こりゃアカンやろ
日本有数の温泉街として知られる草津温泉のある草津町で、最高に面倒くさいことになっていた町長・黒岩信忠さんのセクハラ問題。実際には一連のレイプ告発を2019年に行った元町議の新井祥子さんの内容が狂言であった疑いが強まり、前橋地検が新井さんを名誉毀損と虚偽告訴で在宅起訴したことで予断を許さない状況になってきました。
《草津町長選挙ルポ》「もう許さない方がいい」「“セカンドレイプの町”と言われても仕方ない」セクハラを告発された現職町長(74)と女性元町議(52)が繰り広げた、批判チラシ飛び交う“温泉街の争い”
文春の記事にもある通り、この町長・黒岩さんからすると謂(いわ)れのない「町長室で肉体関係を持った」という醜聞を流され、さらには新井さんリコールで町議辞任後に堂々と町長選挙に出馬してきた経緯を見るに「こりゃアカンやろ」という感じがするわけですよ。
というのも、これは単に泥仕合だからどっちもどっちで済ませるべき話題ではなく、まさに民主主義の問題なのであって、政敵に対する誹謗中傷どころか虚偽の事実で首長を陥(おとしい)れようとしたのかどうかの事実が問われなければならないからです。黒岩さんからすれば新井さんの告発は完全に捏造(ねつぞう)・でっち上げであって、新井さんの支援者による批判はただの私刑になりかねません。
性犯罪が町長によって行われたのか、これらの告発の真実はどうなのかが外形的、法的に、きちんと問われることによってのみ、セクハラをする人物や、セクハラを告発する人物に対する客観的な線引きが可能になります。
《草津町長選挙ルポ》「もう許さない方がいい」「“セカンドレイプの町”と言われても仕方ない」セクハラを告発された現職町長(74)と女性元町議(52)が繰り広げた、批判チラシ飛び交う“温泉街の争い”
文春の記事にもある通り、この町長・黒岩さんからすると謂(いわ)れのない「町長室で肉体関係を持った」という醜聞を流され、さらには新井さんリコールで町議辞任後に堂々と町長選挙に出馬してきた経緯を見るに「こりゃアカンやろ」という感じがするわけですよ。
というのも、これは単に泥仕合だからどっちもどっちで済ませるべき話題ではなく、まさに民主主義の問題なのであって、政敵に対する誹謗中傷どころか虚偽の事実で首長を陥(おとしい)れようとしたのかどうかの事実が問われなければならないからです。黒岩さんからすれば新井さんの告発は完全に捏造(ねつぞう)・でっち上げであって、新井さんの支援者による批判はただの私刑になりかねません。
性犯罪が町長によって行われたのか、これらの告発の真実はどうなのかが外形的、法的に、きちんと問われることによってのみ、セクハラをする人物や、セクハラを告発する人物に対する客観的な線引きが可能になります。
ある種の成功体験の果てに
黒岩さんは新井さんのリコールの際の記者会見でも「指一本触れていない」と明言してきたにもかかわらず、朝日新聞やニュースポストセブンなどの報道では黒岩さんのセクハラが事実であるかのように伝えられた上、英ガーディアンやニューヨークタイムズなどでも大きく草津町でのセクハラが取り上げられる騒ぎとなりました。
しかも、事実関係がまだ明らかになっていない状態であるにもかかわらず、千葉大学教授でNPO法人ヒューマンライツ・ナウ副理事長の後藤弘子さんは取材に対して、
「日本の性被害に遭った女性に対する日本社会の反応としては典型的なものだ(“This is a very, very typical Japanese reaction against female victim-survivors”)」
とまで回答しているのです。
もしも完全な狂言であると司法側が判断した場合、これに対して草津町や黒岩さんに対して名誉回復のための撤回や謝罪はされるのか、興味のあるところです。
Japan town's sole female councillor ousted after accusing mayor of sexual assault
She Accused the Mayor of Sexual Assault. Then the Town Turned on Her.
これらは先例として#metoo運動が一時期盛り上がる中で、先般刑事事件化し、民事でも最終的に賠償命令が下された山口敬之さんと伊藤詩織さんの裁判もあります。話として重要度が上がったのは、山口さんが元総理・安倍晋三さんと懇意な人物であり、伊藤さんによるレイプ告発があった後に刑事告訴されるはずが警察庁への何らかの働きかけによって逮捕を免れたのではないかという疑惑が喧伝(けんでん)され、単に大人の男性と女性との間での性的問題に留まらない事件へと発展していきました。
実際に裁判では山口さんによる性的暴行が伊藤さんに対して行われたと認定され、山口さんは社会的に大きな代償を払うことになります。
ここで、伊藤さんを応援することでいわゆるアベ友への鉄槌を法的に下すことに成功した支援者が、ある種の成功体験の果てに今回の元町議・新井さんによるセクハラ問題に乗っかってきた側面もあります。
もちろん、密室でもある町長室で町長が女性町議と肉体関係を持ったという話が事実なのであれば、同意なく性行為を強要されたとする新井さんに対しては別にフェミニストでなくとも同情し支援するのは当然のこととも言えます。
しかも、事実関係がまだ明らかになっていない状態であるにもかかわらず、千葉大学教授でNPO法人ヒューマンライツ・ナウ副理事長の後藤弘子さんは取材に対して、
「日本の性被害に遭った女性に対する日本社会の反応としては典型的なものだ(“This is a very, very typical Japanese reaction against female victim-survivors”)」
とまで回答しているのです。
もしも完全な狂言であると司法側が判断した場合、これに対して草津町や黒岩さんに対して名誉回復のための撤回や謝罪はされるのか、興味のあるところです。
Japan town's sole female councillor ousted after accusing mayor of sexual assault
She Accused the Mayor of Sexual Assault. Then the Town Turned on Her.
これらは先例として#metoo運動が一時期盛り上がる中で、先般刑事事件化し、民事でも最終的に賠償命令が下された山口敬之さんと伊藤詩織さんの裁判もあります。話として重要度が上がったのは、山口さんが元総理・安倍晋三さんと懇意な人物であり、伊藤さんによるレイプ告発があった後に刑事告訴されるはずが警察庁への何らかの働きかけによって逮捕を免れたのではないかという疑惑が喧伝(けんでん)され、単に大人の男性と女性との間での性的問題に留まらない事件へと発展していきました。
実際に裁判では山口さんによる性的暴行が伊藤さんに対して行われたと認定され、山口さんは社会的に大きな代償を払うことになります。
ここで、伊藤さんを応援することでいわゆるアベ友への鉄槌を法的に下すことに成功した支援者が、ある種の成功体験の果てに今回の元町議・新井さんによるセクハラ問題に乗っかってきた側面もあります。
もちろん、密室でもある町長室で町長が女性町議と肉体関係を持ったという話が事実なのであれば、同意なく性行為を強要されたとする新井さんに対しては別にフェミニストでなくとも同情し支援するのは当然のこととも言えます。
権力者vs.フェミニスト
しかしながら、その後の顛末として、19年暮れに新井さんが黒岩さんを強制わいせつ罪で刑事告訴したものの、受理からわずか4日後に不起訴処分という事実上の門前払いとなりました。
一方で、逆に黒岩さんから一連の告訴は虚偽であるとして虚偽告訴罪で逆告訴し、さらに名誉毀損などでも民事・刑事両面で新井さんに反撃するなど、騒動は激化しているところ、先日前橋地検が新井さんを名誉毀損と虚偽告訴で在宅起訴したことが明らかになり、様相が山口さんと伊藤さんの事件とは全く異なる方向へと進んでいきました。
もちろん、前橋地検が新井さんを起訴したからといって、これが法的に裁かれ有罪判決として確定しない限り、第三者である私たちは確たることは言えません。町長の黒岩さんにしても、身に覚えのないセクハラで告発され、刑事告訴されて不受理になっている以上、おそらくそのような「町長室での」レイプ事件は無かったようだ、という以上のことは第三者的には言えないところです。
ただ、草津町のセクハラ問題は、山口さん伊藤さんの裁判同様に、権力者vs.フェミニストのような一種異様な盛り上がりを見せたのも事実です。どういうわけか抑圧された女性に連帯するフラワーデモが草津町で打たれ、勝部元気さんや笛美さん、石川優実さんといったネットでも割と見かけるフェミニズムの信奉者だけでなく、冒頭のように大手マスコミや海外英字紙まで、あたかもレイプ事件が草津町であったかのように喧伝されてしまいました。
今回、黒岩さんが記者会見で社会学者の上野千鶴子さんらを名指しで批判したのも無理からぬことです。
草津温泉に対しては、執拗に「ミソジニーの湯」とか「セカンドレイプの町」などの中傷が繰り返し行われ、これらはすべてセクハラ告発をした新井祥子さんと、その告発に連帯したフェミニストを中心とした面々が、まだ町長・黒岩さんのレイプが確定したわけでもないのに過剰な批判、中傷を繰り返した結果ではないかと思うわけですよ。
確かに、権力者によるレイプが行われた事実があると聞けば、私だって「何しとんねん」と権力者を批判したくなります。ただ、その事実関係はお互いの言い分を聞き、認めなかった当事者が法的措置を取り、司法の判断で有罪でも確定せんことには分からないことも多くあります。それは、誰しも根拠のない風評を立てられたり、事情も知らずに声高に批判してくる人たちに関する社会問題なんかも連なってくるものだとも思います。
黒岩さんが記者会見で「女性差別を訴える人たちが……町長(黒岩さん)の暴挙と言いたい放題のコメントをしていたが、(黒岩さんによるセクハラがあったとする)新井さんが虚偽告訴の被告人となっても同じことを言えるのか回答をいただきたい」とするのは、これらのセクハラの事実関係がはっきりせず、また、いまでもまだ新井さんの言動に対して裁判所の判断が明確に下されていない状況では、本来第三者が言えることは多くないはずなんですよ。
一方で、逆に黒岩さんから一連の告訴は虚偽であるとして虚偽告訴罪で逆告訴し、さらに名誉毀損などでも民事・刑事両面で新井さんに反撃するなど、騒動は激化しているところ、先日前橋地検が新井さんを名誉毀損と虚偽告訴で在宅起訴したことが明らかになり、様相が山口さんと伊藤さんの事件とは全く異なる方向へと進んでいきました。
もちろん、前橋地検が新井さんを起訴したからといって、これが法的に裁かれ有罪判決として確定しない限り、第三者である私たちは確たることは言えません。町長の黒岩さんにしても、身に覚えのないセクハラで告発され、刑事告訴されて不受理になっている以上、おそらくそのような「町長室での」レイプ事件は無かったようだ、という以上のことは第三者的には言えないところです。
ただ、草津町のセクハラ問題は、山口さん伊藤さんの裁判同様に、権力者vs.フェミニストのような一種異様な盛り上がりを見せたのも事実です。どういうわけか抑圧された女性に連帯するフラワーデモが草津町で打たれ、勝部元気さんや笛美さん、石川優実さんといったネットでも割と見かけるフェミニズムの信奉者だけでなく、冒頭のように大手マスコミや海外英字紙まで、あたかもレイプ事件が草津町であったかのように喧伝されてしまいました。
今回、黒岩さんが記者会見で社会学者の上野千鶴子さんらを名指しで批判したのも無理からぬことです。
草津温泉に対しては、執拗に「ミソジニーの湯」とか「セカンドレイプの町」などの中傷が繰り返し行われ、これらはすべてセクハラ告発をした新井祥子さんと、その告発に連帯したフェミニストを中心とした面々が、まだ町長・黒岩さんのレイプが確定したわけでもないのに過剰な批判、中傷を繰り返した結果ではないかと思うわけですよ。
確かに、権力者によるレイプが行われた事実があると聞けば、私だって「何しとんねん」と権力者を批判したくなります。ただ、その事実関係はお互いの言い分を聞き、認めなかった当事者が法的措置を取り、司法の判断で有罪でも確定せんことには分からないことも多くあります。それは、誰しも根拠のない風評を立てられたり、事情も知らずに声高に批判してくる人たちに関する社会問題なんかも連なってくるものだとも思います。
黒岩さんが記者会見で「女性差別を訴える人たちが……町長(黒岩さん)の暴挙と言いたい放題のコメントをしていたが、(黒岩さんによるセクハラがあったとする)新井さんが虚偽告訴の被告人となっても同じことを言えるのか回答をいただきたい」とするのは、これらのセクハラの事実関係がはっきりせず、また、いまでもまだ新井さんの言動に対して裁判所の判断が明確に下されていない状況では、本来第三者が言えることは多くないはずなんですよ。
弱者も時として立場を利用して嘘をつくこともある
ところが、これらの問題は政治問題であれフェミニズムであれ、片方の言ったことを検証なく真実ととらえ、そこに至る事実関係の検証が客観的に行われていない状況でも両側に応援団ができ、支持者からのバックアップができてしまうと「実はこうでした」と後から真相が明らかになったときにガセネタに踊らされたり信じていたものが崩れ落ちたりしたほうが、社会的に大爆発して取り返しのつかないことになり認知的不協和に陥ることが繰り返されているようにも思います。
それこそ、民族主義的な右派の人たちが熱心に応援していた安倍晋三さんが、実は歴史的経緯の中で統一教会とのかかわりを深めていて日本人家庭から略取した財産を韓国に送っていたことが死後に明らかになると、文字通り安倍さん信者がその事実への解釈を巡って議論百出になるのとほぼ同じことと言えます。
一連の問題は、単に男女の性的問題では留まらない政治課題を突き付けているのと同時に、推定無罪であるべき事件を報じたり、論評したりするにあたり、どちらか片方の言い分に完全に乗っかって運動をし、批判に留まらない中傷をした場合に取り返しのつかない事件となってしまうこともまた示唆します。
今回は司法当局の動きを見ても新井さんの告訴に対しては即不起訴の判断を下し、黒岩さんの件では新井さんを在宅起訴したことから見ても、一定の結論は出る可能性は高くなっていますが、それさえも、本来であれば証拠を吟味したうえでの裁判所の判断を待つべき性質のものかとも思います。
そして、本件に限らずどちらかが虚偽であり、その虚偽に乗っかって報道をしたり、支援をしたりしてしまった場合――その経済的損害や失われた信用をどう取り戻すのかという、根源的な冤罪(えんざい)問題について議論をする準備をしなければなりません。それは、弱者に寄り添う美しい心とは別に、弱者も時として立場を利用して嘘をつくこともあるのだという人間の真理にどう迫るのかということの裏返しではないでしょうか。
これが報道やネットでの論評、あるいはフェミニズムも含む活動の大義名分としてはもっとも大事な部分を司る真実性の部分でしょうから、感情的に脊髄(せきずい)反射せず、よほど当事者にコミットしていて言い分が信頼できると言い切れるもの以外はうっかり乗って火傷(やけど)する可能性は弁(わきま)えておいたほうが良さそうです。
それこそ、民族主義的な右派の人たちが熱心に応援していた安倍晋三さんが、実は歴史的経緯の中で統一教会とのかかわりを深めていて日本人家庭から略取した財産を韓国に送っていたことが死後に明らかになると、文字通り安倍さん信者がその事実への解釈を巡って議論百出になるのとほぼ同じことと言えます。
一連の問題は、単に男女の性的問題では留まらない政治課題を突き付けているのと同時に、推定無罪であるべき事件を報じたり、論評したりするにあたり、どちらか片方の言い分に完全に乗っかって運動をし、批判に留まらない中傷をした場合に取り返しのつかない事件となってしまうこともまた示唆します。
今回は司法当局の動きを見ても新井さんの告訴に対しては即不起訴の判断を下し、黒岩さんの件では新井さんを在宅起訴したことから見ても、一定の結論は出る可能性は高くなっていますが、それさえも、本来であれば証拠を吟味したうえでの裁判所の判断を待つべき性質のものかとも思います。
そして、本件に限らずどちらかが虚偽であり、その虚偽に乗っかって報道をしたり、支援をしたりしてしまった場合――その経済的損害や失われた信用をどう取り戻すのかという、根源的な冤罪(えんざい)問題について議論をする準備をしなければなりません。それは、弱者に寄り添う美しい心とは別に、弱者も時として立場を利用して嘘をつくこともあるのだという人間の真理にどう迫るのかということの裏返しではないでしょうか。
これが報道やネットでの論評、あるいはフェミニズムも含む活動の大義名分としてはもっとも大事な部分を司る真実性の部分でしょうから、感情的に脊髄(せきずい)反射せず、よほど当事者にコミットしていて言い分が信頼できると言い切れるもの以外はうっかり乗って火傷(やけど)する可能性は弁(わきま)えておいたほうが良さそうです。
山本 一郎(やまもと いちろう)
1973年、東京都生まれ。個人投資家、作家。慶應義塾大学法学部政治学科卒。一般財団法人情報法制研究所上席研究員。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も行なっている。
1973年、東京都生まれ。個人投資家、作家。慶應義塾大学法学部政治学科卒。一般財団法人情報法制研究所上席研究員。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も行なっている。