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廣瀬陽子氏(慶應義塾大学総合政策学部教授)
1972年、東京生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了・同博士課程単位取得退学。政策メディア博士(慶應義塾大学)。現在、慶應義塾大学総合政策学部教授。著書には『コーカサス 国際関係の十字路』(集英社新書、アジア・太平洋賞特別賞受賞)、『ハイブリッド戦争』(講談社現代新書)など多数

重要なツール

 今回のロシアによるウクライナ侵攻では、情報戦やサイバー攻撃を組み合わせた軍事戦略「ハイブリッド戦争」が改めて注目を集めました。

 プーチン政権の外交の根幹にあるのは勢力圏構想です。ロシアにとって重要な勢力圏は、第1に旧ソ連諸国、第2に旧共産圏があり、最近は新しい戦略的地域として北極圏なども挙げられています。何より一番大事なのは、旧ソ連の領域です。
 この勢力圏構想を支えるため、ロシアが重要視してきたのがハイブリッド戦争でした。

 概念自体は米国が発祥ですが、ロシアが注目を集めたのは2014年のクリミア併合と、16年の米大統領選(サイバー攻撃による政党・候補者に関する機密情報の窃取と暴露、選挙関連インフラ等に対するサイバー攻撃等)で、そのやり口が特に目立ったからでしょう。
 ハイブリッド戦争とは、政治的目的を達成するために軍事的脅迫と、それ以外のさまざまな手段、つまり、正規軍・非正規軍が組み合わされた戦争の手法です。いわゆる軍事的な戦闘に加え、政治、経済、外交、プロパガンダを含む情報戦、心理戦などのツールのほか、テロや犯罪行為なども公式・非公式に組み合わされて展開されます。空間・主体・手段・規範など、あらゆるものの境界が曖昧な中での戦闘であり、戦う主体もその手法も多様な、複合型の戦争です。
 コロナ禍でのロシアのマスク外交やワクチン外交も、欧米目線では、情報収集、制裁解除・緩和、EUやNATOの分断を狙ったハイブリッド戦争の一環として見られています。

 このように、ハイブリッド戦争は多岐にわたり、全容の把握は難しい。また、その成否の判断も難しく、基準によっては成功とも失敗ともみなせる場合があります。
 ハイブリッド戦争の一端には、フェイクニュースを拡散して世論を誘導したり、侵攻の口実を偽装工作したりする方法もあります。ほかには通信インフラを狙ったサイバー攻撃で相手国を混乱に陥れることも狙います。比較的安価で効果が大きく、秘匿性も高いため、軍事費が米国の8%程度のロシアにとっては重要なツールです。

 クリミア併合時と今回でやっていることは基本的には同じです。まず政治技術者と呼ばれる工作員を投入し、ウクライナ社会に紛(まぎ)れ込ませ、親ロシア思想をウクライナ人に植え付けようとする。そして、さまざまな接触を通じて「ロシアがウクライナを併合すれば年金が増える」「ウクライナ当局がロシア系住民を迫害している」などの情報を流す。ロシアにとって都合の良い情報を、ウクライナ国内で浸透させるのが目的です。(つづきは本誌にて!)
『WiLL』2022年6月号(4月26日発売!)

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◎『WiLL』2022年6月号目次
百田尚樹:橋下徹の怪しい言説 キミは中露の代弁者か/「ロシア・中国・北朝鮮“魔の三核地帯"に立つ日本」安倍晋三・北村滋:プーチンは力の信奉者/高市早苗:《早苗の国会月報》日本は核兵器の最前線/ナザレンコ・アンドリー:ロシアに降伏したら地獄が待っている/岩田清文(元陸上幕僚長)・門田隆将:これならできる核共有(シェアリング)/中村逸郎(筑波学院大学教授):ロシアを決して信じるな/廣瀬陽子(慶應義塾大学教授):ハイブリッド戦争の内幕/宮嶋茂樹:グラビア 殺戮と破壊 これが戦争じゃ! 目を背けるな!

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