無能無策の習政権

 2019年6月から始まった香港の抗議デモは、その後、香港市民の中国共産党政権に対する史上最大の抗議運動へと発展している。
 これまで、外国の政府や民間人が香港市民の戦いを支援するような言動をみせるたびに、中国政府は常に「内政問題だ」と強調してきた。だが、奇妙なことに、香港の抗議運動とそれに伴う混乱が半年以上にわたって続いても、当の中国政府は「内政問題」の解決に何ら決定的な対応策を打ち出せていない。そこで露呈してきたのは、まさに彼らの驚くべきほどの無知・無能・無策である。
 習近平政権の杜撰な対応を、少し振り返ってみよう。
 抗議デモ発生の発端は2019年3月、香港政府が「逃亡犯条例改正案」を提出したことによる。今から思えば、香港政府が中国政府の同意(もしくは指示)の下でこの「改正案」を出したこと自体、両政府の香港民意に対する鈍感さの表れだった。
 さらに問題なのは、6月を機に大規模な抗議デモが連続的に起きてからも、習政権と香港政府の双方は引き続き、香港の民意に目をつぶっていたことだ。
 例えば6月9日、1997年の中国返還以来、最大規模の100万人参加の抗議デモが発生した。その時点で、香港政府と習政権が普通の判断力を持っていれば、香港の民意の所在と問題の深刻さを認識したはずである。そして、ある程度の先見性と大局観を持って対処する意思があれば、「条例改正案」を直ちに撤回することがもっとも賢明な選択だった。

完全なる放棄

 しかし当時の香港政府と中国政府は、結局「英断」を下すことができず、穏便な方法で事態を収拾する最良のチャンスを逸してしまった。
 抗議運動が拡大していく中、香港政府はやっと事態の深刻さに気づき、強硬策は事態の打開にならないと悟ったことだろう。8月末、ロイター通信によると、香港政府トップの林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は抗議デモの参加者が掲げる「五大要求」について検討した報告書を中国政府に提出、「逃亡犯条例」改正案を撤回すれば抗議デモの鎮静化につながる可能性があるとの見解を示したという。
 だが、習政権は、同長官の提案をきっぱりと拒否した。五大要求の他の項目についても、要求に応じるべきではないとの見解を示したのだ。
 ロイター通信による一連の報道について、当の中国政府と香港政府は一切否定も反論もしていない。習政権は決定的な判断ミスを犯し、自らの主導下で香港問題を穏便かつ平和的に解決する最後のチャンスを逃したわけである。
 以降、中国政府の一連の反応と「対策」はますます摩訶不思議な様相を呈し始める。
 中国政府は武力で介入する素振りを見せたこともある。8月15日前後、中国武装警察部隊が香港と隣接する深圳に大規模集結をした事実が確認されているし、中国国営新華社通信は8月25日の論説で「香港で暴動が起きた場合、介入するのは中国中央政府の権限だけでなく、責任でもある」とし、中国政府による武力介入を強く示唆した。そしてその前後の数週間、人民日報をはじめとする国内メディアは毎日のように香港関係の記事や論評を掲載して、デモ隊の「暴力行為」や「テロ」を激しく非難しながら、「それ以上許すことはもはやできない」という論調を展開していた。
 しかし、その一連の動きは単なる虚勢にすぎなかった。深圳に集結した武装警察部隊はいつの間にか消えてしまい、国内の多くの〝愛国者〟から熱望されている「中央政府の武力介入」は一向に見られない。先述した新華社通信の表現を借りて言えば、中国政府は事実上、自らの「権限」を一切行使せず、さらに、自らの「責任」をも完全に放棄してしまったのだ。
 中国政府のこのような無責任極まりない姿勢に業を煮やしたのか、香港の林鄭行政長官は9月4日になって突如、「条例改正案」の完全撤回を表明して事態の収拾に自ら乗り出した。だが、時すでに遅し。9月15日、10万人ほどの香港市民は「五大要求」を掲げて大規模な抗議デモを敢行した。
 そして翌日の16日、人民日報社の公式サイトを開いた筆者は、またもやわが目を疑った。15日の香港デモに関して、人民日報は一言も報じていないのだ。あたかも、香港も香港の「騒乱」も、もはや存在しなくなっているかのような報じ方である。
 10月1日の建国70周年のお祝いムードを壊したくないのか、中国政府があえて香港のことに目をつぶりたくなる気持ちは理解できなくもないが、そんな政権など、砂の中に頭を突っ込む駝鳥(だちょう)と何ら変わらない。
 習政権が北京で国威発揚のための建国70周年記念式典・軍事パレードを盛大に行ったその当日、香港市民は喪服を身につけて大規模な抗議活動を展開した。
 習主席のメンツはこれで丸潰れとなり、「国威発揚」はただの笑い話に過ぎなくなったのだ。

香港市民の幸い

 11月14日、ブラジルで開かれた新興5カ国(BRICS)首脳会議で、習主席はようやく香港問題について発言した。
 その中で習主席は「暴力を止め動乱を制し、秩序を回復することが当面の最も切迫した任務だ」と激化する抗議デモに強硬姿勢で対処する方針を示した一方、「行政長官が率いる香港政府の法に照らした施政や、香港警察の厳正な法執行、香港司法機関の法に照らした暴力犯罪分子の処罰を引き続き固く支持する」とも述べた。
 だが、その一方で、彼が率いる中国政府がそのために主導的に何をするのかについては一切言及していない。要するに、習主席と中国政府としては香港危機の収拾に直接に手を出すつもりはないということだ。
「暴力・動乱の制止」にしても「秩序の回復」にしても、すべて香港政府・香港警察と司法機関の責任においてやってもらいたい、という意味なのだ。習主席は自らリスクを負うことなく、また自らの手を汚すこともなく、事態収拾の任務と責任を香港に押し付けようとしているのである。
 一国の最高指導者としては全くの無責任と言うほかないが、裏を返せば、中国政府は人民解放軍を香港に派遣し、あるいは駐香港の解放軍部隊を使って抗議デモの鎮圧に直接手を下す可能性はとても低い、ということである。習主席の無策と無責任は逆に、香港市民にとっての幸いなのだ。
 さらに、中国と習主席にとっての災難が相次いだ。
 11月24日、香港の区議会選挙で、親中派が歴史的大敗を喫し、民主派が大躍進した。この結果はもちろん意外なものではない。選挙が行われた時の香港の情勢を見れば、普通の判断力のある人間なら誰でもこのような結果を予想できたはずである。実際、林鄭長官を含めた香港政府の高官たちの多くはそれが分かっているからこそ、中国政府に対して選挙の延期あるいは中止を盛んに求めていたのだ。
 ところが、習主席はここでも、香港の民意の実態をまるで理解していなかった。香港の抗議運動が始まって以来、中国の宣伝機関はずっと「香港デモは大多数の香港市民の民意ではない。外国勢力に操られている一部の暴徒たちの仕業だ」というプロパガンダを展開しているが、習主席自身がこのプロパガンダを信じ込んでしまったようだ。「香港市民の大半は秩序回復と安定を求めているので、デモには反対している。民主派は勝てない」と。
 だから、習主席は香港区議会選挙の実施にゴーサインを出したのだ。
 だが、選挙の結果は前述の通りだ。習政権と香港政府の議会に対する支配がこれで完全に崩れてしまい、香港の政治と香港情勢全体に対する政権のコントロール能力はかなり損なわれたはずである。もちろん、情勢判断における習政権の甘さと愚かさもこれで露呈し、習主席のメンツはもう一度丸潰れとなった。
 そして選挙の3日後の27日、習主席にとって、さらなる悪夢が現実になった。トランプ大統領の署名をもって、アメリカで香港人権民主主義法が成立したことだ。
 その一方で、この法案がアメリカ議会で審議されている時点から、中国政府は猛反発してアメリカにさまざまな圧力をかけたものの、何の効果も挙げていない。習主席にとって、それこそ「最悪」の法律が成立したのである。
 中国政府と香港政府の両方にとって、香港人権民主主義法の威力は恐ろしいものだ。香港政府と警察が今までのような人権蹂躙のやり方で抗議運動への鎮圧にあたったら、香港はアメリカから与えられている貿易上の優遇措置を失い経済沈没の憂き目を見るだけでなく、鎮圧に関わった香港政府と警察の幹部たちも、アメリカ政府から入国拒否や在米財産凍結などの制裁を受ける危険性が生じてしまった。
 それは言うまでもなく、香港全体と香港政府・警察の幹部たちにとって大いなるリスクなのだ。
 香港政府と警察は今までのように、習政権の指示に従ってやりたい放題の鎮圧行動を断行していくのは難しい状況となった。一方、中国政府も香港市民の抗議運動を実力で潰すことを躊躇(ためら)わざるを得ない。アメリカの制裁を受けて香港が貿易上の優遇措置を失えば、香港経済と中国経済の両方にとって大打撃となるからである。
 その反面、香港市民と抗議運動の参加者たちはこの法律の成立によって多いに励まされた。実際、香港人権民主主義法が成立してから最初の日曜日の12月1日、一時には規模縮小となった抗議デモは再び息を吹き返し、38万人参加の大規模なものとなった。

もはや政権ではない

 香港の抗議運動が発生してからの半年間、中国政府、すなわち習政権の示した一連の反応と彼らのとった「対応策」を整理してみたが、そこからわれわれにはっきりと見えてきたのは、習政権の驚くべき無能さと無策さではないか。中華人民共和国建国から70年の歴代政権の中で、これほど間抜けで阿呆らしい政権は見たことがない。習政権は機能不全に陥っているどころか、もはや政権としての体(てい)をなしていないのである。
 2020年元日、香港市民は主催者発表で100万人以上の大規模デモを実施して抗議運動の底力を見せつけた。一方、習政権は、香港にある中国政府出先機関の主任を解任することで何とか体面を保とうとしたが、この程度の小細工が問題解決にまったくつながらないことは明らかである。
 実は習政権のだらしなさによって、なお一層の悪夢を招くことになった。2020年1月の台湾総統選における民進党・蔡英文総統の圧勝と再選である。
 香港で起きていることをこの目で見ている台湾国民の大半が、総統選で親中国の国民党候補よりも、独立自主を主張する民進党の蔡総統に一票を入れたくなるのは当然のこと。その結果、中国が嫌う蔡総統の再選は現実のものとなった。
 台湾総統選が行われた1月11日前後、筆者も取材のため台湾を訪れていたが、台湾人の多くは、習政権が香港の一国二制度を破壊したことで蔡総統の再選につながったという認識を示していた。
 だから、蔡総統の再選を助けた「部外功労者」の筆頭に、習主席の名前を挙げた台湾のメディアもあるほど。台湾人にそこまで嘲笑された習主席は、もはや大バカと言うほかない。
 習主席は2019年1月には、台湾に対し一国二制度による「祖国統一」を呼びかけていた。しかし香港の一国二制度が破壊されている以上、台湾国民は今さら一国二制度を受け入れる理由などどこにもない。一国二制度に「NO」を突きつけるのは当然であり、圧倒的な民意となった。この流れで再選を果たした蔡英文政権は、今後はより明確な姿勢で一国二制度を拒否するだろう。習政権が企む一国二制度による台湾併合の夢がますます難しくなったことは明々白々である。
 では、彼らはどうやって台湾を併合するつもりなのか。習政権は今でも、武力による台湾の併合も辞さないという姿勢を示しているが、台湾の人々は、そんなのはただの虚勢と恫喝(どうかつ)に過ぎないとして無視することもできよう。なぜなら、香港の一つも武力行使で片付けることのできない習主席では、台湾への武力行使に踏み切れるはずもないと、誰もが足もとを見てしまったのである。
 習政権の無能・無策が招いた内政・外交上の失敗は他にもたくさんある。たとえば今でも進行中の米中貿易戦争だ。2018年7月に勃発した史上最大規模の経済戦争は開始以来拡大の一途をたどっている。米中両国が「第1段階」の合意に達したとしても、それで収束するわけではない。

中国の孤立化

 一方、アメリカとの貿易戦争が一因となって、中国の経済は沈没の最中であることは周知の通りである。しかし習政権は今でも経済の衰退を食い止めるための有効策を打ち出せていない。
 対外的にも、習主席肝煎りの「一帯一路」構想は今や風前の灯。EU諸国から「新植民地政策」と批判され敬遠され、アジア諸国からは「ヤクザ金融」と非難され反発されている。そして世界のあちこちでは、「一帯一路」関連プロジェクトの中断や中止が続出している。
 最後にもう一つ、習政権が新疆ウイグル自治区で行ってきた民族弾圧・民族浄化も、その凄まじい実態が明らかになり世界中からの批判を招いている。12月3日には、「ウイグル人権法案」がアメリカ下院で可決、法律として成立すれば、またもや習政権と中国にとって大打撃になるだろう。そして今後、この問題こそが国際社会と野蛮国家、中国との対立軸の一つになるかもしれない。
 こうして見ると、習政権のやっていることのすべては、中国のより一層の孤立と沈没を招く以外の何ものでもない。習近平という愚かな指導者を独裁者としたことは、中国共産党政権の運の尽きだろう。
 逆に言えば、将来においては中国と中国共産党政権を潰してくれそうな「英雄」たる人物は、もはや習主席をおいて他にはいない。
 だからこそ、私は習主席が健康であることを誰よりも願っており、そして彼がもう少し長く国家主席の座に居座ってくれることを祈りたい。中国共産党を潰すという歴史的大使命は、まさに習主席の双肩にかかっているからだ。
 そしていずれ、習主席がこの大使命を成し遂げた暁には、私は必ず祝杯を挙げながら、天に届くような大声で「習近平国家主席閣下万歳!」と叫ぶだろう。

【著者】石 平
1962年、中国四川省成都生まれ。北京大学哲学部卒業。四川大学哲学部講師を経て、88年に来日。95年、神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。民間研究機関に勤務の後、評論家活動へ。2007年、日本に帰化。『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』で、第23回山本七平賞受賞。

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