21世紀的でグローバルな言論統制

「閉ざされた言語空間」という言葉に聞き覚えがある人もいるだろう。著名な文芸評論家の江藤淳氏が、1979年秋から翌年春にかけてアメリカに滞在し、アメリカの対日本検閲政策の実情について研究した成果をまとめた書物のタイトルが『閉された言語空間』だった。

 日本人は戦後、日本は軍国主義と全体主義の国だったが、アメリカによって民主主義と言論の自由を享受されたと教えられてきた。しかし、現実はそんな甘いものではなかった。アメリカは日本人が占領軍(GHQ)やアメリカを批判することを徹底的に禁じ、2度と立ち上がって自分たちに歯向かえないように仕向けるべく、強烈な言論統制を行ったのだ。
 厳しい検閲が全国紙の朝日・毎日・読売・日経・東京新聞などはもちろん、大手出版社、地方紙や学術論文、文学作品、ラジオ放送、手紙、電話などほぼすべての媒体に対して行われた。

 この事実が広く日本人に理解されるようになったのはずっと後のことで、例えば、『WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)と「歴史戦」』(髙橋史朗著)という本が出版されたのは2018年だから、江藤淳の著作から30年の年月を経ていることになる。ようやく多くの日本人が、占領政策によって日本がいかに歪められてきたかを認識することとなった。

 しかしながら、ほとんどの日本人が、そのような苛烈な言論統制は戦後しばらくのことであり、独立後は基本的に解除され、今残っているのはその後遺症ぐらいの認識でいるのではなかろうか。それは大きな間違いである。実は、日本の言論空間は引き続き歪められ、その度合いは年々拡大している。
 終戦直後との違いは、その歪みが二重構造になっていることだ。まず、通信手段の著しい発展を利用した、全世界を巻き込むグローバルな統制に支配されている。そして、戦後の占領軍による統治を内部化した日本特有の自主規制だ。この二重構造を認識しない言論は、もはや言論ではないと言っても過言ではない。

 極めて21世紀的でグローバルな言論統制が行われている。これは、通信技術の著しい進歩に伴うインターネットの飛躍的進化、ユーチューブやツイッター、フェイスブックなどのプラットフォームの出現によって実現したものである。
 著者が大学院生だった1990年代はインターネットの黎明期であった。大学院の教授は「情報革命の到来だ」と興奮して語っていた。それは確かに、第3次産業革命と呼ぶに相応(ふさわ)しい変化であり、意思の疎通と情報の取得が考えられないほどに容易になった。やがて、SNSと呼ばれるプラットフォームが出現し、世界中の個人が自由に発信し、コミュニケートできるようになる。それはしばらくの間、人類に新たな自由とパワーをもたらしたように見えた。

 ドナルド・トランプはツイッターを最大限に活用し、全世界に直接自分の言葉で語りかけるという新しい政治スタイルを生み出した。それは民主主義の進化と解釈することも可能な現象だった。しかし、その破壊的な威力に脅威を感じた反トランプ陣営が、プラットフォームをプロパガンダ・ツール、情報戦兵器として使い始めると、状況が一変した。
 そのことが誰の目にも明らかになったのが、2020年のアメリカ大統領選だった。ユーチューブ、ツイッター、フェイスブックなどで、常軌を逸した言葉狩りが始まった。ユーチューブ上での議論が一方的に検閲されるようになり、ポリシー違反と見なされると容赦なく番組が削除されたり、アカウントが凍結された。それを回避するために、ユーチューブ番組の討論では隠語が多用されるようになった。「寅さん」「梅さん」「雑貨屋兄ちゃん」「ソロソロ歩きの爺さん」などである。
 いい大人が国際情勢を語るのに、ギャグのような隠語を多用する姿は滑稽(こっけい)だった。プラットフォームを持たない側の悲哀としか言いようがない。しかし、ユーチューブの検閲はこちらが予想できないレベルにまで達した。
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ツイッターを最大限に活用し、全世界に直接自分の言葉で語りかけたトランプ前大統領

ツイッターファイルの衝撃

 2021年、延期された東京オリンピック開催前のことだった。私がMCを務めるユーチューブ番組のひとつ、文化人放送局の「The Q&A」のある回が突然削除された。全く理由がわからず、一同困惑した。理由を調べると、どうやら、出演者の平井宏治氏と朝香豊氏の発言が問題視されたことがわかった。

 2人は何を言ったのか。二人とも、「ワクチン接種が進んで、感染拡大が抑制されつつあるのだから、オリンピックを無観客にする必要はないだろう」と発言したのである。二人ともワクチンを肯定的にとらえていたのであるが、それでもダメだったのはなぜか。
 想像するに、コロナの感染拡大を楽観的にとらえたことがいけなかったのだ。この時点ではコロナはまだ深刻な脅威と認識され、ワクチンのさらなる接種が奨励されなくてはならなかったのである。楽観論は禁じられた。
 このことからも、ユーチューブがコロナ感染拡大とワクチンビジネスの背後にいる勢力の意を強く汲んでいることがうかがい知れる。

 ツイッターの言論統制もあまりにも露骨だった。トランプの発信や、親トランプ派のツイートに〈いいね〉をしようとすると、ポップアップメッセージが出てきて、「バイデンやハリスの主張を確認しましたか?」などと聞かれ、バイデンやハリスの主張を紹介するツイートに誘導されてしまう。
 このような狂った言論統制が行われた挙句、トランプのアカウントが永久凍結されてしまったのは既知のとおりである。アメリカが自由主義や民主主義の模範でもリーダーでもないことが世界に知らしめられた瞬間だった。

 2022年10月、イーロン・マスクによるツイッター社買収が完了すると、マスクに依頼された複数のジャーナリストたちによって、異常な言論統制を実施し、現職大統領のアカウントまで凍結するに至った経緯が次々と明らかになった。ジャーナリストたちが事実を暴露するツイートは「ツイッターファイル」と呼ばれるが、驚くべきは、ツイッター内に大量の元諜報機関職員が入り込んでいたことである。その最たるものが元FBI職員だった。FBI
 たとえば、ツイッター社の法務部門ナンバーツーとして在籍していたジェームズ・ベーカーは元FBIの顧問弁護士として、イカサマのロシア疑獄をトランプに仕掛け、2020年の大統領選直前に発覚したハンター・バイデンのラップトップコンピューターに関する「ニューヨーク・ポスト」のスクープをツイッター社内部から徹底的に検閲した人物である。ベーカーはさらに、マスクによる買収後も、公開される内部文書を事前に確認して秘匿する工作をしたとされ、マスクによって解雇された。

 この他にも、元CIA、元軍人、元NATOなど、いわゆるIC(インテリジェンス・コミュニティー)の人員が大挙してツイッター内部に入り込み、外部の諜報機関と連絡を取り合いながら徹底的な情報操作を行っていた。これに対し、ツイッター社内部でも抵抗する試みはあったが、相手がFBIやCIAでは分が悪すぎて言いなりになってしまったのだ。
 ツイッターの場合は、マスクによる買収によって暗部が明らかになったが、互いに連携していたと言われるフェイスブックやユーチューブは依然として深い闇の中にある。独自のプラットフォームを持たない日本は、これらグローバル・プラットフォームによる異様な言論統制に対してなす術(すべ)もない。

 アメリカでは次々と言論統制をしないプラットフォームが誕生しているが、日本ではせいぜい隠語を使って逃げることぐらいしかできない。全くもって情けない限りだが、これは世界的な現象でもあり、日本はこの巨大な言論統制の機構に呑み込まれてしまっているのだ。
 これらのプラットフォームは明らかに特定のイデオロギーに沿って言論統制を行っており、一見してバイデン民主党政権に有利に機能しているようだが、果たしてバイデン政権の指示による行動だろうか。もし、そうでなかったら、さらに恐ろしいことを意味する。

 トランプの盟友で政治顧問を務めたロジャー・ストーンが、今年1月のレポートでニクソン大統領を辞任に追い込んだウオーターゲート事件が、CIAによる工作だったと告発した。
 ストーンによれば、ニクソンはJFK暗殺にCIAが関与していたことを知っており、CIA長官に記録書類の提出を迫った。CIAはこれを拒否し、後にウオーターゲート事件が勃発(ぼっつぱつ)した。公式には民主党本部にホワイトハウスの差し金で5人の元CIA職員が侵入したことになっているが、そのうちの四人は実際には事件当時、まだCIAの正規の職員だったという。これが事実ならば、CIAは大統領の命令すら拒否し、失脚させるための工作まで行うことを意味する。

 現在行われている広範な言論統制が、バイデン政権すら制御できていないものだとしたら、極めて恐ろしいことである。アメリカ大統領にもコントロールできない強大な勢力が、世界を特定の方向へ誘導しようとしていることを示唆(しさ)するからだ。
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イーロン・マスクによって暴かれた「ツイッター・ファイル」

苛烈な言論統制

 次に、日本特有の問題である。
 興味深いのは、GHQは日本政府が言論統制を行うことは厳しく禁じた一方で、自分たちは苛烈な言論統制を行ったことである。占領軍と占領政策に都合の悪い事実は徹底的に検閲を受けた。つまり、完全な二重基準(ダブルスタンダード)であった。戦後、日本のメディアは戦前戦中と異なり、日本政府からの統制を受けなくなったので、自由になったような気分になったが、それはあくまでも占領軍が設定したプレスコードに抵触しない範囲での自由だった。
 アメリカという戦勝国が設置した占領のフレームワークの中だけで自由を享受することが許されたのである。

 それから70年余り、日本ほど言論の自由が保障されている国も少ない。総理大臣も天皇家も自由に批判できる。しかし、実はいまだに戦勝国から宗主国になったアメリカにとって都合の悪い言論は許されず、アメリカが許容する範囲内でしか言論の自由が許されていないことに多くの日本人は気付いていない。
 気付いていないどころか、少なからぬ日本の主流メディアやジャーナリスト、学者たちはアメリカの意向に忖度(そんたく)して発信している。それが意識的なのか、無意識の行為なのかは不明だが、そうしなければ自らの地位を保てないと経験的に学んで自ら忖度している。その結果、客観性を保った包括的な視点が持てなくなってしまっている。

 読売新聞がCIAの協力者となることを条件に釈放されたA級戦犯の正力松太郎(しょうりきまつたろう)によって一流紙にのし上がったことはよく知られている。従って、読売新聞は一見保守的ながら、アメリカを批判することはできないし、アメリカの主流メディアを追従することしかできない。
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正力松太郎

画一的な報道姿勢

 2019年末以降、新型コロナウイルスがパンデミックとなり、ワクチン接種が開始されると、政府と製薬会社とWHOの見解だけがそのまま無批判に報道され、初期から存在した安全性に関する懸念については一切報じなかった。これは前述のプラットフォームによる言論統制と同じであるが、慎重論は陰謀論と嘲笑された。ワクチン担当大臣に至っては、全ての懸念はデマと断じた。今は世界中でワクチンの危険性が認知されつつあり、英BBCなどの主流メディアも報じ始めているが、日本の主流メディアはいまだに被害を見て見ぬふりをしている。
 
 ワクチン接種後に配偶者や親族を亡くした遺族の支援活動をしている鵜川和久氏によると、遺族が大手メディアから4時間以上の取材を受け、局から報道するとの連絡も受けた。ところが、何日経っても報道されないので、不審に思って問い合わせると、「これを放映するとワクチン接種者が減るから取りやめになった」と言われたという。

 2022年2月、ロシアがウクライナに侵攻すると、新聞報道から言論界まで、アメリカ(西側)の視点だけで塗りつぶされてしまった。ロシアの侵攻が国際法違反なのは明らかだが、その前提でロシア側の論理を冷静に説明していたのは、故安倍晋三元首相だけだった。2015年あたりまでは、CNNもポロシェンコ政権下でドンバス地方が激しい砲撃に晒(さら)され、ロシア系ウクライナ人の住民が殺されたり、大けがを負っていることを熱心に報道していた。国連やアムネスティ・インターナショナルが複数回報告しているように、ドンバス地方の住民に対する差別や弾圧、武力攻撃があったことは西側も報道する事実だったのだが、突然それらは全てロシア側のプロパガンダに過ぎないという論調が圧倒的になり、事実を指摘すると「親ロシア」とのレッテルを貼られた。

 ロシアによるウクライナ侵攻の背後には「新ユーラシア主義」というロシア独自の地政学的戦略がある一方で、アメリカ側には徹底的なロシア嫌悪であった故ブレジンスキーの思想を引き継ぐネオコンと呼ばれる人々が存在し、ロシアを挑発して消耗させ、追い詰める政策を実行してきた事実は完全に忘却されたばかりか、そもそもネオコンなど存在しないとまで主張された。つまり、ロシアを〝絶対悪〟とする一方で、アメリカの暗部に触れることは〝絶対に〟避けるのである。

 そして運命の2022年7月8日、絶対にあってはならない安倍氏暗殺事件が発生した。事件を伝える翌九日の朝刊で、読売、朝日、毎日、東京、産経、日経の全ての見出しが「安倍元首相撃たれ死亡」で統一されていたのを見て衝撃を受けると共に、嫌な予感がしたが、案の定、その後の報道は極めて画一的なものになった。
 山上被告による単独犯行とされる当該事件に謎が多いことは共通の認識である。しかし、自国の元総理大臣が白昼選挙活動の最中に公衆の面前で暗殺されたにもかかわらず、政府や国会、自民党でも調査委員会が立ち上げられることもなく、主流メディアは旧統一教会に論点をずらし、奈良市は碑を建てることを拒否した。

 何もなかったことにしようとする圧力が支配する中で、高田純理学博士が物理学的分析を行い、JFK暗殺を想起させる組織的犯行の可能性を告発し、文化人放送局で紹介したが、自民党からは番組に圧力がかかり、保守系新聞記者は「社内にかん口令がある」と口をつぐみ、警察発表を丸呑みしながら「謎を数えればきりがない」と書く始末である。
 このように、日本の言論空間は戦後78年近くを経てなお、二重に歪んでいるのが現実である。ひとつは世界を覆うグローバル言論統制。そしてもう一つは、かつて占領軍によって敷かれ、いつしか内在化してしまった自主統制なのである。それはとりもなおさず、日本が引き続き支配下にあることを意味している。
山岡 鉄秀(やまおか てつひで)
情報戦略アナリスト、令和専攻塾頭、雪風の会(DMMオンラインサロン) 主宰。公益財団法人モラロジー道徳教育財団研究員。1965年、東京都生まれ。中央大学卒業後、シドニー大学大学院、ニューサウスウェールズ大学大学院修士課程修了。2014年4月、豪州ストラスフィールド市で中韓反日団体が仕掛ける慰安婦像公有地設置計画に遭遇。シドニーを中心とする在豪邦人の有志と共に反対活動を展開。オーストラリア人現地住民の協力を取りつけ、一致団結のワンチームにて15年8月、阻止に成功。現在は日本を拠点に言論活動中。著書に、国連の欺瞞と朝日の英字新聞など英語宣伝戦の陥穽を追及した『日本よ、もう謝るな!』(飛鳥新社)など。

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