コロナ下で垣間見えた「明るい兆し」

コロナ下で垣間見えた「明るい兆し」

猛暑の中で

 炎天下の東京・新宿。連日猛暑が続き、静岡県浜松市では国内最高気温の41.1度を記録したというニュース(8月17日)が流れていた。
 新型コロナウィルスに加え、熱中症の危険にも見舞われている。4~6月期の我が国の実質GDPも年率換算で27.8%減と戦後最大の減少率となった。経済面でも日本のみならず世界全体が沈んでいる。そんな中、久しぶりに元気になる話を街で見つけた――。

 日傘を差し、マスクを付けて散歩していると、汗でマスクがすぐに濡れた。のども乾き、暑さにうんざりしていると、仕事の休憩時間中と思しき青年が日蔭でお弁当を食べ、冷たいお茶を実に美味しそうに飲んでいたので、つい声をかけてしまった。
 首にタオルを巻いて、汗びっしょりになっている。目の前にあるバンに入らないのは、「今、エアコンを全開に効かせて、冷やしている最中だからです。これから仕事仲間の皆で少し昼寝します」と、礼儀正しく教えてくれた。

 その青年、A君は21歳。埼玉と栃木の県境に住んでいる。18歳で父親を亡くし、母と中学生の妹を経済的に支えるため、現在も従事する土木塗装の仕事を始めた。お弁当は、毎朝、欠かさず母親が作ってくれるそうだ。
「身体が資本の仕事だから、濃い目の味付けじゃないとダメで、彼女より、母ちゃんの弁当の方がうまいんです」
 クーラーボックスの中から新しいお茶を出してごくごく喉を鳴らして飲んだ。私にもペットボトルを一本差し出してくれた。チームで仕事をしているが、今日一緒に働いている先輩たちは、「近くに安くて上手い定食屋があるから」、とそっちに行ったという。

「俺は、休み前の夜に、けっこう酒を飲むから、節約して弁当です。妹は大学に行かせたいし、家も買いたいですから」
 と、真っ黒に日焼けした顔で笑い、こう続けた。

「苦しんでいる人には申し訳ないけど、俺たちは4月頃から、コロナでバブっている。仕事が途切れることはないです。ゴールデンウィークも、関西に出張していました。同級生はみんな進学したけど、俺、初めて、大学行かなくて良かったなと思いましたよ。バイトは解雇されるし、学校も休校でしょう。東京の大学に進学した友達も、実家に戻ってきている」

 コロナの影響により、建設業界も受注減や工事の中止など少なくない影響は受けているものの、必要な工事は様々にあるうえ、コロナ禍での外国人の入国制限措置が現場の人手不足に拍車をかけているようだ。

コロナ下でも増えた収入

 これまで、A君の月収は平均して30万円ほどだったが、今春以降は45万円以上の収入がある。今は、50万円超えを目指していると瞳を輝かせる。

 さらに、A君は、昨年から個人事業主として登録した。仕事は孫請けが多く、周囲もそういう人ばかりだ。仕事の発注がくると、電話で友人・知人の同業者に連絡し、チームができると、リーダーを決めて、皆で仕事に行く。怪我の絶えない仕事なので、40代ぐらいの個人事業主の同業者には、「この際、休むわ」と言って、持続化給付金を貰い、ぶらぶらしていたりする人もいるが、A君は、それも仕方ないと思っている。

「長くできる仕事じゃないんです。自分で人を使うようにならないと、身体は酷使される一方だし、年収だって頭打ちです。大けがして、酒浸りになって、生活保護を受けている先輩たちはたくさんいる。俺らは、ボーナスもなければ、保険もないですから。100万円もらって、夏休みをとりたい気持ちを否定することはできないですよ。俺はまだ若いから、とにかく働いてカネ貯めて、同年代の仲間と会社つくりたいんです」

 仕事中は、暑くて、特殊な塗装以外はマスクなど付けていないので、手洗いやうがいは徹底しているとも話した。前は休みの時は、夜の街で飲んでいたが、今は、家で母親と一緒に晩酌をしているという。

「俺らみたいな若者が、夜遊びして、コロナウィルスを拡散させてるみたいな報道はやめてほしいです。稼ぎ時のいまだからこそ、俺、全然遊んでないし贅沢もしてない。自分のご褒美にヴィトンの財布買ったぐらいです」
 といって、新品のルイ・ヴィトンの長財布を得意気に見せてくれた。

前向きな努力は報われる

 株式相場は、実態経済とは乖離(かいり)して、プチコロナバブルの様相を見せているが、多くの企業は、実力以上に評価された値がついていると思われ、乱高下を繰り返している。特に、IT企業にその傾向が強い。

 そんな中、作業着や関連用品の専門チェーンを主軸とする「ワークマン」(群馬県伊勢崎市)は、7月末に年初来高値を更新。A君一家の強い味方であるしまむらやニトリも、好調だ。

 オリンピックの行方は不透明だが、筆者の住む新宿区内では、建設途中のマンションやビルが結構な確率である。その近くでは、A君のような現場作業員をよく見かける。大都市圏に共通してみられる現象なのだろうか。
 いずれにしても、未曾有の事態でも、報われる努力があり、前向きに頑張っている人もいるのだと元気をもらった気分になった。

 ちょうど区切りよく、A君の先輩たちが昼食を摂って戻ってきた。
「じゃ、少し寝ますんで……」

 と言ってA君も立ち上がり、冷房の効いたバンに皆と乗り込んでいった。 
 (2222)

横田由美子(よこた・ゆみこ) 

埼玉県出身。青山学院大学在学中より、取材活動を始める。官界を中心に、財界、政界など幅広いテーマで記事、コラムを執筆。「官僚村生活白書」など著書多数。IT企業の代表取締役を経て、2015年、合同会社マグノリアを立ち上げる。女性のキャリアアップ支援やテレビ番組、書籍の企画・プロデュースを手がける。

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