都合の悪いパンドラの箱

 2ちゃんねる管理人の西村博之(ひろゆき)さんが、ネット番組AbemaTVのスタッフにエスコートされて訪問した沖縄・辺野古基地での座り込み反対運動の現場にて、3000日以上連続の座り込みをしていると標榜(ひょうぼう)しながら誰も座ってなかったという趣旨のツイートをしたところ、基地反対運動に従事する左翼の皆さんが総立ちで反論し騒ぎが広がっていました。

 元気があって良いことだと思います。

 しまいには沖縄県知事の玉城デニーさんまで出てきて、ひろゆきさんの行動を「残念だ」と批判し、みんな煽られて顔真っ赤になってるのは興味深いところです。

 さらに、辺野古基地に限らず沖縄での反基地運動や反米騒ぎに関して、若干暴力の度が過ぎると見られる基地反対派の皆さまの抗議動画が多数掘り起こされることとなり、地元・名護市の住民からもこの地での反対運動はだいたい他所(よそ)からやってきた人たちという証言まで複数飛び出すなど、騒動の余波は留まるところをしりません。

 左翼系知識人からは、辺野古や名護などでの基地反対運動の歴史について知ってから議論するべきだという主張も繰り返され、また、日本政府や内地(東京など本土・九州などの日本人)は沖縄にばかり危険な基地の負担を押し付けるなという議論も改めて喚起されました。中には「まあそうだよな」と思うものもあり、ひろゆきさんによって開けられてしまった都合の悪いパンドラの箱の騒動が納まるタイミングで、そういえばあれは何だったっけという議論ができるといいんじゃないかとも思います。

【大騒動!】西村博之(ひろゆき)さん、「辺野古座り込み抗議」へ「正論」をぶちかましてしまうの巻
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ひろゆき氏のツイート

必要なことは分かっているけれど

 ただ、確かに沖縄は東アジアの安全保障を考えるうえでの最前線である一方、尖閣諸島問題が単独で日本の問題だとされていたころから一変しています。実は台湾海峡を挟んだ中国の武力侵攻が台湾に対して行われる危険性が高くなってきたことなどから、沖縄の問題は日本単独の問題ではなく、台湾有事は日本有事であるという認識も国内で持たれるようになると、沖縄だけが被害者ではないという議論もまた出るようになりました。

 とりわけ米軍基地については典型的なNIMBY問題(Not In My Back Yard)であり、いわば「必要なことは分かっているけれど、自分の裏庭ではないところに設置してほしい」という議論になりやすい問題はあります。程度の差こそあれ、原子力発電所の新規建設や再稼働も、迷惑施設と目されることの多いゴミ焼却場や幼稚園・保育園、斎場から場外馬券売り場にいたるまで、どこかには必要だけど近くにあるのは迷惑だという住民と公共の利益をどうバランスするのかという議論です。

 そうも言っていられないのは、先般のアメリカ下院議長・ペロシさんの電撃訪台に絡んで、この女は何しに来たんだという批判も別にありながらも、来てしまったものはしょうがないのでみんなでどうにかしていたところ、台湾問題でデリケートなところに厄介な問題を持ち掛けられた中国が国内向けのメンツもあってブチ切れて軍事演習した経緯もあります。台湾にアメリカ政府の要人がやってくるわ、ボケ老人気味と揶揄(やゆ)されながらも台湾問題については従前の曖昧戦略をかなぐり捨てて「台湾に中国が軍事行使したらアメリカは軍事介入する」と言い切ってしまい、裏方一同大慌てで「アメリカの対台湾政策に変更はない」と言い募った経緯についてはぜひ知っていただきたいところでもあります。

月イチ連載「山本一郎の#台湾の件」第7回:北朝鮮のミサイル発射実験から考える東アジアの安全保障環境のいま
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月イチ連載「山本一郎の#台湾の件」

武力侵攻が抑止されることの価値

 さらに、今回の中国の軍事演習においては、習近平さんも困ったもので、対台湾向けの演習だけにとどめておいてくれればよかったのに、よりによってアメリカ軍が台湾有事で通りかかるであろう海域や、我が国日本のEEZ内にもご丁寧にミサイルをブチ込みくださいました。
 これは要するに台湾有事が起きたらアメリカ軍基地のある同盟国日本も容赦なく巻き込みますよという追認なのであって、まあ「やっぱりね」と思う部分です。なにぶん中国には日本全土を射程に収められる中距離ミサイルが1000発以上存在することも考えると、本当に台湾有事が起き、日本に先制攻撃が来るだけでなく、仮に侵攻がウクライナのように手間取ると後背地である日本全土もまた支援抑止のために面倒な武力行使やサイバー攻撃が来ることも容易に予想できます。

「日本人・沖縄県民の安全より台湾が大事だ」と申し上げたいのではなく、平和国家として日本が東アジアの安全保障の枢要なところを守るにあたって、中国が「アメリカの関与が台湾武力侵攻で引き起こされるかもしれない。それにより中国は負けることがあるかもしれない」と躊躇(ちゅうちょ)してもらえることで、結果的に中国の台湾への武力侵攻が抑止されることの価値は重視されるべきだよね、という話でもあります。

 すなわち、経済安全保障でも東アジアの安全保障もサイバー攻撃も、沖縄も台湾も日本政府も一体となって東アジアでの不測の事態への抑止を考え、平和維持のために頑張らないとヤバイということでもあるんですよね。

 アメリカの曖昧戦略については、奇しくも亡くなられた安倍晋三さんがプロジェクト・シンジケートという英語圏の媒体に安全保障に関する政策論文で「もうその時期ではなくなった」という趣旨の論考を寄稿し、話題となりました。そこの中では、はっきりと中国の軍事的対等でアメリカの決定的優位は失われているので、東アジアの安全のために、明確に台湾を守る宣言をアメリカはするべきと結論付けています。これは、曖昧戦略が企図する「中国は台湾を攻めたらアメリカが介入するかもしれないと思いとどまり、台湾は急進的に独立するような挑発をして中国に攻め込まれたらアメリカは守ってくれないかもしれないと穏やかな態度を取る」という図式は、圧倒的にアメリカが強い前提でないと成り立たないでやんすという趣旨です。
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習近平中国はどこに行くのか

罠にハマる左翼活動家たち

 他方、中国にとってもそもそも習近平さんがビッグ9取り決めにおいて2期10年が国家主席の最長在任期間という内容を書き換え、事実上の無期限(または3期15年)の中華皇帝化をするにあたって「中華統一(台湾の武力による併合を含む)をするには10年では足りない」とかいう面白ロジックで中国国家主席の座に留まっていることは指摘されます。いわば、台湾を併合しますから5年任期を延ばしまっせという話ですから、その3期めの最終年である2028年10月ごろまでにはなんかやらかす危険性が高いでしょうという懸念が強く持たれるのです。

 そういう外交・安全保障上のビッグピクチャーにおいて沖縄、基地問題をどうとらえるかというのは議論として非常に大事なことであって、よりによって、ひろゆきさんがSNSに掲載した写真が左翼や共産党、沖縄マスコミをいたく動揺させ、ほとんど年中行事として誰も気に留めなくなっていた沖縄基地反対運動の価値や欺瞞(ぎまん)に光を当てたのは面白いなあとも思うのです。

 蛇足ながら、ひろゆきさんというのは面白さと話題性を追求しているだけであって、あまり歴史的事実とか政治的価値などをきちんと学ぶことなく、2ちゃんねるがそうであるように世間の不都合や欺瞞を無責任に面白おかしく煽りたてて、大人の事情を蹂躙(じゅうりん)するところに面白さがあります。

 ネットに長くいる人間であれば、ひろゆきさんが余計なことを言っても翌日には別のことを言い始めてることを知っているので、煽りは無視してスルーするのが当然の技法なのですが、最近はひろゆきさんが特に知識見識もないまま、なんとなく文化人に祀(まつ)り上げられ、彼の人生3度目のバブルが到来しており、ツイッターやネット番組などではやし立てられた経験の乏(とぼ)しい左翼活動家や文化人、共産党員などは、顔を真っ赤にして反論してしまうことで罠にハマります。

 平たい話、基地前の座り込みの看板で連続3000日なんて盛りもいいところであり、過剰な表現なので指摘されたら撤回したり別の正しい表記の看板に書き換えたりすればそれで済みます。しかしながら、実際本当に誰も座り込んでいなかった現場が写真に撮られて馬鹿にされているにもかかわらず、その看板の内容を正当化しようとするものだから、詭弁(きべん)ではなく正論で彼らの活動の欺瞞(ぎまん)の部分が論破され、さらには活動において過激化して不適切だと見られる部分も容赦なくテキストや動画で掘り起こされて面倒なことになっています。

 このあたりは、この連載でも書きましたが、統一教会の政治利用も反政府勢力による反基地運動もどれも欺瞞に満ちたものでもあるので、真面目にやっている人たちほど、事態を冷静に考えてマズかった部分は撤収し、価値のある活動に回帰してほしいなと願っています。
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左翼活動家たちは罠にはまったのか――
山本 一郎(やまもと いちろう)
1973年、東京都生まれ。個人投資家、作家。慶應義塾大学法学部政治学科卒。一般財団法人情報法制研究所上席研究員。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も行なっている。

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