「財政健全化」か、「積極財政」か。

 マクロ経済運営と財政政策のあり方をめぐって、今の自民党には主張が真っ向から対立する2つの組織が存在する。財政規律を重んじる「財政健全化推進本部」と、積極的な財政出動を主張する「財政政策検討本部」だ。

 穏やかでないのは、それぞれの本部の最高幹部に本来岸田政権を支えるはずの主流派3派閥の重鎮が入り乱れていることだ。

「健全化本部」は岸田総裁の指示で総裁直轄機関として設立され、本部長は元経世会会長の額賀福志郎。第1回会合には総理大臣自ら出席して、財政健全化への意気込みを強調した。総理総裁が特定の主張を明確にした党組織の会合に出席するのは極めて異例だ。そして最高顧問には前財務大臣の麻生太郎副総裁が就任した。

 一方の積極財政派の「検討本部」を率いるのは高市早苗政調会長で、こちらの最高顧問は安倍晋三元首相。メンバーには先の総裁選で高市氏を支援した、財政とマクロ経済に詳しい議員が勢揃いした。

 2つの本部が火花を散らす状態は、財政政策論争にとどまらず、「この枠組みで党内の主導権争いが激化すれば政局にまで繋がる可能性がある」と、永田町の好事家(こうずか)は興味津々である。
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山口敬之:"財務省の犬"=《増税小委員会》が引き起こす倒閣の波

「財政健全化本部」は岸田総裁の指示で総裁直轄機関として設立された

異例の"非公開"小委員会

 そんな中、岸田首相肝煎りの「健全化本部」の下に先日設置された、ある小委員会が発足早々物議を醸(かも)している。

 組織の名前は「次世代のための財政戦略検討小委員会」。
「次世代のために」財政を健全化しなければならないという、岸田イズムをそのまま名前にした組織だ。

 この小委員会は、その運営からして極めて異例だ。マスコミに対して「クローズ」すなわち非公開の秘密会なのだ。

 自民党の会合や組織の中には、外交や安全保障など国家機密に関わる事案を扱うものであれば、非公開で行われることもある。しかし財政やマクロ経済など、開かれた議論が求められる課題で設置される小委員会が秘密会となるのは前代未聞と言っても過言ではない。

 もちろんライバルである高市政調会長の「財政政策検討本部」には非公開の小委員会は設置されていない。こちらは様々な有識者を呼んでマスコミにも公開して活発な議論を繰り広げているので、逆にこの小委員会の不透明さが際立っている。

 なぜ非公開となったのか、そして今どのような議論が行われているのかなど、この小委員会の実態は全く漏れてこない。今わかっているのは、メンバーだけだ。
twitterよりキャプチャー (11197)

via twitterよりキャプチャー

スキャンダル議員が勢ぞろい

 このペーパーは、小委員長代理を務めている後藤田正純衆議院議員がSNSにアップしていたものだが、今はツイッターにもFacebookにも見当たらない。後藤田氏が一旦アップロードしたものを削除したのだろうか。

 このペーパーによれば、小委員会の取りまとめ役は下記の通りである。

小委員長    小渕優子
小委員長代理 後藤田正純
事務局長    橘慶一郎

 この3人を筆頭にオブザーバーを含めると31人の中堅若手が名を連ねている。
 長く自民党本部にいる関係者にこのメンバー表を見せたところ、「なぜ非公開にしたか、メンバーを見て即座にわかった」と証言した。 

小委員長の小渕優子、小委員長代理の後藤田正純、メンバーの武井俊輔、そしてオブザーバーの大岡俊隆。メンバーの中に深刻なスキャンダルを抱えるキズモノの問題児がたくさん入っていて、そこで増税に向けた議論をするなら、これは秘密会にせざるを得ないよ

 小渕優子と言えば父・小渕恵三元首相の後を継ぎ2000年に初当選して以降、経世会のプリンセスとして順調に成長していたが、2014年10月に発覚した政治資金報告書の未記載問題が刑事事件に発展。小渕の地元・中之条町の折田謙一郎町長(当時)ら2名が在宅起訴され、2015年10月に折田氏に禁固2年執行猶予3年、もう1人の元秘書は禁固1年、執行猶予3年の有罪判決が出た。

 この事件以降、小渕は7 年以上閣僚や党幹部などの要職にはつけなかった。

 未記載の費用が1億円を超えたこと、さらに父の小渕恵三時代からのベテラン秘書が有罪判決を受けたことから、長年にわたって違法行為が常習化していたと見られるなど、「普通の政治資金規正法違反事件とは次元が違う」と受け止められていたからだ。

 だから、岸田首相が昨年9月、小渕優子を党8役の一角を占める組織運動本部長に抜擢(ばってき)した際には、「経世会の協力を得るためにリスクを取った」と受け止められた。
 小委員長代理に就任した小渕と同期の後藤田正純も、2009年の衆院選で関係者に買収目的で現金を渡したとして、運動員が公職選挙法の疑いで逮捕されている。

 しかし後藤田といえば、もっと生々しいスキャンダルを覚えている方も少なくないだろう。

 2011年、銀座のホステスとレストランやバーに行き、キスをしたり抱擁したりして口説いている様子の一部始終をフライデーされたのである。
当時の雑誌に掲載された写真

当時の雑誌に掲載された写真

via 著者提供
 妻が水野真紀という有名女優だったこともあり、スキャンダルは各メディアで大々的に報じられた。

 バーや歩道など公衆の面前での露骨なボディータッチや接吻など、強烈な破廉恥写真で後藤田が受けたダメージは計り知れなかった。
 即座に衆議院財政金融委員会委員や自民党政務調査会・財務金融部会長代理、地震対策特別委員会副委員長など全ての役職を失ったが、それだけでは済まなかった。

 衆議院議員は普通なら当選5回程度で大臣の座が回ってくるものだが、当選8回を数える後藤田はいまだに閣僚経験がない。

 後藤田と小渕は、いわば自民党の「2大キズモノ議員」なのだ。
youtubeよりキャプチャー (11216)

小渕優子議員
via youtubeよりキャプチャー
 さらに現在進行形のスキャンダルを抱えている議員もいる。
 武井俊輔衆議院議員だ。

 武井の最初のスキャンダルは、小渕や後藤田と同じく選挙絡みだった。2015年、武井の後援団体「優俊会」が選挙区内のスタッフの親の葬儀に供花したり、会員に祝いの花を贈ったりしており、公職選挙法に違反しているとして批判された。

 さらに昨年10月14日にも衆議院解散のタイミングで国会前で動画を撮影。「選挙区では武井俊輔、比例代表では公明党、共に勝利すべく、最後まで全力を尽くしてまいります」とコメントしSNSに投稿。公職選挙法の選挙運動は、選挙の公示・告示日から選挙期日の前日までしかすることができない」という規定に抵触していた。

 しかし、武井のスキャンダルは公選法に止まらなかった。2019年9月29日、武井の私設秘書が飲酒後に乗用車を運転し、警視庁の車に衝突する事故を起こしたのだ。 

 さらに2021年6月8日夕方武井の公設秘書が運転する自動車が、当て逃げ事件を起こした。その後の調べで、

・武井が後部座席に乗っていたこと
・車検が切れていて自賠責保険を更新していない状態であったこと
・武井も秘書も男性を救護しなかったこと

 など、秘書のみならず武井自身にも深刻な疑惑が多数発生した。

 そして2022年1月5日、武井が道路運送車両法違反(無車検)と自動車損害賠償保障法違反(無保険)容疑で警視庁に書類送検され、当時の秘書についても自動車運転処罰法違反(過失致傷)と道路交通法違反(事故不申告)容疑で書類送検された(参考記事)。

 もちろん、小渕優子も後藤田正純も武井俊輔も、スキャンダルや刑事事件を乗り越えて政治活動を続ける権利はある。

 しかし、こうした「キズモノ議員」を守るためにこの小委員会が非公開とされたのであれば、それは有権者と納税者に対する背信である。

増税を"オルグ"

 一方、小委員会のメンバー表を見た別の自民党職員は、次のように証言した。

もちろん小渕や後藤田らスキャンダル議員を守るという判断もあるでしょう。しかし、もう一つ考えられるのは、財政政策に詳しくない議員を集めて、岸田首相と財務省に都合のいい増税理論を刷り込む『オルグ小委』という狙いも透けて見えます

 言われてみれば、小渕も後藤田も武井も、これまでのキャリアから言って決してマクロ経済や財政政策に造詣(ぞうけい)が深い議員とは言えないし、他のメンバーもほとんどが素人だ。

 東大法学部を出てJPモルガン証券の取締役副社長を務めていた中西健治や、同じく東大法学部を出て財務省に勤務した経験を持つ鈴木馨佑など、マクロ経済に明るいと言える議員は数えるほどしかいない。

 だとすると、この職員が言うように、マクロ経済に詳しくない議員を集めて財務相に都合のいい「増税理論」を一から教え込み、財務省の悲願である消費増税など「財政健全化」「増税路線」を支持する議員を増やしていこうというのが、この小委員会設置の真の目的だという説明が、俄然説得力を持つ。

 コロナ自粛から経済復興へのパラダイムシフトが求められる中、露骨な「増税政策」「財政規律重視」を打ち出した会合を公開の場で繰り返せば参院選にも悪影響が出かねないと考えたからこそ、「秘密会」としたというのである。

"財務省のプードル”養成小委員会

 それでは、この小委員会では具体的にどのようなことが議論されているのだろうか。

 非公開だから類推するしかないのだが、小委員長代理の後藤田のSNS投稿がヒントを与えてくれていた。
 2月17日の小委員会の直後、後藤田はFacebookに次のような投稿をあげていた。
Facebook (11207)

via Facebook
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 我が国の財政が健全だという意見があるらしいが、政権与党として世界に笑われないようにしなければならない。

 日本では一部に、『PB批判』があるようだが、『積極財政』と『異次元緩和』をこれだけしてきて、『PB黒字』すら目標も立てれない『財政食い散らかし』の主張は政策とは言わない。
日銀という『禁断の打ち出の小槌』を使っていること、市場のコントロールは限界があることも、理解しているのか。。。

 我々政府与党は、手術を成功させて、自立的な健康体にしようという医療チームなのである。
 岸田首相は、財政は『国の信頼』であり、『健全化』と『構造改革』を冷静に進めようとしている。

 『自律的な民需主導の経済財政』という『構造改革』を実行し、税収を豊かにして、結果として『PB黒字』になるように、そして『不健全な財政』を未来に遺さないことを目指している。

 日本の財政が『過去最悪に不健全』であることは、子どもでも分かる。
 過去最高の借金、長年にわたる『特例公債』発行、出口なき『異次元緩和』。

 財政法4条は
『国の歳出は、公債又は借入金以外の歳入を以て、その財源としなければならない。』とあるが、

 赤字国債は1975年度以降は、4年間を除き、ほぼ毎年度『特例法』の制定と赤字国債の発行が恒常的に繰り返されている。
 つまり長年にわたり、『歳入を超えた積極財政』をしてきたことは誰でもわかる。

 我々は、『自律的な民需主導の経済』すなわち『薬や医療に頼らない健全な体力』をもつ国民経済にすることを目指している。
 『薬』や『麻酔』は、手術には必要なコメディカルであるが、根本治療の『瞬間的、短期的道具』に過ぎないし、投与の仕方によっては『副作用』は計り知れない。

 『瞬間・短期の道具』を8年も継続することが『根本治療』だとの勘違いは議論にもならない。
 これが一番大事な治療だと言うなら、それは『慢性期療養医療』なのだろう。
 そして、薬剤・麻酔の『長期・大量投与』に対する『副作用』についても冷静に対応しなければならない。

 我々は、短期的にも『自立的な健康な身体』に戻すこと、中長期的にも『薬・麻酔』が不要な健康な身体を維持することを目指している。


 『白い巨塔』が財政でも、、、
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 後藤田の投稿を見る限り、財務省側の「増税オルグ」は順調に進んでいるようだ。

 例えば、
「日本の財政が『過去最悪に不健全』であることは子どもでも分かる。」
「赤字国債は1975年度以降は4年間を除きほぼ毎年度『特例法』の制定と赤字国債の発行が恒常的に繰り返されている」

 という物言いは、財政規律の重要性を強調したい財務省が、素人を騙す際に使う常套句だ。

 財政出動派の自民党職員は、後藤田のFacebookコメントを呼んでこう嘆息した。

コロナ禍の後の景気回復が至上命題なのに、後藤田のようなベテラン議員がこんな子供騙しの論理で財務省の増税路線を追認し強調したら、自民党は参院選で大敗する
あの小委員会が非公開なのは、国民には聞かせられない露骨な『財務省のプードル養成学校』だからだろう」

岸田vs安倍 正面衝突の予感

 岸田政権が発足した昨年9月の時点で778兆円あった東証一部の時価総額は、4カ月足らずで100兆円が吹っ飛び、約679兆円にまで落ち込んだ。ネットでは「岸田ショック」なる言葉も誕生した。

 経済専門チャンネル「日経CNBC」が2月に行った個人投資家対象の調査では、岸田政権を支持すると答えたのはわずか3.0%で、支持しない人が95.7%に上るという、前代未聞の衝撃的な結果となった。

 これだけ極端な数字が出たのは、岸田首相が有効な景気刺激策を打たないばかりか、財務省の主張に寄り添って財政規律を重視する姿勢を明確にしているからだ。

 財政健全化に力点を置くのであれば、「支出を減らし」「収入を増やす」政策を選択することになる。
「支出を減らす」というのは財政出動の抑制とイコールだし、「国庫の収入増」とは、要するに増税だ。

 コロナ禍で傷んだ経済の補修が進まない状況でのウクライナ危機という、強烈なダブルパンチに見舞われている今、国民が政府に求めているのは「財政出動」と「減税などの国民負担減」だ。

 ところが岸田政権はウクライナ危機が本格化した今週に入っても、いまだに財政健全化の旗を下ろしていない。

 国民や経済界が求める政策と真逆の方向に向かっているからこそ、マーケットや個人投資家が岸田政権に明確なNOを突き付けているのである。
gettyimages (11217)

折しも日経平均株価は1年3カ月ぶりに2万6000円割れ(2/24日)。岸田政権の政策は「マーケット・投資家いじめ」ととらえられて、さらに景気を冷やしかねない――。
 ところが、小委員会の後藤田はこうした市場の神経を逆撫でするようなコメントを発信し続けている。
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『瞬間・短期の道具』を8年も継続することが『根本治療』だとの勘違いは議論にもならない。
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 後藤田のコメントには、アベノミクス批判のみならず、安倍・菅政権への憎悪が丸出しである。
 積極的な財政出動で株価の高止まりを実現してきたアベノミクスを全否定する後藤田のような発言を岸田首相が放置するなら、今は岸田政権を支えている安倍元首相も黙ってはいないだろう。

 折しも、バイデン政権が「ロシアのウクライナ侵攻は秒読み」と警告を発している最中の2月15日、林芳正外相がロシアと経済協力の協議を行い、岸田―林コンビの外交センスに大いなる疑問符がついたばかりだ。

 菅政権が先鞭をつけたはずのワクチン接種も、岸田政権になった途端、遅々として進まない。

 先月まで高止まりしていた内閣支持率も、ついに下降に転じた。
「岸田政権でコロナ禍とウクライナ危機を乗り越えられるか?」
「岸田首相を参院選で勝たせたら大増税がやってくるのではないか」
 という国民の不安と不審を払拭(ふっしょく)しない限り、党内から「岸田下ろし」の声が出るのは時間の問題である。
山口 敬之(やまぐち のりゆき)
1966年、東京都生まれ。フリージャーナリスト。
1990年、慶應義塾大学経済学部卒後、TBS入社。以来25年間報道局に所属する。報道カメラマン、臨時プノンペン支局、ロンドン支局、社会部を経て2000年から政治部所属。2013年からワシントン支局長を務める。2016年5月、TBSを退職。
著書に『総理』『暗闘』(ともに幻冬舎)、新著に『中国に侵略されたアメリカ』(ワック)。

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