公明党山口代表の驚愕発言
これは先月30日、ウイグル人権問題で中国制裁に踏み切った欧米について、日本も足並みをそろえるべきか問われた際の公明党の山口那津男代表の回答だ。アメリカやEUの「新疆ウイグル自治区で人権侵害が進行中である」という事実認定について、根拠がはっきりしていないという公明党の立場を明確にしたのだ。
政党にとって最も重要な文書は、いうまでもなく党綱領だ。公明党は党綱領の第1項目に、「『生命・生活・生存』の人間主義」と題し、こんな力強い文を掲げている。
「政治の使命は、生きとし生ける人間が、人間らしく生きる権利、つまり人権の保障と拡大のためにこそあります。」
日本人だけでなく、全ての民族が人間らしく生きる権利を守るために公明党は存在していると、冒頭で高らかに宣言している。人権こそあらゆる政治活動の根本を形成しているというのが公明党の立場だ。例えば外国人参政権についての積極姿勢も、「全ての民族の人権を最優先する」という論理から説明される。
ところがウイグル人の人権問題となると、公明党の「人権最優先」という党是は突然鳴りを潜める。
30日の会見で、中国への配慮を繰り返し口にした山口代表は、
「経済や人事交流の極めて厚い中国との関係も十分に配慮し、摩擦や衝突をどう回避するかも重要な考慮事項だ」として、中国に対する制裁に否定的な立場を繰り返し強調した。
公明党にとって、「人権」は「経済」や「交流」よりも優先されるものではなかったのか。公明党は「生きとし生ける全ての人間」から、ウイグル人を除外するというのか。
こうした疑問を想定してか、山口代表は予め予防線を張っていた。
「根拠を持って認定できるという基礎がなければ、いたずらに外交問題を招きかねない」
すなわち、「中国によるウイグル人への人権弾圧は、根拠がはっきり示されていない」と主張したのだ。これは政権与党の党首として、菅首相の初の訪米を台無しにしかねない、驚くべき発言だ。
それは同盟国アメリカや欧州各国が、中国によるウイグル人弾圧を、「証拠に基づいて」「はっきりと」「繰り返し」事実認定しているからである。
世界が繰り返し認定した、凄惨な人権侵害
バイデン氏の大統領就任を翌日に控えた、トランプ政権最末期のポンペオ国務長官による発言だっただけに、バイデン政権がこれを引き継ぐかが大いに注目された。
一方中国外務省の華春瑩報道局長は、「もはや世界の笑い者になっている」とポンペオ国務長官を激しく非難する一方で、バイデン新政権への批判は避けた。政権交代でアメリカが対中強硬姿勢を緩和するのではないかと、一縷の望みを抱いていたのだ。
しかしそんな中国の淡い期待は程なく粉砕された。バイデン政権のブリンケン新国務長官が、前任ポンペオ氏のジェノサイド認定を引き継ぐと明言した上で、中国共産党は「ウイグル人を含むイスラム教徒100万人以上を『過激思想を矯正するため』と称して強制的に施設に収容し」「ウイグル人女性に不妊手術や中絶手術を強要している」と断言したのだ。
これに呼応して、欧州連合(EU)の外相理事会も3/22、「中国での少数民族ウイグル人の不当な扱いが人権侵害にあたる」として、中国の当局者らへの制裁を決定した。EUが中国に制裁を科すのは1989年の天安門事件以来32年ぶりだ。
その理由として「多くのウイグル人が不当に拘束されているほか、労働や不妊手術を強制されている」と述べた。ブリンケンが示した人権侵害の内容と、表現までぴったり一致している。
公明党の山口代表は「日中の経済関係を考えれば、制裁は慎重であるべき」と述べた。しかし欧州でもドイツなど多くの国が中国経済に大きく依存している。だからこれまでEUは、アメリカの対中強硬姿勢とは一線を画してきた。昨年の香港の民主化抑圧に対しても、EUの中国批判は「口先」にとどまり、実効性のある制裁には踏み切らなかった。
しかしウイグル人弾圧に関しては、欧州各国の議会で様々な証言や証拠が相次いで示され、不当拘束や拷問、虐待、臓器摘出、強制避妊手術といった具体的な残虐行為について、「疑い」のレベルではなく、「現実に行われている蛮行」として次々と認定された。
その結果、香港とは次元の違う、「今そこにある民族虐殺」という認識が欧州各国間で共有されるに至った。
ウイグル人に対する「否定しようもない人権弾圧」(仏外相)が明確に事実認定されたからこそ、EUは天安門事件以来の本格制裁に踏み切らざるを得なくなったのだ。
こうして見てくると、公明党の山口代表の発言と、欧米諸国の認識の間には、決定的な乖離がある事がわかる。
要するに、日本以外の全てのG7各国が、繰り返し認定した人権弾圧の事実を、日本の与党党首が「根拠が不十分」「信用できない」と完全否定する形となった。
ウイグル問題は時間をかけ、十分に調査されてきた
2018年7月、ウイグル人権問題に本格的に取り組む姿勢を明確にしたのは、トランプ政権のペンス副大統領だった。
「悲しいことに、中国によって数十万人、数百万人ものウイグル族のイスラム教徒が『再教育収容所』に入れられ、彼らは政治的な洗脳に耐えている」と断定した。
この発言を受け、大統領選挙を控えて激しく対立していた共和・民主両党も、「ウイグル人弾圧は真実か」という課題に、一致して取り組んだ。上下院でウイグル問題を集中的に議論する議会が繰り返し設けられた。その過程で、
・「職業訓練センター」を標榜する施設での拷問や、
・ウイグル女性に対する強制避妊手術
・臓器摘出や強制労働
といった残虐行為に関して、様々な資料と証言が俎上に上げられ、慎重に精査された。
その結果2019年9月には「中国政府が新疆ウイグル自治区でウイグル人などのイスラム教徒を弾圧している」と断定、共和党が多数を占める上院で「ウイグル人権法案」を可決された。
さらに3ヶ月後、民主党が多数を占める下院では、内容をさらに強化した制裁法案が407対1の圧倒的賛成多数で可決された。
昨年5月には、ウイグル人弾圧に関与した中国の当局者に制裁を科す具体的な手順を決める法案も可決・成立した。成立時の下院の賛成票は413、反対はわずか1票だった。
3年越しの法案審議過程で示された多くの証拠と証言は大手メディアでも大きく扱われた。
この結果、アメリカではウイグル人に対する中国共産党によるおぞましい人権侵害は、もはや「既成事実」となった。
公明党が、長い議論の末に欧米各国が達した事実認定を「根拠がない」と否定するのであれば、
・欧米の事実認定の誤りを具体的に指摘した上で、
・公明党の主張の根拠を示し、
・対中制裁を課した全ての国に対して、撤回を求めるべきだ。
さもなくば、自らの発言は「国際社会では相手にされない、矮小なものだ」と自ら認めた事になる。
人権弾圧と戦う「マグニツキー法」にも疑義を入れる政党
ロシアの弁護士だったセルゲイ・マグニツキー氏は、ロシア当局の巨額横領事件を告発した後、長期間の勾留中に暴力を受け続け、2009年に37歳で獄中死した。
この事件をきっかけとしてアメリカでは、アメリカ国外の人権侵害に対して制裁発動を可能にする「グローバル・マグニツキー法」が制定され、欧州各国もこれに続いた。
これにより、アメリカやカナダ、欧州各国では、人権を侵害した全ての国家に対して、ビザ発給禁止や資産凍結などの制裁措置を取れるようになった。
現在世界各国で採用されているマグニツキー法は、特定の国を対象にしたものではなく、「世界中のどの国に対しても、人権侵害も許さない」という、党派性のないフェアな構成となっている。
日本でも超党派の議連が立ち上がり、日本版マグニツキー法の制定を目指す動きが始まっている。
ところが公明党山口代表は「(日本版マグニツキー法を整備するのは)いかがなものか」となど述べ、慎重な姿勢を明確にした。
「いかがなものか」とは、どういう物言いだろうか。あらゆる人権弾圧と戦うためのグローバルかつフェアな法整備こそ、「人権の党」を標榜する公明党が旗振り役を務めるべきではないのか。
マグニツキー法について旗振り役どころかブレーキ役を果たすのであれば、公明党には人権以上に尊重する「別の価値」「別の目的意識」が存在するという事になる。
「人権の党」か「中国共産党の友党」か
この法案は、北海道や日本海沿岸、沖縄などの自衛隊基地に隣接する土地が、中国と中国系資本によって大量に買い進められている事への懸念から、検討が始まった。
ところが法案の与党内審議を通じて、公明党は、「私権制限につながる」などと主張、法案の大切な部分が骨抜きにされた。
特に、安全保障条約重要な土地の売買について届出を義務付ける部分について公明党は「過度な私権制限」「経済活動への制約」と強硬に反対した。
その結果、法律に則した売買や利用は全く制限されないにも関わらず、届出義務対象地となる「特別注視区域」から、東京・市谷の防衛省本庁や、海上保安庁の施設、原発が除外された。
日本の防衛施設周辺の土地を大量購入する中国人の「私権」は擁護する一方で、欧米が認定したウイグル問題に対する対中制裁には徹底して慎重姿勢を貫く。さらに中国に限定したわけでもない、世界の人権侵害と戦うための法整備にも反対する。
「生きとし生ける全ての人間の人権を最優先する」という党綱領はどこに行ったのか。日本の安全保障を蔑ろにしてまで中国の権益ばかりに忖度する政党に、もはや「人権の党」を名乗る資格はない。
日米首脳会談に漂う暗雲
ウイグル人権問題で旗幟鮮明にしたバイデン大統領が、就任後初めて面と向かって語り合う首脳として日本の首相を選んだ背景には、中国に対して明確なメッセージを与えるという意図があった事は議論を待たない。
しかも、バイデンが長く上院議員を務めた民主党は、人権問題と環境問題では「絶対に妥協しない事」を党是としている。そんなバイデン政権が率いるアメリカは、中国国内の人権問題の存在を認めない政党が連立与党を構成している日本の首相をどう迎えるだろうか。
長年与党の一角を占めてきた公明党には、国際委員会という外交担当の常設組織があり、国際的な党間交流にも熱心だ。中国の人権問題に明確なNOを突きつけたバイデン政権の本質を知らないはずはない。
欧米が度重なる議論の末に認定したウイグル人権問題について、「根拠がはっきりしない」と、まるで中国外務省報道官の様な発言をすれば、訪米直前の菅首相の外交にどのような影響を与えるか、山口代表自身が一番よく知っているはずだ。
どのような政党であれ、党綱領を蔑ろにするような政党はいずれ国民から見放されるだろう。しかし、連立与党の構成政党が、国際社会における日本の地位を著しく低下させるような発言をあえて行ったのであれば、話は別だ。その発言の「真意」と「背景にある力学」こそ、真剣に分析されるべきものである。