ヨーロッパ版「国境の壁」が

 旧ソ連の国ベラルーシに、EUが揺れている。

 2021年11月現在、ポーランドと接するベラルーシ国境には、ポーランドを目指す何千人もの移民が、越境を認められずに立ち往生して滞留している。厳しい寒さが続く中で、移民たちはテントでの厳しい生活を強いられており、低体温症での死亡者が出たという報道もある。

 ポーランドはあまりの移民の数に、急遽1万5千人の兵士を配備。同時に、国境に壁や柵を建設すべく、その費用をEUに求めている。欧州理事会が欧州委員会に国境の壁建設を含む措置に資金を出せるように法的な整備を求めており、ヨーロッパ版「国境の壁」建設は実現に向かっている。

 だが、何百キロにもなる国境に「壁」を建設することが本当に現実的なのかどうか。

 いずれにせよ、ポーランド側は移民を阻止するためなら、打てる手を打つつもりであることは間違いない。
白川司:「移民問題」に火をつけたメルケル、水際で防いだ...

白川司:「移民問題」に火をつけたメルケル、水際で防いだ安倍晋三

ポーランド・ベラルーシ国境で越境を目指す移民たち

メルケルと安倍晋三:2015年の分かれ道

 2015年、シリア内戦を受けて、ドイツのメルケル首相が「移民受け入れ宣言」をおこない、数十万人の移民を受け入れることにした。「メルケルにノーベル平和賞を」という声も上がり、世界中から絶賛を浴びるとともに、メルケル首相は時の人となった。

 当時、メルケル首相と同様に保守政党に属しながらリベラル政策を次々と実行していた日本の安倍晋三首相に対しても、「日本は中東難民を受け入れないのか」と問われた。安倍首相は、外国人記者に「日本は女性や年配者の力を活用していく」という理由から中東移民は受け入れないと述べて、批判を浴びた。

 当時はこの安倍首相の回答の真意を理解できない人がかなり多く、日本のマスコミはその真意を糺すこともせずに、安倍首相を批判した。

 しかし、このときの安倍首相の言葉をひそかに評価している保守的立場の政治家や識者もヨーロッパにはいたようで、現在の保守運動に「日本を見習おう」というスローガンを見ることがあるほど、一部に強烈なインパクトを残したのだ。

 メルケル首相が移民を受け入れることにしたのは、人道的意図だけでなく、ドイツで深刻な労働者不足が起きていたからだ。シリア内戦で最初に移民を希望していたシリア人には、IT技術者などドイツが喉から手が欲しい人材も数多くいたので、それを総取りする意図もあった。

 安倍首相はそのことに触れ、「日本はまだまだ活用すべき力がある」として、移民を受け入れる必要性を否定したわけだ。
白川司:「移民問題」に火をつけたメルケル、水際で防いだ...

白川司:「移民問題」に火をつけたメルケル、水際で防いだ安倍晋三

「移民受け入れ」に関して判断の分かれたメルケルと安倍晋三

日本は「移民受け入れ」の先進国

 そもそも多くの欧米メディアが勘違いしているのは、日本は、戦後に60万人の朝鮮半島の人たちを受け入れており、その後も、1950年からの保導連盟事件にはじまる「アカ狩り」にともなう大虐殺で済州島などから避難していたきた人たちを受け入れてきた、「移民受け入れ」の先進国であることだ。

 私たちの先人たちは、まだ経済復興もままならない中で「移民受け入れ」という難事業をなんとか成功させて、戦後日本は世界もうらやむような平和と秩序を保っているのだ。歴史を知らない欧米メディアに「日本は移民を受け入れない遅れた国」などととやかく言われる筋合いなどない。

 もちろん、EU諸国が人道的に受け入れてきた努力を頭から否定するものではない。それはそれで崇高な精神に支えられた立派なおこないであるのは間違いない。

 だが、どう考えても「やり過ぎ」であった。結局、ヨーロッパ各国の治安は悪化して、国民の反発を受け、反移民勢力が台頭するに至った。

 現在、EU内の多くの国では移民に対する姿勢は180度変わっており、不法移民を国外退去させる政策も躊躇なくおこなわれるようになっている。

 私に言わせてもらえば、お涙ちょうだいマスコミ報道に流されずに、「移民は受け入れない」という姿勢を貫いた安倍首相の勝ちだ。

移民は相手国から「人材」を奪うこと

 ところが、そのヨーロッパでまた深刻な移民問題が起こりはじめている。

 冒頭のポーランド・ベラルーシ国境問題の発端はEUによるベラルーシ制裁にある。

 ベラルーシのルカシェンコ大統領の一連の強権発動に対して、EUがベラルーシ制裁に乗り出しているが、その報復としてベラルーシ側がこれまで抑制してきた不法移民の取り締まりを放棄して、ポーランド国境に流れるまかせはじめたのだ。

 制裁に怒り狂うルカシェンコ大統領は、さらなる制裁を科せばロシアからのパイプラインで運ばれている天然ガスを止めると、それでなくても天然ガス不足でエネルギー危機を起こしかねないEUを脅している。

 これに対して、ロシア側はベラルーシに戦略爆撃機を派遣して監視活動をおこなっていると発表。プーチン大統領もロシアからのパイプラインを止めるという暴言に慌てることなく、EUとベラルーシが冷静に話し合うことを求めた。ただ、今のところお互いに話し合う雰囲気はない。

 結局、「人道」ですべての政策を貫くことで、いろんなコストがかかる。独裁だから悪というのはあくまで欧米側の論理であって、実際、その論理でアフリカや中東ではいろんな悲劇が起こってきた。
白川司:

白川司:

制裁に怒り狂うベラルーシのルカシェンコ大統領
 たしかに人道支援は大事だが、それは最低限で抑えることが必要だろう。

 というのは、移民受け入れというのは、他国が育ててきた人材を横取りすることでもあるからだ。

 シリア難民を受け入れることは大事だが、シリアを立て直す人材まで受け入れることは、いわばシリア立て直しの自在を「奪う」ことでもあり、必ずしもシリアのためにはならない。移民は相手国の国力を損なわない程度で受け入れるべきだろう。

 現在のポーランドにおける移民問題は、結局、2015年のメルケル首相による急進的な中東移民の受け入れがもたらした副産物である。一時的な高揚にかられて、間違った政策をとるべきではないという好例である。
白川 司(しらかわ つかさ)
評論家・翻訳家。幅広いフィールドで活躍し、海外メディアや論文などの情報を駆使した国際情勢の分析に定評がある。また、foomii配信のメルマガ「マスコミに騙されないための国際政治入門」が好評を博している。

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