アメリカの対中攻勢にドライブが掛かってきた。
 香港民衆を大いに鼓舞した「香港人権民主法」の成立に続き、2019年12月3日、米下院本会議が「ウイグル人権政策法案」を圧倒的多数で可決した。中国共産党政権(以下、中共)による新疆(しんきょう)ウイグル自治区での人権抑圧を詳細に問題にする内容である。
 中共は直ちに、外務省の華春瑩報道官が記者会見で「バカな法案」と呼び、「本当に無知で恥知らず」と牙を剝(む)いて反発。同時に「新疆と香港を攪乱(かくらん)しようとしている」と警戒感をあらわにもした。華報道官は一見、色白、ふくよかな年増風で、日本の政界にも隠れファンが多い。

 以前、河野太郎外相(当時)が、この女性報道官と並んで顔を寄せた「ツーショット」自撮り写真を「有名な中国の女性と共に!」とのコメント付きで自身のツイッターに載せたことがある(2018年1月29日)。私はその意識の低さに一驚した。
 もしアメリカの国務長官が、こうした軽薄な振る舞いに出たら、議会で大問題となり、恐らくは辞職に追い込まれるだろう。相手は、見た目はともかく、非人道的なファシズム政権の中堅幹部である。ところが日本では問題にならなかった。それどころか、河野氏はその後も、ポスト安倍の有力候補として名を挙げられ続けている。中共に関する日米政界の意識差を如実に物語るエピソードと言えよう。

 2019年12月6日に放送された日本テレビの討論会の模様も興味深かった。父や弟などが中国で強制収容されている在日ウイグル人のレテプ氏が窮状を訴えたのに対し、中国社会科学院の凌星光教授が、「(収容所では)まず中国語を勉強する。2つめは、法律の教育。国の法律を知らないから公民として知ってもらう。3つめに職業訓練。3段階で過激派の思想を除いていく」と中共の公式説明を性懲りもなく繰り返した。
 この凌氏を、実は私はよく知っている。福井県立大学の創設(1992年)から数年間、同僚だったからだ。「日本は拉致に拉致されたな」と使い古された冗句を嬉しそうに繰り返していたのが印象に残っている。当時から中共のスポークスマンを以て任じていた。もっとも中共の独善的な屁理屈を手軽に知るには有用で、メディアが討論者の一人として使うのも理解できる。

 凌氏の党官僚的解説に対してレテプ氏は、自分の父は農家の中心として子どもを育ててきた農業のプロだ、畑も持っている、今さら何の職業訓練が必要なのかと反論し、70歳を超え、このまま収容所で朽ち果ててしまうかも知れないと痛切な思いを語った。
 もしレテプ氏が同じ言葉を、収容所内で看守に向けて発すれば、直ちに陰湿かつ暴力的な「特別訓練」に晒されるだろう。日本では凌氏が、「レテプさんは国の法律を知らないから教育を受けているんです」とその正当性を視聴者に「解説」するはずだ。

 レテプ氏については、NHKがニュース特集で、その活動を、インタビューを交えて紹介している(2019年7月5日放送)。
 25歳で来日、日本の大学院を修了し、都内の会社で働いていたが、2017年、家族親族12人が突然当局に拘束され、翌年2月以降は母親とも連絡が取れなくなった。その後、レテプ氏の携帯に、「地元公安当局」を名乗る男から父の映像が送られてきた。「長く連絡できなかったが施設で勉強に励んでいる。君がわが国の利益を最優先し、積極的に協力すれば私たちも安心できる」と語る姿が収められていた。

 明らかに父は「言わされていた」とレテプ氏は言う。「私が知っているお父さんじゃない。全然違う。別人になっている。目や顔にお父さんらしい光が全くない。人間を完全に共産党のロボットにしようという試みだ。従わない者は容赦なく、拷問などで命を奪っていく」。
 しばらくして「地元公安当局」の男から再びメッセージが入った。「日本のウイグル人組織について状況を把握しているはずだ。わが国の立場に立ち、われわれと協力すれば、あなたの家族の問題を解決するのはたやすい。私の言う意味が分かるね」。家族を人質に「スパイ活動」を要求したものだった。

 レテプ氏のこの証言を疑う理由は何もない。アメリカのウイグル人権政策法案は、その一項で、在米ウイグル人に対するこの種の脅迫の事例をFBIが情報収集し、法律成立後4カ月以内に議会に報告するよう求めている。
 日本で働き、様々な形で社会に貢献しているウイグル人たちの人権を守る努力を、日本政府もせねばならない。ところがレテプ氏らの切実な叫びを無視し、逆に抑圧側の頭目、習近平氏を国賓としてもてなすならば、日本の国柄を大きく毀損(きそん)することになろう。

島田 洋一
1957年、大阪府生まれ。福井県立大学教授(国際政治学)。国家基本問題研究所企画委員、拉致被害者を「救う会」全国協議会副会長。

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