【矢板明夫】「海航グループ」経営破綻の謎

【矢板明夫】「海航グループ」経営破綻の謎

 中国の伝統的な祝日、春節(旧正月)を控えた1月末、中国を代表する民営企業、海南航空を中核とする複合企業の海航グループが経営破綻したというニュースが飛び込んできた。中国内外に大きな衝撃を与えた。海南航空と言えば、数年前までは中国四大航空会社の一つに数えられる優良企業だった。大物政治家、王岐山氏の周辺者がその経営に深くかかわっていることでも知られていた。

 習近平政権が発足した2013年前後、最高指導部メンバーで、共産党の紀律部門のトップを務めていた王氏は、腐敗撲滅キャンペーンを主導し、汚職を理由に党、政府、国有企業の高級幹部を次々と失脚させ、絶大な権勢をふるっていた。その時期に急成長を遂げたのは海航グループだった。不動産、金融サービス、観光、物流などを含む多数の業界に進出し、欧米の企業や主要都市のホテルなど海外資産を積極的に買収した。ヒルトン・ワールドワイドの株式25%、ドイツ銀行の株式10%を取得し、その筆頭株主になったこともあった。当時、北京に駐在していた筆者のまわりの中国人の中に、海航グループが発行する社債や金融商品を積極的に購入する人が多かった。「王氏の関連企業だから安心できる」とみんなが信じ切っていた。

 1989年、海航グループの前身である海南省航空公司が発足した時の資本金はわずか千万元(約1億6千万円)だった。中央政府で航空事業を管轄する官公庁、中国民用航空局を退職した2人の若手官僚、王健氏と陳峰氏がその共同創業者となった。陳氏は、当時の大手国有銀行、中国人民建設銀行の副頭取だった王岐山氏の秘書を務めたことがあり、そもそも海南航空の創業は「中国で民営企業が成長する可能性を探りたい」王氏の意向で、その資金も王氏の力で集められたと証言する共産党関係者もいた。

 その後、海南島への観光ブームに伴い、航空会社として着々と業績を伸ばした2002年、王氏が海南省トップの党委書記に就任すると、地元政府の強力的な後押しを受けた海南航空は多角経営に乗り出し、驚異的な成長ぶりを見せた。2017年、海航グループの総資産は1兆元(約16兆円)を超え、創業してから約30年で総資産を10万倍に増やしたことで大きな話題となった。同年の海航グループの営業収入は約530億ドル(5兆5千600億円)に達し、米雑誌、フォーチュンの世界企業番付「フォーチュン・グローバル500」で170位にランクインした。

 海航グループは事業を拡大するために、借金で資産を買い漁る手法をよく使っていた。買った資産を担保にまた借金してまた新しい資産を買うことを繰り返した、主導した会長の陳峰氏は金融業界で「クレージー陳」と呼ばれた。これまで何度も経営危機に直面したことがあった。2003年、重症急性呼吸器症候群(SARS)が中国で流行し、航空業界は大きな打撃を受け、海航グループも深刻な資金不足に陥ったが、銀行の融資と海南省の資金注入で乗り切った。2008年、米投資銀行、リーマン・ブラザーズの倒産をきっかけに発生した金融危機の際も、一時的に資金繰りが厳しくなったが、またもや海南省政府と銀行に助けられた。その際の融資はほぼ無審査で行われたと金融関係者の間で囁かれ、背後には、海南省と金融業界に大きな影響力を誇る王氏の力があったことは言うまでもない。
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相変わらず実態のつかめない中国経済
 王氏の周辺者をはじめ、江沢民元国家主席の孫や、曾慶紅元国家副主席の甥など、多くの元共産党指導者の子弟が海航グループの関連企業に投資しており、同グループは特権階級の資金洗浄の「金庫」と化したと指摘する欧米のメディアもあった。

 海航グループの乱脈経営ぶりが中国国内で公になったのは2018年初めだった。前年秋の党大会で、王氏は最高指導部メンバーを引退し、習近平国家主席との関係が悪化し始めたといわれた時期と同じだった。

 同年7月、海航グループの共同会長の王健氏は、出張先のフランス南部で、高さ15メートルの教会の壁から転落して死亡した。公式発表では「写真を撮るために壁によじ登ろうとして足を滑らせた」と事故にしているが、グループ関係者の間で信じる人はいない。資金洗浄の真相を闇に葬るために殺害されたと推測する人が多かった。

 海航グループの破綻に伴い、陳峰氏も会長職を解かれた。今後、当局の主導で、約7千億元(約11兆4百億円)の「債務整理」に入るが、社債や金融商品を購入した一般投資者への返済はほとんど見込めないという。権力闘争の結果によってすべてが決まる中国で、「安心できる投資先」などはない。
矢板 明夫(やいた あきお)
1972年、中国天津市生まれ。15歳の時に残留孤児二世として日本に引き揚げ、1997年、慶應義塾大学文学部卒業。産経新聞社に入社。2007年から2016年まで産経新聞中国総局(北京)特派員を務めた。著書に『習近平 なぜ暴走するのか』(文春文庫)などがある。

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