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海外の石炭火力事業からの撤退を求めたというケリー気候変動大使
 4月16日の日米首脳会談に向けて、民主党のケリー気候変動特使は、CO2の削減を理由に海外の石炭火力事業からの日本の撤退を求めていると報道されているが、これは拒絶すべきだ。

 理由であるが、そもそも貧しい国々の経済開発の機会を奪うことは道義にもとる。

 のみならず、既に世界の石炭火力事業の多くを手掛けている中国に乗じる機会を与えてしまう。

 既に、中国を除く世界全体の石炭火力の4分の1は中国によってファイナンスされている、との報告がある(図1)。日本などの自由諸国の石炭火力事業からの撤退は、単に中国に事業を譲るだけになってしまう。
図1 石炭火力に対する中国のファイナンス

図1 石炭火力に対する中国のファイナンス

 上記の図は石炭火力に対する中国のファイナンス(赤マル部分)となる。MWはメガワットの意で、1000メガワット=1ギガワット。2019年時点で、中国は102ギガワット(原子力発電所約102基分)の海外事業に360億ドル(約3.6兆円)のファイナンスをしていた。これは中国以外の世界で進行中だった事業の4分の1以上にあたる。

 石炭火力を使用するなという理不尽を米国が宣教師的に押し付ける程に、権威主義的な諸国はますます中国に傾斜し、自由主義的な諸国は経済開発できず弱体化する。何たる愚策であろうか。

 実は、これと同じ様なことは以前にも起きた。かつてダムが問題視された為、国際機関や先進国がダム事業から撤退したが、その間隙は中国が埋めた(図2)。現在では中国は世界の水力発電事業市場の半分を占めるまでになった。その事業の進め方も問題視されており、環境破壊や人権侵害が引き起こされているとする指摘もある。
図2 中国の銀行及び企業のダム建設への関与

図2 中国の銀行及び企業のダム建設への関与

 石炭火力やダムのような、大きなインフラ案件というものは、単なる商売とは一段違う、国際政治上の意味合いがある。そこではトップレベルの政治家や官僚の信頼が醸成され、事業者や労働者が国際交流を深める。これにより二国間関係は深まる。インフラ整備に寄与することで、尊敬を勝ち得て、諸国と親交を結ぶことが出来るのだ。

 このためには、日本は、当該の途上国が望む事業であれば、出来る限り前向きに取り組むことが望ましい。何も石炭火力事業だけを何が何でもやれというのではない。当該途上国の資源賦存状況や経済状況において、その更なる経済開発に資するために、もしも石炭火力事業として魅力あるものが提案出来るならば、それは実施すべきだろう、ということだ。もしも当該途上国が真に石炭火力事業を欲しているときに、「それは我が国の方針ではない」と言って対応しないならば、二国間の関係にとって損失となる。

 もしも当該国が日本ではなく中国の事業者を選んだならば、それはその国と中国の関係が一歩深まることを意味する。中国はその国の政治・行政・民間レベルへの影響力を高め、その国は親中的な立場をとるようになる。これは中国が一帯一路政策で狙っていることそのものだ。わざわざその手助けを日本がする必要があるのだろうか。

 日本はインフラ事業を通じて、アジアをはじめ諸途上国と親交を結び、その経済発展が自由で平和なものになるよう支援すべきだ。その為には、日本は石炭火力を含めてメリットある選択肢を示すことに徹し、どの技術が持続可能な開発に資するかの判断は、当該国に任せるべきである。

 開発途上国は、安価なエネルギーを用いて経済開発を達成する権利があり、それは人道に適っている。日本が石炭事業に関与することで、諸国は、環境や人権に配慮しつつ、経済発展を遂げることが出来る。この過程で、中国の関与を減じることは、普遍的価値を共有した、平和なアジアの構築につながるであろう。
杉山 大志(すぎやま たいし/キヤノングローバル戦略研究所研究主幹)
温暖化問題およびエネルギー政策を専門とする。
国連気候変動政府間パネル(IPCC)、産業構造審議会、省エネ基準部会等の委員を歴任。産経新聞・『正論』レギュラー寄稿者。著書「地球温暖化のファクトフルネス」を発売中。電子版99円、書籍版2228円。

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