菅・バイデン会談:「尖閣諸島に安保条約適用」の意義は?

菅・バイデン会談:「尖閣諸島に安保条約適用」の意義は?

伝統的慣例を超えた「コミットメント」

 直接対面の会議を重ねたわけでもない、菅総理にとって全く見ず知らずの相手、しかも通訳を挟んでの「当選おめでとう」という儀礼的電話会議の15分の場で、尖閣が安保条約の対象の島であり米国の防衛義務のあるというニュアンスの発言を、しかも「コミットメント(Commitment)」=合意という、外交上極めて重い言葉で菅総理がメディアに発言したが、これは非常に例外的であり、外交の伝統的慣例や枠組みを飛び越した菅外交の前例否定の手腕を見た気がする。

 そもそもバイデンは、現時点で、次期大統領であり大統領ではない。

 もともと尖閣は沖縄を日本に米側が返還する時に占領軍の施政権とともに日本側に施政権が返還された島の1つである。

 そして日米安保条約は日本の施政権が及ぶ島には日米安保条約の対象とすると言っているだけである。その施政権の有無について中国が争っているどころか、むしろ現状の中国船の侵入状況によれば日本の海上保安庁の船は中国船に負けているから、施政権は中国側にあるとの主張が国際法上正当だと中国は言い張るであろう。そうなると日中間で施政権の争いのある島については安保条約に基づき米軍が出動するかどうか、容易に米国ホワイトハウス/議会の賛同を得られるものではいかない面がある。

 施政権の争いがあると中国が言って、現実に中国船が日本船より多くとどまっている海域の島の防衛のために米軍を出動させて中国軍と戦闘状態になり、米国の若者の命を犠牲にするほど、バイデンが腹を据えているのかどうかを見極めるのはこれからだ。

 せいぜい言ったとしても日米安保条約は施政権が及ぶところに適用があるという全く条約の一般的解釈をバイデンが口にしたに過ぎないと考えられるのに、尖閣の防衛をバイデンが合意したと記者発表する菅総理はさすがの剛腕だ。私が首相ならとてもできない飛び技だ。

 通常の外交の枠組みならば共同宣言、共同声明等の形をとるべき極めて重大な問題点を、その枠組みを全てすっぽかして大統領就任式も迎えていない単なる次期大統領の祝意を伝える電話の中で1本取った菅総理は大したものだ。正式に大統領就任式を終えた後、外交ルートを通じて調整を重ねた後の茂木外相も傍に置いた正式な外交ルートで共同確認書や共同声明で発表されるべきところ、今回のようなイレギュラーの発表になったのは、台湾情勢がそれほど風雲急を告げているからだろう。

 共同声明とは、例えばホワイトハウスの中庭でバイデンと菅総理が壇上にそれぞれ立ち、菅総理がそのように発表し、バイデンがそれに異論を唱えない舞台設定で行なわれるべきものであったが、それでは間に合わないほど台湾情勢の緊迫化が進んでいる。それがオーストラリアのモリソン首相が急遽、コロナの中とんぼ返りで来た理由でもある。

「コミットメント」の既成事実化

 日米安保条約は日本の施政権の及ぶ本土、島しょ部に日米安保条約は適用になる、と言っている。施政権とは“実効支配”のことだ。

 はてさて、実効支配では中国船に圧倒的に押されている状況の尖閣に日本の施政権が及ぶと米国が判断するか? はてさて、尖閣の施政権につき日中間に争いがある時に米国は日本の施政権が及んでいると判断するか? 日本の判断を米国に押し付けることはできない。

 仮に日本の施政権が及んでいると米国が判断しても、米国は大国中国と尖閣問題で開戦するか?

 共同宣言や共同調印された外交文書が残されていない限り、電話会談内容を一方的に当事国が勝手に誇張して発表することはよく見られることであり、敵対国でもない限りそんなことは言ってないと相手国が否定することはないから、菅総理のやったような発表の手法はよくある。

 ホワイトハウスの庭で日米両国首脳がそれぞれ壇上の前に立ち、その場で菅総理が「尖閣は日米安保条約の対象であり、ここに外国軍隊が攻め入った時には米軍を派遣して排除すると今大統領がおっしゃった」と米国と世界のメディアが居並ぶ前で発言するならそれは本物だが、そういう検証の場がない一方的な菅総理の太刀は実に冴えわたっていると言える。
石角 完爾(いしずみ かんじ)
1947年、京都府出身。通商産業省(現・経済産業省)を経て、ハーバード・ロースクール、ペンシルベニア大学ロースクールを卒業。米国証券取引委員会 General Counsel's Office Trainee、ニューヨークの法律事務所シャーマン・アンド・スターリングを経て、1981年に千代田国際経営法律事務所を開設。現在はイギリスおよびアメリカを中心に教育コンサルタントとして、世界中のボーディングスクールの調査・研究を行っている。著書に『ファイナル・クラッシュ 世界経済は大破局に向かっている!』(朝日新聞出版)、『ファイナル・カウントダウン 円安で日本経済はクラッシュする』(角川書店)等著書多数。

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