ターゲットは別にあった

 総理の岸田文雄さん、電撃的なウクライナ訪問を敢行し、悲願が叶って良かったね、これでG7広島サミットのホスト国としての面目も立つねと思っておるわけです、その横では相変わらず高市早苗さんが辞任するのしないのと揉めています。

 総務省から出た一連の書類は紛れもなく公式の行政文書であって、それが何らかの手段で立憲民主党の参議院議員・小西洋之さんにわたった結果、国会質問で経済安全保障担当大臣であり当時総務大臣であった高市早苗さんにアテられることとなりました。そこでなぜか高市さんが「捏造(ねつぞう)文書だ」「本物であったならば、(議員)辞職してもいい」と派手にブチ切れたため、国会審議すらもストップしかねない大騒動に発展したのであります。

 本件が実に微妙なのは、当時の安倍晋三政権において、総理秘書官であった礒崎陽輔さんの暴走とパワハラがいかに酷(ひど)かったか、それによって、当時の総務省で放送政策を担当する部局(通称「テレコム」または「放送村」)が、いかなる迷惑をこうむったかということを示す行政文書に過ぎなかったという点です。言うなれば、本件では特段、高市さんの失点を示すものではなく、当時の安倍官邸において野党がアベトモと批判する官邸政治の申し子のような 礒崎さんらの専横を糺(ただ)す目的だったということです。

 それも、元総務官僚である礒崎さんについては、それに先立つ2019年の参院選大分選挙区で立憲民主党の新人で元朝日新聞記者の安達澄(きよし)さんに負けてしまい、いまはただの人になっています。

 種明かしをすると、実のところこの2019年参院選公示前、礒崎さん再選を狙うタイミングで特定の週刊誌などマスコミ界隈に、この小西さんにわたった資料と同じものの一部が流れています。なにぶん、2014年から15年にかけての文書ですし、情報公開請求を書ければ開示される性質の文書とはいえ、官邸とテレコムの話で「礒崎さんが暴れました」というだけのものではなかなか記事になりようがありません。

 また、礒崎さんに選挙で勝った安達さんが昨年3月の段階から、来月4月9日に行われる統一地方選での大分県知事選に転出するという情報が出回りました。もっとも、その際は安達さんにそういう考えがありそうだというレベルの話に過ぎず関係者も確信を持っていたわけではありませんが、そうなると当然参議院大分選挙区では補欠選挙が行われますので、ここで安倍政権での実績を引っ提げて礒崎さんが自民党公認となってしまうと、うっかり国会に帰ってきてしまう危険もあります。
 自民党大分県連からの礒崎さん公認を見送らせるべく、改めて礒崎さんの問題である本件をマスコミに取り上げてもらえないかという話が出ましたが、すでに落選してただの人になっている礒崎さんに関する記事を掲載するほど暇な媒体はなく、結果的に、野党筋に情報が流れ、白羽の矢が立ったのが立憲小西さんだった、というのが事実関係と見られます。
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渦中の高市早苗経済安全保障担当大臣

今の霞ヶ関の特徴

 ネットや『WiLL』界隈では、どちらかというと国会で馬鹿な質問をするクイズ王として酷評の対象となりやすい小西さんですが、実際には国会質問での突破力には定評があり、また、彼が騒ぐとマスコミ報じられることも多いうえに政策や人事に関する理解力も高いため、左派やマスコミにおいて小西さんや辻元清美さんなど一騎当千の野党議員は重宝されている面が強くあります。その点で、小西さんは言われているほど無能ではなく、むしろ野党議員としては優秀な部類であることは確かです。

 他方、一連の行政文書では、むしろテレコム出身の山田真貴子さんが出てきて礒崎さんをボロクソに評価したうえで、まともな政策議論をしていたため、株が上がっています。ありがとう、山田真貴子さん。礒崎さんの放送業界への圧力とも取れる放送法の解釈変更に関して「変なヤクザに絡まれたようなもの」とか「官邸の中で(礒崎さんは)影響力がない」などと剛速球を投じ、これらの不透明な放送法関連での官邸議論を制止しようとしています。

 礒崎さんと言えば、今回総務省からも証言として礒崎さんによる「首が飛ぶぞ」などの暴言がバッチリ行政文書に記録されていますが、これに対して「大きな声量や強い表現があったようにも記憶しているが、いわゆる鋭い指摘の範囲内だと思っている」と総務省も大人の対応で流しています。このあたり、政治家のメンツも保ちながら政権側も野党側も丸く収められるような態度を貫くのは吏道(りどう)として正しいお作法なのでしょう。

 もちろんテレコムからすれば訳の分からん放送法の解釈変更であたかも安倍官邸が放送法を根拠にテレビ局の番組内容に文句をつけて委縮させ、言論弾圧を強いるような話をするのは困る。さらに、総務省の自治行政局という旧自治省ラインの礒崎さんがまた国会に戻ってきて横暴を働かれるのも困るということで、まかり間違って自民党公認を礒崎さんが取らないように総務官僚が考えるのもまたあり得ることと言えます。


 ここで、官僚による政治家への反乱だとか、国家公務員法違反の情報漏洩(ろうえい)などとの批判も出るわけですが、実際には官僚は政策分野において与党・野党を問わず議員に行政レク(説明)を行うのは当然であって、国会での質問やスムーズな議事進行のために当たり前のように情報提供を行っています。一般的には、これらの野党議員への情報提供が直接国家公務員法違反に該当するような情報漏洩になるかと言われれば、まあないだろうというのが正直なところです。

 また、それまでは各省庁においては入省年次や省内評価など客観的な組織内指標で昇進を含む人事が決まっていたものが、安倍政権以降は官邸内に各省庁トップ官僚人事を左右する人事局ができたことで、有力政治家に近い官僚が能力や年次にかかわらず優遇されてしまう事態も起きることになりました。政治主導にも良い面と悪い面がありますが、官僚の側も、組織や自身を守るために省内の情報を使っていかなければならなくなっているのが、第2次安倍政権以降の霞ヶ関の特徴とも言えます。
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霞が関の理論とは――(画像はイメージ)

本格的にしょうもない話

 おまけにここで高市さんが捏造を指摘した総務省の行政文書漏洩そのものを問題視するとなると、その漏洩が起きた可能性のある期間の一部は高市さんの総務大臣ご就任時となるため、高市さん擁護のはずがオウンゴールになってしまうので注意が必要です。たぶん、礒崎さんが騒いだ本件テレコムの問題は、総務大臣であった高市さんにとってもたいした話ではない認識であったろうと考えられますが、しかし文書が出て漏洩だとなると知らなかったとはいえ、大臣の責任に帰するものでもありますので、どうにもならんなあ、というのが正直なところなんですよ。

 そして、一連の総務省の行政文書は捏造かどうか、書かれた事実関係が正しいかどうかという話になるのですが、正直8年前の行政文書にあるレクが何の目的で行われていたのかも含めて、当事者としてはあんま正確には覚えてっこないでしょう。総務省だって、まさか礒崎さんのようなパワハラ野郎が議員にならんように手を打ったはずが、まさか国会で煽りにきた小西さんの顔がムカついたのか高市さんがブチ切れて「本物なら辞任していい」なんて啖呵(たんか)を切る話になるとは予想してなかったと思うんですよ。

「政治的公平」に関する行政文書の正確性に係る精査について(追加報告)

谷龍哉著「正確性の確認は無理筋では?高市早苗に関わる行政文書捏造疑惑の落としどころ」(JBPress)

 結局、思ってもみなかった騒動に発展してしまったこともあり、総務省としては頭を掻きながら「そうでしたっけねえ、良く分からないですね。私どもの落ち度でしょうか、はっはっは」という、認識はなかった系の曖昧な公式発表で幕引きを図るほか方法はなくなります。小西さんだって、行政文書は精査するな、とまで転向したものの、成り行き上、行政文書の正確性について話題が進んでしまったので拳(こぶし)を降ろせなくなり、高市さんも突っ張ったためどうにもならなくなった、と。

 なにぶん、本格的にしょうもない話なので、野党であるはずの維新の音喜多駿さんも公式にこの問題はともかく国会での審議を再開しましょうよという助け船が出るまでに発展しました。いや、これもうしょうもない話になってしまいました。しかも、各役所には大臣官房から「行政文書の正確性を担保するように」とかいう激しくどうでもいい指令が降りてきて爆笑が広がるなど、一連の話に花を添えています。総務大臣・松本剛明さんも、小西さんからの質問に対し「自分たちとしては捏造した認識はない」ということで、あくまで8年前のレクに対する認識の有無という主観にまで立ち入っているのはしょうもないなあと思ったりもします。

 いや、この「大臣レクあった可能性高いも内容確認されず」ってのがすべてだと思うんですよね。

 高市さんにおかれましては、みんな割と心配している面もありつつ、うまく切り抜けていただいて、本来の国民の関心事であり、国益そのものである偽情報対策やセキュリティクリアランスも含めた経済安全保障に関する政策に向けて頑張ってほしいと願う次第です。
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松本剛明総務大臣

モノを申すなら状況を見て手順を踏め

 蛇足ながら、この問題を見ていて私ずっと感じていたんですが、スキャンダル報道だけでなく一般的な政策議論においても、政治家もお役所も、基本的には書かれっぱなしであって、報道に間違いがあったり、恣意(しい)的な誘導がマスコミによって行われりした場合に、もっとちゃんと「間違ってるぞ」と指摘し、また「おかしいのでこういう理由で記事を差し止めます」と手を打ったりというような、民間では当たり前にやる反論や抗議、訴訟ぐらいまではできていいと思うんですよ。反撃されないからって、大手マスコミや自称ジャーナリストに嘘書かれまくるの正直ヤバくない?

 先日も、旧統一教会関係者(原理研)だと根も葉もないうわさを流されたとする世耕弘成さんが、青山学院大学教授の中野昌宏さんを訴えた件では、まあたぶんそんな事実はないのでしょうが、内容証明による抗議などの手順を踏まなかった世耕さんのほうがやや敗訴的和解という形で決着しています。それ単体では「何それ」って感じだけど、裁判所の判断も分かります。要は本件、ガセネタ流された世耕さん一人負けなわけでね。
 しかし、逆に言うならば、政治家も官僚もマスコミやネットに書かれっぱなしではなく、事実関係と異なるならば、ちゃんと状況を見て手順を踏むならばモノを申してもいいよということでもあります。

 今回の一件に関する、せめてもの教訓があるとするならば、物事は冷静に対処しましょう、何かをなすならば手順を踏みましょう、パワハラはやめましょうといったところでしょうか。

 いやはや。
山本 一郎(やまもと いちろう)
1973年、東京都生まれ。個人投資家、作家。慶應義塾大学法学部政治学科卒。一般財団法人情報法制研究所上席研究員。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も行なっている。

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この記事へのコメント

mochi-dango 2023/4/3 07:04

いわゆる”小西文書”については大変な関心を持って見守ってきましたので結局は正確性が認められないただの行政文書ということで決着がついたみたいでこの1か月近くの国会質疑は何だったのだろうと虚しさを感じているところです。
この記事にあるように本質的にはくだらない内容だったのでしょうがまた一方で、YouTubeをよく見ている中で  
”Arc Times 総務省文書の深層 放送法はどう歪められたのか ○ The Interview ● 【小西洋之、望月衣塑子、尾形聡彦】”という番組の中でインタビューを受けている小西議員が「放送政策課課長補佐の机のキャビネットの中には極秘の文書がいっぱい保存されている」という発言をしているシーンが有ります、小西議員はかつてその役職に就いていた方なのでその内容はよくご存じなのでしょう、そのことを踏まえるとここ最近の小西議員の「私が刺されると...他にも極秘文書をいっぱい持っている」とか「放送政策課課長補佐に喧嘩を売るとはいい度胸だ!」などとの発言がこの事を源泉にしているのではないかと邪推してしまいます。
いずれにしろこの様に官僚時代に知り得た事柄をネタに人を脅したりする事が許されるはずもなく小西議員をこのままにしておくのは大変危険と言わざるを得ないと思っています。この事が私の思い違いであったならいいと思うのですが、
またこの様な官僚による極秘文書の伝承が行われている事は果たして許されるのだろうか?国民の一人として疑問に思います。
これからも有意義な記事を楽しみにしております。

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