戦争前夜か

 先日、アメリカ大統領のジョー・バイデンさんがウクライナの首都キエフ入りし、これでG7においてロシアによるウクライナ侵攻後キエフに降りたたなかった元首は“俺たちの岸田文雄さん”だけになってしまいました。

 よく考えたら今年5月の広島サミットで議長国日本は非常任理事国でも議長として対ウクライナ支援の枠組みを主導しなければならない立場なのですが、総理大臣のおわす官邸には怪奇的な情報ダダ洩れ現象が頻発していることも考えると、身の安全が守れないのでキエフ訪問なんてできないのも致し方ない気はします。

 そんな中、アメリカ本土で原子力兵器関連施設のある地域をなぞるようにして謎の気球が中華方面から放流されてきて、バイデンさんブチ切れ撃墜騒動がありました。どういうわけか中国が政府を挙げて派手に逆ギレする次第となり、その後の状況も気になるところです。実はあれは気象観測用だったのだというフェイクニュースも大手メディアから流れた後、実は電波観測用の機器があったとの情報も流れて、実情は良く分かりません。シギント(主に傍受を利用した諜報・諜報活動のこと)における電波(特に超長波)の重要性なんかも最近はかなり忘れられてきてしまっているようで、なかなか面白い展開になりましたね。中国はアメリカの電波情報収集して何をしたかったんでしょうか。

 その後、米中双方が血圧をおおいに上げたところで問題となったのは、今回の米国務長官のブリンケンさんによる、中国へのロシア支援牽制であります。明確なメッセージというよりは懸念そのものをダイレクトに伝えておるわけですけれども、これはもう1938年のズデーテンラント進駐にも匹敵する戦争前夜な感じがするわけですよ(米国務長官、中国が「ロシアへの殺傷兵器提供を検討」「深刻な結果」もたらすと警告)。


 このニュースがなぜ大事かは以下のサイト(https://www.statista.com/statistics/1303432/total-bilateral-aid-to-ukraine/)を是非ご覧ください。つまりは、いまウクライナの防衛に誰が支援しているのか? という、金銭面、人員面、兵器面での実績を表すグラフなのですが、ウクライナが位置する欧州が支援するのは当然である一方、金額でも兵器でもダントツになっとるのは何を隠そう俺たちの愛するアメリカであります。
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原子力兵器関連施設のある地域をなぞるようにして謎の気球が中華方面から放流されてきた(画像はイメージ)

核兵器カード

 まさにウクライナ侵攻で開戦1年、状況としてはアメリカから全面的な支援を得ながら抗戦を頑張っているウクライナ軍は、ある種のアメリカの軍事力のショーケース(商品棚)、サンドボックス(砂場:実験場)と揶揄(やゆ)まじりに指摘される面はあります。

 でもですな、とはいえやっている方は真剣なんですよ。そりゃそうですよね、ウクライナ人からすれば、ドンバス地方でロシアとずっと散発的な戦闘をしてロシア派ウクライナ人たちとウクライナ単体のアイデンティティを持つ人たちとの間で対立を続けてきていたわけですから。自分たちの国や領土、故郷を守るために武器を持って立ち上がったウクライナ人たちの決意だけではどうにもならず、精強なロシア軍からの正面侵攻を受け止めてキエフ陥落まで至らなかった大きな理由はウクライナ人の士気の高さに加えてこれらの米欧からの軍事援助の賜物でもあったと言えます。

 それゆえに、ロシアからすれば楽勝と思ってウクライナに侵攻してみたら、これらの海外支援もあって割とウクライナ軍が強まってしまったので、一蹴するはずがキエフ陥落さえほど遠い状況になり、むしろアメリカやヨーロッパの兵器を駆使したウクライナ軍にロシア兵が20万人近く戦死してしまうという惨事を起こしているわけです。たまらんですわな。ロシア側が大統領のプーチンさん個人の意欲よりも、むしろロシア国内の主戦派に引っ張られて泥沼の戦争状態を続けているのは残念なことです。

 しかし、アメリカ側もここでロシアで政変でも起きて宥和派ならともかく、主戦派によるクーデターによりプーチン政権がうっかり打倒されてしまうと大変なことになります。いまなおロシアはソビエト連邦から引き継いだ大量の核兵器を管理しうる政体であり、主戦派がコッカラッスとか言い始めて核管理まで掌中に納めてしまうと文字通りロシア流恫喝(どうかつ)外交に思い切り核兵器カードがデデーンと登場してにっちもさっちもいかなくなってしまいます。さらには、中国外相の王毅さんがプーチンさんと会談し、全人代が終わったら中国国家主席・習近平さんのモスクワ訪問を直訴するなど、これもう中国からロシアへのお土産の次第によっては大変な事態になるぞとも思うわけです。
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ワルシャワで演説するバイデン大統領。ウクライナ戦争の行方は――

そのカネはいったいどこから

 実際、ウクライナ侵攻でロシア政治の混乱は地方から始まっていて、無原則な徴兵でロシア人が家庭ごと崩壊するなどして社会不安から抗議運動も散発しておるわけですが、極東でも他の地域でも単なる徴兵忌避ではなく州政府に対する暴動にまで発展するケースが深刻になってきています。というのも、プーチンさんによる連邦の決定に国民や資産家が否定的な反応をしたり、うっかり蜂起したりすると何の理由か分かりませんが割と簡単に死んでしまいます。なので、彼らからするとそういう横暴を止めることのできなかった地方政治が腐敗しているからだと論点をずらし、直接プーチン批判にならないようにするという「知恵」をもっているわけです。結果として、地方の州知事・州政府は、ロシアの定番とも言える批判の渦に巻き込まれて非常に困ったことになってしまいます。別にロシアの地方政府の皆さんが戦争を始めたわけでもないのに。

 アメリカとしてもロシアのプーチン体制を崩壊させたら管理できない核不拡散や処理できない中央アジアの人たちのテロ組織の活発化などの問題を起こすかもしれないませんので、打倒プーチン体制で頑張ろう意図は乏(とぼ)しく、和平が本当に成立しないのであればいつまでもウクライナとロシアの間で戦争してもらい、疲れてもらって国力を疲弊したロシアが穏やかな老大国として燻(くすぶ)ってもらうことが本望だということになります。

 他方、ロシアとしてもいつまでもウクライナでの戦争がずるずる泥沼化してしまうのは困るわけでして、頼る先は中国共産党であるというのは従前からあるところで、それゆえに、経済制裁で結構厳しいはずのロシア経済自体が、中国とのかかわりの中で依存度を増し、 事実上、中国の衛星国にまで威信を落としてしまうのではないかというリスクに直面しています。だからこそ、かねてロシアが秋波(しゅうは)を送っていた中国との関係強化を世界に見せつけるためにも、また具体的な援助を中国から得て戦況を打開するためにも習近平さんのモスクワ訪問は大事だということになります。

 実際、北朝鮮が武器弾薬をロシアに融通するにあたり、これはもうロシア、中国、北朝鮮三国の国境地帯である豆満江(とうまんこう)からアムール川周辺のあたりを堂々とロシアの輸送船が北朝鮮と何かやっとる状況にあるわけですけれども、どう考えてもこれ中国海警も捕捉しているはずなのにスルーしている状況は何らかの配慮があるからなんじゃないのと思われるわけですよ。それも、北朝鮮では鉱山や一部の発電所がウクライナ侵攻後再建されとるやないかいという衛星写真による確認がなされて、そのカネはいったいどこから出たんでしょうねって気持ちでいっぱいになります。

 結局、ブリンケンさんがやや抑制的な表現ながらも中国を名指しして、

「Chinese firms were already providing "non-lethal support" to Russia and new information suggested Beijing could provide "lethal support".(抄訳:中国企業はすでにロシアに殺傷しない活動への支援を提供しており、得られた新たな情報では中南海がロシアに殺傷できる兵器の支援を決定する可能性が示唆された)」

 としており、要するに北朝鮮からの武器弾薬の輸入を中国が黙認するだけでなく、中国の人民解放軍系の工廠企業などがロシアに武器弾薬や兵器を輸出する決定を中国政府が下した可能性を示唆するものです。

 当然、派手に名指しされた中国政府はブチ切れるわけですけど、中国からしてもロシアが負け過ぎないように、しかし勝ち切らないように支援してロシアによるウクライナ侵攻がいつまでもグズグズと続いていくことによる利益をよく承知しているようにも見受けられます。ロシアの国力が下がれば、相対的に中国がロシアを扱いやすくすることに資するわけですから。
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中国を批判し始めたブリンケン国務長官

代理戦争そのもの

 そんなわけで、もちろんこんなくだらない戦争でウクライナ人にもロシア人にも無駄な犠牲が出てしまうのは日本としても望ましくないわけですから、1日も早く和平をと思っているところ、今度はロシアが一方的に核不拡散の枠組みを履行停止するぞと言っております。もっとも、視察の受け入れも随分長くできておりませんので、これはもう事実の追認でしかないのですが、ここからの脱退も視野に入るよとなると、ちょっとした偶発的事態が全面戦争に発展することも覚悟しなければならなくなります。

 つまりは、ウクライナ対ロシアは、その支援の関係においてアメリカに支援されたウクライナと中国に支援されたロシアという意味で代理戦争そのものなのですが、アメリカと中国によるコントロールを超えて何かが起きたときには取り返しがつかないし、かなり容易に新たな冷戦構造へと時代がシフトしてグローバリズムの終わりにもなりかねません。世界平和こそが国益である、資源輸入国日本からすれば、力不足とはいえ何かしないとなあというのが本来的なところでしょうか。

 なお、今回のジョー・バイデンさんは、ロシアに対して「俺キエフに行くから(もし何かやらかしたらお前ら分かってるんだろうな)」とちゃんと伝えたうえで訪問しています。まあ肝の据わったお爺ちゃんですから、何かあっても歴史的事件で名前が残るなら、それはそれでいいやと割り切っているのかもしれませんが、岸田文雄さんもそれやったらいいんじゃないですかね?

 なお、第1次世界大戦のきっかけとなったサラエボ事件は、オーストリア併合に反対する青年が、訪問したオーストリア皇太子フェルディナント大公夫妻を暗殺したことで勃発(ぼっぱつ)したことを考えると、岸田さんとしても御身大切であるべきとは思いますけれども。
山本 一郎(やまもと いちろう)
1973年、東京都生まれ。個人投資家、作家。慶應義塾大学法学部政治学科卒。一般財団法人情報法制研究所上席研究員。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も行なっている。

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