【山口敬之】分断のアメリカ~メディアの失墜と高まる社会...

【山口敬之】分断のアメリカ~メディアの失墜と高まる社会主義への関心

凍結されたトランプ氏のアカウント

「全て」信用できなくなったメディア

 アメリカ大統領選挙は、前代未聞の大混乱を経て1月20日にバイデン政権が発足することが確実となった。しかし、混乱で生じたアメリカ国内の対立は、解決するどころか、逆に先鋭化しているように見える。
 
 共和党と民主党、保守とリベラルといった政治やイデオロギーの対立ばかりではない。白人と黒人、警察と民衆、ファクトとフェイク、信仰と懐疑、熱狂と無関心など、考えうるあらゆる対立軸が人々の実際の紛争の元となり、互いに深い軽蔑と憎しみを持つに至っている。

 アメリカは分断と憎悪の時代に入った。怒濤のように進行する断絶の底流にあるのは、メディア不信とネット情報の混乱である。

 大統領選挙の投票日前後に飛び交った様々な情報は、実に多様だった。

 ①バイデン陣営の汚職やスキャンダル
 ②選挙不正に関する情報
 ③要人の逮捕・拘束情報
 ④トランプの逆転勝利に関する情報

 特に②の選挙不正については、郵便投票を巡るニセ投票用紙の持ち込みや、選挙管理委員会の不正、投票集計システムに関する疑惑など、数多くの問題点が指摘された。

 流言飛語とは一線を画す宣誓供述書による不正の証言や、動かぬ証拠と見られるような動画が数多く提出されこともあり、トランプ支持者の間では実態解明と逆転勝利への期待が高まった。

 しかし大手メディアとインターネット業界は、検証すべき疑惑を含めトランプ陣営の選挙不正に関するほとんど全ての問題提起を黙殺した。

 例えばCNNやニューヨークタイムズなど、反トランプ色を鮮明に出している既存メディアは、トランプ陣営の不正の主張そのものを「Baseless」(根拠なし)と切り捨てる報道を続けた。TwitterやFacebookなどSNS大手が、投票日直前にバイデン陣営に不利になる情報とアカウントを次々と削除していた事も、トランプ支持者のメディア不信を加速させた。

 そして1月6日の連邦議会議事堂襲撃事件をきっかけに、Twitter社はついにトランプのアカウントを永久停止し、Facebookもトランプ氏が投稿できなくする措置をとった。これにはドイツのメルケル首相など国際社会からも「言論の自由への挑戦」として強い反発が出ている。
 さらに、こうした言論封殺に対抗して、トランプ陣営と支持者が緊急避難先としていた新興SNSパーラー(Parler)まで、Google、Amazon、Appleによる通信インフラとアプリ提供の停止によって事業停止に追い込まれた。
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停止に追い込まれたParler
 大手メディアのみならず、インターネット空間を支配する「Big Tech」までもが情報統制と言論封殺をあからさまに行う状況は、逆にトランプ支持者の結束を強める形となった。

 彼らは、「大手メディアとGAFA経由の情報は『全て』信用できない」と確信してしまったのだ。

 こうして段階的にメディアとGAFAへの不信と憎悪が積み重なっていったことが、③要人の逮捕・拘束情報の大量流布につながった。

 インターネット上で逮捕・拘束情報が流布された要人は枚挙にいとまがない。

 ジーナ・ハスペルCIA長官は「ドイツ・フランクフルトでの銃撃戦で負傷した上でキューバのグアンタナモ基地に収監された」と伝えられたし、議事堂襲撃事件の後、ナンシー・ペロシ下院議長は「押収されたパソコンから出た証拠を元に逮捕された」との情報が流布された。バイデン氏本人すら「選挙不正を巡って一時拘束され、足首に逃亡防止のためのGPS機器を取り付けられて釈放された」と言われた。

 従来多くの国民は、情報の真偽は「信頼できる」大手メディアがどう伝えるかで判断していた。そこには「新聞やテレビの伝える事は基本的に真実だ」との認識と、「ジャーナリストはいかなる不正や犯罪も見逃さない」という期待がベースとなっていた。

 しかし、そうした認識や期待が根底から崩れた今、「大手メディアと大手ネット会社が拡散を許可する情報は全く信用できない」という被害者意識が保守層を中心に蔓延し、それが根拠のない「流言飛語」に一定の信憑性を与えるという悪循環に入ってしまった。

 流言飛語がいくら荒唐無稽であっても、あるいは荒唐無稽であればあるほど、「大変な情報が入りました」という尾鰭がついて短時間に拡散される状態となっている。

 フェイクを排除するためには、個々の情報をジャッジし、虚偽情報を完全否定するだけの「権威」が必要だ。

 しかし、これまでジャーナリズムを標榜し、「情報の裁判官」の役割を果たしていたと思われていた大新聞すら、実は「バイデン支持者の集合体」「反トランプの旗振り役」であることが明確になった。例えて言うなら、「バイデンとトランプの相撲を観ていたはずが、行司も土俵もバイデンのために仕込まれていた」ということ。そんな落胆と怒りが、アメリカの民主主義の根幹を揺さぶっている。

報道されないナンシー・ペロシの「ダブスタ」

 アメリカ大統領選では、ブッシュJr.対ゴアの2000年の戦いや、2016年のトランプ対ヒラリー・クリントンの戦いでも、投票日後に大きな混乱が続いた。
 
 2016年の大統領選挙後の2017年5月、民主党のナンシー・ペロシ下院議長は

 「選挙はハイジャックされた」
 「不正は間違いない」
 「議会は民主主義を守るべきだ」

 とツイートし、トランプ大統領の当選を認めず、不正の追及を主張した。
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2016年の大統領選挙時は「不正があった」と訴えるペロシ氏のツイート
via twitter
 しかし、今回の大統領選における数々の不正の指摘についてペロシは「根拠がない」との立場で、CNNやニューヨークタイムズの主張に乗っかって黙殺を決め込んでいる。

 ペロシを巡っては、「大手メディアは民主党サイドについている」という書簡を同僚議員に送ったとの「情報」が取り沙汰されている。

 問題となっているのは、大統領選挙が佳境に入っていた昨年8月、オレゴン州ポートランドの市長テッド・ウィーラーに対して、ペロシが下院議長名で送った署名付きの書簡だ。

 この中でペロシは、ポートランドで起きたデモは「平和的で問題がなかった」と主張するように求め、そういう言動を「メディアは支援する」と明言しているのだ。
 
 ここで提起される問題は3つある。

 ①下院議長のペロシがなぜオレゴン州の暴動処理に関与したのか
 ②なぜ事実確認を求めず、市長に「問題なし」と言わせようとしたのか
 ③ペロシはなぜ「メディアは味方である」と明言したのか
著者提供 (4347)

ペロシがポートランド市長に送った疑惑の書簡
via 著者提供
 もちろん、この書簡が本物かは、しっかりと検証する必要がある。しかしペロシが本当にこの書簡を書いたのなら、浮かび上がる闇の深さは底知れない。

 大手メディアでこの書簡について掘り下げた報道をしたという話は、寡聞にして聞かない。そしてペロシ自身も、自らの名誉を著しく毀損(きそん)するような情報にもかかわらず、抗議や法的アクションをとったという話も聞かない。

「ペロシ書簡」にいみじくも書かれているように、「民主党に不都合な情報はメディアが黙殺してくれる」という仮説が、俄然真実味を帯びてくるのである。

書店に発見した「癒し」

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米国の大手書店チェーン「バーンズ&ノーブル」
 私はこの年末年始、アメリカ東海岸で大統領選後の混乱を各地で取材した。大手メディア、ネット情報、政治家のツイートといった主要な情報ソース全てに対して、徹底的に懐疑的な姿勢で臨まなければならない毎日は、大変息苦しいものだった。

 そんな時、貴重な情報源となり、また癒しの空間ともなったのが、書店と図書館である。

 私は時間が出来ると最寄りに書店がないか探した。ネット通販の普及でアメリカの書店も縮小傾向にあるが、「バーンズ&ノーブル」というチェーン店は大きめの地方都市なら大体見つかる。コロナ禍でガラガラの店内は、ゆったりとした時間が流れていて、イガイガとした神経を宥めてくれるように感じたので、足繁く通った。

 そしてある時、その癒しの本質は、書店には露骨な流言飛語の類がほとんど存在しないからだと気がついた。

 民主主義を苦しめるフェイク情報の多くは、まずネット空間で第一報が発せられ、匿名やニックネームのアカウントのSNSで瞬く間に拡散される。

 しかし書店に並んでいる本は、著者が実名と顔写真を晒し、一定の時間をかけて執筆したものがほとんどだ。著者が情報収集と分析に掛けた時間と知性、言い換えれば情報発信者の真剣味が、書棚からヒシヒシと伝わってくる。これがネット情報との違いだ。

高まる社会主義への関心

 1年ぶりにアメリカの書店をじっくり覗いてみて、一番驚いたのは、社会主義に関する本が急増していることである。書店でSocialismという言葉をタイトルに含む本を検索してみると、その7割がこの2年間に出版されていることがわかった。

 中でも私の目を引いたのが次の3冊である。

  ※2021年1月現在、いずれも邦訳は未発売です(編集部)
①アメリカ社会主義合衆国

①アメリカ社会主義合衆国

著:ディネシュ・ダウザ
via 著者提供
 インド系移民のダウザは政治系の評論や著作、映画制作で知られた人気作家だ。表紙にバーニー・サンダース、アレクサンドリア・オカシオ・コルテス、エリザベス・ウォーレンといった民主党左派の著名な政治家の似顔絵を並べた本書で、ダウザは社会主義こそ歴史上最悪の思想で、そこには必ず人権抑圧が伴うと断罪している。
②覚醒する社会主義者

②覚醒する社会主義者

著:ジョン・B・ジュディス
via 著者提供
 移民やグローバリゼーションに関する著書で知られるジュディスは、世界中の人々がコロナ禍で資本主義市場経済の限界を思い知り、社会主義を志向するようになったと指摘。彼自身が社会主義活動家であることを割り引いても、アメリカでは長く敵視されてきた社会主義が、肯定的なイメージに転換しつつある現状の分析としては、一定の説得力がある。
③民主主義の死に方

③民主主義の死に方

共著:スティーブン・レブツキー、ダニエル・ジブラット
via 著者提供
 第2次世界大戦前のドイツのナチズムから、戦後のハンガリー、トルコ、ベネズエラなどで、一見民主的な選挙制度の元で独裁的あるいは専制的政権が誕生する過程をつぶさに観察してきたレブツキーとジブラットは、「現代において民主主義が破壊されるのは、革命や軍事クーデターといった爆発的事象ではなく、継続的な囁きによってである」と看破する。

 そして、悪意ある囁きによって、最初に崩壊していくのは司法システムや警察、そしてメディアだというのである。

 今回の大統領選で観察された多くの事象がこうした指摘に怖いほど当てはまるだけに、この警告は日本を含む全ての民主主義社会の住民の傾聴に値する。

書店には「資本主義」が生きていた

書店が癒しになる理由はもう1つある。当たり前のことだが、読者が否定的な受け止めをしても、本自体は感情的な反応をしない。選挙不正に関心を持ってもバイデン支持の本から陰謀論者呼ばわりされる事はないし、トランプの敗北を認定した途端、トランプ支持の本から罵倒されることもない。本は本棚にあって、植物のように佇んでいるだけだ。

 フェイクと誹謗中傷に満ちたネット空間で自分の居場所が見えなくなったら、私は本屋か古本屋に行くことにしている。 

 しかし、そんな良心の砦のような書店にも残酷な現実はある。ワシントンDCのベッドタウン、メリーランド州ロックビルの書店では、バイデン政権の行方に関する本が書庫を賑わせていたが、同じ書庫の低い目立たないところに、派手な装丁の本が置かれていた。
著者提供 (4359)

トランプ関連本は書棚の下部に…
via 著者提供
「猛攻撃」と名付けられた本の表紙には、猛り立つトランプの5枚の写真が並べられ、その下に副題がデカデカと書かれている。

「トランプは左翼を粉砕し必ず勝つ!」

 白人低所得者層が多いと言われるトランプ支持者が手に取りやすいよう、編集者が扇情的な装丁にしたのだろう。 
 しかしその表紙の右肩に、「5割引」のシールを見つけた。他のトランプを賛美する本にも、例外なくこのシールが貼られていた。

 少なくともアメリカの書店では、いまだ資本主義の論理が健在のようである。
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トランプ本には50%OFFのシールが…
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山口 敬之(やまぐち のりゆき)
1966年、東京都生まれ。フリージャーナリスト。
1990年、慶應義塾大学経済学部卒後、TBS入社。以来25年間報道局に所属する。報道カメラマン、臨時プノンペン支局、ロンドン支局、社会部を経て2000年から政治部所属。2013年からワシントン支局長を務める。2016年5月、TBSを退職。
著書に『総理』『暗闘』(ともに幻冬舎)がある

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この記事へのコメント

NoName 2021/1/20 21:01

大統領選の勝ち負け:勝てば官軍負ければ賊軍の論調。選挙は民意を問うための試みのはずが、負けたらすべてを失うというような捉え方になっている。民が主役じゃなかったでしたっけ?民の存在が希薄化されていくことに対する憤りは、どちらの陣営の民も感じているのではないか。

山口敬之  2021/1/18 08:01

a siimo様、

> 不正は不正のままで終わらせるわけにはいかない

本当にそう思います。トランプ陣営が「結果をひっくり返すほどの不正を期限内に証明できなかった」からと言って、「不正はなかった」かのように振る舞っている人が多いのは驚きます。

不正を暴き再発を予防する作業が今後どこまで真剣に行われるか、アメリカの民主主義の力が問われていると思います。

山口敬之 2021/1/18 08:01

kurenai様、

アメリカメディアの「囁き」は露骨過ぎて馬脚を表しているようにも感じます。残念ながら日本も似たり寄ったりですね。

山口敬之 2021/1/18 08:01

「ホッとした人」様、

アメリカのお土産店でも、トランプグッズは軒並み半額の叩き売り状態でした。しかし店の人によると、バイデン・ハリスグッズも、非常に低調との事。アメリカ人のサイレント・マジョリティーが政治の混乱そのものに背を向けているのかもしれません。

a siimo 2021/1/17 12:01

アメリカは、自由で民主主義の国であり、アメリカンドリームを具現化できる
イメージを持っていた。特に60代の私たちにはアメリカのグッズやアイビーにあこがれた。
そのアメリカがDS+ccpによる社会主義化してようとは、夢にも思わないし、
あるわけがないと思っています。
今回の不正は明らかに、メディアと民主党のタッグで仕組まれたもので、CIAやFBIまでもが
汚染されているとは、各州の知事もお金には弱いということをさらけ出した。
大国の末期症状なのかもしれない。それはCCPも同じだ。トランプは唯一、アメリカを原点回帰
をしてくれる希望であった。しかし、DSなどの富裕層には気に入らなかったのかもしれない。
しかし、不正は不正のままで終わらせるわけにはいかないと思うし、問題点を指摘して、日本にも全く当てはまることをジャーナリストとして警告を鳴らし続けてほしい。

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