台湾のみならず、日本や東アジア、いや世界中に影響を及ばす選挙が事実上、始動した。2024年1月に行われる台湾総統選である。
1月15日、与党・民進党の主席に頼清徳(らいせいとく)副総統(63)が当選。ほかに立候補者はなく、事実上の信任投票だった。蔡英文・現総統が支持しているとされた陳建仁(ちんけんじん)・元副総統(71)や、鄭文燦(ていぶんさん)・前桃園市長(55)らは立候補しなかった。来年の総統選を民進党は立法委員、台南市長、行政院長、副総統を歴任してきた頼氏で戦うことが事実上決定したのである。
私は、頼氏の民進党主席就任に正直、ほっとした。台湾の自由と民主主義を中国から守る固い決意を持つ頼氏は、中国が最も忌(い)み嫌い、同時に日本との関係は極めて濃厚な政治家だ。昨年7月、安倍晋三元首相の通夜と葬儀に何をおいても駆けつけてくれたのが頼氏である。国葬儀にも参列するのは確実だったため、中国の反発を恐れた林芳正外相の指示で外務省はわざわざ「総統、もしくは副総統の参列はご遠慮頂きたい」との意向を台湾側に伝えた経緯がある。つまり前述のように〝台湾政界を代表する親日派〟なのだ。
しかし、頼氏には、蔡英文総統との関係で懸念材料があったのも事実である。2019年、翌年に総統選を控えていた蔡英文氏は〝どん底〟に追い込まれていた。経済失政をはじめ、国民の支持を失っていた蔡英文氏は、中国との融和を掲げる国民党の韓国瑜(かんこくゆ)・高雄市長に大きく水をあけられ、世論調査では実にダブルスコア以上の差がついていた。
危機感を強めた民進党内で、医師でもある人気の台南市長・頼氏への総統選出馬を求める動きが大きくなった。「このままでは民進党の敗北は確実。立候補の決意を」と仲間たちに推された頼氏は2019年3月、ついに民進党の総統候補へ名乗りを上げた。最悪の状態の蔡英文氏と人気の頼清徳氏との「差」は歴然としていたが、蔡氏は民進党の候補者決定の党内予備選を2度にわたって延期させる奇策に出た。
頼陣営は激怒するが、その延期の間に逃亡犯条例改正問題に端を発する香港民主化運動が火を噴き、事態が一変する。2019年6月16日、香港民主化運動は「200万人デモ」にまで発展し、これに呼応した中国の弾圧も先鋭化。多くのケガ人や自殺者が生まれ、世界の耳目が香港に集まることになる。
1月15日、与党・民進党の主席に頼清徳(らいせいとく)副総統(63)が当選。ほかに立候補者はなく、事実上の信任投票だった。蔡英文・現総統が支持しているとされた陳建仁(ちんけんじん)・元副総統(71)や、鄭文燦(ていぶんさん)・前桃園市長(55)らは立候補しなかった。来年の総統選を民進党は立法委員、台南市長、行政院長、副総統を歴任してきた頼氏で戦うことが事実上決定したのである。
私は、頼氏の民進党主席就任に正直、ほっとした。台湾の自由と民主主義を中国から守る固い決意を持つ頼氏は、中国が最も忌(い)み嫌い、同時に日本との関係は極めて濃厚な政治家だ。昨年7月、安倍晋三元首相の通夜と葬儀に何をおいても駆けつけてくれたのが頼氏である。国葬儀にも参列するのは確実だったため、中国の反発を恐れた林芳正外相の指示で外務省はわざわざ「総統、もしくは副総統の参列はご遠慮頂きたい」との意向を台湾側に伝えた経緯がある。つまり前述のように〝台湾政界を代表する親日派〟なのだ。
しかし、頼氏には、蔡英文総統との関係で懸念材料があったのも事実である。2019年、翌年に総統選を控えていた蔡英文氏は〝どん底〟に追い込まれていた。経済失政をはじめ、国民の支持を失っていた蔡英文氏は、中国との融和を掲げる国民党の韓国瑜(かんこくゆ)・高雄市長に大きく水をあけられ、世論調査では実にダブルスコア以上の差がついていた。
危機感を強めた民進党内で、医師でもある人気の台南市長・頼氏への総統選出馬を求める動きが大きくなった。「このままでは民進党の敗北は確実。立候補の決意を」と仲間たちに推された頼氏は2019年3月、ついに民進党の総統候補へ名乗りを上げた。最悪の状態の蔡英文氏と人気の頼清徳氏との「差」は歴然としていたが、蔡氏は民進党の候補者決定の党内予備選を2度にわたって延期させる奇策に出た。
頼陣営は激怒するが、その延期の間に逃亡犯条例改正問題に端を発する香港民主化運動が火を噴き、事態が一変する。2019年6月16日、香港民主化運動は「200万人デモ」にまで発展し、これに呼応した中国の弾圧も先鋭化。多くのケガ人や自殺者が生まれ、世界の耳目が香港に集まることになる。
これらの事態を見て、台湾世論も沸騰。中国との融和を図る国民党への支持が一挙に萎んでしまったのだ。6月下旬に行われた世論調査では、蔡英文氏は国民党の韓国瑜氏に対して、逆にダブルスコアの支持率の差をつけたのである。蔡氏は民進党内でも支持を回復し、一挙に民進党の総統選候補としての地位を勝ちとったのだ。
「蔡英文氏は副総統候補に頼氏を指名して党内融和をはかりました。頼氏は副総統を受けるかどうか、最後まで迷いましたが、これを受諾。結局、蔡氏は香港民主化運動のアト押しを受けて2020年の総統選で817万票という史上最高得票で国民党の韓国瑜氏に圧勝。しかし、蔡氏は親しい人間に〝私の人生で頼氏に追い詰められたこの何カ月間ほど苦しいことはほかになかった〟と打ち明け、頼氏への複雑な思いを隠さなかったのです。蔡総統は自分の後継に鄭文燦・前桃園市長や、陳建仁・元副総統など〝頼氏以外〟を考えてもいましたが、やはり実力者の頼氏を外すことはできませんでしたね」(民進党関係者)
問題は本番の2024年総統選である。国民党は朱立倫(しゅりつりん)主席か、人気の侯友宜(こうゆうぎ)・新北市長か。また、第3勢力として台湾民衆党主席の柯文哲(かぶんてつ)・前台北市長の出馬も取り沙汰されている。在台記者によれば、
「柯文哲氏が出馬した場合、民進党、国民党のどちらの票を食うか。これはやはり民進党の頼氏に、より痛いと思われます。これまでは、総統選といえば宋楚瑜・親民党主席が出馬し、保守票の国民党票を分裂させていましたが、今度は違います。柯文哲氏が出れば、明らかに頼氏に打撃でしょう。11月に民進党が統一地方選で惨敗したあと、翌12月の世論調査では頼氏が29%、国民党の侯友宜氏は38%でした。民進党には〝国政選挙になれば国民党には負けない〟との自信がありますが、今回ばかりは中国による反頼清徳キャンペーンが功を奏するかもしれませんよ」
「頼清徳政権は中国の侵略を呼び込む」とのネガティブキャンペーンは今後、凄まじいものになる。だが、頼氏以外では中国の要求や圧力、ごり押しを撥ねつけることは不可能だろう。東アジアの自由と民主主義は〝信念の人〟頼氏の踏ん張りに懸かっている。
「蔡英文氏は副総統候補に頼氏を指名して党内融和をはかりました。頼氏は副総統を受けるかどうか、最後まで迷いましたが、これを受諾。結局、蔡氏は香港民主化運動のアト押しを受けて2020年の総統選で817万票という史上最高得票で国民党の韓国瑜氏に圧勝。しかし、蔡氏は親しい人間に〝私の人生で頼氏に追い詰められたこの何カ月間ほど苦しいことはほかになかった〟と打ち明け、頼氏への複雑な思いを隠さなかったのです。蔡総統は自分の後継に鄭文燦・前桃園市長や、陳建仁・元副総統など〝頼氏以外〟を考えてもいましたが、やはり実力者の頼氏を外すことはできませんでしたね」(民進党関係者)
問題は本番の2024年総統選である。国民党は朱立倫(しゅりつりん)主席か、人気の侯友宜(こうゆうぎ)・新北市長か。また、第3勢力として台湾民衆党主席の柯文哲(かぶんてつ)・前台北市長の出馬も取り沙汰されている。在台記者によれば、
「柯文哲氏が出馬した場合、民進党、国民党のどちらの票を食うか。これはやはり民進党の頼氏に、より痛いと思われます。これまでは、総統選といえば宋楚瑜・親民党主席が出馬し、保守票の国民党票を分裂させていましたが、今度は違います。柯文哲氏が出れば、明らかに頼氏に打撃でしょう。11月に民進党が統一地方選で惨敗したあと、翌12月の世論調査では頼氏が29%、国民党の侯友宜氏は38%でした。民進党には〝国政選挙になれば国民党には負けない〟との自信がありますが、今回ばかりは中国による反頼清徳キャンペーンが功を奏するかもしれませんよ」
「頼清徳政権は中国の侵略を呼び込む」とのネガティブキャンペーンは今後、凄まじいものになる。だが、頼氏以外では中国の要求や圧力、ごり押しを撥ねつけることは不可能だろう。東アジアの自由と民主主義は〝信念の人〟頼氏の踏ん張りに懸かっている。
かどた りゅうしょう
1958年、高知県生まれ。作家、ジャーナリスト。著書に『なぜ君は絶望と闘えたのか』(新潮文庫)、『死の淵を見た男』(角川文庫)、『疫病2020』(産経新聞出版)など。『この命、義に捧ぐ』(角川文庫)で第19回山本七平賞を受賞。最新刊は『日中友好侵略史』(産経新聞出版)。
1958年、高知県生まれ。作家、ジャーナリスト。著書に『なぜ君は絶望と闘えたのか』(新潮文庫)、『死の淵を見た男』(角川文庫)、『疫病2020』(産経新聞出版)など。『この命、義に捧ぐ』(角川文庫)で第19回山本七平賞を受賞。最新刊は『日中友好侵略史』(産経新聞出版)。