ポスト安倍」は全く固まっていない。

 麻生派や二階派にはこれといった若頭はおらず、額賀派は加藤勝信と茂木敏充という有資格者2人が菅内閣で閣僚を務めている事もあり、跡目争いはペンディングの状態だ。

 一方、今度の総裁選で名前が取り沙汰されているのは、高市早苗、下村博文、野田聖子、河野太郎、石破茂、岸田文雄。この中で自力で20人の推薦人を集められるのは、宏池会の領袖・岸田文雄ただ一人だ。

 どの派閥も、一致して推す派閥内候補を絞り込めないからこそ、菅続投支持という選択肢しかないというのが、領袖レベルの実情とも言える。
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「保守層」の期待を一身に担う高市氏だが―

総裁選の「正しい」流儀

 自民党の総裁選というのは、本来派閥間抗争だった。派閥の領袖本人か、領袖と「親子の盃」を交わした正統な後継者が、派閥の全面的支援の下で、現職の総理総裁にガチンコ勝負を挑むというのが、「正しい」総裁選のあり方なのだ。

 この派閥の方程式を「ぶっ壊した」のが2001年の小泉純一郎だ。ちなみに、衆議院副議長まで務めた祖父の小泉又次郎は、刺青の入った元博徒だった事で知らてれる。

 2001年の総裁選は、各派閥の所属議員を計算した結果、橋本龍太郎の当選が確実視されていた。

 しかし長く支持率低迷に苦しんだ森首相の跡目だっただけに、「自民党をぶっ壊す」と叫んで旋風を巻き起こした小泉に「選挙の顔」としての期待が集まり、大逆転で総理・総裁の座を獲得した。要するに、派閥のボスの指示に逆らって小泉に投票した子分議員が大量発生したのだ。

 ただしこの時の小泉も、出身派閥である森派(清和会)の正式な候補だったし、加藤派(加藤宏池会)と山崎派(近未来研究会)の支持も取り付けていた。あの小泉ですら、永田町の掟にしっかりと準じた「正統な派閥の跡目候補」として出馬していたのであって、風来坊の無派閥候補ではなかった。
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総裁選の「仁義」まではぶっ壊してはいない―
 そもそも、総裁選には20人の推薦人を集めないと出馬できないわけで、自力で20人集められない風来坊議員は、結局は派閥の領袖に頭を下げるしかない。

 こういう観点から言うと、高市早苗、下村博文、野田聖子、河野太郎、石破茂は、いずれも「風来坊」の域を出ていない事になる。

 石破は「水月会」という自分の派閥を持っていたが、現有勢力は16人。しかも会長を退き顧問という肩書きに甘んじており、少ない所属議員すら固めきれていない。

 派閥の力学によって政局が動き政策が決まっていく自民党の体質については、かねて批判が多い。
 
 しかし、そうした大所高所の批判はさておき、今名前が挙がっている候補は、派閥の力なしには20人の推薦人を集められない人間ばかりだから、派閥の動向をウォッチしていない限り、流れは読めない。

「令和の明智光秀」は登場するのか

 政治家は大物になればなるほど、ヤクザの「作法」の話が大好きだ。

 一昔前の話だが、親しい政治家と、深夜のバーで、広域暴力団の大親分の襲名披露のDVDを観た事がある。大画面に映し出される、ホンモノの襲名式の実写は、素人目に見ても迫力満点だった。

 儀式は口上人の司会ではじまり、取持人の執行で「親子盃」が交され、親分から下賜された盃を新しい子分が飲み干し、その盃を懐紙で包み懐中に収める。

 じっと黙って観ていた「大物政治家」が口を開いた。
 
 「盃が何で白いか知ってるか」
 
 大画面のテレビから目を離して「大物」に向き直ると、その表情が思いの外真剣だったのを、今でも覚えている。

 「無垢の心で仕えるという、神道の精神を表しているんだ」
 「盃を懐に収めたら最後、子分は命を含めて全てを親分に捧げるんだ。」
 
 DVDを見終わると、自然と政局の話になった。そしてその夜の結論は、ヤクザ社会も永田町も、「仁義を欠いたらおしまい」という所に落ち着いた。
 こうした永田町の「仁義」を重んじる風潮も、最近では随分薄れてきたように感じる。しかし、それでも絶対に許されない禁忌事項はある。最悪の掟破りは「ボスの寝首を掻く」事だ。

 近年の総裁選で最も有名なのが、石原伸晃である。2012年、自民党の政権復帰が確実視されていたこの年の総裁選では、野党党首として自民党復権の礎を築いた谷垣禎一が「総裁再選→総理就任」に強い意欲を示していた。

 ところが、前年の2011年に谷垣総裁に幹事長に抜擢されたばかりの石原が出馬の意向を示した事で大騒動となり、石原は「恩知らず」と非難された。

 麻生太郎は石原出馬の報を聞いて緊急会見を開いた。冒頭、自民党が一番苦しい時に党を率いて政権を取り戻す所まで導いた谷垣に対して、全ての自民党議員は恩義を感じるべきだと述べた上で、石原をこう断罪した。

 「下克上とか、『平成の明智光秀』とか、ありがたくない冠をこの人(石原伸晃)は当分頂くことになる。私の人生哲学には合わない」

 仁義、言い換えれば「人の道」に外れていると麻生に痛打された石原のダメージは大きかった。

 総裁選で3位に沈んだだけでなく、この時背負った負のイメージがなかなか拭えず、その後は総裁候補として名前を挙げられる事すらなくなってしまった。
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一度「仁義」に外れると浮上が難しい世界-
 今回の総裁選で名前が挙がっている人物で、2001年当時の石原と類似の地位にいるのが、河野太郎ワクチン担当大臣と、下村博文政調会長だ。

 閣僚と党三役(幹事長・総務会長・政調会長)にとって、総理・総裁は自分を要職に抜擢してくれた大恩人のはずだ。

 また、この2人が今担っている役職は幹事長と変わらない位重い。政調会長は、夏の予算折衝とコロナ対策の政策立案で、多忙を極めているべき時期だ。

 ワクチン担当大臣はいうに及ばす。本来日本で一番忙しい仕事の一つでなければおかしい。

 この2人が今、自身の出馬に向けて時間と労力を割いているのであれば、彼らは首相だけでなく、コロナ禍で喘ぐ国民すらも裏切っている事になる。

 しかし石原の出馬から20年、今では大臣や党三役の出馬が取り沙汰されても、「恩知らず」「職務放棄」という観点で批判する人はめっきり減っているようにも感じる。

 永田町から古臭い因襲が消えつつあると喜ぶ人もいる。一方で、永田町に長く住む関係者は昨夜、「仁義の薄れた永田町なんて、水で薄めた日本酒のようなものだ」と嘆息していた。

 下村や河野に、「古い」永田町的価値観があれば、決して出馬しないだろう。逆に何の躊躇もなく出馬し、それなりの票を集めるのであれば、今回の総裁選は永田町の文化が変わっていく大きなきっかけとなるだろう。

「仁義なき戦い」の号砲となるか―8.22横浜市長選挙

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山口敬之:「仁義なき」総裁選を誘発するか~8.22横浜市長選に注目!

「仁義なき戦い」の号砲となるか―8.22横浜市長選挙
 内閣支持率低迷で浮き足立っている「魔の3回生」の大半は、そもそも「総裁選に出ない仁義」と聞いても、ちんぷんかんぷんだろう。

 だからこそ彼らは、「菅さんの元では総選挙は戦えない」と騒いで、高市早苗や河野太郎や下村博文を担ぎ出そうとしているのだ。

 もし、彼らが安倍や麻生や二階や額賀に盃を返して、すなわち派閥を離脱してまで、「風来坊」の推薦人になろうというなら、それはそれで見上げたものだ。

 しかし、私の所に入っている情報では、現段階で「菅下ろし」に奔走している中堅若手に、そこまでの覚悟は感じられない。単に自分の選挙を戦いやすくしたいという短絡的な動機なので、動きも散発的で、大きなうねりを生むほどの力は今のところない。

 また数的にも、高市や下村や河野などの推薦人になる議員は、現状ではそれほど多くない。各候補につき、それぞれ10人に満たないという見方が支配的だ。

 こうした中、全ての自民党関係者が固唾を飲んで見守っているのが、週末22日に投開票される横浜市長選だ。

 菅首相は横浜市議出身で、1996年の初出馬以降横浜市南部の神奈川2区で25年、連続8回当選を果たしている。

 さらに、今回菅内閣の閣僚の座を投げ打って出馬した小此木八郎氏の父・小此木彦三郎氏は、政治家を目指していた菅氏を1975年に秘書として採用した菅氏の大恩人だ。

 要するに、菅首相にとっては、恩と縁が渦巻く今回の横浜市長選は「絶対に負けられない戦い」なのだ。

 もし、横浜市長選で小此木氏が敗れるような事があれば、「お膝元で勝てないなら、総選挙も勝てるはずはない」と、「菅下ろし」のボルテージは確実にもう一段上に上がる。

 派閥の領袖も、一人や二人の反逆者なら抑え込めるが、10人20人と、まとまって直訴してきたら、推薦人流出の流れを止められなくなる可能性もある。

 そうなると、風来坊候補にも十分に勝機が生まれる。派閥の論理に全く与しないリーダーの誕生は、いい意味でも悪い意味でも自民党政治のあり方を大きく変えるだろう。

 仁義なき中堅・若手の利己的悲鳴が、古い仁義を薙ぎ倒して総裁選の流れを作るのか。

 今回の総裁選は菅首相に対する審判であると同時に、自民党という政党の性格を質的に変える可能性も秘めているとも言える。
山口 敬之(やまぐち のりゆき)
1966年、東京都生まれ。フリージャーナリスト。
1990年、慶應義塾大学経済学部卒後、TBS入社。以来25年間報道局に所属する。報道カメラマン、臨時プノンペン支局、ロンドン支局、社会部を経て2000年から政治部所属。2013年からワシントン支局長を務める。2016年5月、TBSを退職。
著書に『総理』『暗闘』(ともに幻冬舎)、新著に『中国に侵略されたアメリカ』(ワック)。

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