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地方統一選挙に敗北した民主進歩党
 11月26日、投開票が行われた台湾の統一地方選挙で、与党、民主進歩党が大敗した。計21県・市長ポストのうち、5つしか確保できなかった。主要都市の台北、桃園、台中などで軒並み敗北。台湾の中央選挙委員会の統計によると、今回の県・市長選挙での民進党の得票率は41.62%で、計474万票余りだった。2020年1月の総統選挙で、蔡英文氏が獲得した史上最高の817万票余りと比べて、半減に近い。
 一方、最大野党の中国国民党は躍進した。計約570万票を獲得し、得票率は50.03%で過半数に達した。この情勢が続くなら、24年1月に予定される次期の総統選挙で政権交代の可能性も浮上している。

 欧米や日本など民主主義国家との関係を重視している民進党と比べて、中国との関係改善を主張している国民党は親中政党の色合いが強い。米国を中心とする中国包囲網が形成されるなか、台湾に親中派政権が誕生することがあれば、北東アジアの情勢が一変する。中国の脅威にさらされている日本にとっても、由々しき事態だ。

 今回の選挙結果に最も喜んでいるのは、台湾との統一を虎視眈々(こしたんたん)と狙っている中国に違いない。10月下旬に閉幕した中国共産党大会で、習近平国家主席が共産党総書記に再任された直後の出来事でもあり、国民党の勝利は習氏にとって大きなプレゼントとなったようだ。中国で台湾政策を主管する国務院台湾事務弁公室の朱鳳蓮報道官は、選挙の結果が出た直後の26日夜、「平和や安定を求め、良い暮らしをしたいという台湾の主流の民意を反映した結果だ」との談話を発表し「多くの台湾同胞と引き続き団結し、中台関係の平和的、融合的な発展を推し進める」と台湾側に呼び掛けた。

 台湾の政治用語には「振り子現象」という言葉がある。有権者は選挙のたびに、前回と異なる政党に票をいれ、民進党と国民党が時計の振り子のように交互に勝利するということを指す。
 例えば16年の総統選挙で民進党の蔡英文氏が勝利したが、その2年後の18年の統一地方選挙で国民党が圧勝した。20年の総統選挙で蔡氏が続投したが、今回の統一地方選で再び民進党が敗北した。

 結果からは、台湾の有権者は外交や安全保障を主導する総統を選ぶときは、民進党を支持するが、民進党が独り勝ちし続けることを警戒し、地方選挙では国民党を支持することで、政治のバランスを取ろうとしているようにも見える。もし外部からの影響がなければ、このような有権者のバランス感覚は極めて健全だ。しかし、隣には虎視眈々と台湾を併合しようとする巨大な中国があり、様々な手段で台湾の選挙に介入していることを見逃してはならない。
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世界179の国・地域の中で、台湾はもっともフェイクニュースに汚染された国だという
 今回の地方選挙における民進党の敗因は、物価高騰や景気低迷などに対する市民の不満が高まったことが指摘されるが、中国発とみられるフェイクニュースが多く流れ、選挙に大きな影響を与えたことは否定できない。

 例えば、今回の選挙中、民進党の台北市長候補、陳時中(ちんじちゅう)氏を貶(おとし)めるフェイクニュースが多かった。陳氏は台湾の元衛生福利部部長(厚生労働相)で、コロナ対策の最高責任者として陣頭指揮をとっていたため、高い知名度を誇っていた。2022年夏までは市長選に勝利する可能性が高いとみられていたが、選挙戦に突入すると「ワクチンメーカーに便宜を図った」「女性にセクハラをした」といったネガティブキャンペーンを展開され、好感度が大きく下がった。しかし、インターネットにあふれたこうした情報のほとんどは具体的な根拠がなく、中には中国本土で使う文字、簡体字が交じったものもあった。中国発のフェイクニュースの可能性が高いと指摘されている。

 中国には世界最大規模のインターネット書き込み部隊があるといわれており、潤沢な資金もある。しかも、台湾と同じく中国語を使っており、簡単に台湾に浸透できる。台湾の治安当局者によると、今回の選挙に関するフェイクニュースは、これまでの選挙と比べて特に多かったという。
 スウェーデンのヨーテボリ大学の調査チームが19年4月にまとめたフェイクニュースに関する報告書によれば、世界179の国・地域の中で、台湾はもっともフェイクニュースに汚染されており、2位のラトビアに大差をつけているという。同チームのリーダーは台湾メディアの取材に対し「台湾のフェイクニュースの出どころの大半は中国」との見方を示した。中国発のフェイクニュースからいかに台湾を守るか、台湾にとって大きな課題を突き付けられている。日本にとっても決して他人事ではない。
矢板 明夫(やいた あきお)
1972年、中国天津市生まれ。15歳の時に残留孤児2世として日本に引き揚げ、97年、慶應義塾大学文学部卒業。産経新聞社に入社。2007年から16年まで産経新聞中国総局(北京)特派員を務めた。著書に『習近平 なぜ暴走するのか』(文春文庫)などがある。

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