白川司:「ロシア制裁」は効いているのか

白川司:「ロシア制裁」は効いているのか

世界各地で反ロシアのデモも活発化

制裁慣れしたロシア人でも…

 ロシアは2014年のクリミア併合以来、欧米からずっと経済制裁を受け続けている。それはじわじわと効いており、ロシア経済は決して明るいものではなかった。ところが、新型コロナウィルス感染のパンデミックが収束しはじめたのをきっかけに起こったエネルギー高や資源高が、ロシア経済を潤し始めた。

 ロシアが世界政治で再び存在感を見せ始めたのは、ドイツやイタリアなどEU諸国を初め、多くの国が天然ガスなどのロシア産エネルギーに依存し始めたためだ。

 また、シリア紛争を解決に導いたことが、中東におけるロシアの影響力を増している。ロシアはOPECの正式な加盟国ではないにもかかわらず、実質的なリーダーになっている。

 欧米が脱原発と再生エネルギーに舵を切る中で、そのつなぎ役というべき天然ガスで圧倒的な価格競争力を持つロシアの存在感は圧倒的である。

 確かに経済制裁は続いていたものの、それはあくまでマイルドな段階にとどまっている。ヨーロッパがロシア産天然ガスを進んで買っている以上、その制裁に「ロシアを抑え込む」といった意図は失われており、ロシア国民も「制裁慣れ」というべき状態に陥っていた。
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モスクワには「移動式ファストフード店」も
 だが、ウクライナ侵攻後に実施された制裁は、その比ではない。ドル決済システムSWIFTから排除され、外貨準備が凍結され、欧米企業が次々と撤退し始めている。

 つい昨日まで普通に買えたマクドナルドのハンバーガーが買えなくなるというのは、単に外食のレパートリーが減ったという以上に、ロシア国民の中に「自分たちは世界から孤立し始めている」という焦燥感を掻き立てるのに十分だろう。精神的にもじわじわと効いているのは間違いない。

 ロシア制裁が徹底的なものになるきっかけになったのが、2月25日の首都キーウ(キエフ)への侵攻だろう。

 ロシアと国境を接するウクライナ東部はロシア系の住民が多く、親露の雰囲気があるが、首都キーウはそれと逆に、まさにウクライナ系ウクライナ人の街である。その首都をロシア軍が侵攻したというのは、力による軍事制圧しようという意図があった象徴であり、国際法違反行為を決定づけるものとなった。

 ロシアが国境変更の意思を持っているとして世界は糾弾を始め、欧米はこれまでに例を見ない制裁を実施することにしたのである。

 ロシア側も制裁への準備していなかったわけではない。

 しかも、EUはロシアにエネルギーを4割ほど依存していると見られており、ロシアからのエネルギー輸入を止めたら、そのダメージはEUも受ける。とくにドイツやイタリアへのダメージは尋常ではなく、ロシアもそれほど過酷な制裁で足並みが揃うとは予想していなかったはずだ。

 だが、実際に、ドイツはロシアの念願だったノードストリーム2の稼働を拒否して、ロシアからのエネルギー輸入へも制限もかけることにした(SWIFTからロシアの主立った銀行が除外されたのだから、買いたくても支払い方法がなく、やがて実質的な禁輸に移行する)。

 それどころか、ドイツは対GDPで1%半ばだった防衛費を2%まで引き上げると、驚きの発表をしている。ロシアをドイツのエネルギー政策から排除して、仮想敵として徹底的に監視すると宣言したのも同然だろう。

制裁により生じる最悪の「副作用」とは

 今回の対露経済制裁は、むしろロシア人のほうが、その過酷さがわかっていないのかもしれない。なにしろ近年は「常に制裁されているのが当たり前」だったわけだから、それに何か追加される程度だろういう認識であったとしても仕方がない。

 だが、経済制裁中もロシアが国際貿易に大きく依存していた事実を考えると、あらゆる方面でドル決済から排除されれば、貿易はほぼ不可能になると言っていいだろう。

 また、穀物大国であるロシアは種子の4割を輸入に頼っている。貿易ができなければこの4割が入らないことになり、農業においても致命的な打撃を受けかねない。また、飛行機のメンテナンス備品が入らないことで、民間航空会社の運航が難しくなると見られている。

 つまり、この制裁で、ロシア経済はあらゆる面で機能不全に陥るのである。

 経済制裁にウクライナへの軍事侵攻を止める効果があるのは確かなのだが、ただし大きな副作用を持たすことを忘れるべきではない。

 それは、孤立に伴う情報統制の強化と、行動の過激化である。
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ロシア国内ではいまだに「大きな支持がある」とされるプーチン
 プーチン大統領は「フェイクニュースを発した者に15年の禁固刑を科す」という新たな法律を成立させている。また、海外に脱出するロシア人が増え続けており、移動の自由を制限する動きも見られる。さらに、ロシア政府はロシアのインターネットを世界から切り離そうとしている。

 そうなれば、ロシア人は国際情報から断絶させられて、制裁の苦しみから来る憎しみは、プーチン大統領から、やがて制裁を実施している欧米諸国へと向けられることになっていく。

 それでなくても、ロシアにはウクライナ軍事侵攻を「自衛の戦争」と信じている者が少なくないと見られ、制裁への不満が爆発すれば、ロシアは軍事力を裏付けに拡大主義へと走る可能性もある。

 すなわち、最悪のシナリオは、世界一の面積に、世界トップレベルの核兵器と世界有数の軍事力を持つ「北朝鮮」的な一大軍事大国が生まれることだ。もし、ロシアが北朝鮮化すれば、日本の安全保障にとってももちろんだが、世界の安全保障にも大きな影を落とすことになるだろう。

 ロシア人有力政治家や側近の財閥トップなどへの制裁は厳しく実施すべきだが、ロシア人庶民を苦しめるような制裁が長く続けば、それは世界秩序にとって好ましい影響を与えるとは限らないのである。

 制裁と同時に、対話の窓を常に開けて、ロシアを支援する中国などへの制裁も利用することで、ロシアを対話の場に引き入れることが重要だろう。「ウクライナから手を退くまで、とにかくロシアが苦しめろ」一辺倒では、逆効果にならないとは限らない。制裁を含んだ複数の方法でアプローチすべきだと考える。
白川 司(しらかわ つかさ)
評論家・翻訳家。幅広いフィールドで活躍し、海外メディアや論文などの情報を駆使した国際情勢の分析に定評がある。また、foomii配信のメルマガ「マスコミに騙されないための国際政治入門」が好評を博している。

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