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民主進歩党の次期総統と目される頼清徳氏
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頼清徳氏は期待できるか、それとも

 台湾の蔡英文総統は2022年11月に行われた統一地方選挙で、与党、民主進歩党が敗北した責任をとって、兼務していた同党主席を辞任した。その後、副総統の頼清徳(らいせいとく)氏が主席選に当選したため、民進党は「頼清徳一強」の時代に突入したといわれる。頼氏が2024年1月に予定される次期総統選の与党候補として最有力視されるようになった。

 頼氏は1月18日に行われた主席就任式で、本人が一貫して主張してきた台湾独立問題に言及し「台湾はすでに主権独立国家だと現実的に位置づけている。改めて独立を宣言する必要はない」と述べた。現在の蔡英文総統の「現状維持の路線」を継承する姿勢を言明した。
 民進党内には、蔡英文グループ、新潮流グループ、正常国家促進会(正国会)、湧言会、蘇貞昌グループなど複数の派閥がある。その中で、蔡英文グループが最も現実的といわれる。蔡氏はこれまで一度も「台湾独立」という言葉を口にしたことがない。一方で、頼氏が率いる新潮流グループは台湾独立志向が強いといわれる。

 頼氏は、行政院長(首相)を務めていた2017年、立法院(国会)での答弁で、「自分は現実的な台湾独立工作者だ」と発言し、物議をかもしたことがあった。今回、党主席への就任に伴い、これまでの台湾独立の主張を軌道修正した背景には、中国を刺激することを避ける狙いがある。また、台湾による一方的な現状変更をしないことを宣言することで、台湾を支持する米国をはじめとする国際社会を安心させる思惑もありそうだ。

 しかし、こうした頼氏の軌道修正は、民進党支持者の間で波紋を広げている。中国国民党による一党独裁時代だった1986年に創建された民進党は、中国からやってきた国民党外来政権を倒し、台湾人による政治の実現を目標として掲げていた。多くの民進党関係者は「中華民国」という現在の公式名称を廃止して「台湾国」に改名し、新しい憲法をつくり、国連に加盟することを目指していた。
「改名」「制憲」「国連加盟」は台湾独立派にとっては悲願だった。最近、米国をはじめ、国際社会で台湾支持を表明する国が増えていることもあり、「今は台湾独立を推進するチャンス」だと考えている民進党関係者が多くいる中、頼氏がわざわざそれを放棄するような発言をしたことに対し、反発する声もある。

 ある長年台湾独立運動にかかわってきた民進党関係者は「頼氏に失望した」「自分の理想をはっきりと口にしなければ、いつまでも実現できない」と不満を漏らした。一部の政治評論家は「頼氏は民進党の伝統的な支持者の票を失う」と指摘している。
 一方、台湾の大手紙の政治記者は、頼氏の発言は「英断」と絶賛する。同記者によると、今の台湾の民意を大きく分けると、約3割が台湾独立を支持し、約3割が中国と統一したいと考えている。残りの約4割は「現状維持」を支持している。蔡英文氏は2020年の総統選挙で、史上最多の817万票を獲得したのは、「現状維持」を支持する中間層を味方につけたことが勝因といわれる。
「頼氏はこれから選挙戦を有利に進めるために、台湾独立を推進しないことを繰り返して訴え続けなければならない」と同記者が指摘している。

 一方、頼氏のライバルとして、野党側は2月現在、複数の有力候補者が台頭しているが、頼氏と比べていずれも中国に近いといわれる。

 昨年の統一地方選で国民党を勝利に導いた同党主席の朱立倫(しゅりつりん)氏。
 各種世論調査で支持率が朱氏を上回っている新北市長の侯友宜(こうゆうぎ)氏。
 それに、日本のメーカー、シャープを買収した大手企業、鴻海精密工業のカリスマ経営者である郭台銘(テリー・ゴウ)氏。

 以上の3人のうち、党内の予備選で勝利した人が、国民党の公認で、来年の総統選に出馬する可能性が高い。また、昨年12月に台北市長を退任した第二野党、台湾民衆党主席の柯文哲氏も総統選に強い意欲を示している。柯氏は台北市長在任中、上海との都市交流を熱心に推進した経緯があった。
 上記の野党の有力者たちは、いずれも「統一派」に近いといわれる。しかし、彼らも「中間層」での支持を増やそうとして、「現状維持」を訴えている。ただ、「中国の脅威といかに対峙するか」という問題について、頼氏とは政策の違いがみられた。

「米国と連携を深めつつ、国防力を高めるべきだ」と頼氏は主張し、「中国との対話を通じて、関係改善が急務だ」と野党の候補たちが強調している。総統選まであと一年弱、双方の論戦はこれから本格化する。
やいた あきお
1972年、中国天津市生まれ。15歳の時に残留孤児2世として日本に引き揚げ、97年、慶應義塾大学文学部卒業。産経新聞社に入社。2007年から16年まで産経新聞中国総局(北京)特派員を務めた。著書に『習近平 なぜ暴走するのか』(文春文庫)などがある。

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