橋本琴絵:日本は「隠れた対ソ支援」の過ちを繰り返すな

橋本琴絵:日本は「隠れた対ソ支援」の過ちを繰り返すな

命より金儲けが優先か

 今月8日午後、自民党外交部会の佐藤正久参議院議員が恐るべき内容の記者会見をしたので、まず引用したい。

連帯とか命より金もうけを優先するとかさもしい腰砕け外交の部分が見えて仕方ない。実際、アジアの空路・海路がロシアの抜け穴になっている実態が明らかになっている。日本有事があった際に欧米諸国に協力を求めても物流を理由にしてうちはやらないよと言われてしまう。この背景には当部会で外務省欧州局長が明言された「ウクライナの問題は基本的に欧州諸国の問題だ」という基本認識があると言わざるを得ない。対岸の火事という認識があるというふうに言わざるを得ない
参考記事

 これは、ロシアへの経済制裁を決定した我が国の国会および同盟国の方針に反して、外務省主導による事実上の「ロシア経済支援」を継続することでロシア軍の継戦能力の維持に貢献している「外交方針」を非難したものだ。
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「命より金儲けが優先か」と主張した佐藤氏
 欧米諸国は、既に自国の領空と領海においてロシア籍の航空貨物・船舶貨物の荷受けを拒否している。これは、ロシアとの商取引によってロシアが獲得した物資がウクライナとの戦争で使用されるのを避けるための措置だ。しかし、日本は衆参両議会でロシア非難決議を採択し欧米同様の経済制裁を行う国策を決定したにもかかわらず、ロシアが持つ極東の不凍港ウラジオストクに入港する貨物船やその他の航空便を事実上放置している。

 その目的は何なのか。佐藤議員は「金儲けのため」というが、既に1ルーブルの価値は1円に満たないほど値崩れしており、まるでデフォルトをしたかのような状態にある。このような経済状態でロシアの外貨預金も日銀を含む世界各国が預金封鎖しているため、ロシアとの商取引で得られる金銭的利益は現状ないに等しい。

 そうすると、ロシア経済政策の「抜け穴」を日本が用意する目的は、ただ一つしかない。ロシアの戦争遂行能力への貢献である。そう、また歴史を繰り返しているのである。

第二次世界大戦時の「隠れた」対ソ支援

 実は、日本がロシアの戦争を背後から支援したことは第2次世界大戦も同様であった。日本がなぜ第2次世界大戦で敗北したのかといえば、戦力の逐次投入や国力の差など色々と分析がされているが、どれも直接的な理由ではない。誤解を恐れずに端的な表現をすれば、日本が戦争に負けたのは「日本が連合国支援を続けていた」からである。

 というのも、第2次世界大戦中、アメリカは事実上のロシア支援法であるレンドリース法(※)を可決し、参戦前から軍事的支援をしていた。アメリカの対露支援ルートは、北極航路、ペルシャ回廊、そして太平洋航路であった。このうち前者二つにはドイツ海軍が総力を挙げて襲い掛かったためPQ艦隊(対ソ支援輸送艦隊)などには多数の護衛をつけていたが、太平洋航路は輸送船だけの丸腰であった。なぜならば、日本海軍は大東亜戦争が開始された後も、アメリカ輸送艦隊の日本領海通過を黙認し、一度だけあった誤射を除けば「航行の安全」を保障していたからである。


※レンドリース法:、1941年~45年にかけて、米国がソビエト連邦、中国等の連合国へ膨大な量の軍需物資を供給したプログラムのこと(wikipediaより)
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多くの軍事物資が日本の領海を通りソ連へ供給された(写真はイメージ)
 レンドリース法の太平洋航路は834万トンの軍事物質の輸送に使われ、これは全体の50%を余裕で超えていた。40万台以上の軍用車両と、12000両の装甲車両(このうち4000両以上は当時最新だったM4シャーマン戦車)、1万機の航空機、そして175万トン以上の軍事食糧が日本領海の宗谷海峡(北海道と樺太のあいだ)を通過してロシアに輸送されていた。冬季に宗谷海峡が凍結した際は、北九州の対馬海峡をアメリカ輸送艦隊は通過してウラジオストクに入港した。そして、シベリア鉄道で輸送され最前線に届けられたのである。このとき、日本海軍は一切攻撃していない。これらの軍事物資はソ連軍がナチスドイツと戦争を行う上で重要な役割を果たしている。

 初見であるとまるで陰謀論であるかのように聞こえる「日本海軍が大東亜戦争中にアメリカ輸送艦隊の日本領海通過の安全を保障していた」という史実は、一つの法的解釈の違いによって説明できる。
 それは、「輸送に使われている船舶がアメリカ国籍なのかソ連国籍なのか」という議論であった。戦争中、外務省条約局は「アメリカで建造された船舶ならばアメリカ国籍であるから海軍は拿捕(だほ)すべきである。
 また、拿捕しても日ソ中立条約には何ら反しない」ものであると主張したのに対して、日本海軍は「積載物質がソ連の所有物ならその船舶はソ連籍である」または「ソ連の船舶であるという証明書を所持していたらアメリカ人が操船し、かつアメリカで建造された船舶でもソ連船舶である」という立場を堅持し、アメリカ輸送艦隊に日ソ中立条約が適用されるとの立場を崩さなかった(一応、現場が宗谷海峡でカーメネッボドルスク号、イングール号、アルコス号のソ連船舶3隻のみを拿捕したことがあったが、ヤコフ・マリク駐日ソ連大使の抗議を受けると海軍上層部は直ちに拿捕した船舶を釈放する弱腰姿勢を見せた)。
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アメリカ船舶をソ連船舶だという主張に対して外務省が「移転は原則として無効なるを以て拿捕没収を為し得るものと認む」と明確に回答していたことが分かる書面
via 著者提供

対ソ支援を続けた海軍の謎

 船舶の国籍が荷物で定義されることは当時も今もない。国際条約と国際法の専門である外務省に対して、海軍省は正面から「独自の法解釈」をしてロシアを支援し続けたのである。結果、このときに輸送された武器弾薬で間もなく対日侵攻作戦が開始され、多くの日本人が殺害されたのである。

 そもそも大東亜戦争開戦時には「ドイツが勝つ」という前提で国策が進められていた。ドイツ側も日本が対ソ支援を妨害してくれるという前提で、第2次世界大戦が勃発した後に軍事同盟を締結している。まさか「日本海軍がロシア支援を保障」という動きをするとは、日本陸軍もドイツも予想できなかったことであろう。
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日本海軍により謎の「対ソ支援」が敗戦の1つの要因となった―
 なぜ海軍が独自の法解釈をしてロシア軍を支援し続けたのかは、いまだ我が国では研究がされていない。というのも、陸軍とは違って海軍は戦争が終結すると多くの書類を破棄したため、内部の犯罪や当時の首脳部の意思決定の経緯等が不明なのである。

 例えば、陸軍は軍法会議の裁判記録が戦後も残っていたため、陸軍内部でどのような犯罪者がいたのかと一定範囲で今日も知ることができるが、海軍軍法会議の記録は残されていない。唯一残っているのは、海軍に出向していた司法省の検事が私的に裁判記録を一部謄写(とうしゃ)していた程度である。
 それによると、広島県呉鎮守府の海軍将兵の中に、当時非合法法化されていた日本共産党が工作員を送り込み「海軍細胞」という暗号を使い、反軍チラシを制作して配布し、検挙されたという事件があった。

 当然の話だが、共産主義が当時違法であっても、内務省所轄の特高警察や陸軍省所轄の憲兵隊の捜査権は海軍船舶や基地に及ぶことはない。そして、海軍内の犯罪記録は戦後に残されておらず、海軍はロシア支援を大東亜戦争中も継続していたという客観的事実は、何を意味するのか読者の判断に任せたい。現在の問題は、同種の行為をまた日本は繰り返そうとしている点である。

「ロシア支援は国益に資する」の過ち

 今回、日本国外務省がロシア経済制裁の「穴」を我が国に設定することでロシアの戦争継続能力の維持に貢献している動機は、二つ考えられる。
 一つ目は冒頭で佐藤議員が批判した欧州局長の言葉通り「ウクライナの戦争は対岸の火事」という認識であり、グローバルな視点がないこと。
 そして、二つ目は明確な「ロシア支援」の意図である。

 二つ目の意図をさらに分けて考えると、国会で堂々とウクライナ批判をし続けた野党議員のように「親露派」である可能性と、「我が国の安全保障上、ロシア支援を行っている」という可能性が考えられる。

 前者はもはやスパイであるため弁明の余地がなく国賊であるが、後者の視点であれば話は違ってくる。

 日本時間9日午前0時45分、バイデン政権が対ロ政策の発表をした。その内容はロシア産の化石燃料の輸入禁止であった。これを受けて、中東産油国は来月4月から石油卸価格値上げを発表した。ロシアは全世界3位の産油国であり、1日あたり約1万1000バレルを採掘している。これによって、原発を廃止して火力発電にシフトした欧州(特にドイツ)は経済的に困難が生じ、ユーロは下落している。我が国も東日本大震災以降、原発を止めており、化石燃料依存度は高い。

 このような中で「ロシアの息の根」を急進的に完全に止めてしまうことは、我が国のエネルギー政策上危険であるとの見解がある。しかし、2019年度の主要原油輸入先でロシアが占める割合は4.8%であり、天然ガスでも8.3%である。常識的に考えれば、この不足分は原子力で補うべく原発再稼働の議論をすべきところ、岸田政権はお得意の「検討する」というフレーズを用いることなく、ロシアからの輸入継続を決断した。政府のこの姿勢は、果たして国益になるのだろうか。
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「原発再稼働」や「非核3原則の議論」についてはなぜかお得意の「検討する」が出ない岸田総理
 もちろん、ロシアは撃墜不可能な超音速核ミサイルを配備しており、我が国が通常防衛をどのように揃えても、究極的にはロシアの軍事力に対応できる策はない。こうした我が国の状況を踏まえて「完全に息の根を止めること」に外務省が反対している、という見方もできるかもしれない。
 しかし、有事であるにもかかわらずウクライナ大使との面会を一定期間拒否し続けた外務省副大臣がいたように、行政府に潜む「親露派」の影が見え隠れしてはいないだろうか。

 エネルギーや安全保障で危機を迎えているのは欧州諸国も同じである。もし我が国が「ウクライナは対岸の火事」「日米安全保障条約とNATOは全く別物であるから関係ない」という外交方針をとるにしても、親露方針をとるにしても、いずれもが我が国の国益になるとは到底評価できない。

 ソ連崩壊時に北方領土を取り返すことさえできなかった「無能外交」どころか、敗戦の要因となった前述の「隠れた対ソ支援」の再来になるのではないかという一抹の不安をぬぐい切れない。

 なぜ、ロシア経済制裁の「穴」を日本国が提供しているのか、外務省はその意図を明らかにすべきである。佐藤議員による今後の議会質問を大いに期待したい。
橋本 琴絵(はしもと ことえ)
昭和63年(1988)、広島県尾道市生まれ。平成23年(2011)、九州大学卒業。英バッキンガムシャー・ニュー大学修了。広島県呉市竹原市豊田郡(江田島市東広島市三原市尾道市の一部)衆議院議員選出第五区より立候補。令和3(2021)年8月にワックより初めての著書、『暴走するジェンダーフリー』を出版。

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