【杉山大志】「2030年 CO2を46%削減」で日本の...

【杉山大志】「2030年 CO2を46%削減」で日本の産業は壊滅する

Co2 1%の削減につき、1兆円かかる

 なぜ日本が46%という数字を掲げたかと言えば、米国バイデン政権が民主党内の左翼を満足させるために50%(※)と言い、日本にもそれに横並びにするように圧力をかけたからだ。小泉環境相は「シルエットのように数字が浮かんできた」などと意味不明なことを言っているが、実際にはアメリカに言われたことを思い出しただけだろう。なおこのサミットの経緯と意味合いについては、WILL増刊号で解説したので詳しくはそちらをご覧いただきたい。
 ※米国の50%削減は2005年比。一方で日本は2013年度比。

 きわめて残念なのは、これがもたらす莫大なコストへの思慮が無かったことだ。過去の再生可能エネルギー導入の実績を見ると、年間3%のCO2削減をするために年間3兆円の負担をしている。1%の削減につき、年間1兆円が掛かる訳だ。

 日本政府はこのような緊張感をもって数字を検討したのだろうか?
 
 サミット前の数値目標は26%だったから、46%というと20%の深堀になる。つまり当初の目標に比べ年間20兆円が失われるという計算になる。

 これは日本の電気料金の総額よりも多いから、仮にこれをすべて電気料金に上乗せするとなると、電気料金は倍増以上になる。国民は疲弊し、産業は壊滅するだろう。
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杉山大志~「2030年 CO2を46%削減」で日本の産業は壊滅する

46%削減は米国への追随に過ぎない

産業空洞化は既に進行中

 これまで、日本は再生可能エネルギー導入や原子力停止など、電気料金を高くする政策ばかり実施してきたせいで、産業用の電気料金水準は世界一高い。

 必ずしもこれだけが理由ではないが、産業の空洞化は、絵空事ではなく、進行中の現実である。

 例えば日本製鉄は3月5日、国内の高炉休止を含めた生産体制の見直しを発表した。 

 すなわち今後5年間で、現在5400万トンある国内の粗鋼生産能力を4400万トンに引き下げる。他方で現在1600万トンの海外の粗鋼生産能力を2兆4000億円の投資によって増強し、5000万トン超とするという。

 金属精錬、金属加工、鉱業、産業用・医療用ガス、ソーダ工業、チタン製造業、鋳造業、電炉工業、特殊鉱業などの電力多消費産業は、高い電力コストに苦しみ続けており、事業撤退、工場閉鎖、廃業などが止まらない。

 日本の虎の子である自動車産業についても、すでに重心は海外にある。すなわち、海外生産の方が国内生産よりもはるかに多くなっている(下表参照)。政策を過ち、今後ますますコスト高になれば、さらに海外生産へとシフトして行かざるを得ないだろう。
表 自動車の生産・輸出台数

表 自動車の生産・輸出台数

via 自動車工業会資料
 産業部門全体のCO2排出は減り続けているが、政府資料でも確認されているように、減少の最大の理由は経済活動の衰退だ。省エネなどの意味ある努力ではない。とても自慢できたものでは無い。

 空洞化する以前に、産業が生まれなかったという「見えない空洞化」もある。エレクトロニクス産業は台湾で興隆し、台湾では最大の電力多消費産業になり、国の支柱になった。エレクトロニクス産業は同国産業部門GDPの45%を叩き出し、産業部門電力消費の35%を占めている。なぜこれが日本で出来なかったのか、残念でならない。

 電気料金の低コスト化を進めないと、日本の既存産業はますます衰退し、新しい産業も興らない。

 これからの経済活動の原動力になるデジタル産業も電力多消費であることを忘れてはならない。ブロックチェーン技術やビットコイン技術は莫大な電力を消費するため、世界全体のうち8割は電力が安い中国で行われているという。

 日本は欧米に比べ遅れているから再エネを大量導入しないと日本の製造業が負けるという誤った意見が流布されている。現実には、コスト高になってしまえばCO2が幾ら少なくても製品が売れるはずがない。日本のゼロエミッション電源の割合は、EUや米国と大して変わらない。必要な事業者が原子力、水力、太陽光などのゼロ排出電力を安価に購入できる仕組みを作ればよいだけのことである。

綺麗ごとでなく、「危機感」を持った政策立案を

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杉山大志~「2030年 CO2を46%削減」で日本の産業は壊滅する

「思い浮かんだ」場合ではない
 今般46%という数字が提示されたことは、終わりではなく、始まりに過ぎない。

 これまでの日本政府の慣例から推測すると、今後46%削減に向けた政策の積み上げが行われることになる。

 大事なのは、各々の政策の実施の前に、その安全保障上の帰結に加えて、経済的な帰結を検討すること、そして費用対効果の悪い政策は実施を保留する段取りをつけておくことだ。

 「1%イコール1兆円」だという緊張感を保って、政府は綿密に検討し、国民や企業はそれを厳しく監視すべきだ。

 工場は地域経済の支柱であることが多い。工場が無くなってゆくことで、地域は閑散として寂しくなり、衰退が止まらなくなる。

どの政治家も、支持基盤には地域経済があるが、それが根こそぎ崩壊するのだ。「46%」という数字に対して、危機感を持って対処してもらいたい。
杉山 大志(すぎやま たいし/キヤノングローバル戦略研究所研究主幹)
温暖化問題およびエネルギー政策を専門とする。
国連気候変動政府間パネル(IPCC)、産業構造審議会、省エネ基準部会等の委員を歴任。産経新聞・『正論』レギュラー寄稿者。著書「地球温暖化のファクトフルネス」を発売中。電子版99円、書籍版2228円。

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