「国民の行動変容による感染抑止の効果は2週間から3週間後に出る」という前提での発言だからこそ、1月7日の1都3県への緊急事態宣言と、1月14日の2府5県への対象地域拡大の効果が出てくるのは、この原稿が公開される1月28日以降という計算になる。
要するに「1月10日のピーク以降の感染者の逓減は、緊急事態宣言とは無関係」と政府の対策責任者が明言したことになる。
8割オジサン理論の破綻
ところが、日本全体の数字と同様に、東京の感染者数も1月上旬に明らかにピークアウトしている。1月7日の2447人を最高値として、その後は緩やかに下がり続けた。1週間の平均値をとったグラフも、日本全国と東京の推移のグラフはほぼ完全に同じ形を描き、1月10日がピークだったことを明確に示している。
要するに、格別の対策が全く打たれなかったのに1月10日に感染拡大が止まった。西浦氏の「『このまま』では感染者数は等比数列的に増加する」という予測は、完全に外れたのである。
西浦は、2020年春の第1波の時にも「このままでは日本だけで42万人が死ぬ」と「予測」した御仁だ。この時も西浦氏は「実効再生産数」を根拠とした。これは「感染者が何人の人に感染させるか」という数値で、格別の対策をしなければこの指数が2.5となり、1カ月後には東京だけで8万人が感染し、日本全体では42万人が死ぬと明言したのだ。
ところが、フタを開けてみれば、4月中旬から6月下旬までの日本の死者数は784人で、西浦予測の536分の1以下に留まった。公衆衛生の専門家である疫学者を自称する人物としては屈辱的な「大外し」となった。
西浦理論破綻の証明
昨年末までスウェーデン政府は、国民の行動を全くと言っていいほど制約しなかった。ロックダウンなどの強制措置が一切取られなかったばかりか、公共の場でのマスク着用を「推奨」したのが12月18日だ。逆に言えば、それまでは対策と言えるような対策を全く取らなかったのだ。
昨年の初夏、欧米各国がロックダウンに踏み切る中、スウェーデンの首都ストックホルムの繁華街で多くの国民がマスクなしの3密環境で食事やショッピングを楽しむ姿を見て、驚いた人も少なくないだろう。
西浦理論では「人口の8割が感染するまで感染者の増加は止まらない」と主張する。スウェーデンの人口は1023万人だから、800万人以上が感染するまで毎日の感染者は指数関数的に増え続けるはずである。
ところが、スウェーデンで5月下旬に始まった感染拡大は、何の対策も取られなかったのに、6月上旬に1日1500人程度の感染者を出したのをピークに、その後急激に下がり始め、6月末には1日の感染者数は300人程度に落ち着き、夏の時点では感染拡大は完全に収束した。
もう1つの例が、アメリカのサウスダコタ州だ。アメリカ中西部のこの州は、市民に行動変容をほとんど求めていないことで知られている。
マスク着用、移動規制、レストランやバーの営業など、18部門における各州の感染予防対策をコロナ分析サイトがデータ化した結果、サウスダコタ州は規制が全米一緩いと認定された。
さらに、昨年8月にはハーレー・ダビッドソンなど大型バイクのイベントに50万人が集まるなど、サウスダコタ州は「コロナ禍」を煽る大手メディアに抗うかのように「ノーガード戦法」を貫いた。
しかし、全く対策が取られなかったこの州で昨年秋に始まった感染拡大は、11月上旬の160人をピークとする綺麗な放物線を描き、12月中旬には1日平均40人程度という数値に落ち着いた。
感染拡大期に全く対応策が施されず、行動変容や活動自粛の呼びかけも全く行われなかったのに、感染拡大は自然に収束したのである。
周回遅れの「学者」
しかし、もう決着がついたはずの議論を周回遅れで支持する「学者」もいる。筑波大学准教授の掛谷英紀氏はツイッターでこう主張した。
「実効再生産数が1を超えているので、対策しなければ感染は指数関数的に増える。高校の数学をやり直すべき」
「西浦予想は『何も対策しなければ40万人死亡』。色々感染対策をしたのだから予想が外れたとは言わない」
「同じ飛沫感染で広がるインフルエンザは例年の200分の1。感染リスクを200分の1にして新型コロナの死者は2000人をはるかに超えているから、西浦モデルはいい線をいっていたと言える」
世界各地で、昨年来のインフルエンザ患者が例年の数百分の1に抑えられているのも、武漢ウイルスの流行と関係があると見られている。
そして、このウイルス干渉の仕組みを解明することが、武漢ウイルスの真実に迫る貴重な入り口として、多くの学者・専門家が注目している。
それなのに、日本のデータだけを見て「感染リスクを下げたからだ」と主張する掛谷氏は「ウイルス干渉」という概念すら知らなかったのだろう。
また、「日本が行動抑制によって感染リスクを200分の1にしたから感染者が2000人余り」とツイートしたが、それならば感染リスクを下げる政策を一切打たなかったスウェーデンやサウスダコタ州で、感染拡大が3週間で完全収束したのか、全く説明がつかない。
間違った理論が、間違っているとわかった後も、間違った理論に基づいて行動変容を強要する勢力の言説は、無駄に経済を壊死させる行為であり、黙殺するに限る。
ピークアウトの真相解明こそ急務
一般財団高度情報科学技術研究機構の仁井田浩二理学博士は、アメリカ、スウェーデン、日本など世界各国の感染者数増減データを解析した。その結果世界の感染曲線は、対策の如何にかかわらず、例外なく美しい放物線を描いた。
しかも、いずれのケースでもピークの半値幅が4~5週間程度に収まっていることがわかってきたのだ。半値幅とは、感染のピークを境に、感染拡大から収束までの日数を、ピークの半値で測った数値のことだ。
【参考】言論プラットフォームアゴラ・仁井田博士関連記事
要するに、どのような対策を取ろうとも、全く対策を取らなくても、感染拡大が始まってからピークの半値までに収束する期間が、1カ月程度だというのである。これこそ、西浦理論にトドメを刺す、客観的事実である。
恐怖を煽る暴論と訣別を
しかし「行動変容しなければ感染爆発は収束しない」という、ファクトから大きく乖離(かいり)した暴論には、ハッキリとNOを突きつけるべきだ。
逆に、対策の如何にかかわらず感染が収束していく仕組みの解明こそ、新しいウイルスの真相に迫る入口となる。
感染拡大が起きている時、ウイルスのターゲットはもちろん「未感染者」「抗体不保持者」だ。
もし世界中の「未感染者」が同じ確率で感染するのであれば、感染者はウイルスの感染力に応じて等比数列的に増加し、人口の相当数が感染するまで自然収束しないはずであり、これが西浦理論の「単純計算」でもある。
実際にはそうならず、「未感染者」にウイルスが行き渡る前に、感染拡大は例外なくピークアウトしている。「未感染者は無差別に感染させられるわけではない」という事実にこそ、人類が新型ウイルスを克服していく重要なカギが潜んでいる。
危機を煽る暴論は、国民を無駄に萎縮させる。予測が外れて感染拡大が収束すると「行動変容の効果が少し出た」などと嘯(うそぶ)く。
もちろん私は「無対策こそ最良の対策」と主張しているわけではない。一定の行動自粛や感染対策は、ピークの絶対値を下方に押し下げる効果があることは間違いない。無対策を貫いていたスウェーデンも、昨年末以降の感染拡大で行動抑制政策に舵を切った。
しかし、「行動自粛しなければ感染者は爆発的に増え続ける」という主張は、明らかに誤っているのだ。数々のデータが如実に示している。
オオカミオジサンに何度も騙されるほど、日本国民は愚鈍ではあるまい。暴論を排除し、様々なデータと冷静に向き合い、感染収束のメカニズムを追求してこそ、本当に有効な社会対策が見えてくる。