トランプ「敗北宣言」を読み解く
アメリカの大統領選挙は、普通は開票日直後に大統領選の敗者が敗北宣言を出すことで終結し、その後2ヶ月間の形式的な手続きを経て、上下院合同会議で次期大統領が正式認定される。
ところが、今回は「敗北宣言」と「議会認定」が同じ日に行われるという、アメリカの歴史上初めての異例事態となった。
今回の投票日以降の展開がいかに異例だったかは、トランプの敗北宣言に如実に表れている。
Statement by President Donald J. Trump on the Electoral Certification:
“Even though I totally disagree with the outcome of the election, and the facts bear me out, nevertheless there will be an orderly transition on January 20th. I have always said we would continue our fight to ensure that only legal votes were counted. While this represents the end of the greatest first term in presidential history, it’s only the beginning of our fight to Make America Great Again!”
https://parler.com/
-there will be an orderly transition on January 20th.
「1月20日には整然とした移行が行われる」
- this represents the end of the greatest first term in presidential history
「このことは、偉大な第1期が終了することを示している」
自らの大統領としての任期が一期4年で終了し、1/20日に整然と政権移行が行われると述べた。
その一方で、「敗北宣言」は、2ヶ月間の闘いを今後も継続するという結辞で締め括られている。
-it’s only the beginning of our fight to Make America Great Again!
「これは、アメリカを偉大にする闘いの始まりに過ぎない」
しかし、全文を慎重に読み直すと、これが本当の敗北宣言といえるのかどうか疑問が湧いてくる。
「選挙の敗北は認めないが、1/20には政権移行が行われる」という流れから、普通に読めばバイデン政権への移行と受け取れる。
しかし、トランプの発表文にはバイデンという名前は一度も登場せず、終焉を宣言したのも「一期目のトランプ政権」だけである。
この点を捉えて一部のトランプ支持者は「トランプ大統領は第二次トランプ政権への移行を宣言したに過ぎない」として、敗北宣言ではないと主張している。
確かに、この文を起草した際のトランプが「バイデンの名前を出して敗北宣言を発出すれば、全ての闘いの終わりを意味する」と判断して玉虫色のメッセージにした可能性は否定できない。
しかし大統領をも凌ぐアメリカ政治の最高権威である連邦議会がバイデンを正式に次期大統領と認定してしまった以上、トランプ大統領に出来る事はほとんどない。戒厳令などで抵抗すれば、連邦議会が代表するアメリカ政治の権威そのものを蹂躙する事になる。
トランプはその後(日本時間1/8日AM)ホワイトハウスから動画を発信し、「私の焦点はスムーズで秩序ある、切れ目のない政権移行だ」と繰り返し、「今この瞬間は癒しと和解をもとめる」と述べ、荒ぶる支持者を宥めた。
それでは、昨年11月3日から1月6日までの、大統領選挙史上最長最悪の混乱はいったい何だったのか。これから様々な形で検証が行われるだろう。
トランプが1/6日に事実上敗北を認めた決め手となったのは、主に2つの出来事による。
①連邦議会がバイデン候補の当選を認めたから
②暴徒が連邦議会議事堂に侵入し乱暴狼藉を働いたから
①についてはトランプの完敗である。11月3日から、トランプ大統領は今回の選挙で大規模な不正が行われたと主張し続けてきた。それは、
・郵便投票による不正投票
・有権者登録の隙を突いた不正投票
・選管職員によるニセ投票用紙持ち込み
・選管職員による同一票複数回カウント
・ドミニオンの集票マシンの不正操作
など多岐にわたった。
いくつかの主張には宣誓供述書を伴った証人や不正の瞬間をとらえたと見られる動画も証拠として提出された。しかし結果として、各州裁判所にも連邦裁判所にも、バイデン当選を無効とするような不正を1月6日までに認定させることができなかった。
そして、バイデンの勝利が「合法的」と認めた共和党支持者はわずか26%で、7割以上が大きな疑問を持っている事が明らかになった。前回2016年にはトランプの勝利、すなわちヒラリー・クリントンの敗北を、民主党支持者の過半数が合法的で合理的な結論と認めていたことを考えると、「バイデンの勝利は違法」と考える有権者が極めて多いことがわかる。
また、不正投票を巡るいくつかの法廷闘争は、バイデンが大統領に就任する1月20日以降も続けられる。トランプ政権で重要閣僚ポストを歴任したピーター・ナヴァロ氏による包括的な選挙不正報告書には、民主党陣営の不正への関与を示唆する項目もある。
バイデン勝利という結論に共和党支持者の多くが疑問を拭(ぬぐ)えない状況の中で、今後民主党陣営による不正が裁判の場で事実認定されれば、バイデン政権の基盤を根底から揺るがすことにもなりかねない。
1月20日に正式に発足するバイデン政権は、有権者間の不信と分断という重い十字架を背負っての船出となる。
議事堂包囲戦略でトランプが狙ったもの
トランプの戦略は明白だった。上下合同会議で最終的にバイデン当選を宣言するのは上院議長であるペンス副大統領だ。従来は上院議長の役割は儀式的なものだったが、不正が疑われる州の結論をペンスが受け入れないという事態になれば、トランプの戦いが「延長戦」に入る可能性がわずかながらあった。
都合がいい事に、議事堂の西側は「ナショナルモール」と呼ばれる3キロ以上の巨大な緑地帯で、小高い丘になっている議事堂も全周を緑地で囲まれ、高台北側はユニオン駅まで公園が続いている。
しかしその呼びかけこそが、結果としてトランプに最悪の結果をもたらした。トランプ支持のプラカードや横断幕を掲げた暴徒が連邦議会を襲撃した瞬間、トランプの議事堂包囲作戦は破綻した。トランプは急遽動画を収録して、諭すように群衆にこう呼びかけた。
You have to go home now.
We have to have peace.
We have to have law and order.
トランプの最大のミスは、暴力行為をしないよう予め支持者に呼びかけなかった事だ。民主党や大手メディアは「大統領が群衆をけしかけた」として激しく非難した。
ニューヨークタイムズは、
「トランプに煽動された暴徒が議事堂を襲撃」という見出しを掲げた。
民主党と大手メディアが、敗北が確定したトランプの弾劾まで検討するのは、辞任後のトランプの影響力を恐れていた証拠でもある。実際大統領選後も人気の衰えないトランプは、2024年の大統領選再出馬まで噂され、強い影響力を維持するものと見られていたのである。
しかし、議事堂襲撃によって辞任後のトランプへの期待感は一気に萎んだ。選挙不正を訴えて再選に向けて傷だらけで戦っていた政治家ドナルド・トランプの今後の戦略を破綻させたのは、他ならぬ「トランプ支持を標榜した暴徒」だったのである。
暴徒の素性を巡る情報戦
例えば、議事堂に乱入して記念写真を撮った人物が、以前フィラデルフィアでANTIFA活動に参加していた人物に酷似しているとする証拠写真が出回るなど、暴徒の正体については今なお議論が続いている。
さらに、デモ隊が暴徒化すれば、大手メディアがこぞって「トランプ支持者が狼藉」と報道することも、トランプ自身が一番よくわかっていたはずだ。
大統領自ら1月6日のデモ行動を呼びかけるのであれば、ニセトランプ支持者の騒擾(そうじょう)行為を予見して、暴力行為を慎むよう強く訴えておくべきだったのだ。
トランプは、まんまと敵の術中にハマった。そして、大きな痛手を負い、政界への影響力を大きく削がれた状態でホワイトハウスを去る事になった。
どうしても解せない「セキュリティ」
連邦議会議事堂こそ、アメリカで最高のセキュリティ体制が引かれている場所の一つだ。一般の見物人は比較的自由に受け入れられているが、だからこそ入館時には身体検査と所持品の検査が厳格に行われ、館内でも二重三重に警備線が設置されるなど、厳しいセキュリティ体制が引かれている。
そして、1/6日に議事堂周辺を大勢の群衆が埋め尽くす事は、警備担当者も事前にわかっていたはずだ。それなのになぜ、当局は議事堂内部への暴徒侵入を許し、本会議場や下院議長室まで占拠されてしまったのか。
私はワシントン支局長時代の2013年から2015年にかけて、連邦議会議事堂に何十回となく入った。
連邦議会議事堂に入るには、私のようなプレスパス(記者通行証)を持っている者でも、連邦議会議事堂の地上一階の北端(上院側)か南端(下院側)の外来者用のセキュリティゲートで通行証のチェックと金属探知機による身体検査を受けなければならない。
外来者用の議事堂の入り口は、人間2人がかろうじてすれ違える程度の幅しかない。そこからセキュリティゲートへは人間が1人ずつ入ってチェックを受けるように動線がつくられている。
さらに、議事堂の内部は思いの外狭く、日本の国会議事堂の赤絨毯廊下のような、広々とした開放空間はほとんどつくられていない。
アメリカの連邦議会議事堂は1812年の米英戦争で崩壊するという苦い経験を持っているため、防御しやすい丘の上に建てられた議事堂の内部も、要塞のようなつくりとなっているのだ。
度重なる拡張工事で現在の姿となったこともあり、ドーム下のロタンダと呼ばれる吹き抜け以外、大勢の暴漢が集合して警備隊が制圧困難になるような大空間はない。本会議場や幹部室などを繋ぐ廊下も天井は低く、両側から張り出した柱や構造物によって幅を狭められており、余裕を持って並んで歩くのは2人が限度という狭さだ。そして、要所要所に多数の警備ポイントが置かれている。
また、内部には「ミックスゾーン」と「クリアゾーン」が明確に分けられている。一般参観者が入る事が出来るミックスゾーンから、本会議場や下院議長控室などのあるクリアゾーンへ入るポイントには、自動小銃を構えた警備員の監視の元でセキュリティチェックを受ける必要がある。
議事堂を警備する議会警察、守衛組織、ペンス副大統領らを守るシークレット・サービスなど、アメリカ最高レベルの警備陣は、暴徒が議事堂の建物の外の立ち入り禁止ゾーンに鈍器を持って侵入した段階で、「非常事態発生」を共有し、これ以上の事態の悪化を防ぐためにあらゆる手段を使ったはずだ。
ところが、各所のガラス窓やドアの施錠を持ち込んだ鈍器で破壊した暴徒は、数多くの警備線を突破し、要塞のような議事堂内部を自由自在に移動し、最高レベルのセキュリティゾーンである本会議場や議長控室まで侵入した。
容易に想像されるのは、当局がある段階で「不審人物の侵入抑止」という警備の最重要任務を放棄したのではないかということである。さらに、インターネット上では、警棒と拳銃で武装した警察官が、議事堂内に侵入した暴徒を先導して階段を上っている映像まで拡散されている。
この夏以降のBLM運動が全米の警察を主要なターゲットとしていたことは、前回投稿でも詳述した。
しかし、いくらBLMの余波で警察組織が萎縮傾向にあったからといって、連邦議会を守る事を業務とする超大国のプロフェッショナル集団が、非常事態を前に、指を咥(くわ)えて暴徒の狼藉を看過したとは考えにくい。
第一の謎は、議事堂内部への侵入をなぜ全力で防がなかったのかという点である。
この謎についてトランプは1/6日夜、暴徒の侵入を本気で防いでいるようには見えない映像を参照する形で、「警察が暴徒を招き入れたのか?」
とツィートした。
トランプが示唆するように、議事堂の警備陣の中に、暴徒の侵入を幇助した者がいたのだろうか?
第二の、そして最大の謎は、侵入後の暴徒の破壊行為を、当局が長時間にわたって放置したという事実である。
仮に侵入抑止に失敗したとしても、アメリカ最高峰の警備軍団が丸腰の狼藉者を短時間に制圧・排除できなかったはずはない。サボタージュとさえ思われる警察当局の動きから浮かび上がる仮説こそ、現代アメリカのとてつもなく暗い、深い闇の入り口なのかも知れない。