小池都知事「昼夜を問わず外出自粛」発言を検証する
小池百合子都知事は2月22日、大阪など関西圏の緊急事態宣言解除に向けた動きに対して、首都圏については厳しい状況が続いているとして慎重姿勢を示した。そして、都民に対して改めて「外出自粛」を強く求めた。
都民の多くは、必要があって会社に行き、授業に出るために学校に行き、生きるために買い物に出ている。無駄に出歩いているわけでも、享楽的に飲み歩いているわけでもない。
しかし、知事に繰り返し「昼夜問わず徹底した外出自粛」と言われれば、家から外に出るだけで罪悪感を感じる人もいるだろう。
「外出」そのものが悪なのか。そもそも、都民・国民の「外出」が、感染拡大の原因となっているというのは、事実だろうか?
今年の陽性反応者のグラフを精査すると、全く逆の結論が導き出される。
データから検証する発言の妥当性
こうしてデータを精密に、かつ虚心坦懐に見つめていくと、まず最初に「国民の行動変容は、ちょうど15日後の7日平均値のグラフに表れる」ということが明確になる。
「外出」は感染を拡大しない
小池知事は、「外出」「出勤」を極力減らすよう、繰り返し求めている。ところが、上記の「7日間平均」グラフを慎重に見ていくと、1つ非常に不思議なことがに気がつく。
1月4日は月曜日で、多くの人の「仕事始め」「学業始め」がこの日に重なることが明確な暦(こよみ)であった。
だから、小池都知事の言う通り、都民の「外出」「通勤」「会社勤務」などが感染者増を引き起こしているとするならば、1月19日以降グラフは上昇に転じるはずだ。
ところが、1月19日以降のグラフはほぼ一直線に下降しているのだ。会社員や公務員が一斉に通勤を再開し、子供は学校に行く。商店や各種行政サービスが再開され、経済が動き出したにもかかわらず、感染者は増えなかったどころか、一本調子で減り始めたのだ。
「外出」そのものが感染を拡大させている」という「断定」のもと、感染拡大を止めるために外出自粛を求めるという「お願い」をした小池知事の論理では、このグラフの動きを全く説明できない。
明確な効果がなかった「緊急事態宣言」
緊急事態宣言に感染拡大の抑止効果があるのであれば、1月23日の前と後で、グラフに大きな変化が生じるはずだ。
ところが、1月19日をピークに下降に転じたグラフはほとんど真っ直ぐの直線を描いて下がり続け、1月23日の前後でグラフには何の変化も認められない。
そして、効果がほとんどない事がわかった緊急事態宣言継続のために払う都民国民の代償は限りなく大きい。
次々と閉店する都内の老舗飲食店(連載第20回参照)。関東圏の観光客を織り込んで経営を成り立たせていた日本全国の旅館やホテルも相次いで経営破綻している。
そして、東京~札幌線、東京~福岡線で利益の大半を上げ、他のほとんどの国内赤字路線を維持してきた日本航空と全日空は、収益の柱を失い経営危機に直面している。JRや私鉄もバランスシートが急激に悪化している。公共交通を支える企業が倒産や営業縮小などに追い込まれれば、コロナ禍からの経済復興に向けても深刻なダメージとなる。
「新規陽性者」で対策を立てる愚
そもそも、PCR検査の陽性反応者は、検査数が増えれば自動的に増える。だから、「陽性者増=感染拡大傾向」とは言いきれない。日々の感染者数を行政の対策の基準としている自体、適切ではない。
その代わりに、もっと意味のあるデータがある。陽性率だ。検査を受けた人の内の陽性者の割合を示す数値で、検査数の増減の影響を受けないため、感染拡大の状況を図るにはこちらの数値だけを使えば十分だ。
感染拡大状況を最も正確に表すデータである陽性率で判断すれば、緊急事態宣言を2月7日に延長する必要はなかったのだ。
しかし「新規陽性者」というあやふやなデータを殊更に取り上げて「減少傾向が鈍化している」と強調し、関西圏の解除への動きに背を向けるのはなぜか。
緊急事態宣言の継続が、都民・国民の生活と経済を委縮させ、多くの会社・飲食店・商店を閉店に追い込んでいるという自覚は、小池知事にはないのだろうか?
もちろん、宣言が感染拡大を抑止しているという客観的なデータを示しているならやむを得まい。しかし現実は全く逆だ。「緊急事態宣言とは無関係に感染拡大傾向が収束した」ことを、数々のデータが示しているのだ。
日頃は言語明瞭な小池知事だが、こうしたデータについては、「多少のタイムラグはある」と濁(にご)すだけで、説得力のある分析を一切示していない。
感染拡大が始まる理由
残念ながら、東京のみならず世界のどの都市でも、感染拡大の波がどう始まるのかは全く解明されていない。もちろん夏休みやクリスマスなど暦上の傾向はある程度推測できるが、欧米各都市のように特別な要因が見当たらないのに感染爆発が突如始まったり、日本のように仕事始め以降も感染が縮小したりしている。要するに、感染拡大開始のメカニズムは解明されていないのだ。
小池知事にしてみれば、わからないからこそ「もし全ての都民が一切外出しなければ、新規感染者はゼロになるだろう」という論理で、政府や都は国民・都民に「さらなる行動自粛」を求めているものとみられる。
ところが、この「小池型自粛強化」ではほとんど効果が出ないことも、今年1月以降のデータが明確に示している。
外出自粛の継続が国を壊す
12月28日から仕事始めまでの1週間は、ほとんどの官公庁と民間企業が一斉休業し、学校も休みとなり、通勤通学の移動はほぼ完全に止まった。そして多くの国民が徹底して外出を控えた。要するに、ロックダウンなどの強制措置が取れない日本では、これ以上期待できない、究極の「行動自粛」週間となったのだ。
そして、1月4日が月曜日だったということも、データを虚心坦懐(きょしんたんかい)に見つめる者にとっては僥倖(ぎょうこう)だった。全国的に明確な「仕事始め」集中日が特定されたことで、国民の行動と感染状況の連関がよりはっきりと浮き彫りにできた。
にもかかわらず、新規陽性者のグラフの「谷」はごく小規模なものに留まっている。陽性率のグラフに至っては、微動だにしていない。
「感染拡大を予防する」という目的で今年の年末年始のような行動を都民・国民に強要したと仮定しても、あの程度の微々たる効果しか期待できないということがはっきりした。
それに引き換え、1月19日以降の陽性者数の激減は、3週間以上継続した。日本人は、「仕事始め」「経済再開」に舵を切ったとしても、十分にウイルスと折り合いをつけて行けることを示したのだ。
今、街で見かける人は、電車の中や駅構内はもちろん、街行く人達もほとんど例外なくマスクをしている。主要な建物や施設の入口や出口には、必ずといっていいほど除菌スプレーが設置されている。そして、お年寄りや大人に限らず、歩き始めたばかりの幼な子まで、当たり前のようにスプレー液を手指に念入りに揉み込んで、静かに去っていく。
もともと衛生観念に優れ、手をよく洗い、マスクにも忌避感(きひかん)がなく、玄関で靴を脱ぐ日本人の特質と習慣は、コロナ抑制という観点で大きなアドバンテージになっていると言われている。
小池知事が目の敵にする「外出」が、本当に感染拡大を引き起こしているだろうか? 少なくとも今年の各種データを見る限り、「外出」と「感染」の因果を証明するものは1つもないのだ。
もう「外出」そのものを目の敵にするような発言は、知事として慎むべではないのか。
数々の有効なワクチンが開発され、症状に応じた治療法も確立されつつある中、世界は「コロナ禍からの復活」「活力ある日常」と「力強い経済復興」へと大きく舵を切っている。
「行動自粛こそが感染拡大を止める」という根拠のない理論と決別し、「感染を拡大しない外出」や「力強い消費活動」を大いに称揚し支援していくことこそ、これからの知事の正しいあり方ではないだろうか。
1966年、東京都生まれ。フリージャーナリスト。
1990年、慶應義塾大学経済学部卒後、TBS入社。以来25年間報道局に所属する。報道カメラマン、臨時プノンペン支局、ロンドン支局、社会部を経て2000年から政治部所属。2013年からワシントン支局長を務める。2016年5月、TBSを退職。
著書に『総理』『暗闘』(ともに幻冬舎)がある