現在のイランは、選挙の洗礼を一切受けていないアヤトラ・ハメネイを頂点とする神権ファシズム体制である。言論の自由も集会結社の自由もない。
 立候補資格の有無を宗教「指導者」らが決める中で選ばれたロウハニ「大統領」はハメネイの忠実な補佐官に過ぎない。
 いま「指導者」と「大統領」をカッコ付きにしたが、イランのような体制に通常の政治用語や概念を当てはめると、状況を大きく見誤りかねない。

 一例を挙げよう。NHKニュースは2020年1月6日、次のように伝えた。
「アメリカ軍によってイラクで殺害されたイランの精鋭部隊のスレイマニ司令官の遺体がイランの首都、テヘランに到着し、大規模な葬儀が行われました。葬儀には最高指導者のハメネイ師も参列し、国をあげて司令官の死を悼むとともにアメリカへの非難を強めています」「ハメネイ師が棺に向かって祈りのことばを述べた際にむせび泣くと、それにつられるように多くの参列者も涙を流しました」「棺は大勢の市民が取り囲む中、中心部の大通りを進み、市民が別れを惜しみました」「スレイマニ氏はイランの中東政策における軍事・外交上の最重要人物で、国民からは英雄と呼ばれるほど人気があり……」。

 以上、イラン国民がこぞって「司令官」を英雄と仰ぎ、その死を深く悼み、別れを惜しんで涙を流した云々と、まるでイラン国営放送の引き写しである。
 こうした批判力を欠いた報道はリベラル派の米主流メディアにも見られた。保守派の有力者マルコ・ルビオ上院議員(共和党)はこう嘆いている。
「スレイマニの葬儀の政治宣伝化はイランによる戦略的な発信である。『アメリカがテロリストの黒幕を殺害した』という話を『アメリカが畏敬される英雄的人物を殺害した』に変えるために練り上げられた。悲しいことに多くのメディアが易々と乗せられている」。
 ルビオは、スレイマニ「将軍」といった表現も批判する。スレイマニが率いた革命防衛隊コッズ部隊は、中東各地のシーア派武装勢力にテロを指示し支援すると共に、自らも破壊工作を行ってきた。

 安倍首相のイラン訪問中に起こった日本のタンカーへの機雷攻撃(2019年6月)、サウジアラビアの石油生産プラントへのドローン攻撃(同年9月)等に関して、日本を除く先進自由主義国(米英独仏)はおしなべてイランの犯行と見なしている。スレイマニが「イランの中東政策における軍事・外交上の最重要人物」というなら、当然首謀者の一人と見なければならないだろう。まさに大物テロリストであり、その除去は日本の国益にも適(かな)うはずだ。
 イランでは、2019年11月半ば以降、ガソリンの大幅値上げに端を発した抗議活動が体制批判へと発展し、暴力的な鎮圧の結果、千人以上の死者が出たとされる。背景には、国富を海外でのテロ活動や核ミサイル開発に濫費し、その結果制裁を招くなど、国民生活を蔑ろにする「革命政権」への積年の不満がある。イラン政府は、弾圧の間インターネットを遮断し、外部に実態が明らかになるのを防いだ。

 旧ソ連のKGB(ソ連国家保安委員会)に似た対内弾圧、対外テロ組織である革命防衛隊の最高幹部らが国民全般に慕われていると考えるのは、イラン国民の感性、知性に対する冒瀆(ぼうとく)だろう。
 革命防衛隊の対外活動については、もちろん当局の情報統制により、国民の多くは正確な姿を知らない。
 首都テヘランに続き、スレイマニの出身地で行われた野外葬儀では、人波の中少なくとも50人が圧死し、数百人の負傷者が出たという。民衆が争って棺に押し寄せる様を航空写真で撮影するから家族揃って路上に出ろと命じられれば、誰も拒否できない。
 応じなければどんな弾圧に遭うか分からない。裁判なしの処刑や拷問など当たり前の革命防衛隊の対内弾圧の恐ろしさについては、多くの国民が実感している。

 1月11日、イラン政府は、それまで3日間にわたって続けてきた、同国内でのウクライナ機墜落は事故との虚偽説明を一転させ、革命防衛隊のミサイル誤射による撃墜だったと発表した。上昇していくミサイルの動画や残骸中にあったミサイル破片の映像などが対外流出し、否定しようがなくなったためである。ニュースを受け、首都テヘランで抗議デモが発生、イランのメディアの報道でも約1000人が参加した。テヘランの大学前に集まった人々は口々に「ウソつきには死を」「責任の徹底追及を」などと叫んだという。イラン政府の情報操作に騙されず、勇気あるイラン国民の真情に沿った報道がいよいよ求められる。

島田 洋一 (しまだ よういち)
1957年、大阪府生まれ。福井県立大学教授(国際政治学)。国家基本問題研究所企画委員、拉致被害者を「救う会」全国協議会副会長。

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