【山口敬之】バイデン「民族虐殺認定」のダブスタ~アルメ...

【山口敬之】バイデン「民族虐殺認定」のダブスタ~アルメニア・トルコ・日本

 「106年前の今日始まった民族虐殺(=ジェノサイド)で命を落とした全てのアルメニア人を追悼する」

 第一次世界大戦中に起きたオスマン帝国によるアルメニア人の大量殺害に関して、アメリカのジョー・バイデン大統領が4月24日に出した声明だ。

 この日はアメリカでは「アルメニア人追悼記念日」と呼ばれている。1915年のこの日、第一次世界大戦下のオスマントルコ東部で、敵国ロシアと内通するリスクがあるとみなされた多くのアルメニア人が強制移住の過程で死亡した「死の行進」が始まったとされる日だからだ。

 オスマン帝国下のアルメニア人は、19世紀末から20世紀前半にかけて、度重なる受難に見舞われ、その一部はカリフォルニア州を中心としたアメリカに移住した。このため、アメリカではアルメニア系移民の末裔が追悼記念日制定に尽力し、毎年4月24日に追悼イベントが行われてきた。

 今回バイデン大統領のコメントが注目されたのは、この悲劇を「ジェノサイド(民族虐殺)」と認定したからだ。

 かつてカリフォルニアを地盤とした共和党のロナルド・レーガン大統領がアルメニア人の受難全般について「虐殺」という単語を使った事があったが、1915年からの強制移住を指して、ジェノサイドと明言したのは、バイデン大統領アメリカ大統領が が初めてである。

 今世界的に注目されているジェノサイドと言えば、中国の少数民族に対する弾圧だ。特に中国西部の自治区におけるウイグル人弾圧については、トランプ政権のジェノサイド認定をバイデン政権も受け継ぎ、先月制裁を実行した。

 カリフォルニアは、アルメニア移民と中国系移民の人口が、全米50州で最も多い州だ。バイデンのアルメニア人に対するジェノサイド認定は、人権問題では一歩も譲らない姿勢を強調する戦略の元に、周到に用意された。

 早速、カリフォルニア州選出の中国系の民主党下院議員がバイデン発言を絶賛した。

 「歴史的事実を認めることで、バイデン大統領は真実と人権はアメリカの外交政策の最重要事項であるというシグナルを世界に送っている」
By recognizing historical facts, President Biden is sending a signal to the world that truth and human rights are at the forefront of United States foreign policy.
 (テッド・リウ下院議員)

 今回のバイデン発言の背景には、「あらゆる人権問題を等しく扱う」という姿勢を強調する事で、アメリカ国内の中国系移民の動揺を抑える意図があったものとみられている。
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テッド・リウ下院議員のツイート

過去の大統領の慎重姿勢

 これまでアメリカの歴代政権は、アルメニア人の受難に言及する際には、慎重に言葉を選んできた。

 それは、オスマン帝国の後継国家であるトルコが、一方的な加害認定に強く抵抗してきたからだ。

 トルコ政府は「当時の戦禍における受難はアルメニア人に限った事ではなく、多くのトルコ人も犠牲になった」と主張する。

 第一次世界大戦で同盟国側についたオスマン帝国国内では、敵国ロシアと内通したアルメニア人の一部がオスマン帝国の指導者だったスルタンの爆殺を仕掛けるなど、アルメニア勢力によるテロ行為が繰り返されていた事も事実だ。

 また、オスマン帝国の国教であったイスラム教と、キリスト教徒であるアルメニア人、さらにアルメニア人を匿ったユダヤ人もからんだ宗教問題という側面もあった。

 だから今回のバイデン発言に、トルコは激しく反発した。

 トルコのチャブシオール外相は
 「(バイデン発言を)完全に拒絶する。ポピュリズム(大衆迎合主義)に基づく決して受け入れられない声明だ」

 「我々は、自分たちの歴史について他人から諭されることはない」

 歴史的・地域的に極めてデリケートな問題だからこそ、アメリカの歴代政権は慎重な物言いに徹してきたのだ。
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「虐殺認定」に抗議するトルコの人々
 また、トルコは、中東地域で大きな影響力を持つ大国だ。アフガンからの完全撤兵を発表したバイデン政権にとっても、トルコとの関係の悪化は好ましくない。

 それでもなお、敢えてジェノサイド発言に踏み込んだのは、「現在と過去の、あらゆる人権問題に真摯に向き合う」という姿勢を強調したい、というバイデン政権の狙いがある。

 それでは、バイデン大統領は本当に「全ての人権問題に真摯に向き合うリーダー」と言えるのか。

原爆投下と東京大空襲はどうなのか?

 アルメニア人受難のちょうど30年後の1945年3月、アメリカは東京の市街地に対する「ミーティングハウス2号作戦」、のちに「東京大空襲」と呼ばれるようになる民族虐殺を実行する。

 1941年の日米開戦以降、アメリカは江戸の大火や1923年の関東大震災での大規模火災を詳細に検証し、早い段階から東京を焼き尽くす「無差別殺戮」のために最も効果的な風速や風向きを綿密にシミュレーションしていた事がわかっている。そして、関東地方で空っ風による極めて強い風が予報されていた日に作戦を決行した。

 日が変わったばかりの3月10日午前0時過ぎ、325機のB29が強風を突いて木更津沖から東京下町上空に侵入。

 粘度を増したゲル化ガソリンであるナパームを使ったM69焼夷弾や、マグネシウム弾が空中で炸裂して降り注ぐM50焼夷弾、合わせて1700トン以上が木造住宅密集地に大量に投下された。

 まず4か所の爆撃照準点に大型の50キロ焼夷弾を投下。これにより同時多発的大火災を引き起こして日本側の消火活動を麻痺させた上で、逃げ場を失なった東京に、小型のM47、M69など粘り気のある悪質な焼夷弾を大量に投下した。
 
 「超低空・夜間・無差別焼夷弾爆撃」は、逃げまどう市民でごった返す真夜中の大通りに容赦なく降り注いだ。子供を背負った母親にM50マグネシウム弾の子弾が突き刺さって親子共々即死し、そのまま爆発して周囲の人も焼け死んだ。大量のベトベト焼夷弾M69は、各地で大規模な火災旋風を発生させ、多くの人が生きながら紅蓮の炎に巻き上げられて死んでいった。この夜だけで10万人以上が死んだ。これは単独の市街地爆撃としては、世界史上最悪の犠牲者数である。
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東京大空襲後の繁華街
 司令部や軍需工場をピンポイントに狙う高精度爆撃であれば、こうした焼夷弾は使わない。無辜の市民の大量殺戮を目的とした、まごう事なき「民族虐殺」である。

 東京の市街地へのこうした空襲は106回に及んだ。さらに、大阪、福岡、名古屋など日本の各都市でも、市民の大量虐殺を目的とした無差別爆撃が繰り返された。

 そして東京大空襲の5ヶ月後、広島と長崎に原子爆弾が投下された。米軍のそれらの民族虐殺によって合わせて少なくとも35万人が死亡し、数百万人が被災した。

 「東京大空襲・広島・長崎」。もしバイデン大統領が、「現在と過去のあらゆる人権問題を等しく扱う」のであれば、自国の軍隊による、無辜の日本人の凄惨な大量虐殺を、ジェノサイドに認定するはずである。

ジェノサイド認定されてこなかった理由

アメリカのバージニア州に、アメリカ連邦政府の予算で運営されている航空宇宙博物館がある。一階のメイン展示場の一角には、広島に原爆「リトルボーイ」を投下したB-29爆撃機「エノラ・ゲイ」が、ピカピカに磨き上げられ、誇らしげに展示されている。
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航空宇宙博物館に展示される「エノラ・ゲイ」
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 その説明パネルにはこう書かれている。

 「1945年8月6日、このマーティン社製B29-45-MOは、広島での戦闘の中で、世界初の原爆を投下した。」(On August 6, 1945, this Martin built B29-45-MO dropped the first atomic weapon used in combat on Hiroshima, Japan.)

 この文で、アメリカは歴史を改竄している。原爆が「広島での戦闘において使われた」と書いているが、当時広島では、一切の戦闘はなかった。もちろん、オスマン帝国下のアルメニアのような、敵性国家との内通も、地元住民間の宗教的対立もなかった。何の罪もない、日本の家族が生活していただけである。そして、反撃や抵抗の術のない丸腰の118,661人の日本人が、逃げる間もなく即死させられた。これこそ、民族虐殺の極致である。
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事実を改竄している説明パネル
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 これほど明確な民族虐殺について、これまでアメリカは「戦争終結を早めるため」と正当化してきた。

 アメリカを代表する博物館の、エノラ・ゲイの説明パネルにおける卑怯な捏造と歪曲は、アメリカの罪悪感の裏返しである。

 罪悪感があるからこそ、アメリカとGHQは占領政策の中で対米批判を無理矢理封じ込め、日本の国体を換骨奪胎しようとした。

 一方日本人の多くも、これまでは「戦争に負けたんだからしょうがない」と、苦渋の思いで屈辱を飲み込んできた。

 日本人の沈黙を良い事に、アメリカは数多の大空襲や、2発の原爆投下について、否定しようもない民族虐殺にもかかわらず、謝罪はおろかジェノサイド認定すらしていない。その一方で、東京裁判などで日本の軍人を「平和に対する罪」「人道に対する罪」で極刑に処した事は、前回の寄稿で詳述した。

 2016年5月にアメリカの大統領として初めてバラク・オバマが広島を訪問し、慰霊碑に献花してスピーチをしたが、自らの核廃絶に向けた姿勢をアピールするばかりで、日本人に対する謝罪も、ジェノサイド認定もなかった。

 しかし、バイデン大統領が1915年のアルメニア人の受難をジェノサイドと認定したのであれば、日本人に対する度重なる無差別大量虐殺も、ジェノサイドと認定しなければ筋が通らない。

 「同盟国だから遠慮」した所で、日本にとって得るものは何もない。主張すべき事は主張し、その上で和解しない限り、本当の同盟とは言えない。

 アルメニアもトルコも主張すべきは主張し、外国による歴史の歪曲や決めつけと闘い、自らの民族と国益を守ってきた。

 だからこそ、今回もバイデン大統領は事前にトルコのエルドアン大統領に電話をかけ、相応の敬意を示す事で関係悪化に予防線をはった。

 翻って日本はどうか。アルメニアのように、無惨に殺された自国民や、国のために殉じた人々の名誉を守り、哀悼の誠を捧げる努力を続けてきたと言えるか。トルコのように、史実を歪曲しようとする内外の勢力に対して、即座に毅然とした対応をしてきたか。

 今回のバイデン大統領によるアルメニア問題のジェノサイド認定は、戦後史の根源的正常化の絶好の機会だ。

 国民の「忍耐と寛容」は美徳だが、「挙げるべき声を挙げない政府」は単なる無能である。
山口 敬之(やまぐち のりゆき)
1966年、東京都生まれ。フリージャーナリスト。
1990年、慶應義塾大学経済学部卒後、TBS入社。以来25年間報道局に所属する。報道カメラマン、臨時プノンペン支局、ロンドン支局、社会部を経て2000年から政治部所属。2013年からワシントン支局長を務める。2016年5月、TBSを退職。
著書に『総理』『暗闘』(ともに幻冬舎)がある。

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この記事へのコメント

Kuppan 2021/5/11 19:05

トルコのアルメニア人虐殺がジェノサイドなら、アメリカの日本人虐殺もジェノサイドです。
アメリカは卑怯な国ですね。
昨年の大統領選以来、自由とか正義に糊塗されてきたきた大国の本来の姿が見えるようになってきました。
アメリカと中共はコインの裏表ですね。

kurenai 2021/5/2 10:05

トルコは一貫して「大虐殺」の汚名を拒絶し続けています。こういう毅然とした態度を我が国の政治家は見習ってほしいですね。

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