国家転覆をはかる

 強制捜査は、特殊部隊(SE)を含む約3000人の警察官により、バーデン・ヴュルテンベルク州、バイエルン州、ベルリン、ヘッセン州、ニーダーザクセン州、ザクセン州、テューリンゲン州、オーストリアのキッツビュール、イタリアのペルージャにおいて一斉に行われた。

 ヴェルト電子版(8日)の入手した情報によると「実銃、空の銃、プレッパー用品、数千ドルの現金」が押収されたことが分かっているが、司法長官の報道官は、詳細については「評価には時間がかかるため」コメントを控えている。実銃には「合法的に所持されていた猟銃」等もあったと言う。

 連邦憲法擁護庁(BfV)のトマス・ハルデンヴァング長官は、「帝国市民ネットワークによる国家転覆の深刻なリスクがあるとは考えていない」「状況は完全に制御されている」が、引き続きこのグループの「暴力と武器への志向」に対する警戒は必要だ、という(n-tv電子版)。国防省によると、逮捕者の中には特殊部隊司令部(KSK)の隊員も含まれ、連邦軍の兵士は合計3人と言われている。国家転覆の首謀者と見られているのは、以下の3人である。

 1人目は、今のチューリンゲン州を1918年まで統治していたロイス家の末裔(まつえい)「ハインリヒ13世」(71)である。彼はクーデター後「帝国の国家元首となる予定だった」。ロイス家当主のハインリヒ14世は、「当家に破壊的な傷をつけた」と怒りを表明。「ハインリヒ13世」は14年前にロイス家会を脱会し、もう10年以上も連絡を取っていおらず、親しい間柄にはない、と述べている。一方、陰謀論の首謀者になるとは思えないが、グループ内で最も有名な人物であることは間違いなく、30年前はやり手のビジネスマンだったが、度重なる失望で過激化した、ともコメントしている(RTLニュース電子版)。

 2人目は、元ドイツ陸軍特殊部隊第25空挺旅団部隊の司令官リュディガー・フォン・ペスカトーレ(69)だ。「帝国市民」グループの軍事担当である。彼は、エリート軍人であったが、1993年から96年の間に旧東ドイツの国家人民軍の武器を譲渡および販売した疑いで1999年に実刑判決を受け、退職している。使用可能な武器165機を倉庫から紛失させたとされている。

 3人目は、ベルリンの裁判官で2021年まで「ドイツの為の選択肢」(AfD)の連邦議会議員だったビルギット・マルサック・ウィンケマン(58)である。彼女は1996年から終身判事を務めていたが、7日に辞任している。「自治国家」成立後は、法務大臣になる予定だったようである。AfDは、メロー二のイタリア、フランスのマリー・ルペンなどの保守政党の台頭と同路線にある政党で、現政府の移民政策、コロナ政策批判で人気上昇中の政党だが、今回の事件はイメージ的にかなりのマイナスとなることだろう。

 同党の党首らは、この件には距離を取りつつ「法治国家の推定無罪原則の立場から判決を待つ」と表明した。AfD党首のアリス・バイデルは、主要マスコミが3名の容疑者らを一斉に実名・顔出しで報道したことに対し、プライバシー権の侵害の可能性を示唆した。ちなみに、ドイツでは、外国人が殺人事件を起こした場合、顔写真や実名が出ることはない。
 確かに、今回の記事の掲載のしかたには驚いた。著名メディアが一斉に手錠につながれ連行されるハインリヒ13世の姿を大々的に掲載し、「無罪推定の原則」などなんのその、個人情報全開で、中世の見せしめを彷彿(ほうふつ)とさせるようなシーンだった。

 その他、「ハインリヒ13世」のガールフレンドとされるロシア人女性Vitalia B. (39)は「ハインリヒ13世の代理としてロシア政府に接近」する役割をもっている、と伝えられている。これに関して、ベルリンのロシア大使館は水曜日に「在ドイツのロシアの外交および領事館は、テロリストグループやその他の違法組織の代表者と接触していない」との声明を出している。

 また、安全保障会議副議長ドミートリー・メドベージェフは「もちろん、今は何でもロシアのせいにされる。すべての邪悪な陰謀、世界大戦、壊滅的な地震、致命的な伝染病は全部ロシアのせいだ」とテレグラムで皮肉を綴(つづ)り、「ドイツは独立国家ではなく占領下にある」ということ関しては、「『クーデター王子』と『帝国市民』に全面的に同意する」と、2022年9月30日、プーチン大統領が行った演説の引用を想起させると指摘をした。

 ジョー・バイデン米大統領報道官のカリーヌ・ジャンピエール氏は、「米国はこの件に関する諜報情報などをドイツに提供しているのか」といったジャーナリストの質問に対し、「我々は政府のパートナーと緊密に連絡を取り合い待機」しており「求められれば支援する用意がある」と答えた。さらに、ドイツ政府とその法執行機関が「暴力的過激主義に反対」し「市民と政府機関の安全」を守るために尽力していることを歓迎している、と加えた(シュピーゲル電子版)。これらの声明は、「帝国市民」=「極右のトランプ支持者」といった図式で、2021年1月6日の米連邦議会襲撃事件を念頭に置いてなされたものと見てもいいだろう。英国紙ガーディアンなどもそういった見方のようだ(電子版 2022年12月7日)。 2024年大統領選へ出馬を表明したドナルド・トランプ氏へのイメージダウン戦略として機能すると思われる。ドイツのクーデター未遂事件に、米国とロシアが声明を出しているあたりは興味深い。
YouTube (12883)

逮捕されたハインリヒ13世
via YouTube

「帝国市民」(ライヒスビュルガー)とは?

「帝国市民」はは80年代に登場し、2010年頃から顕著になりはじめた右翼グループである。具体的な運営組織を持つ団体ではなく、「帝国市民」のイデオロギーを持った人々の総称といった意味で「運動」(Bewegung)として理解されることが一般的である。グループの平均年齢は比較的高いと言われている。「ほとんどが個人から小規模なグループで構成」されており、帝政へのノスタルジックな懐古主義のようなものから革命思想まで、組織的・イデオロギー的に極めて異質性の高い社会現象である。

 前述のBfVによると、2021年時点では約2万1000人ほどで、うち約1000人は極右・過激派と見なされている。陰謀論や反ユダヤ主義的などの部分的側面もあるが、イデオロギーの中心は「現在のドイツ連邦共和国は、『有限責任会社』(GmbH)であり独立国家ではない。よってこれを認めない。我々は『第二帝国』(1871-1918)を再生させ自治国をつくる」である。彼らは(第二)「帝国市民」としての独自の通貨や身分証明書を作製所持している。こういった「おとぎ話」を夢見る「多少お年を召した」「帝国市民」は、長年変人扱いされ嘲笑を受けてきた。

 しかし2016年に、隠していた銃を捜索する警官をメンバーが射殺するといった事件が起き「帝国市民」は明確な過激派認定を受けることになる。「帝国市民」の一派とされる「愛国者連合」(Vereinte Patrioten)と名乗るグループは、今年4月にカール・ラウターバッハ保健相の誘拐を計画している。今回の連邦議会議事堂襲撃や政府転覆を画策していたと言われるクーデター未遂事件で、「帝国市民」にはテロ犯罪組織といった新たな側面が加わったことになる。

 ナンシー・フレーザー内務大臣は、自身や家族に危険が及ぶ可能性について危惧(きぐ)をあらわにした。氏は、公的機関はもとより社会のあらゆる層に浸透した「帝国市民」的思想を持つ人々を罰する仕組みの厳格化や公務員などに対する懲戒法改正を訴えている。「帝国市民」的イデオロギーを持つ人々を誰がどのように定義するべきか、という疑問はあると思うが、殺害予告なども受けている、というから氏も必死なのであろう。右翼思想をもつ「憲法違反が疑われる」公務員をあぶりだすため「立証責任の逆転」(Beweislastumkehr)について言及したが、さすがにこれは方々からの批判を買い、発言を撤回している。

「無害な変人」の集団「帝国市民」が過激化し、増加傾向にあるのはなぜなのか?

 きっかけは、2015年以降の大量移民後に起きた反移民運動であった。さらにコロナ禍で、人間の尊厳を掲げた「ドイツ基本法」(Grundgesetz)違反を叫ぶ反コロナ政策デモが起こった。

 この運動の賛同者らは「ナチ、反ユダヤ主義者、コロナ否定者、帝国市民」のレッテルを張られ、メディアを中心に「魔女狩り」のような空気がつくり出される、といった状況がコロナ禍の間続きエスカレートしてきた。政府の厳格なコロナ政策や職域ワクチン義務化(医療と連邦軍)に反対の意を唱えていた人々は、「コロナやワクチン接種を拒否する反国家的分子」だから「ドイツ連邦共和国全体から後ろ指さされますように」といった誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)を公然と受け続け、健康体であるのにもかかわらず、一時期あらゆる社会生活から分離された。当たり前だが、反移民運動や反コロナ政策デモの参加者がそっくりそのままナチ、反ユダヤ主義者、コロナ否定者、帝国市民だったわけではなく、多くは一般の市民であった。

 ロイターなどは、「帝国市民」のクーデター計画は「ドイツの民主主義を終わらせるため」、と指摘しているが、これには多少の考察が必要である。「帝国市民」にとって、現在のドイツ連邦共和国は「米国に操られた傀儡(かいらい)国」であり、彼らの論理によると「自立した健全なドイツを取り戻すために」運動によって「1918年以前の帝政を復活させるしかない」ということで、必ずしも民主主義打倒を掲げているわけではなさそうだ。帝国市民が反民主主義的だという主張はあるが、その根拠(帝国市民運動綱領のようなもの?)をまだ見たことがない。

 ドイツ第二帝政における非民主主義的要素についての議論はもちろん可能だろうが、帝政―現代でいう君主制―が自動的に民主主義否定を意味するかは必ずしも自明ではない(共産党員はそう考えるかもしれないが)。日本のように立憲君主制で民主主義という国は多数存在するからである。左翼イデオロギー化が止まらないドイツには、「帝政」「君主」といったものに対しいまだに「絶対君主」的な連想をするといったアレルギー体質のようなものがある。

 そして、今の「極左」こともいうべき政権が全体主義的だ、という主張は、コロナ禍でこれまでに経験したことのないほど強力な国家権力を生身に受けた反コロナ政策を掲げる人々の間でも散見される。

 しかし、この流れに転換点が訪れた。10月10日に行われた欧州議会会議での質疑応答で、ファイザーの国際担当ジャニン・スモール氏が「mRNAコロナワクチンの接種により他人にうつさないという検証をおこなったか」とのロバート・ルース欧州議会議員の質問に「NO」と答えたのである。実質的に強制的なワクチン接種を進めた政府の理論的根拠は、「他人にうつさないため、社会のため」であった。唯一「コロナパンデミック・ワクチン義務化対策批判」を行ってきたAfD党首アリス・バイデルも、この会議での「暴露」後、「史上最大の薬害ではないか」と現政権を激しく追及している。

 ドイツの接種率は76%強であることから、少なくとも国民の4分の1は、現政権への怒りを持っていると推測していいだろう。現政権が、政権批判者を「帝国市民、ナチ、反ユダヤ主義者、コロナ否定者」として警戒し、人気上昇中のAfDを毛嫌いしている理由はこの辺にもあると思われる。スイスの保守系新聞「ヴェルトヴォッヘ」編集長ロジャー・キュッペル氏は、「現独政府やメディアが彼らを『ナチ』のように扱った結果、反動として政府批判者らが過激化の傾向に向かい、本当の『ナチ』を生み出しつつあるのではないか」との見解を述べている。また氏は、「政府とメディアの帝国市民劇の演出」には、(彼らに極右と呼ばれる)「保守的言論や思想を持つ人々に対する目せしめ・締め付け」る効果があり、「AfDに所属する公務員」をあぶり出し、「出世コースから外すことが目的にあるのではないか」と見ている(ヴェルトヴォッヘ 2022年12月12日)。
YouTube (12899)

「帝国市民」(ライヒスビュルガー)とはいかなるグループか
via YouTube

「クーデター」は深刻ではない?

 テロ研究者のピーター・ノイマンは、「帝国市民」は国家に対して深刻なテロ攻撃を実行する "能力と意思" を持っている、という(フランクフルトアルゲマイネ電子版)。しかし、「帝国市民」のテロ組織としての資質や今回の「クーデター未遂事件」に疑問を示すジャーナリストもいる。スザンネ・ガシュケは新チューリッヒ新聞に「ドイツの治安当局は本当に帝国市民の陰謀を阻止したのか、それとも大砲でスズメを撃ったのか?」と寄稿。これを引用した元フォーカスモスクワ支部局長のボリス・ライトシュースター氏は「蚊が吹き飛ばされて象になったのではないか、という疑念を持っている」。

 10月までビルド誌の政治編集局長であったラルフ・シューラ―氏は、8日の「ヴェルトヴォッヘ電子版」で、「クーデター劇」には、昨今のドイツの最大の関心事の一つの「移民問題」から目をそらさせるような効果があることを指摘した。今月6日、イラーキルヒベルク (バーデン ヴュルテンベルク州)に住む14歳の少女が登校時にエリトリア出身の亡命希望者(27)によって刺殺された事件が発生していた。「帝国市民」の話が出るまではドイツではこの話題でもちきりだった。

 住民4700人のこの町には難民キャンプがあり、3年前にも14歳の少女が薬物を投与され一晩で数回性的暴行を受けた、という事件が発生していた。最近、加害者の1人であったアフガン人が釈放され、バーデン・ヴュルテンベルク州は、強制送還を希望したが、フェーザー内相はこれを拒否している(ビルド誌電子版)。氏は、ドイツへの帰化の年限を8年(2000年の国際法改正)から5年に短縮するなど、移民緩和政策を中心的に進めている人物でもある。ちなみにそれまでの年限は15年であった。

 ジャーナリストのローランド・ティヒー氏は、自身の保守系ニュースサイトで「ナンシー・フレーザーとクーデター歌劇は、我々の民主主義がいかに弱体化しているかを示している」と題した記事を執筆。「子供じみた演出は笑うしかなく、メディアや他の機関が足並み揃えて行ったのは恥ずべきことだ」と皮肉った。つまり「ミイラ取りがミイラ」になってはいないか、と疑問を投げかけているのである。

 ティヒー氏は、フレーザー内相自身の言葉を引用しながら「暴力的な転覆の空想と陰謀のイデオロギー」は、確かに危険であり実害を及ぼす可能性がある、と9日に環境活動家グループ「ラスト・ジェネレーション」がミュンヘン空港の滑走路を封鎖したことに触れた。この時は警察の人手不足により事態の収拾が遅れ、救急患者を乗せたヘリが迂回を迫られている。今回の「25人の逮捕に3000人の動員」と対照的である。「ラスト・ジェネレーション」の活動は、自身を接着剤で高速道路に接着させ交通封鎖を行ったり(このケースでは死者が出ている)、値段もつけられないようなモネやクリムト等の絵にジャガイモのピューレなどをかけ破壊し「注目を集める」ことにある。実質的には環境保護を理由に無法行為を行う犯罪者のような集団と言える。
YouTube (12900)

「ドイツ帝国の身分証明書」を見せる帝国市民
via YouTube

事前に知らされていた「ドイツ史上最大の一斉手入れ」

 ティヒー氏は、さらに左翼党の内政大臣であるマルティナ・レナー氏の指摘を紹介。驚くべきことにレナー氏は、強制捜査については、すでに「2週間前にいくつかのメディアには知らされて」おり、このように「捜査に関する情報を事前に非常に広く拡散したことは、容疑者へ警告となり、結果的に治安部隊を危険にさらすことになった」と内務省の情報管理を厳しく批判したのだ。この件に関して、キリスト教民主同盟の派閥は、連邦内政委員会の特別セッションを要請した。同党内政担当報道官のアレクサンダー・トロン氏は、これが本当なら「スキャンダルだ」と述べている。

 オペレーションの危険度が高ければ高いほど、つまり「本当のクーデター」ならば、捜査に関する機密性保持は絶対であるはずだ。しかし、「国家転覆」への大規模手入れについて、事前に著名メディアなどに幅広く知らされていたとなると、やはり今回の騒動は「PR活動」だったのではないか? といった声が上がっている。

 日本でもカルト集団のオウム真理教の信者が起こした地下鉄サリン事件などの前例もあるので、変わり者の高齢者らの世迷いごとで済まされるべきでない事件であることは確かだ。だが、「信憑性の乏しいクーデターへの手入れ劇」といった見方が調査報道系のドイツ人ジャーナリストの間で広まっている。ノルトストリーム爆破事件については、「国家の安寧にかかわる重要機密」という理由で、犯人捜しがお蔵入りしてしまった。

「年金受給者の反乱」「歩行器クーデター」と揶揄(やゆ)されたものの、「ドイツ史上最大のクーデターへの手入れ」とまで報道された事件の全貌と詳細が明らかにされることを期待したい。
gettyimages (12886)

「クーデター」は「PR活動」だったのか?
政府への批判にこの用語を使用されることが多く、ちょっとしたトレンドになっている
ライスフェルド・真実(マサミ)
1970年、福島県生まれ。東洋大学短期大学文学科英文学専攻卒業。ゲオルク・アウグスト・ゲッティンゲン大学M.A.修了。専攻は社会学、社会政策(比較福祉国家論)、日本学(江戸文学)。95年より在独。東日本大震災を機に国家とは何か、等についての思索を続ける。

関連する記事

関連するキーワード

投稿者

この記事へのコメント

コメントはまだありません

コメントを書く