【矢板明夫】権力闘争の生け贄

【矢板明夫】権力闘争の生け贄

 「華融資産管理有限公司の元会長、頼小民氏は収賄と重婚罪で死刑」

 年明け早々の1月5日、国営新華社通信や、中央テレビ(CCTV)などの中国の官製メディアがそろって大きく伝えたこのニュースを見て、共産党内の権力闘争が白熱化したことを実感した。

 2012年に登場した習近平政権は、「腐敗撲滅キャンペーン」を展開し、元最高指導部メンバーの周永康氏や、軍制服組トップの元中央軍事委員会副主席、郭伯雄氏ら多くの高官を失脚させたが、裁判で最終的に無期懲役などの判決が下されることがほとんどだった。権力闘争の敗者を死刑にしないのが共産党内の暗黙のルールだといわれている。ただ、例外もある。5年に1度開かれる党大会の年、またはその前の年に、必ず1人の局長級以上の高官が処刑されてきた。共産党関係者はこのことを「祭党旗」と呼んでいる。

 古代中国の戦争で、軍隊が出陣する前に、鶏や豚、あるいは事前に捕まえた敵側のスパイを軍旗の前で殺して、その血を神様に捧げて勝利を祈願する儀式がある。「祭軍旗」という。

 神様を信じない中国共産党の指導者たちは、党大会の前に汚職官僚を殺す理由はもちろん、その血を神様に捧げるためではない。党内に緊張感をつくり出し、非主流派に対し「変な動きをするな」と警告を与える意味があるといわれる。
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党幹部の死刑は「警告」?
 2007年以降、汚職などの容疑で処刑された局長級以上の高官は3人いる。第17回党大会(2007年)の前に、鄭篠萸・元国家食品薬品監督管理局長。第18回党大会(2012)の前に、許永邁・元杭州市常務副市長。第19回党大会(2017年)の前に、趙黎平・元内モンゴル自治区政治協商会議副主席がそれぞれ「祭党旗」の生け贄になった。

 彼らはいずれも特権階級の出身ではなく、自身の努力で高い地位に上り詰め、党内の主要派閥に属していないことが共通点だった。第20回党大会(2022年)を前にして、死刑判決を受けた今回の頼小民氏も全く同じだ。彼を守る党内の長老はいない。処刑しても党内の反発が少なく、政権運営に大きな支障が出ないと党指導部が判断したに違いない。

 中国メディアによれば、江西省の貧しい農家に生まれた頼氏は、子供の頃から勉強が得意で、地元で神童と呼ばれた。江西財経大学を卒業後、中国の中央銀行である中国人民銀行に就職し、その事務処理能力の高さが評価され、係長、課長と早いスピードで昇進し、習近平政権が発足した2012年に、50歳の若さで政府系金融機関、華融資産のトップに就任した。

 華融資産は政府系金融機関の不良債権を処理する国有企業で、頼氏には不良債権の中身を評価し、転売する値段と転売先を決める権限があった。優良資産を低く評価し、転売することが可能であるため、その周辺に多くの金融業者が群がり、頼氏にさまざまな便宜を図り、多額のわいろを贈ったとされる。

 頼氏は2018年4月に失脚し、同10月に党籍がはく奪された。その直後、党の規律部門はホームページで頼氏の罪状について「公費で宴会を開き、プライベートクラブや高級料理店に頻繁に出没。民営企業経営者の接待を受け、傘下企業による公費接待や家族旅行に参加した」と説明したが、それほど深刻な問題ではなく、その時点で、頼氏が死刑判決を受けることを予想する人はいなかった。

 しかし、その後、中国メディアは、頼氏の収賄総額が「17億元超」(約270億円)と伝え、彼を「史上最大の汚職官僚」と表現するようになった。さらに、頼氏には「100件余りの住宅物件を持ち、100人以上の愛人がいる」とも報じられた。具体的な話として「頼氏は同じ団地の中に愛人たちにそれぞれマンションを買い与えた。愛人たちの名前を覚えきれないため部屋番号で呼んでいた。その団地に行くと、中庭で走り回る子供たちはみんな頼氏の子供だ」と伝えるメディアもあった。

 このことについて、北京の人権派弁護士は「汚職したことも愛人がいたことも事実だと思うが、頼氏のイメージを悪くするために、官製メディアがその収賄額と愛人の数を膨らませた可能性が高い」と分析した上で、「国有企業のトップの仕事は激務で、100人以上の愛人を相手にできる時間があるとは思えない」とも指摘した。収賄と重婚罪で死刑という量刑について、「重すぎる」と批判する欧米の人権団体もあるが、「祭党旗」の犠牲者に選ばれた頼氏は、これからの二審、三審で、死刑判決が回避される可能性がほとんどない。
矢板 明夫(やいた あきお)
1972年、中国天津市生まれ。15歳の時に残留孤児二世として日本に引き揚げ、1997年、慶應義塾大学文学部卒業。産経新聞社に入社。2007年から2016年まで産経新聞中国総局(北京)特派員を務めた。著書に『習近平 なぜ暴走するのか』などがある。

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