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蔡英文政権関係者の間で台湾統一に向けて「積極的に動き出すかもしれない」と警戒する意見が高まっているというが……
 10月に閉幕した中国共産党第20回党大会で、習近平国家主席の党総書記の続投が決まった。大会後に選出された3期目習指導部の主要メンバーはこれまでの派閥均衡人事ではなく、習氏に忠誠を誓うイエスマンで固められていた。
 党大会閉幕式で、習氏の前任者で党長老の胡錦濤氏が強制退場させられたことは中国内外で大きな話題となり、「習独裁体制の完成」を強く印象づけた。

 台湾の外交関係者は「新指導部メンバーの中に習氏に反対意見を言える人はいない。習氏が誤った判断をしても、だれも止めないだろう」とつぶやいた。台湾側が警戒しているのは、「習近平氏がプーチン化することだ」。ロシアのプーチン大統領が今年2月、ウクライナ侵攻を決めた時も、ロシア国内の有力政治家たちは誰もプーチン氏を止めなかった。独裁者となった習氏のところに、正しい情報が入らなくなることも台湾側が警戒している。

 台湾の蔡英文政権関係者の間で、3期目の習指導部はこれまでの対台湾政策を大幅に見直して、台湾統一に向けて「積極的に動き出すかもしれない」と警戒する意見が高まっている。その理由は複数ある。例えば、党大会開幕直後、習近平総書記の「政治報告」の中で台湾に触れた部分に変化があった。
 習氏の政治報告の全文は3万字余りあるが、習氏は党大会の開幕式でそのうち約2万字分を読み上げた。5年前の第19回党大会では全文を読み上げていたが、69歳になった習氏は、体力的に厳しいと判断し、重要なところだけを読み上げたといわれる。国営新華社通信が発表した政治報告の全文の中に、台湾問題について「1国2制度」「92年コンセンサス」といった内容は含まれているが、習氏はこの部分を読み上げずに省略したことが、台湾の中国問題専門家の間で話題になっている。「1国2制度」は鄧小平時代に中国側が台湾問題を平和解決するために、台湾側に提示した具体的な方法で、「92年コンセンサス」は1992年に香港で中台の代表が台湾問題を平和解決するために会談して達成した重要な成果だと中国側が主張してきた。これまでに中国側が台湾問題について談話を発表する際に必ず触れる言葉だった。

 この二つの言葉が省略されたことは、中国にとってもはや重要でなくなり、習氏は今後、新しい対台湾政策を打ち出す可能性を示唆するものだと解釈されている。習氏は2019年1月に発表した台湾問題に関する談話で、「武力統一」について言及した。その後、台湾の防空識別圏(ADIZ)に侵入する中国軍機の数が急増し、中国が武力による台湾問題の解決にシフトしつつあるといわれる。台湾の政治評論家、黄澎孝氏によれば、胡錦濤時代までは、台湾との経済関係を強化し、台湾の中国に対する経済依存度を高めることによって、台湾との統一を図ろうとしたが、中国の高度経済成長が止まった今は、そのやり方は通用しなくなったという。「習氏は再び毛沢東時代の武力統一を重視するようになった」と黄氏が解説する。
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副主席に就任した張又俠氏(右から2人目)
 習指導部において、台湾に対し武力侵攻の可能性が高まったことは党大会後の軍指導部人事にも反映されている。習氏自ら主席を務める軍事委員会の2人の副主席には、72歳の張又俠(ちょうようきょう)氏と何衛東(かえいとう)氏の2人が就任した。これまで軍首脳は党幹部と同じく、党大会時点で満68歳になれば、再任されなかった。引退する予定の張氏が急遽留任した理由は「実戦経験があるから」と言われている。張氏は1970年代末から80年にかけて、下級将校としてベトナムとの武力衝突に参戦していた。

 もう一人の副主席の何衛東氏は、台湾軍と対峙する前線、福建省に駐屯する主力部隊、第31集団軍出身で、中国軍内きっての台湾問題専門家として知られる。2022年8月、米国のペロシ下院議長が台湾を訪問した直後、中国軍が台湾海峡付近で11発のミサイルを発射するなど、大規模な軍事演習を実施した。何氏がその軍事演習の総責任者として陣頭指揮を執っていたという。この2人を制服組トップに据えたことは、台湾攻略のための布陣と言われる。 

 中国共産党指導部の新体制の発足を受け、台湾の邱国正国防部長(国防相)は立法院(国会)で、複数の立法委員(国会議員)から台湾有事の可能性について聞かれた際「非常に厳しい状況にある。わが軍はいつでも戦えるようにしっかりと準備している」と応じた。台湾の与党、民主進歩党の幹部は「米国や日本など世界中の民主主義国家と危機感を共有し、台湾防衛の体制を1日も早くつくりたい」と話している。
矢板 明夫(やいた あきお)
1972年、中国天津市生まれ。15歳の時に残留孤児2世として日本に引き揚げ、97年、慶應義塾大学文学部卒業。産経新聞社に入社。2007年から16年まで産経新聞中国総局(北京)特派員を務めた。著書に『習近平 なぜ暴走するのか』(文春文庫)などがある。

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