長尾敬:対中非難決議また見送りへ……岸田内閣に潜む親中派議員

長尾敬:対中非難決議また見送りへ……岸田内閣に潜む親中派議員

保守色が失われる自民党

 先の総選挙で惨敗した私は、いまは永田町の外から政治の世界を俯瞰しています。オミクロン株の流入・コロナ禍の経済対策など、日本が直面する課題は枚挙にいとまがありません。ですが、私の頭の中は対中問題でいっぱいです。在野から岸田政権の対中政策をみていると、これまでに比べて明らかに失速しており、見るに堪えません。

 岸田総理は、親中議員の代表的存在であった二階俊博氏ではなく、経済安全保障のキーマンである甘利明氏を幹事長に据えました。経済安全保障とはズバリ、対中国のために存在しています。閣僚経験のある甘利氏の幹事長起用は、中国共産党がもっとも嫌がる人選でした。

 岸田総理肝煎りで新設した経済安全保障担当大臣には、経済安全保障の法整備を進める党の「新国際秩序創造戦略本部」で事務局長を務めていた小林鷹之氏を起用。政調会長には自民党総裁選で〝保守革命〟を巻き起こした高市早苗氏を据えた。まさに、これ以上ない人事で、最高のスタートを切ったわけです。

 選挙を振り返れば、私の選挙区である地元大阪で日本維新の会が圧倒的勝利を収めたこともあり、保守vsリベラルの戦いはできなかった。そのため、自民党から保守層が離反している実感はありませんでした。

 しかし甘利氏が幹事長を降りたことで、すべてが狂いはじめました。

 選挙後の第二次岸田内閣の人事では、幹事長に茂木敏充氏を、外務大臣には林芳正氏を起用した。前自民党議員としてハッキリ言いますが、この人事でどうやって対中強硬路線を取るつもりなのか。

 岸田内閣が発足して2カ月あまり、自民党から保守色がみるみる失われ、多くの保守層が自民党から離れています。

聞いただけですか?

 とくに保守派の反感を買ったのが、林氏の外務大臣起用です。米国が北京五輪への外交的ボイコットを正式発表し、各国が続々と追随するなか、日中友好議連の会長を務めていた林氏を外務大臣に起用するなど、世界中に「日本は対中融和路線を取る」とメッセージを送っているようなものです。林氏は外務大臣就任と同時に会長を辞任しましたが、会長だった事実が消えるわけではありません。

 岸田総理は外務大臣を選ぶ際、安倍元総理や麻生元総理に「外務大臣の適任はだれか」と、自慢の「聞く力」を駆使したようです。しかし結局、聞いただけ、岸田ノートにメモしただけで終わったのでしょうか? 首相経験者たちから名前があがらなかった林氏を起用したのです。自身が会長を務める宏池会メンバーの林氏を起用したということは、9年間つづいた「安倍・菅路線」からシフトしようとする意図が丸見えです。

 林氏は就任早々テレビ番組に出演し、中国の王毅外相との電話会談のなかで中国に招待されたことを、政府として正式回答を出していないにもかかわらず暴露しました。正式回答していない状態で公表するなど、外交の世界ではタブー中のタブーです。仮に日本政府が招待を受けなかった場合、国民にわかりますし、あんなことをされたら「中国のメンツが丸つぶれになってしまう……」と、流石の私でも要らぬ同情をしてしまいます。

 林氏は訪中要請がうれしくてつい口が滑ってしまったのでしょう。しかし、このタイミングでの訪中など絶対にあってはならないことです。これが影響してか、総理訪米の日程がいまだに調整中であることも気になります。

 前議員として林氏のお人柄に迫りたいところですが、私自身、林氏とはほとんど接点がありません。党の部会にも平場の出席者としてはほとんど姿をみせず、ひな壇でのお姿を拝見する程度。議員同士のウワサで「親中」と言われているイメージがあるくらいです。

 その林氏を外務大臣に据えて、議員や官僚と連携して対中強硬路線を取れるはずがありません。
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テレビ番組で「中国から招待された」と暴露した林芳正外相

「外務大臣室に来い」

 保守派を一層不安にさせたのが、茂木氏の幹事長起用です。

 経済安全保障のキーマンであった甘利氏が幹事長を降りたことで、これからは茂木・小林(経済安保大臣)ラインで、党と政府の連携を取りながら経済安全保障の改革を進めなければなりません。

 茂木氏が経済再生担当大臣だったときに、私は政務官として1年間お仕えしました。普通なら5日かかる仕事を1日でやってしまう、TPP交渉では米国政府をも唸らせるほど、対米路線については毅然として臨む上司でした。

 私は個人的には茂木氏に対して、世間一般でささやかれるような悪いイメージは持っていません。しかしまわりの官僚たちは、つねに神経を尖らせていました。週刊誌でいわれるような〝茂木トリセツ〟がすでに存在していたのかは承知していませんが、会議前の茂木氏のデスク上にはいつも決まった位置に水とおしぼりがきれいに並べられていた。役人が特段に気をつかっているな、という印象を持っていました。

 TPP交渉では米国に相当強い姿勢で臨んだ茂木氏ですが、中国に対して毅然としているイメージは残念ながらありません。

 2021年2月、私の尖閣諸島漁業活動申請を水産庁が認めなかったという報道がありました。いまだから明らかにしますが、尖閣諸島への出漁を計画していた私の携帯に、当時外務大臣だった茂木氏から電話があり、「大臣室で話がしたい」と言われました。外務大臣室に呼ばれ、秘書官同席なしで、私が起こす行動の外交的影響などについて見解を述べられました。

 対して私は、これまでの取り組み、実効支配の重要性、地元漁師から聞いた尖閣周辺海域の情勢を30分ほど強く訴えました。以前、米国の議員から「尖閣諸島は日米安保第5条の適用内だが、日本側が尖閣諸島において施政権を行使しているとは思えない」と、非公式の場の雑談で言われたことがあります。現在の尖閣情勢は、平穏かつ安定的な維持・管理ができている状態とはとても思えず、一刻も早い実効支配が必要です。

「行くな」とは言われませんでしたが、大変な心配をされている様子で、「くれぐれも慎重になってほしい」という言葉が返ってきました。もちろん外務大臣という立場から、私が尖閣に行くことで中国と揉めごとになるリスクを避けたかったのでしょう。蛇足ですが、親中派と言われる複数の議員から私に「探り」とも取れる問い合わせもありました。

 中国との外交において、「対話と協力」を基本方針とする日本の外国スタイルはもはや通用しません。そのことを政府が理解しているとは到底思えず、茂木氏も幹事長としてその方針で動いてしまうことを、かつての部下であった私は心配しています。

人権外交の限界

「対話と協力」を掲げる人権外交を転換する大役を任されたのが、新設された「人権担当補佐官」に就任した中谷元氏です。

 中谷氏は菅政権当時、元立憲民主党の菅野志桜里氏とともに、日本版マグニツキー法(人権侵害制裁法)制定を目標とした超党派の議員連盟の共同代表を務めていました。

 中谷氏が人権担当補佐官に内定したという一報を受けた私は、中谷氏に電話をかけました。中谷氏はすぐに電話に出てくださり、ヤル気に満ち満ちた言葉を発せられ、ついに日本でマグニツキー法が制定できる、と私の期待は最高潮に達しました。

 ところがそんな私の期待に反して、就任するや否やテレビ番組に出演した際に、「(中国に)寄り添って問題を解決する役割を日本は期待されている」と発言。マグニツキー法の制定に関しては、「簡単にいかない」と発言されたのです。この消極的発言をマスコミが増幅させたものですから、怒りがフツフツと沸くのを覚えました。


それどころか、驚いたことに就任してからまだ一度も人権弾圧に抗議する民族団体の方々と面会していないのです(12月21日現在)。「政府が中国による人権侵害を事実認定していないから」と答えが返ってきそうですが、それを変えるのが補佐官の責務ではありませんか。このままでは拉致問題担当大臣が拉致被害者家族と面会していないことと同じであり、国民が納得するはずがありません。

 せっかく新設した人権ポストなので、ポーズだけで終わってしまうのはもったいない。ぜひとも中谷氏には、民族団体の方々と議員会館で面会するのではなく、総理官邸で面会していただきたい。官邸で面会するとなれば、中国政府は確実に反発するでしょう。それを承知で面会できるかどうかが、中谷氏の本気度、そして岸田政権の対中姿勢をためす〝踏み絵〟になります。もし官邸での面会が実現すれば、ただでさえ欧米から周回遅れになっている日本の人権問題が一歩前進することにもなる。

 外務省は、人権問題を専門に担当するポストを来年度に設置する方針を固めました。主に中谷氏の活動をサポートする事務方ポストですが、 むしろ外務省側からのブレーキ役になりかねないことを危惧しています。 岸田総理の「やってる感」には、国民がウンザリしている。一刻も早く、中国に対して毅然とした態度を見せてもらいたいものです。
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就任してから一度も民族団体と面会していない中谷元補佐官

ジェノサイド認定せよ

 マグニツキー法の制定と同じく、対中非難決議を採択しなければなりません。

 なぜ、前回の対中非難決議が採択されなかったかといえば、自民党と公明党の幹部が逃げたからにほかならない。野党会派はすべて了承していました。

 国会決議案を議員運営委員会に提出する手続きとして、自民党の党四役(幹事長、総務会長・政調会長・選対委員長)のサインが必要です。さらに自民党と公明党の幹事長・国対委員長会談(二幹二国)を経て、議員運営委員会で了解が取れれば採択へと進みます。

 前回の採択のときは、野党は了解していたものの、下村博文政調会長(当時)以外の自民党の党四役は、「○○さんがサインすれば私もサインする」と誰かに責任転嫁して逃げていました。二幹二国では、公明党が持ち帰り「わが党も検討する」ということで、先の通常国会での採択は絶望的となったのです

 しかし考えてみれば、だれも対中非難決議の採択に「ノー」を突きつけていません。自民党の党四役がサインすれば、公明党もサインする。あくまでも推測ですが、公明党の竹内譲政調会長とは過去に一緒にウイグル・チベット問題に取り組んだことがあります。おそらく本音では採択に前向きなお気持ちだったと思います。

 公明党の山口那津男代表が、「(ジェノサイドの)根拠なければ」と発言し、事実認定をしていないと問題になりました。しかしながら、そもそも日本政府もジェノサイドがあることを公式には認めていません。「米国の調査によると人権侵害があることを承知している」と、米国に責任を擦りつけるような言い方にとどまっています。

 日本の在外公館には、人権問題を専門に分析する責任者がいません。理由にはなりませんが、人権侵害という観点から情報収集・分析・判断をする統治機構がないのです。まずは担当者をつくり、日本政府の公式見解として人権問題が存在していることを認めてほしい。そうなれば山口代表もジェノサイドを認めざるを得なくなります。そのうえで自民党の党四役がサインすることができれば、公明党がサインしない理由がなくなり、対中非難決議を採択することができます。
長尾 敬(ながお たかし)
1962年、東京都生まれ。立命館大学経営学部卒業後、明治生命(現明治安田生命)入社。2009年、衆院初当選。厚生労働・拉致問題・外務各委員会理事、超党派「日本の領土を守るために行動する議員連盟」事務局長などを歴任。第4次安倍改造内閣では、内閣府大臣政務官を務める。

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