「芸術無罪」の大罪

 1917年、ニューヨークで開かれたアンデパンダン展に出展を拒否されたマルセル・デュシャン氏の作品は「泉」というタイトルのただの便器であった。現代アートの歴史はここから始まるのである。
 以来、100年にわたって、無数の〝自称〟アートが発表され続けてきたが、そのほとんどが、思いつきと屁理屈とやった者勝ち(言った者勝ち)の産物、とどのつまりは「表現」のゴミに過ぎない。昭和天皇の写真を燃やして灰を靴で踏みつける行為がアートなら、そんなジャンルはまさしくゴミというにふさわしいだろう。実際、拾ってきたゴミを集めて展示する自称アーティストもいるらしいから話はややこしいのだが。

 どんな世界でも100年もあれば、それなりの進歩があるはずなのに、デュシャンの時代から何も変わっていない。現代アートとは、前衛とは名ばかりのもっとも時代遅れのジャンルといえそうだ。いっそ、あの「平和の少女像」とやらに「便器」とタイトルをつけて展示し、偉大な先駆者のオマージュとしたらどうだろうか。
 ちなみに筆者は、「表現の不自由展」でおなじみ、昭和天皇の写真と陰毛ヌード写真をコラージュした大浦信行氏の〝作品〟を解説付きでフェイスブックにアップしたところ、わいせつ投稿と見なされアクセス制限を受けた。フェイスブックもあれを芸術とは認めなかったという盛大なオチである。大浦氏はフェイスブック社に抗議すべきであろう。

 それはさておき、昨今、あいちトリエンナーレを見るまでもなく、アートに名を借りた反日行為がまかり通っているようである。いわば、「芸術無罪」だ。ここでは誌上展覧会と銘打って、自称アーティストたちの「反日アート」をいくつか紹介してみたい。いずれ劣らぬ珍品ぞろいだ。

噴飯ものの芸術行動(パフオーマンス)

 ソウル鍾路区の日本大使館前は、自称芸術家や現代の呪術師たちによる反日パフォーマンスの聖地としておなじみである。2011年に慰安婦少女像が設置され呪物信仰の対象となって以来、その意味合いはより強固なものとなった。過去には、カッターナイフを使っての割腹ショー(ただし、切ったのは腹の皮だけ)に挑んだタクシー運転手(2013年2月)やガソリンを被って焼身自殺した無職老人(2015年8月)など、命がけのパフォーマンスを見せてくれた表現者もいた。前者は「竹島の日」、後者は慰安婦問題に対する抗議の芸術行動だという。

 2013年8月23日には、こんな「スーパー・アーティスト」が日本大使館前に降臨している。
《白い米粒が白い韓服を着た女性の頭の上に落ちた。口に入れるべき米が頭の上に、それから地面に落ちて積もった。女性は米を避ける代わりにうつろな目で、またある時は怒りに満ちた目で 日本大使館の前にはためく日の丸を凝視した。
 これは23日昼12時、ソウル日本大使館前でイ・ハユン氏(55歳=当時※ 但馬註)が公開した 「外面そして声のない叫び」というタイトルのパフォーマンス内容だ。白い韓服は日帝勤労強制慰安婦被害者である朝鮮の少女を、米が落ちるのは少女の労働が搾取されることを象徴する。(中略)イ氏は「日帝強制占領期、日本は私たちの主食である米を収奪し空腹に苦しんだ数多くの女性の労働力を絞り取った」として「米一粒一粒が挺身隊ハルモニらの血と汗と涙であり、無関心と沈黙のうちに生を終えた数多くの挺身隊ハルモニらの魂」とパフォーマンスが象徴する内容を説明した。この他にもパフォーマンスを行った直径二メートルの真っ赤な円は日章旗を、大使館に向かった芸術家の鋭い〝眼差し〟と指差しは日本に歴史的懺悔と法的賠償を要求することを意味すると作家は伝えた。(後略)》(『民衆の声』〈韓国語〉2013年8月23三日)

 なるほど写真を見ると、チョゴリ姿のおばさんが、頭の上から滝のように米粒のシャワーを浴びている【作品1 ※これはニューヨークでのもの】。これだけ見ると何が何だがよくわからないし、記事の説明を読むと、さらにわけがわからなくなってくるあたりが、さすがアートだ。このパフォーマンスが行われた「8月23日」は、1940年、「日帝が〝朝鮮女子挺身隊勤労令〟を公布した」日にちなんでいるのだという。
「日帝強制占領期、日本は私たちの主食である米を収奪し、空腹に苦しんだ数多くの女性の労働力を絞り取った」──これからして大噓である。李朝時代、日常的に白米を食していたのは一部の両班だけで、庶民の主食は雑穀だった。おそらく一生、白い米を見ることなく死んでいく庶民がほとんどだったはずである。

 むしろ、朝鮮の米生産高は日本統治下で飛躍的に増大している。品種改良も行われた。それでも、内地の二級米のレベルがやっとだったが、朝鮮総督府は朝鮮米を高く買い取り、内地で安く売った。なぜか。当時の朝鮮では、米ぐらいしか輸出するものがなかったからである。安い朝鮮米の流入は、ただでさえ貧しい東北地方の農家を圧迫する。これに冷害が追い打ちをかけ、一家離散、娘の身売りが相次いだ。そんな状況にありながらも時の政府は相も変わらず内地の開発よりも朝鮮の近代化を優先していた。

 それはさておいて、「一粒一粒が挺身隊ハルモニらの血と汗と涙」とまで言い切るのだから、韓国人にとってもお米というのは格別の意味をもっているとは思うのだが、そのお米を頭からかぶったりする感覚は、「米という字は八十八の手間と書く」と教わって育ったわれわれ日本人にはまず理解不能。
 このイ氏、現代アートの本場ニューヨーク在住のアーティストなのだそうで、英名をHayoon Jay Leeという。動画検索で彼女のニューヨークでの活動を知ることができるが、床に撒いた米の上を後ろ手に縛られた赤いスリップ(?)姿の彼女が這いずり回る「作品」や、口いっぱいに頰張った生米を吐き出す「作品」に頭がクラクラすること請け合いだ。一度口に入れたものを吐き出すというのは西欧人が一番嫌がる行為だと思うのだが。かと思えば、棺桶のような箱の中に寝た彼女の素肌にまとった布を観客が一枚一枚剝いでいく「作品」は、明らかにオノ・ヨーコの模倣だ。おそらく、彼女自身、ヨーコをかなり意識しているのだと思う。すぐ裸になりたがるところを含めて。

 これらの「作品」動画はいずれも六~七年前に投稿されているが、再生回数200回を超えるものがない。また、ニューヨークのアート・シーンで活躍しているという触れ込みにもかかわらず、英語版のウィキペディアにHayoon Jay Leeを探してみても出てくるのは彼女でなく、贈収賄容疑でお騒がせの李在鎔(イ・ジェヨン)サムスン電子副会長なのであった。
作品1 米粒を浴びる女性

作品1 米粒を浴びる女性

日本代表の汚点

『ベルリンを忘れるな』(作者:イ・ヒョヨル)
《果川(クアチヨン)関門体育公園運動場陸上トラックに特別な作品一つが設置された。高さ1メートル64センチ、幅2メートル44センチの白色土台壁に赤い日の丸が描かれ、その前に月桂樹の植木鉢が一つ置かれている。作品の左側上段には「リメンバー・ベルリン」(Remember Berlin)という文が記されている。
 これは設置美術家イ・ヒョヨル氏の作品だ。作品についてイ氏は「日本はいまだに日本軍『慰安婦』被害、強制徴用問題、そして独島(ドクト)(日本名:竹島)領有権紛争など自らの誤りを認めずにいる。かえって居直りの態度を見せる彼らに『恥ずかしいではないか』『もう一度考えてみなさい』という質問を投げたかった」と話した。
 それと共に彼は「何より今回の作品は(2002年 ※但馬註)11月15日逝去された孫基禎(ソン・ギジョン)先生を賛えようと考えた。私の作品を通じて多くの方々が孫先生について考える時間を持てば、という思いと恥ずかしい態度を日常的にとる日本を私たち自身が知るというメッセージを伝えるために企画した」と説明した。(後略)》(ソウル新聞〈韓国語〉『100秒インタビュー』2019年10月31日)

 なぜ今、孫基禎なのかと思ったら、なるほど2020年は五輪イヤーなのだ。韓国はここへきて、やれ「放射能五輪」だ、やれ「IOCは(競技場への)旭日旗の持ち込みを禁止しろ」だなどと、東京五輪に対する嫌がらせやディスカウントにご執心だが、この「作品」もそういった空気と無縁ではないだろう。
 孫基禎氏は併合時代の1936年(昭和11年)のベルリン五輪に、マラソン日本代表として出場、当時の世界記録で優勝した名ランナーである。表彰台に上がった彼は、『君が代』が流れる中、ヒトラー総統手ずから贈られた記念品の月桂樹で胸に縫い付けられた日の丸を隠したという。翌日の東亜日報も孫氏の胸の日の丸を白く塗りつぶした写真を掲載、これがもとで同紙は発刊停止処分を受けている。イ氏の作品はそれらの「故事」が下敷きになっているようだ。

 孫氏自身、民族意識の強い人物として知られ、「私の祖国は日本なのか。なぜ日本代表で走らなければならないのか」などと常々周囲に語っており、当局からは要注意人物視されていた。それゆえに、戦後の韓国では、民族の誇りを守った「スポーツ英雄」として讃(たた)えられている。
 孫氏の持ち帰った月桂樹の苗は、彼の母校である陸上競技の名門養正高校の校庭に植樹され、その後、同校の移転に伴い、校庭は「孫基禎記念運動公園」として整備された。80年の時を経て月桂樹も10メートルの大樹に育ち、その木陰は公園を訪れる人々の憩いの場となっている。旭日旗を「東洋のハーケンクロイツ」と呼び、「アジア人にとって胸がしめつけられる侵略のシンボル」などとのたまう韓国人が、ヒトラーからもらった月桂樹を後生大事に育てているというのも不思議な話だ。また、数々の記録を打ち出した孫氏のランニングシューズは、韓国人が好んで使う日本人の蔑称「豚足(チョッパリ)」の由来ともなった足袋型である。

 作者のイ氏は元広告代理店勤務。固めた練炭の灰に一輪のバラの花を挿したものを駅や街角に設置して立ち去るインスタレーション・アート「熱いうちに花が咲く」が注目され、多くの人に知られるようになった。練炭は現在でも韓国では安価な冬場の暖房として用いられるが、イ氏自身の貧しかった少年時代の思い出にかぶるのだという。あの日本大使館前の慰安婦像の足元にも置かれ話題になったことがある。

確信犯の恨日(ハンニチ)芸術

【作品2】『STOP ISLAND THEFT』(作者:イ・ジェソク)
 慰安婦と並んで、韓国人反日アーティストの創作意欲を刺激してやまない題材といえば、なんといっても竹島だ。彼らは「独島」と呼ぶ。
 2013年には、キム・テッキという彫刻家が「独島が韓国領であることを日本に思い知らせる」と称して、韓国でアニメロボットの代名詞ともなっている『テコンV』のキャラクターを使った全長13メートルのワイヤー製彫像を製作、竹島に設置する計画をぶちあげた。宅配ピザ・チェーンの後援もつき、製作費5~6億ウォン(約5000~6000万円)を賄うためのクラウドファンディングも始まったところで、ネット上で、『テコンV』は日本のロボットアニメ『マジンガーZ』のパクリだという指摘が相次ぎ、「そんなものを独島に建てられるか」ということになって、計画は頓挫。実に韓国らしい結末となってしまった。それにしても、つくづくオリジナリティというものとは無縁の人たちなのだなあと思う。

《米国のニューヨークに留学していた時、国際的な広告公募展を総なめにした韓国人イ・ジェソク氏が今回はニューヨークの心臓部であるマンハッタンでぱっと目につく文具で作った広報物をあちこちに設置し、独島(竹島)を守護するためのゲリラ性キャンペーンを繰り広げて話題になっている。
 現在広告会社である「FCBニューヨーク」に勤めるイさんは、マンハッタンのタイムズ・スクウェアとエンパイア・ステートビルを中心に先週からゲリラ性キャンペーンを大々的に進行している。イさんは他人の家に入って盗みを働いた後、垣を乗り越える日の丸で覆面をした人物を実物大で作ってゲリラ性に日夜を問わずあちこちに設置している。
 設置物の下端には「STOP ISLAND THEFT」という文章が書かれており、その横に「日本は歴史歪曲を通じてアジアの島々を盗もうとしている」と言う説明がついている。(後略)》(『聯合ニュース』2008年7月23日)

 写真で見るイ・ジェソク氏の「作品」は、黒装束に旭日旗の覆面、大きな袋を背負った、今どきマンガの世界にも生息していないだろうと思われるクラシック・スタイルの泥棒(切り抜きパネル?)がスパイダーマンよろしく広告塔の上を這っている図だ【作品2-1】。不法設置物であるため、「作品」は環境美化員や警備員によって、設置(投棄?)するそばから撤去されるのだが、イ氏はなおもこのキャンペーンを続けていくと記事の中で豪語している。

 また別の記事で、イ氏は「独島を自分の地だと言い張ることは、単純に韓日間だけの問題ではなく、アジア全体を脅かす〝戦争挑発〟と規定できる。日本の卑劣で猥雑(わい ざつ)な泥棒根性を万方に広く知らせ、国際社会から非難を浴びるようにすることが今回のキャンペーンの目的」と言っているが、もはやこうなると、アートではなくただの政治プロパガンダだ。
 イ氏はその後、「口から血を滴(した)らせて日本の国旗を食らう」安倍首相のポスターを制作したり、彼らが言うところの歴史歪曲教科書である「つくる会」教科書を拳銃の形にくりぬいた立体物【作品2-2】をネットオークション・サイト「e‐bay」に3000ドルで出品したりなど、ワールドワイドな反日アート活動に励んでいる。
作品2-1

作品2-1

マンハッタンに出現した「島泥棒を止めろ」
作品2-2

作品2-2

イ・ジェソク氏が「e-bay」に3000ドルで出品した「つくる会」教科書。入札があったかどうかは不明。

禁断の芸術表現

【作品3】『日本の皆さん天皇の生首はいかが』 (作者:ジョン・ユンア)
 もはや、これに関しては言葉もない【作品3】。
 他の反日アートには辛うじて残っていた、韓国人らしい一種のおマヌケさや愛嬌すら捨て去った、憎悪と呪詛の吐瀉物(としゃぶつ)であるとだけ言っておこう。作者はアメリカ在住の自称モデル兼カメラマン(女性)。ポートレートを見る限りなかなかの美人だ(モデルだから当たり前か)。
 さすがに、これは展覧会などに出展されたものではなく、自身のインスタグラムに上げたものである。そこには英語でこう記してあった。

《私は夢を見た。「日本による軍隊性奴隷」になった幼い少女たちの夢。日本帝国陸軍の哀れな犠牲者となった罪のない無垢な少女たちのために、正義の欠片をと考えた。
「日本の兵隊たちは、命令に従わなかった少女の1人の首を斬り落とし、その首を沸騰する鍋に入れた。そして残った少女たちにそれを飲ませた」 ……生存者の1人による証言。
 あなたたちの国で神のように扱われているヒロヒトの馘首(かくしゅ)された姿を見て、どんな気分?
 私、謝罪はしないよ。この写真についても、この写真が意味することについても。あなたたちが罪のない少女たちにやったことは許されることではないのだ》(有志による翻訳)

 慰安婦の頭部を鍋で茹でて別の慰安婦に飲ませた、というくだりが出てくるあたり、彼女はあの怪しげな慰安婦の証言をもとに作成された「クマラスワミ報告」の信奉者のようだ。
「韓国には抽象表現がなく、その表現は具象に止まる」というのは、筆者がさまざまなところで述べてきた持論だ。あの慰安婦像を見てもそれは理解できるかと思う。彼らは抽象という回路を通して情念を昇華することを望まない。恨みの文化が求めるのは具象なのである。いきおい、その表現は猟奇的でおどろおどろしいものになるわけだ。
「漢字の廃止が韓国人からさらに抽象的思考を奪っていった」という呉善花氏の指摘も大いに傾聴に値するだろう。彼らは、現代アート以前のアブストラクトから再出発すべきだと、お節介のひとつも言ってみたくなる。

 さらにいえば、自己相対化能力の欠如。自分を正義の高みに置いて他者を断罪することに終始した「風刺」は、多くの場合、見苦しいだけのものに終わる。
作品3

作品3

ジョン・ユンア氏のインスタグラムに上がったコラージュ。
「芸術無罪」はどこまで野放図なのか。

不平等な展示

 先に「現代アートのほとんどはゴミ」といったが、筆者が認める数少ない韓国人現代美術家がいる。ナムジュン・パイク氏(故人・米国籍)である。ビデオアートの創始者の1人だ。テレビのブラウン管受像機を並べた氏の一連の作品は、文明批判のようでもあり、未来もやがて過去になるという時間の無常を表現したかのようでもあり(そういえば、ブラウン管というのもすでに過去の遺物だ)、単なるディスプレイのようにも見える。重要なのは、そこに彼の余計な自意識が入り込んでいないということだ。
 パイク氏は本名・白南準。併合時代の1932年に京城で生まれている。東大卒業後、ドイツ留学中に現代音楽と美術の洗礼を受け、その後、ニューヨークに拠点を移し、有名な前衛芸術グループ、フルクサスのメンバーとなった。韓国人にありがちな矮小的な民族主義の呪縛を受けなかったことは、彼と彼の作品にとってどれだけ幸福だったことかと思う。
 彼の名声は母国・韓国でも不動の地位を築いており、水原市には彼の名を冠したアート・センターもあるが、反面、彼の作品が実は母国で以下のような仕打ちにあっていることを日本のファンは知るべきだ。

《国立現代美術館に展示されている故ナムジュン・パイクさんの作品のうち、東海を「日本海」と表記した古地図を使った作品が、25日に撤去された。
 この作品は、5日から始まった「韓国現代ドローイング展」に展示されているパイクさんのドローイング5点のうちの一つ。『古地図2』のタイトルで、パイクさんとドイツ生まれのアーティスト、ヨゼフ・ボイスさんの関係を象徴的に表現したものだが、作品に用いられた古地図には、東海が仏語で「日本海(Mer Du Japon)」と表記されている。
 美術館側は、韓国を代表するアーティストの作品に「日本海」の表記があるのは問題だとする市民らの抗議を受け入れ、作品を撤去したと説明した》(『聯合ニュース』2006年4月26日)

 特定の人物の写真を燃やして踏みつけたわけではない。わいせつなコラージュでもない。誰も傷つく人のいない個人作品を、国家の政治的主張と合わないというだけで封印してしまう。こういう精神が彼らを芸術から遠ざけているのではないか。
 そして思う、真に「表現の不自由展」に展示されるべきは、パイク氏の『古地図2』ではないのかと。

但馬 オサム(たじま おさむ)
1962年、東京生まれ。文筆人・出版プロデューサー・国策映画研究会会長。十代のころより、自動販売機用成人雑誌界隈に出入りし、雑文を生業にするようになる。得意分野は、映画、犯罪、フェティシズム、猫と多岐にわたる。著書に『ゴジラと御真影』(オークラ出版)、『韓国呪術と反日』(青林堂)など多数。

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