朝香豊:「天災」に追い込まれる習近平

朝香豊:「天災」に追い込まれる習近平

心なしかうつむき加減?
 一般的な捉え方では、中国の指導者として習近平は絶対的な地位を確保していて、終身皇帝のような形で今後も君臨し続けるのは揺るがないと思われているだろう。だが、実は習近平が来年秋に迎える党大会で引退に追い込まれる可能性も出てきているのではないかという「兆候」がいくつか出てきている。

 習近平は2016年に「党の核心」の地位を固め、2017年の党大会では次世代の若手の中から後継候補となる有力メンバーを政治局常務委員(最高指導部メンバー)に抜擢することをしなかった。2018年には憲法改正に踏み切って、2期10年までとされていた国家主席の任期制限を撤廃した。中国共産党内部には「68歳定年制」というものがあるが、これはあくまでも文書化されていない「慣例」にすぎず、この「慣例」を破りさえすれば、3期目以降も最高指導者の地位を保つことができる。そしてその方向に習近平がこれまで動いてきて、そのために「反腐敗」などを建前にした政敵の追い落としを行ってきたのは間違いない。

「洪水」が習近平を追い詰める

 そうでありながら、習近平が盤石であるとは思えない出来事が様々に起こっている。その一つは深刻な洪水に見舞われた河南省の被災地を調査する調査チームが李克強首相が率いる国務院によって結成されたことだ。調査チームは災害対応の全過程を厳格に調べた上で社会に対して説明を行うとし、官僚の過失、怠慢、汚職行為に対しては責任を追及することを強調した。

 これがなぜ習近平続投に対する逆風になるのか。それは河南省の共産党のトップ(党委員会書紀)である楼陽生が習近平の浙江省勤務時代の部下であり、習近平が抜擢した人物だからだ。
朝香豊:「天災」に追い込まれる習近平

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深刻な河南省の洪水被害
 さらに河南省の中でもとりわけ大きな被害のあった鄭州市の共産党のトップも、習近平の浙江省勤務時代の部下であった徐立毅で、彼もまた習近平によって抜擢された人物であった。彼らには今回の豪雨災害に関して重大な責任がある。

 しかも今回の激しい水害は、単に雨がたくさん降ったから起こったわけではない。ダムの決壊を恐れてダムからの放水を行いながら、放水前に住民たちにそのことを伝えなかったことによって被害が拡大したのである。道路が河のようになって自動車が流されていくような状況になりながら、避難勧告を事前に出すことを地元政府は怠っていた。

習近平の「子飼い」が招いた災害

 今回の水害では京広路トンネル内が完全に水没して、トンネル内に残された数千台の自動車が使えなくなると同時に、車の中に乗っていた多くの人たちが犠牲になった。鄭州市の地下鉄も車両の中で首まで浸かるほどの浸水がありながら、事前に運転が停止されることなく大惨事が発生した。京広路トンネルや地下鉄の内部の様子はSNSによって中国国内で広く拡散されていたから、今さらなかったことにはできない。こうした事態を生じさせた共産党幹部の責任を曖昧にすることは、さすがに国民感情的に許されないわけだ。

 この点を李克強を激しく突いたのである。そしてこのことに対してさすがに習近平も露骨に反対の声を上げることはできなかった。

 8月18日・19日に李克強首相は河南省の各地を回り、水害の状況を様々に観察した。だがこの様子は中国国内ではあまり大きくは報じられなかった。そこには習近平側の妨害があったのは間違いないだろう。
朝香豊:「天災」に追い込まれる習近平

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李克強が習近平を追込むか
 李克強の河南省訪問に続いて、8月20日には中国国務院の調査チームが河南省に入り、本格的な調査が開始された。このチームには水利学、気象学、地質学、交通運輸、住宅建設、緊急時対応、法律などの分野の専門家や中央規律検査委員会のメンバーも参加している。中央規律検査委員会のメンバーは習近平サイドに沿った動きを見せようとするのかもしれないが、それでも調査結果の事実認定をひっくり返すほどの動きはできないであろう。

 調査チームは鄭州市に専用の通報電話と郵便ポストを設置し、9月30日まで市民からの情報提供を受け付けるとしている。つまり調査期間は1ヶ月以上にわたって進められることになる。専用の通報電話の番号が発表されたことはSNSの微博(ウェイボー)上では2億回以上閲覧され、世間の関心の高さが伺える。公務員の職務怠慢行為については規律検査委員会に報告し、問責を委ねる形となるのである。

 調査チーム立ち上げが発表されたのは8月2日のことで、これは中国共産党の長老たちが年に1回集まる北戴河会議のまさに直前であった。今年の北戴河会議では来年秋の党大会で決まる人事についても扱われたのはまず間違いないところで、この調査チーム立ち上げが習近平に対する大きな牽制となったのは間違いないだろう。


 今後習近平が抜擢した人員が全くの無能であったことが確定すれば、それは当然そのまま習近平の正当性に影響を与えることになる。こういう点でこの調査が最終的にどのような報告を出すことになるのかは、非常に興味深い。

「反外国制裁法」香港適用の見送り

 ここに加えてもう一つ、かなり意外な事件が起きた。それは「反外国制裁法」に関わる話だ。

 今年の6月10日に中国では外国による対中制裁に対抗する「反外国制裁法」が成立し、即日実施となった。この反外国制裁法は香港にも適用されることになるのは確実視されていて、全国人民代表大会の常務委員会で(香港への適用が)8月20日に正式に承認されると見込まれていた。ところが全人代常務委員会は「この件についてより多くの見解に耳を傾ける意向」を突然示し、採用を見送ったのである。

 8月20日に正式に承認されると見込まれていたのは、習近平が望んでいたからに他ならない。譚耀宗・香港全人代常務委員も8月17日に、「反外国制裁法」には緊急かつ現実的な意義があり、金曜日(8月20日)に採決されると述べていた。

 香港で「反外国制裁法」が施行されると、香港に進出している外資系企業は中国と西側諸国との板挟みで明確にどちらかを選択せざるを得なくなる。その点で極めて重大な話であり、大いに注目されていた。最終的には中国はより現実的な対応を採用したということになるが、メンツを重んじる習近平が突然の心変わりをしたとは考えにくい。ここから中国トップの権力構造に変化が生じている可能性をどうしても疑ってしまうのである。
朝香豊:「天災」に追い込まれる習近平

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意外にも「反外国制裁法」が適用されなかった香港
 以上の話は習近平が来年の秋に必ず身を引くことになることを必ずしも意味するものではない。当然ながら習近平にしても様々な巻き返しを今後図っていくはずである。権力闘争は恐らくこれからも続くであろう。

 だとしても、次期党大会でも習近平体制が維持されることになるのは確定的だとは、現段階では言えなくなったのではないか。意外に習近平体制が崩れる可能性も出てきたことを、我々は感じておくべきではないかと思っている。
朝香 豊(あさか ゆたか)
1964年、愛知県出身。私立東海中学、東海高校を経て、早稲田大学法学部卒。日本のバブル崩壊とサブプライム危機・リーマンショックを事前に予測、的中させた。現在は世界に誇れる日本を後の世代に引き渡すために、日本再興計画を立案する「日本再興プランナー」として活動。日本国内であまり紹介されていないニュースの紹介&分析で評価の高いブログ・「日本再興ニュース」の運営を中心に、各種SNSからも情報発信を行っている。新著『それでも習近平が中国経済を崩壊させる』(ワック)が好評発売中。

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