右も左も「反政府」状態

 欧州統合の名のもと、ドイツの古き良き制度が浸食され、ドイツ人の嫌政府的感情が高まっている。レベルの高かった学校教育制度、高い技能を持つ人材を育てた職業訓練制度、雇用者保護を第一にした社会市場主義に則った労働市場政策は、虫の息だ。「ハルツⅣ」で脱社会民主主義への舵切りが明確化した元シュレーダー首相(社会民主党)の2005年の労働市場政策。新たな社会不安を生んだメルケル首相の2015年の大量移民政策。そして現在、抑圧的なコロナ対策下に置かれた国民の政府への不信と不満は極限に達している。

 このような傾向は最近欧州全域に展開し始め、BLM(ブラック・ライブズ・マター)運動のような過激化の兆候を見せつつある。反コロナ対策が主流だが、他にもフランスの国家安全保障法への抗議デモとデモ隊と警察の衝突、ロシアのアレクセイ・ナバリヌイ氏に対するロシア当局によるものといわれる毒殺未遂事件を機に起こったものなど理由は一様ではない。しかし、どのデモにも共通しているのは《反政府》である。

 デモの参加者は、陰謀論者や極右かもしれないし、正当な政府批判を行う普通の市民かもしれないし、革命により国民国家を崩壊させ世界政府のようなものを目指すような輩かもしれない。重要な事実は、これらのデモには、動機の如何にかかわらず、その頻度と規模において、国民を分断し、国家を内部から不安定化させ、国家安全を根底から揺るがす力が内在しているということである。

 今や、左翼も、右翼も、保守主義者も《反政府》を唱えている。より良い社会をめざすはずの市民運動は、何故か過激化し、国家転覆へとつながる恐れまで出てきてしまう、と事態は異常だ。こういった欧米の大混乱で漁夫の利を得るのは他でもない中国共産党である。
【ライスフェルド・真実】言論封殺・不法移民・学校崩壊…...

【ライスフェルド・真実】言論封殺・不法移民・学校崩壊…失われる古き良きドイツ(前編)

ドイツでのデモの模様

「反コロナ」の動き

 中共の国家戦略に深く関わる中国人民大学の学者の翟東昇(てきとうしょう)氏が、ウォール街と中国共産党の蜜月関係を〝うっかり〟公表した(2020年11月28日、「世界レベルの社会主義の新たなシンクタンクを構築すること」が目標だという上海社会科学院系の動画配信サイトがライブ配信した討論会にて)。

 昨年の米の大統領選挙は、中共の浸透の深さを物語っていた。共産主義の侵略は、もはや〝音を立てて〟世界中に迫っており、国家を分断しながら我々の自由を脅かしている。

 独ニュース番組『ターゲスシャウ』のユーチューブライブ配信「国会議事堂を襲撃──バイデンは米国の民主主義を復活させることができるか?」(2021年1月10日)で、「選挙詐欺」と書いたチャットが目の前で削除された。法的根拠は、メルケル首相が推進した2017年10月1日に発効された《ネットワーク規制法》だ。ネットメディアの運営者は、「フェイクニュース」「ヘイトスピーチなどの悪意のある表現」「テロリストのコンテンツ」に関するものを削除する義務が法律で定められた。独メインメディアも米と同様で「選挙詐欺」はNGワードである。

 あのメルケルでさえトランプ氏のアカウント凍結を批判したと、世界は驚いたようだが、「私企業ではな国家なら検閲権がある」というのが彼女の見解である。中共は、ファーウェイの新技術インターネットプロトコール(「New IP」)を国連の国際電気通信連合に推薦中だ(FAZ電子版/2020年1月11日)。ちなみに、この国連団体の代表は、中国人の趙厚麟(ちょうこうりん)氏である。

 私企業の独裁への叱責は、売り込みを有利にするかもしれない。GAFA(グーグル・アップル・フェイスブック・アマゾン)の根本問題は「独占」なのだから、独禁法で解決すべきだろう。そもそも「検閲権は誰にあるのか」など、自由の観点からあってはいけない問いである。

 昨年11月のロックダウン以降、「Verhältnismäϐigkeit」という言葉がよく聞かれるようになった。新コロナ対策は、経済的損失や自由の剝奪と照らし合わせて「割に合っているのか」という法律用語だ。

 「コロナで(an)」(コロナが死因)と「コロナと(mit)」(死亡時コロナ陽性)の死者の大多数は持病を患っていたり、要介護状態にあるような、平均寿命前後の高齢者なのに、介護施設等での検査が徹底されていない中、なぜ小売店など全てを休業しなければならないのか、という怒りの声が上がっている。

 このような状況下、シュトットガルトのIT起業家、ミヒャエル・バルヴェック氏は「Querdenken711」(水平思考する人=メインメディアの主張に流されず考える人の意、以下Querdenker)というデモ組織を立ち上げ反コロナデモを全国で展開した。政府のコロナ対策は自由権(基本的人権)の侵害であるとし、反マスク、反ロックダウン、反ワクチン等を掲げ、抗議の声をあげている。

埋もれる市民の声

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ロックダウンに抗議するドイツの人々
 「Querdenker」は極右だと伝えられている。デモの参加者が、反国家団体の認定を受けている≪帝国臣民≫と呼ばれるカルト右翼グループの旗を掲げていたことが根拠とされている。連邦憲法擁護庁は同団体を監視し、団員数は2万人弱と予測しているが(ドイチェ・ヴェレ電子版/2020年12月9日)、実際の数は不明らしい。《帝国臣民》は、現在の連邦政府の正当性を拒否し、「第三帝国」を含む「1871年から続くドイツ帝国」を支持し、独自のパスポート、身分証明書などを持ち、税金も拒否している、という(FAZ電子版/2016年11月17日)。

 ナチスアレルギーのドイツ人には、これだけで即NGだ。メディアは、「Querdenker」はマスクなしで、ソーシャル・ディスタンスも守らずデモを行う「コロナエゴイスト」「コロナ否定者」「陰謀論者」と伝え、暴力的シーンを繰り返し報じた。結果、彼らに対する国民の嫌悪はどんどん高まっている。

 筆者はこのデモに偶然遭遇したことがあった。参加者に話しかけてみると、彼女は小さなダンス教室を経営している女性で、「メディアで流されていることはみんな噓よ。正しい情報はここで見られるわ」と、あるSNSを教えてくれた。このデモでは、殺伐とした雰囲気もなく、報道されたような暴力的なシーンは見られなかった。

 スイスのバーゼル大学の社会学者、オリバー・ナハトウェイ教授らが「Querdenker」についての社会調査を行った結果、「極めて多様な参加者の半数弱は左翼的だ」という驚きの研究結果が出た(FAZ電子版/2020年12月4日)。これは「暴力の源は、実は左翼から出ていた」(エポックタイムス・ドイツ語電子版/2020年12月15日)、米議事堂の乱入事件と同じ構図である。

 3割強は大卒で、圧倒的に自営業者の割合が高いという。インタビューを受けたほとんどの人が「今の社会は『様々なマイノリティー』に対する配慮が行き過ぎている」と答えている。典型的な中間的市民層の感覚である。

 左右の暴力的過激派が常識的市民に混在することで、デモグループが反社認定され、デモの訴えの正当性が挫かれ、最終的に本来の市民の声が埋没させられてしまう状況を生んでいる。「Querdenker」の訴えと前述の「Verhältnismäϐigkeit」は実は大変似ているのだが、《陰謀論者で反社》の「Querdenker」が訴えると、世論から即座に拒否されるような構造ができ上がる。常軌を逸したロックダウンに疑問を感じても、「Querdenkerと同じになってしまう」からといった雰囲気が蔓延するのだ。

封殺される言論

 同じことが、ワクチン解禁後にも起こっている。ザラ・ヴァーゲンクネヒト氏(左翼党)は、自身のユーチューブ動画(「コロナワクチン? いいえ結構です!」/2021年1月14日)で、ワクチン接種を拒否した介護施設員が、上司からの圧力を受け、退職に追い込まれた例を紹介。メディアによるワクチン反対論者への≪反社認定≫はフレーミング効果(強調する枠組みを変えることで人々の認識に変化が現れる心理現象)を呼び、個人の選択の自由が深刻に脅かされている現実が浮き彫りになっている。

 氏は、「左翼の本来の目的は社会的弱者の福祉の改善であるべき」とし、「アカデミズムに陥り」「不寛容で」「似非リベラル」という現在の左翼のエリート主義化を糾弾する本物の左翼である(ベルリーナー・ツァイトゥング/2020年2月4日)。
 ドイツを分断した2015年の大量移民の問題も同じだ。移民批判の焦点は「制御されない不法移民の流入」というまっとうなものであった。しかし、移民政策に反対する者には、≪ナチ≫≪人種差別主義者 ≫≪イスラムフォビー(イスラム恐怖症)≫などのレッテルが貼られた。一方で移民賛成派は、左翼、緑の党だが、欧州外からの熟練労働者が必要になるとの観点から、経営者団体連盟(BDA)のインゴ・クラマー会長も賛成していた。

 政治家として異議を唱えたのは、元社会民主党(SPD)のティロ・ザラツィン氏、元キリスト教民主同盟(CDU)のエリカ・シュタインバッハ氏、チュービンゲン市長のボリス・パルマー氏(緑の党)等。前者2人は離党を余儀なくされ政治家生命を失い、パルマー氏は同僚から離党を要請されている(FAZ電子版/2020年12月15日)。

 反移民を主張することは社会的抹殺を意味する。メルケル政権の左傾化政治に危機感を覚えたCDU内の保守派が「ドイツのための政治的転換」を掲げ、2017年、「WerteUnion」という協会を立ち上げた。公式な支部としては容認されていないが、短期間で会員数が4千人に上るなど、注目が集まっている。

 「WerteUnion」の重鎮である、元独連邦憲法擁護庁長官のハンス─ゲオルグ・マーセン氏は「我々の民主主義はどれほど安全なのか」という講演で、「移民、愛国、ドイツ文化」など、ドイツには明らかにタブーとされているテーマが存在する、とドイツにおける表現の自由の危機に警鐘を鳴らしている。

 2015年末にケルンで起こった難民による大量レイプ事件あたりから、社会不安が高まり、世論も移民政策に疑問を呈するようになった。シュピーゲル紙は「移民増加による暴力的犯罪の増加」という記事で、シリア人、イラク人、アフガニスタン人に比べ、北アフリカ出身者の犯罪が特に目立つといった調査結果を紹介した。前者が戦争難民で滞在許可の出る可能性が高く、後者は経済難民で、初めから在独のチャンスの低いことが原因だという(シュピーゲル電子版/2018年1月3日)。

 移民危機後、CDUは国民の信頼を失い、〝他に投票する党がない〟支持者が「ドイツのための選択肢」(AfD)に流れたと言われている。AfDは、移民流入の促進は、低学歴の国内労働者の「賃金ダンピング(不当な賃金低下化)」につながると主張。同じ理由で、筋金入りの左翼として名高いシュレーダー政権下で財務大臣を務めたオスカー・ラフォンテーン氏(元SPD、現左翼党)も反移民を掲げているのは興味深い。

 AfDは、保守的穏健派からラディカルな民族主義者まで幅広い党員や支持者がいるため、メディアの「ナチ」のレッテル貼りの恰好の餌食となっている。保守的で常識的な中間層のための政策を掲げても、人前で「AfDは正しい」と全く言えない雰囲気なのだ。

崩壊する学校

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学校崩壊が社会問題化
 断絶は地域社会や学校などにも表れた。まず、ドイツ人と外国人移民が交わらず生活する≪並列社会≫が出現した。前者は、緑の多い環境の良い地域を好む傾向があり、後者は、便利だが環境が良いとは言えない主要駅周辺などによく住んでいる。

 外国人の多い居住区では、学校崩壊が社会問題化している。荒廃し制御がきかなくなった学校を「Brennpunktschule」という。ほとんど全てが難民の背景を持つ子供が通う、ベルリン市・シュプレーヴァルド小学校元校長のドリス・ウンツァイティッヒ氏は『ある教師がみた赤信号 学校内のミニマッチョ、文化崩壊、暴力と政治の失敗』という本で、その実態を明らかにした(ターゲス・シュピーゲル/2019年9月26日)。

 「ムハンマドを侮辱した仏人の教師の頭が切り取られたのはよかった」と発言したり(ターゲス・シュピーゲル電子版/2020年11月5日)、殺害された教師への黙とうを拒否したりするイスラムの子供らに対し、教師はなす術がない状態である(BZベルリン電子版/2020年11月7日)。
 
 もともと教師不足に悩むドイツの学校に割り当てられた移民の子供たちへのケアは、最初から無理とされていた。言葉や文化の壁からなかなかドイツの子供たちの輪に入れない。イスラム教に厳格な親が許さないため、特に女の子たちがプールや学校の宿泊学校に参加できなかったりするというケースもあった。

 移民の子供たちの《荒れ》には、このような背景がある。政府が移民を責任をもって受け入れていたら、以上のような状況は避けられたかもしれない。

 移民がさらに問題化するのは《セミリンガル》の発生である。セミリンガルとは、2カ国語で育ったが両方とも母語レベル以下という状態を指す。セミリンガルになってしまうと、学校の成績、将来の職業、給与の高さ、生活水準といった一生を左右する問題を抱えてしまう。このことから反独感情は2世代以降に高まる傾向がある、とも言われている。


※この稿、後編「グレートリセットで目指す伝統の完全破壊(仮)」に続く。
ライスフェルド・真実(マサミ)
1970年、福島県生まれ。東洋大学短期大学文学科英文学専攻卒業。ゲオルク・アウグスト・ゲッティンゲン大学M.A.修了。専攻は社会学、社会政策(比較福祉国家論)、日本学(江戸文学)。在独25年。東日本大震災を機に国家とは何か、等についての思索を続ける。

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