【朝香 豊】RCEP妥結の吉と凶

【朝香 豊】RCEP妥結の吉と凶

via 首相官邸ウェブサイト

ASEAN諸国が望んだRCEP

 11月15日にRCEP(東アジア地域包括的経済連携)交渉が妥結し、日本・中国・韓国を含む15カ国が署名をした。中国が大きく関わる広域経済連携協定であり、手放しで喜ぶことはできない。特に最終段階でのインドの離脱により、日・豪・印の連携で中国の横暴を抑えるという日本の目論見が弱まったのは手痛いダメージだ。

 そうではあるものの、RCEPの成立には様々な意味がある。

 実はRCEPの成立を最も待ち望んでいたのはASEAN諸国であり、ASEAN諸国からの要望に日本が応えた色彩も強い協定である。ASEAN諸国はRCEP加盟国すべてとそれぞれ別々のFTA(自由貿易協定)を結んでいるから、一見するとRCEPを新たに結ぶ意味はほとんどないように見える。だが、それぞれの協定で言葉の定義が違っているために、実務面で混乱が生じているところもあるわけだ。

 例えばASEANが日本から材料を輸入した上でASEANで加工して中国やオーストラリアに輸出した場合に、ASEANで作った部分が何パーセントと考えるかの計算方法が、中国に輸出した場合とオーストラリアに輸出した場合で違っているというようなことが起きている。したがってこうした定義について統一した内容を定め、それをRCEP加盟国の間で共有化させたいというのがASEAN諸国の求めとして大きかった。

 またASEAN・中国FTAでは、中国の横暴にASEAN諸国だけで対抗するのは難しかった。だからここに日本などが加わることで中国への牽制ができる力をつけたいというのもASEAN諸国が求めていたことだったのである。

中国の目論見

 中国がもともと考えてきたのはEAFTAと呼ばれる「ASEAN+3(日本・中国・韓国)」であり、協議内容から知的財産権や投資の問題を除外して、ほぼ関税削減に集中するものであった。そうすると例えば、他国の知的財産権を侵害して安価に商品を作り、それで輸出を行えば、価格競争力が極めて高いことになり、これは中国に一方的に利益になる話だった。

 これに対して、日本が考えてきたのはCEPEAと呼ばれる「ASEAN+6(日本・中国・韓国・インド・オーストラリア・ニュージーランド)」であり、投資や知的財産権のあり方まで含むより包括的な経済協定であった。日本が加盟国を増やしたのは中国の横暴を抑えるためであり、特にインドとオーストラリアを加えることで中国を抑え込む力を高めようという思惑があった。

 RCEPはこのCEPEAとEAFTAの合作のような感じが出発点だが、投資や知的財産権のあり方まで含み、ASEAN+6となっていることからすれば、明らかに日本主導のCEPEAベースでまとめられているものである。「中国主導」というのは実は誤解だ。

 確かに交渉を早期にまとめるために、中国が積極的に動いたのは事実だから、「中国主導」に見えたのかもしれない。だが、そこには背景がある。

 日本を見た場合でも、最近はTPPとか日欧EPAとか日英EPAとか日米FTAなどの締結によって、世界の自由貿易体制にガッチリ食い込んでいるようになっている。そんな中で中国は世界の自由貿易体制からどんどん排除されるようになっている。このことに中国は危機感を感じてきた。だから中国はRCEPの締結を急ぎ、そのためには妥協的な姿勢も見せて日本などの要望をどんどん聞き入れていったのである。

インド離脱の理由と現時点での評価

 TPPなどに比べると妥結内容は決して高いものではない。それでもRCEPの知的財産権の内容には反対の声が上がっている。例えばRCEP締結によって使えるジェネリック医薬品が制限されるとして、「国境なき医師団」は反対する意見を述べている。効き目の高い新薬が開発された時に、開発費の回収のためにその薬が高額になるのはやむをえないだろう。すぐさまジェネリック医薬品が登場してもらっては困るのは当然だと思うのだが、薬を使う側の「国境なき医師団」からすれば、それは認められないということになるわけだ。それは裏返せば、RCEPではまともな知的財産保護が取られていることを意味する。

 したがって、RCEPの成立によって中国や韓国から知財を無視した海賊版が無関税でどんどん流れてくるというような話が一部で流れているが、それは誤解だ。

 RCEPによって関税が全般的に下がるとしたら、そのことの恩恵は日本の方がずっと多い。というのは、日本は自由貿易を推進する立場からすでにほとんどの品目について関税を課していないのであり、関税撤廃による国内への影響力は小さいからである。

 またRCEPは「緩い」と評価されているが、それはそれぞれの国で「敏感」だとされるものについては、関税によって守ることを相互に認めるようにしているからだ。それは裏返せば、自由貿易協定としてのレベルはさほど高いものではないということになる。

 インドが離脱した理由については、中国からの輸入が増えることへの懸念だと報じられているが、実は決してそれだけではない。実はインドが強く求めてきた人の移動の自由について、日本が最後まで消極的な姿勢を崩さなかったことにインドは大きな不満を持っているという側面もあるのである。したがってRCEP締結により一気に域内人口の流動化が進み、日本への移民が爆発的に増えると見ているとすれば、それは正しくない。

 ただ、現在アメリカが進める自由主義圏で経済連携体制を確立しようとするEPN(経済繁栄ネットワーク)構想からすれば、インドが参加しないRCEPの存在は邪魔にもなる。そういう点からもRCEPは手放しで喜べるものではない。それでも長年の交渉の経緯を含めれば、割とまともな形で妥結したと言えるだろう。
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朝香 豊(あさか ゆたか)
1964年、愛知県出身。私立東海中学、東海高校を経て、早稲田大学法学部卒。
日本のバブル崩壊とサブプライム危機・リーマンショックを事前に予測、的中させた。
現在は世界に誇れる日本を後の世代に引き渡すために、日本再興計画を立案する「日本再興プランナー」として活動。
日本国内であまり紹介されていないニュースの紹介&分析で評価の高いブログ・「日本再興ニュース」( https://nippon-saikou.com )の運営を中心に、各種SNSからも情報発信を行っている。
近著に『左翼を心の底から懺悔させる本』(取り扱いはアマゾンのみ)。

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