犯人はロシア?

 2022年9月26日、海底パイプライン「ノルドストリーム」1と2(以下、ノルドストリーム)が破損された。投資額10億ユーロ(約1.2兆円)の事業が海の塵(ちり)になった日である。
 パイプラインを運営するのは、スイスに拠点を置くノルドストリームAG(2005年設立)で、ロシアの国営企業ガスプロム(51%)、売上高で世界最大の独化学会社BASF の子会社Wintershall Dea(15.5%)と同じくドイツの欧州有数の大手エネルギー供給会社E.ON(15.5%)、オランダのGasunie(9%)、フランスのEngie SA(9%)からなる(%は権益比率)。BASFが株式の67%を所有していたWintershall Deaは今年1月にロシアからの完全撤退を発表し、53億ユーロの損失を計上する見込みで、BASFは約14億ユーロの減損額を発表している(Wintershall Dea社HP 2023日1月17日、ターゲスシャウ電子版 2023年1月18日)。もちろん、ここには転売分の売り上げを含まれていない。

 以上の企業は爆破工作の直接的被害者であり、加害者に対し法的手段をとる権利がある。しかし、パイプライン破壊によってもたらされたエネルギー高騰やハイパーインフレにあえぐ欧州の市民たちも間接的被害者であり、この事件の真相を知る権利があるといえる。

「嫌ロシア」感情が高まるなか、犯人はロシアだ、といった声が即座に挙がった。一方「自分の財産を自分で破壊する行為に合理的な動機を見つけるのは困難であり、もし天然ガス供給停止による脅(おど)しを目論むのであればバルブを閉めればいいだけのことだ」といった最もな指摘もなされていた。ロシア抜きでの国際調査団が発足したが、スウェーデンやデンマークが情報公開を拒否したことなどから、実質的に休止状態となっていた。

 ネット界隈では、ポーランドの政治家ラドスラフ・シコルスキ氏が爆発後に「サンキューUSA」とツイートしたり、短命に終わった英元首相リズ・トラス氏が「爆破1分後に」「It’s done」といったショートメッセージをブリンケン国務長官に送付した、等の情報が飛び交った。また「得をしたのは誰か」といった観点から、ロシア産天然ガスの最大5倍ともいわれる米国産液化天然ガス(LNG)のドイツへ輸入の増加を指摘する声も上がった。「米国はタンカーごとに2億ユーロを稼いでいる」という(ntv電子版 2022年10月6日)。ブリンケン氏はこれを「大きなチャンス」と喜んでいた。

 前述のBASF社は、エネルギーコストの爆増を理由に、昨年5億円のコスト削減プログラムを作成し、2月24日、リストラの先駆けとして、世界で2400人の解雇(うち、65%はドイツ)を発表した(マネージャーマガジン電子版 2023年2月24日)。CEOのマーティン・ブルーダーミュラー氏は、「計画のない緑の計画経済」を続ける「生産拠点・ドイツ」の状況を「歴史的に前例のない危険」と見ている(フランクフルターアルゲマイネ電子版 2022年4月9日)。「目の前でドイツの経済が壊滅するのを見たいのか」と、2022年10月26日、中国への100億ユーロの追加投資を決意した。広東省湛江市に設立した新工場では、年間6万トンのエンジニアリング・プラスチック・コンパウンドの生産を予定し、「自動車やエレクトロニクス製品などの業界の需要増に対応」するという(ジェトロ電子版 2022年9月21日)。ロシアからの天然ガスの供給停止により、中国が「漁夫の利」を得るという一例である。

 左翼党やAfD(ドイツのための選択肢)の野党は、「ドイツ産業のライフラインを破壊したのは誰か」(党首アリス・バイデル)と再三事件の解明を求めていたが、政府の回答は「国家安寧のために」情報開示を行わない、であった(ベルリーナーツァイトング電子版 2022年10月16日)。国家の重要インフラを破壊した犯人を知らしめることがもたらす「国家安全保障上の問題」とは何なのか、大変興味深いところではあるが、回答から、政府は何かしらの情報を持っている、ということが伺える。このような政府の煮え切らない姿勢に対し、左翼党のザラ・ワーゲンクネヒト氏は「どの戦争でもまず真実が消え、最終的には民主主義が死滅する」とツイートしている。

 独政府が、ノルドストリーム破壊工作の犯人に関して、「第三者(ここでは議会議員)への情報提供は国の安全保障に著しい支障を与えるため不可」という認識を示す根拠は、いわゆる「第三者ルール」だという。このルールは、「9.11」を機に2001年に発足した「カウンター テロリズム グループ」 (CTG)という非公式の情報機関によるものである。CTGは各国の諜報機関の国家間協力により対テロ対策を行う組織で、欧州連合、ノルウェー、スイスの諜報機関の代表らから成り、ドイツでは連邦憲法擁護庁がこの役割を担っている。CTGが「特定秘密」と指定した情報の「第三者」への開示は実質上禁止されているようである。
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破壊されたノルド・ストリーム 1・2

犯人は米国!?

「王様は裸」といった空気が漂う中、世界の主要マスコミ・メディアは足並みを揃え沈黙を続けてきたが、シカゴ出身の調査報道記者であるシーモア・マイロン・ハーシュ氏がこれを破った。氏は「米国はいかにしてノルドストリーム・パイプラインを破壊したか」と題したブログ記事(2023年2月8日付)で、「ジョー・バイデン米大統領の命令によりCIAと米海軍がノルドストリーム破壊工作を行った」と主張した。記事は、英国のタイムズやデイリー・メールなどが取り上げ瞬く間に世界に広まった。

 氏は、「2014年に米国の支援を受け、NATOの高位のポストに移るまで8年間ノルウェーの首相を務めていた」NATO事務総長イェンス・ストルテンベルグ氏や、「積極的な寛容」によるノルウェー、スウェーデン、デンマークなどを共謀・支援者としてあげている。また、バイデン米大統領が、2022年2月7日に「ロシアがウクライナに侵攻した場合、パイプラインを終わらせる」ことを「約束する、必ずやる」と発言をした際「ドイツ首相オラフ・ショルツがその場にいた」ことを指摘している。

  この時の「絶妙な屈辱」に対し無言のポーカーフェイスを見せたショルツ首相に怒りを示したドイツ人論客は少なくなかった。だが、もし彼が工作について事前に知っていたのだとしたら、彼の反応はむしろ自然だったのかもしれない。ドイツの独立系メディアでは、ハーシュ氏の記事を受け「事前に知っていたかどうか解明を求めるべきだ」といった指摘がなされている(Tichys Einblick電子版 2023年2月8日、Achgut Com電子版 2023年2月10日)。

 ノルウェー首相ヨーナス・ガール・ストーレ氏は、「危機感の高まりから」「自国の石油およびガス施設の近くに軍隊を駐留させる予定だ」と記者会見で述べていた(シュピーゲル電子版 2022年9月28日)。爆破の翌日に開通したノルウェーからデンマーク経由でポーランドへ北海天然ガスを輸送する「バルチック・パイプライン」への懸念から当然だろう、と理解されていたが、「ハーシュ砲」が真実だとすると、全く違った物語が見えてきそうである。

 ハーシュ氏は、1968年に起こった米兵のベトナム人住民虐殺事件「ミライ村虐殺事件」のスクープにより、70年にピューリッツァー賞を受賞、有名なウォーターゲート事件の暴露にも関与した伝説的なジャーナリストである。彼以前にノルドストリーム破壊工作への米国の関与を主張した著名米国人として、コロンビア大学経済学教授のジェフリー・サックス氏がいる(ブルームバークニュース 2022年2月23日)。サックス氏は、ポーランドのグダニスク海軍基地の米軍ヘリが、爆破されたノルドストリームの上空を旋回していたことが、レーダーで証明されていたことを状況証拠の一つとしてあげている。
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シカゴ出身の調査報道記者であるシーモア・マイロン・ハーシュ氏が「米国はいかにしてノルドストリーム・パイプラインを破壊したか」と題したブログ記事を公表した

ハーシュ氏の報告: 深海工作活動の経緯

 軍事オペレーションは、2021年12月の時点で、すでに計画されていた。米国のジェイク・サリバン国家安全保障顧問は、統合参謀本部、CIA、国務省、財務省などの幹部による新しいタスクフォースに関する会合を招集した。会合では「両パイプラインの破壊に関する計画」が練られ、サリバンは具体案を示すことで「大統領の要望をかなえた」。元駐ロシア大使で、オバマ政権で国務副長官を務めたこともあるCIA長官のウイリアム・バーンズは、特別深海潜水隊による破壊工作タスクの「ワーキンググループ」を認可した。2022年6月には軍事協定(The Supplementary Defense Cooperation Agreement)が結ばれ、米国がノルウェーの領土の4つの地域に無制限にアクセスし使用する権利が与えられた(ちなみにノルウェーではこの協定に反対する市民的動きもあったようだ)。

 米海軍には、潜水救助訓練センター (The Naval Diving and Salvage Training Center 、NDSTC)という高度な技術を持つ深海潜水士養成所がある。NDSTCの卒業生は、機雷除去の他、遠隔起爆可能なプラスチック爆弾「C4」による「外国の石油掘削装置の爆破、海底発電所の吸気バルブの汚損、重要な輸送用運河の閘門の破壊」などを行う技能を備えている。 訓練生らはフロリダ州パナマ市にある海軍支援活動のための軍事施設 (Naval Support Activity Panama City)で実習を行う。海底パイプラインに爆発物を設置するための訓練も、この「米国で2番目に大きく」世界最大の潜水施設を有する「パナマシティ」で行われた。

 C4爆弾を海底パイプラインに設置する作業は、2021年6月のNATOの合同軍事演習「BALTOPS22」の最中に行われた。毎年恒例の訓練は工作を秘密裏に遂行するための絶好のカムフラージュであった。「機雷処理用の無人潜航艇訓練の適切な場所」として、海底パイプライン付近に位置するボーンホルム島周辺の浅瀬の位置情報を提供したのはノルウェー政府である。訓練後直後の爆発ではあまりにもあからさまであるため、時間をおいて起爆を可能とするための措置が施された。爆弾設置の3カ月後、ノルウェー海軍哨戒機は、パイプラインのある海上付近にソノブイ(※)を投下し起爆させ、4本のうち3本を破壊した。

※ソノブイ(sonobuoy)は、水中聴音または反響定位のため、航空機から水中に投下して使用する小型のソナー装置。水中音響信号を受信して電波で送信する航空機投下式のブイである。

 当事者らも「戦争行為」だから「絶対極秘に遂行されなければならない」と認識していたことを、いかに秘密裏に行うことができたのか?

 第一に、深海潜水士らは全員海軍で特殊作戦司令部のメンバーではなかったため、彼らの訓練を議会に報告し、上・下院に事前に説明する法的義務がなかった、というのは大きかった。

 第二に、「失言」と取られた前述のバイデン大統領や同様の主旨を述べたヌーランド氏の発言は「機会も生み出した」。「ノルドストリームを終わらせる」は「公というよりは、内部に向けられたものであった」。即ち大統領の「公言」は、このオペレーションはもはや「議会に報告義務のある極秘作戦」ではなく、法的制限を受けない「軍の情報作戦に格下げされた」とCIA高官が解釈することを可能にしたのである。よってこれ以降、大統領とCIA担当者ら単独で管理することが可能となった。

 米国がパイプライン破壊工作に踏み切った理由は、ノルドストリームからの供給を受けているうちは、ドイツが対ロシア制裁を躊躇(ちゅうちょ)するだろうこと、またロシア産格安天然ガスはドイツをはじめ欧州全体の経済力・経済的自立を高め、欧州における米国のプレゼンスや制御力が低下することをバイデン政権がを恐れたからである。
 以上が、報告の概要であるが、ハーシュ氏によるとホワイトハウスのエイドリアン・ワトソン報道官や中央情報局の報道官・タミー・ソープ氏らは「虚偽だ」として完全否定し、ノルウェー政府は「無回答」だという。
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米国のジェイク・サリバン国家安全保障顧問は、統合参謀本部、CIA、国務省、財務省などの幹部による新しいタスクフォースに関する会合を招集した

クレムリンの反応

 クレムリンは、ハーシュ氏の報告書をロシアの見解を確認するものと見なし、国際調査への参加を強く要求している。ロシア議会議長のヴャチェスラフ・ヴォロディン氏は、「バイデンはテロリストとして歴史に名を残すだろう」と、かなり思い切ったメッセージを自身のテレグラムに綴っている(Welt電子版 2023年2月9日)。スポークスマンのドミトリー・ペスコフ氏は、「アングロサクソン人がこの妨害行為の組織に関与していたことを示す情報について、私たちの側からも声明があったことをご存知でしょう」と述べ、ハーシュ氏の報告は「国際的な調査の基礎として役立つ」という見方を示している。

 ドイツ人著名ジャーナリスト、ヘンリック・ブローダー氏が運営する前述の「Achgut Com」は、ハーシュ氏の記事について「途方に暮れている」ドイツの主要メディアの反応を指摘し、「“悪い“米国についてのニュースは“良い“ニュース」という報道を好む極左新聞ターゲスツァイトングでさえ同じような反応だ、と伝えている。だが、このような反応はメディアだけではない。

 現政府も事件の解明に対し二の足を踏んでいる。保守政党のAfD議員らは、「数十億の経済的損害が発生する」等の理由からノルドストリーム2の稼働要請に関する動議(文書19/22552,2020年9月16日付)を提出していたが、議会はことごとく却下(きゃっか)している。こういったことが「半年以上に渡って」繰り返され、「いまだに政府からの説明はない」。破壊を免れた最後の1本のパイプの稼働に対し、政府は完全な無関心を貫いている。

 では、破損した3本のパイプはどうか?ドイツのガス輸入業者Uniperは今年1月、パイプラインを半年から1年で修理することができ、そうすると年間 1100 億立方メートルのガス輸送が可能だが、政府が「修理を望んでいるかは疑問」だとの見解を示している。現政府は、2024年までにロシアからの天然ガスの輸入率を10%まで下げることを目指していることを見越しての発言である(フランクフルタールンドシャウ電子版 2022年4月8日)。

 さらなる問題は、パイプラインの修復は(ロシアの競合の)ノルウェーの技術を必要としているということだ。特殊な技術を必要とする修復作業のノウハウを所有し、海底介入プール (PRSI)を運営しているのがノルウェー・スタヴァンゲルに本拠を置く北欧最大の国有エネルギー会社のエクイノールである。PRSIにはノルドストリームAGを含む72のメンバー企業が含まれる。ノルドストリームAGはエクイノールに修復調査を求めたが、対露制裁を理由に拒否された。ノルウェーはEU加盟国ではないが、1949年にNATOに加盟し、1994年から欧州経済領域の一部となっている。「西側」の立場から対ロシア制裁として、エネルギー部門でのサービス提供を行わない方針を取っている。そのため「ロシアのパイプライン修理に関する仕事をしてはいけないことになっている」(ベルリーナー・ツァイトング電子版 2023年2月2日)。
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ロシア議会議長のヴャチェスラフ・ヴォロディン氏は、「バイデンはテロリストとして歴史に名を残すだろう」と、かなり思い切ったメッセージを自身のテレグラムに綴った

「ハーシュ砲」がもたらす可能な帰結

 ハーシュ氏の主張は、CIA 内の「運用計画を直接知っている」匿名の情報源のみに基づくもので、決定的証拠や文書を提示していない、といった批判が散見される。しかし、彼ほどの実績のある「伝説的な」ジャーナリストがこのような報道を行ったことの意味は大きいし、真剣に受け止め検証されるべきであろう。

 ハーシュ氏の報告は、NATOの集団的自衛権や西側の結束の根本を揺るがすものであることは間違いない。AfD党首ティノ・クルパラ氏は、2月10日の議会演説で「NATOの主要勢力は、欧州海域にあるわが国の重要インフラに攻撃を仕掛けたのでしょうか? そうだとしたら、この同盟は一体欧州の安全を保証するものなのか、それとも危険にさらすのか、という疑問を抱かなければならない。もし米国がやったのだとしたら、米軍のドイツからの撤退を要求することになるでしょう」と述べている。米国は「米軍はロシアからドイツを守ってあげている」との立場をとるが、日本と違いドイツでは、駐留米軍の撤退が直接的な国防の危機を意味する、といった認識はされていないことが、クルパラ氏の発言から読み取れる。

 ハーシュ氏は、米史上、現職の大統領を弾劾(だんがい)に追い込んだ唯一のジャーナリストである。ツイッターファイルなどで支持率が低下し続け、ただでさえ危うい立場にあるバイデン氏の政治生命をさらに短くさせることになるかもしれない。氏は最近「Finish the job」のスローガンで2024年以降も続行を示唆している。

 ハーシュ氏の主張が真実だとしたら、疑いもなく史上最大のスキャンダルとなるだろうが、犯人の確定は一筋縄ではいかないだろう。ケネディファイルのように、公文書が世に出るまで何十年もかかることが予想される。氏の「スクープ」の真偽は別として、こういった記事が著名なジャーナリストによって世に出たという事実によって、建設的な思考を促す機会が与えられるかもしれない。すなわち、国家を国家たらしめる最重要条件である国家主権は大丈夫か、ということについて真剣に考えることである。

 国家主権が機能している、とは、「我々はこういった国になるのだ」といった意思やビジョンに従い、他国の干渉を受けず、国民に選ばれた政治家を含む国民により国家をつくり、運営することができている、ということである。国家主権が侵害されている状態で、軍事費をこれだけ増やした、武器どれだけを買った、とやっても、それは絵に描いた餅のようなものと思われる。

 日独は「米国の従者」だ、というプーチンの指摘が真だとしたら、「ハーシュ砲」は両国にとって、耳が痛く一生知らないほうがいい話だろう。しかし、取り上げるに及ばず、そんな事実はない、と一蹴りした瞬間、本当に奴隷に成り下がってしまうのではないだろうか?

 確かに、友達に面と向かって「間違っている」と言うのはかなりの勇気がいる。しかし、真に良好な関係を築いていこうとするのであれば、「間違っている」と言うべきではないのだろうか。我々の国は「友好国」が誠の道から外れるのを見て「間違っている、改めよ」と言えるか?「友好国」が暴力を行使してきたら「NO」といえるのか? お前の家を壊すぞ、と脅されても能面のようにそれを眺めるだけなのか? ひたすら叩かれながら「私が悪いんです」と耐えるのか? いじめ問題で厄介なのは「いじめる側」だけでなく、暴力を許容する「いじめられる側」にも問題があることであり、このことに気づくことは重要である。

 ドイツ政府は今年1月25日、ウクライナにドイツ製の戦車「レオパルト2」を供与することを発表した。ドイツではウクライナ兵の訓練が行われ、EU 議会での演説でゼレンスキー大統領は今度は戦闘機を要望している。戦車や兵士の供給は戦闘行為なのか否か、それならば第3次世界大戦、即ち核戦争を決定的にするのではないか、「次は自分の子供を差し出せと言われるのではないか」と、さらなる不安が欧州中に広まっている。

 紛争がエスカレートの傾向を見せる一方、希望の光ともいえる話もある。イスラエル元首相のナフタリ・ベネット氏が、ロシアのウクライナ侵攻直後、プーチン氏とゼレンスキー氏の間で停戦交渉を行ったが、成立目前で英米が阻止した、といった主旨のインタビューが公開され話題を呼んでいる。この事実は、ロシアとウクライナの紛争は交渉による停戦が可能であることの一つの証明と見ることができるかもしれない。

 ハーシュ氏のテーゼは、国家存亡に関わる決定的な問題である国家主権について考えるうえで、絶好の機会を与えてくれていると思う。ウクライナ戦争の原因をつくったのは米国で、それは間違っている、と主張するハーシュ氏は、もしかしたら愛国心から言葉を発したのではないか。氏は、祖国が犯罪国に成り下がり、第3次世界大戦勃発の原因となるのを見ていられなかったのかもしれない。イスラエルのベネット氏は、調停に踏み切ったのは、米国、ロシア、ウクライナではなく、唯一「ユダヤ人の安全」「イスラエルの国益」のためだ、と強調していたのが印象に残った。
 その気骨と強力な責任感に何とも言えない羨望がわき起こるのを覚えた。筆者が住むドイツと愛する日本が、この機会を見逃さず両国の国家主権の状況について真剣に考えるようになることを期待したい。
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イスラエル元首相のナフタリ・ベネット氏が、ロシアのウクライナ侵攻直後、プーチン氏とゼレンスキー氏の間で停戦交渉を行ったが、成立目前で英米が阻止した、といった主旨のインタビューが公開され話題を呼んだ
ライスフェルド・真実(マサミ)
1970年、福島県生まれ。東洋大学短期大学文学科英文学専攻卒業。ゲオルク・アウグスト・ゲッティンゲン大学M.A.修了。専攻は社会学、社会政策(比較福祉国家論)、日本学(江戸文学)。在独25年。東日本大震災を機に国家とは何か、等についての思索を続ける。

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