「オミクロン」に動じないアメリカ
アメリカ政府が発表した1/3の新規感染者数は108万人。これまでの最高記録59万人の180%増という数字が、オミクロン株の感染力の強さをはっきりと表している。現在のアメリカの新規感染者の少なくとも6割程度がオミクロン株と見られている。
ところが史上最悪の新規感染者数という情報にも、現地の反応は極めて冷静だ。新聞やテレビの報道を見ても、トップニュースはフィラデルフィアで13人が死んだ住宅火災とか、昨年1/6の連邦議会突入事件の関連ニュースなどが大きな扱いを受けていて、オミクロン株の感染拡大はメインニュースにはなっていない。
2021年春迄のアメリカは、実は日本と大差なかった。私は2020年末から2021年春にかけて2回アメリカに滞在したが、全ての大手メディアが感染拡大をトランプ政権の失政として糾弾し、「家族と社会を守るためにワクチン接種を!」と訴える、ある種の集団興奮状態にあった。
昨年前半までは日本と変わらなかったアメリカが、昨年後半以降明らかに冷静な対応が取れるようになったのはなぜなのか。
「大手メディアの異常な政権批判」の鎮静化という意味では、大手メディアから集中砲火を浴びたトランプ政権が退場してバイデン政権に移行した事が大きい。しかしこれは、同じく集中砲火を浴びた安倍・菅政権から、大手メディアに甘やかされる岸田政権の誕生という構図において、日米は大差がない。
現地を取材して痛感するのは、「アメリカが冷静さを取り戻した」決定的な要因は、オミクロン株の強力な感染力であるという皮肉な現実である。
「口コミ」で恐怖心が薄れる
例えば私のアメリカ人の知人は昨年末、「知り合いが12人で会食したら翌日全員の感染が確認された」と言っていた。
こうした家族や近親者、知人友人の直接の感染情報が、アメリカではオミクロン株によって急速に増えている。
メディア経由ではなく、感染した知人から直接聞いているというのが重要だ。アメリカでも、2020年の大統領選やコロナ禍を経て、国民の多くが大手メディアの報道に不信感を持つようになった。そんな中でオミクロン株は、多くの人が知人・友人の「感染体験」を直接聞く機会を提供しているのだ。
・ワクチン接種している人もしていない人も無差別に感染する
・感染しても症状が出ない人が多く
・症状が出ても鼻水、多少の発熱、倦怠感程度で、病院に入院するような人はほとんどいなかった
・ワクチン接種していても比較的重症となる人がいる一方で、ワクチンを接種していないのに発症しなかった人もいた
などという続報に繰り返し触れる事になる。
「あれ?ワクチンは感染予防にはならないんだ」「先週オミクロン株で発症した、あの高齢のおばあさんも比較的すぐ回復したんだって」というような話を、メディアを通じてではなく、信用できる知人や近所の人から、数千万人のアメリカ人が繰り返し聞いているのである。
だから、オミクロン株を過剰に恐れる人はもはやアメリカにはほとんどいない。
オミクロン株に感染した彼らの共通の実感は、「感染力はとても強い(=同席の全員が感染した)が、症状はインフルエンザよりも遥かに軽い」。発症した人も寝込むような事はなく、トイレに行ったり料理をしたりするには支障がなかった。中には発症を隠して買い物に出た人もいた。そしてそうこうしているうちに薬も飲まないまま治ってしまったと言う。
彼らの多くが決まって述べるセリフは「オミクロンって、要するにただの軽い風邪」。
しかし検査を受けない人が増えているのは、当たり前といえば当たり前である。アメリカでも、公的機関で陽性が確認されると、いろいろと面倒な事が起きる。例えば自分の感染が公的機関によって確認されると、家族全員が濃厚接触者(close contact)と指定され、出勤出来なくなったり学校に行けなくなったりする。
そこで、「それなら公的機関での検査は受けずに自力で治してしまおう」と考える人が急増しているのである。
これも、オミクロン株によって急増した身近な感染情報によって「あの人は微熱と鼻水で済んだ」「あの人は3日で治った」という実例に触れているからこその判断だろう。
「普通の風邪」になっていくコロナ
それによれば、17カ国の研究データ113件を精査した結果、新型コロナウイルスの感染のピークは、発症の1日前から1週間後までの間に来ることが分かったという。
例えば昨年12月、医学誌ランセットに掲載された論文によれば、新型コロナウイルスの遺伝物質は最大で発症前6日から発症後2週間までの間、検出され続けると指摘。そのため検査では陽性反応が続くものの、9日目を過ぎると生きたウイルスは培養されないことから、感染の恐れがあるのは発症の2~3日前から8日後までだという。CDCはこれらの研究結果がオミクロン株の感染拡大より前に報告されていたことを認めたうえで、オミクロン株の潜伏期間は従来株より短く、2~4日間とみていると明らかにした。
要するに抗原検査やPCR検査で一度陽性が出ただけでは、その情報は感染予防対策に活かすことはほとんどできず、逆に不要な隔離や行動制限を強要する事になりかねないと言うのだ。
CDCが隔離期間を短縮したのは、濃厚接触者の無症状者の強制長期隔離を継続すれば、オミクロン株の感染力では医療リソースが破綻するとの判断があったものと見られている。
しかしこれは裏を返せば「感染拡大を食い止める」という事を最優先課題としていた昨年までの基準とは真逆、すなわち「一定程度の感染拡大を容認しても、医療従事者の人員を確保する方を優先する」という判断をした事になる。
前々回の記事でも報告したように、アメリカ政府はオミクロン株の感染力の強さが報告され始めた昨年秋以降今に至るまで、アメリカの国際空港での到着客に対する水際対策を全く実施していない。
こうした事実を見れば、アメリカは昨年末以降「オミクロン株の感染抑止をコロナ対策の最優先課題とする事を止めた」のである。
英国では検査ルールを緩和
ボリス・ジョンソン首相はこの決定について「オミクロン株の流入を防ぐ目的で陰性証明書の提出義務を課したが、英国内の新規感染のほとんどがオミクロン株となった今、もはやこの措置は無意味と判断した」と説明した。
感染拡大抑止の観点から言えば、今までの陰性証明書の提出義務を継続する方がいいに決まっている。それでも新型コロナウイルスのイギリス国内への流入抑止策を止めるのは、「入ってきても大事には至らない」という判断があったからだ。
「感染してもほとんど重症化しない」とわかっているウイルスについて過剰な反応をしないという英米の決断はよく考えれば当然であり、こうした大方針の転換こそ、一国のリーダーに求められる真の「国の舵取り」と言えよう。
相変わらず過剰反応の日本
岸田首相はオミクロン株の市中感染が大阪府で初めて確認された昨年12/23、「未知のウイルスだからこそ、リソースを集中投入する。危機の時にはトゥーレイト・トゥースモールより、拙速、やりすぎのほうがましであるという考え方に基づいて取り組んでいる」と述べた。
今年に入ってからの5日間でアメリカでの新型コロナウイルスによる死者は8843人であるのに対して、日本はわずかに5人。2.6倍という人口比を勘案しても、日本の死者はアメリカの680分の1である。
国民はマスクや消毒に精励し、世界の先進国と比較しても抜群の感染予防対策をごく自然に実施している。そして症状に応じた治療法も次々と確立されつつある。
さらに、日本人は新型コロナウイルスに感染しにくく重症化しにくい何らかの「ファクターX」があると見られていたが、それが「HLA-A24」という白血球型だという有力な仮説も浮上している。
こうした状況を考えれば、日本のオミクロン対策ははっきり言って異常かつ過剰だと言わざるを得ない。
そして岸田政権の過剰な対策を後押ししているのは「安倍・菅政権のコロナ対策は不十分だ」「オリンピックを中止せよ」などと叫び続けて来た多くのメディアと野党だ。
政権と野党・メディアが結託して誤った方向に突き進んだ時、それを修正するのは極めて困難な作業となる。日本のコロナ対策がいつ正常化するのだろうか。現段階ではその道筋すら全く見えない。
1966年、東京都生まれ。フリージャーナリスト。
1990年、慶應義塾大学経済学部卒後、TBS入社。以来25年間報道局に所属する。報道カメラマン、臨時プノンペン支局、ロンドン支局、社会部を経て2000年から政治部所属。2013年からワシントン支局長を務める。2016年5月、TBSを退職。
著書に『総理』『暗闘』(ともに幻冬舎)、新著に『中国に侵略されたアメリカ』(ワック)。