怒濤のように押し寄せる移民

 透明度の高い海と絶景で知られるイタリアのランペドゥーザ島――。
 移民の多くは、最もアフリカに近い欧州領土であるこの島を目指す。「難民ホットスポット」と言われるゆえんだ。
 約6000人の島民が暮らす長さ9キロ、幅1.5キロほどのこの島に、9月12日、船110隻で約5000人の移民が到着し、島は非常事態宣言を発動した。その後も移民の波はとどまることなく、3日間で7000人を超した。次の週は、さらに2000人弱の難民が島に到着した。
 島には400人収容可能な一時的難民収容施設が設置されているが、収容能力の30倍を上回る移民が短期間に一気に押し寄せるという異常事態が発生した。海が荒れがちな「シーズンオフ」の前という時期と重なったことが要因の一つだった。欧州国境沿岸警備機関(Frontex)は、地中海ルートからの今年8月までの不法国境通過数は、2016年以来最多となったことを最近のレポートで報告している。

 移民の「2人に1人」は、ビザはおろかパスポートなどの身分証明さえ所持していないという(『ヴェルト』2021年2月23日付)。そして、なぜか、移民の大半は「若い青年男子」である。短期間に大量の身元不明の移民がくると、身元を詳細に調べることが実質不可能になるため、「とにかくどんどん入れる」ことになる。「移民危機」とは、制御不可能な状態で大量の移民を受け入れる状態のことなのだ。
 ランペドゥーザ島の人々も、始めは不当に故郷を失った移民たちに理解を示していた。しかし、度を越すにつれ我慢も限界に達する。精神的にも肉体的にも極限状態にある移民らは、時には暴力的に振る舞ったり、逃亡を企てたりする。海岸にうち上げられた遭難した移民の遺体を目にすることもある。ランペドゥーザ島市長のフィリッポ・マンニーノ氏は「島民は肉体的にも精神的にも疲弊している」「これ以上の移民の受け入れは拒否する」と訴えた。
 しかし欧州では、移民受け入れに反対すると、左界隈から「人権侵害だ」「人種差別だ」「極右だ」と即座に非難される。キャパオーバーから移民が路上で生活する様子は「非人道的な待遇」とテレビで報道される。

 ローマ内務省の統計によると、2023年9月18日現在で移民数は12万9869人に達しており、これは前年同期の約2倍だ。「移民削減」を公約の一つに掲げ、2022年9月の選挙で当選したジョルジャ・メローニ首相は、移民へのベーシックインカム等の特権削減などを実施したものの、効果が全く現れていないのが現状だ。
 事態を重く見た欧州委員会委員長ウルズラ・フォン・デア・ライエンは、メローニ首相と現地視察を行い、「より強力なEUの連帯」を約束した。
「連帯」とは、EU諸国での「移民の公平な分配」を意味するわけだが、イタリアはEUの「無力な連帯メカニズム」に本音ではうんざりしているようだ。メローニ首相は「移民分配は解決法ではない」「EU圏の厳格な海上警備こそが必要だ」と主張している。

 イタリア共和国副首相兼インフラ大臣のマッテオ・サルヴィーニ(保守系政党「レーガ」)氏は、イタリアの移民問題の現実に対する「社会主義的統治を行う」EUの寛容な移民対策を「遠いところの話、他人事、話のすり替え、無関心、聞く耳持たず」と批判し、「異常な事態には、異常な解決法を」と力説する。
 煮え切らないEUの態度に見切りをつけたイタリア政府は、地中海を横断する不法移民を抑制するためのより厳しい措置を決定した。残留認定するための最長拘留期間を12カ月から18カ月に引き上げ、より詳細な審査を実施し、「期間切れ」が在留認定の簡易化を促すことを防ぐための処置がとられた。
 また、実質的な強制送還キャンプを設置するための要請が軍に出された。この措置は閣僚理事会で承認された後、前述のサルヴィーニ氏によってX(旧ツイッター)を通じて発表された(『ターゲスシャウ』2023年9月18日付)。
 (13552)

アルゼンチンに到着したヨーロッパからの移民。再び欧州に移民の波が――(画像はイメージ)

不法入国斡旋業者の横行

 チュニジアやリビアには密航業者のネットワークが存在し、この「ビジネス」は近年ますますブームになっているという。密航料金は「一席あたり600ユーロから5000ユーロ」といわれている。
 5~6メートルの金属ボートには「コンパス、スマートフォン、膨らんだゴムタイヤ」だけを所持する40~50の移民が乗っている。金属ボートは木造船と異なり、転覆しても浮き上がらず、大きな波や嵐には対処できないため、このボートで125キロの航行は構造上不可能とみられている。このような船が定員オーバーで航行した場合、「あの世への旅」となる可能性は非常に高い。あるデータでは、2023年(9月17日時点)で2340人、2014年からの合計で約2万8089人が地中海沖で溺死したという。
 移民らがそれでも「決死の航海」を実行するのは、生き延びて欧州に上陸すれば、豊かで安定した生活が待っている、と確信しているからだ。壮絶な旅路の後にもかかわらず、島でのインタビューに答える青年たちの眼には、希望にも似たようなものが感じられる。

「ドイツは難民によくしてくれると聞いた。給料も高いし、働いて家族を養いたい」

 移民の間では「ドイツは住居も食料もタダ」という情報が共有されており、フランスを抜き、ドイツは移民先の人気度がトップである。「寛大な社会制度」など、移民の「引き寄せ要素」(Pull Factor)についての激しい議論が欧州全域で巻き起こっている。
 イタリアのメローニ首相は、ドイツのオラフ・ショルツ首相(社会民主党、SPD)に9月23日付で抗議の書簡を送付した。以下の内容だ。
「ドイツ政府は、イタリア政府との相談もなく、イタリア領土内での非正規移民の受け入れや地中海での救助活動に取り組む非政府組織(NGO)に多額の資金を割り当てることを決定した、と聞いて驚いた」
 続けて、「ドイツ政府が資金提供する団体は北アフリカから地中海を渡る移民の『引き寄せ要因』となっている」と公然と批判し、NGOに支払う資金は「ドイツ国内での移民支援にあてるべきだ」との見解を述べた。

 これを受け、ドイツ外務省は「連邦政府は現在、連邦議会が定めた財政支援を実施している。これは、海上での民間海上救助と、海上で遭難から救出された人々のための陸上での支援の2つのプロジェクトで、該当する組織にそれぞれ40万ユーロ~80万ユーロ相当の資金が支払われる予定である」と説明した。

移民は難民である

「移民」には国際法上の定義はないが、国連経済社会局「UN DESA」の人口部は「本来の居住国を変更した人々全て」とみなしている。ランペドゥーザ島に上陸した人々は、この意味で移民であるが、同時に難民申請予備軍でもある。EUが〝非正規〟の移民を受け入れ、国内問題を抱えてまで取り組む理由はここにある。彼らが「庇護希望者」となった原因は、アフリカ諸国の政治不安である可能性があり、その場合、亡命する権利を持つ「政治難民」とみなすこともできるからである。内戦やサヘル地域でのイスラム過激勢力のテロなどは年々悪化している。

「難民」は、難民条約(1951年)第1条で「人種、宗教、国籍もしくは特定の社会的集団の構成員であることまたは政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けられない者またはそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まない者」と定義されている。審査により難民と認定された場合、さまざまな難民の権利を得る。
 難民条約第33条では、難民と認定されるまで、また生命の危険が生じる可能性がある場合、庇護希望者を送還・追放してはならない、と規定されている(「ノン・ルフールマン原則」)。従って、「不法移民」であっても彼らを強制送還することは、国際法違反になる可能性がある。

 EU内での「移民の分配」を拒否するハンガリーやポーランドが「連帯性の欠如」の非難を受け、のどもとまで出かかっている「強制送還」という言葉が、メローニ首相はおろか他の欧州の首相から出ないのはこのためだ。移民らは難民認定されるまでは、保護された国で保護される権利があり、しかも保護国は彼らを人道的に保護する義務がある。
 ドイツが法的に認めているのは政治難民のみで、経済的理由や一般的困窮は「明らかに理由がない」とし、難民申請の対象としていない。偽造証拠を根拠に難民申請した場合も受け付けられない。

 難民条約は「政治的に迫害される者」(政治難民)を庇護し、「危険に晒される国」に「退去強制してはならない」と定めている。「政治的に迫害」とは「人種、 宗教、国籍もしくは特定の社会集団への帰属の理由でまたは政治的信念の理由」で「生命または自由」が危険に晒される状態(生存上の危機)を指す。

 問題は、この経済難民と政治難民といった区分けが、アフリカの恒常的な経済的、政治的不安定を鑑みると、ほとんど無意味になっている、というところにある。欧州を目指す移民の多くは、すでにアフリカで難民として庇護されていたのだが、保護国でも、さまざまな困難にあい、さらなる保護国を探している、という状況である。亡命先でも生活に困窮し、「豊かな欧州でまともな暮らしがしたい」移民に対して、「政治的」「経済的」理由をどこで線引きするか、という議論自体が不毛ではないか。

寛大な社会的福利厚生

「できることなら時計の針を2015年に戻したい」――。
 メルケル前首相に前述のように言わしめた「移民危機」が、ドイツで再燃している。

 2022年のドイツの移民数は140万人となり歴史的最高値に達し、難民申請も244・132で前年の190・816人と比べると27.9%増だった。
 連邦移民・難民局によると、今年8月までの申請数は20万5000人で、同月前年比でなんと77%増となっている。これは書類上の数値で、申請を待っている移民は含まれていない。ちなみに、昨年2月に勃発(ぼっぱつ)したウクライナ戦争で生じた820万人の難民のうちの110万人が、ドイツに難民として登録されているが(2023年7月時点)、「正式な政治難民」である彼らは別枠となる。ウクライナ難民のほぼ半数が「ドイツでの正式な滞在を希望」しているという(『ターゲスシャウ』2023年7月23日)。
 ウクライナ難民以外の「庇護希望者」の保護率は約52%だが、半数弱が即座に送還されるわけではない。2023年前期に送還された難民申請者は7861人だった。

 ちなみに、2021年、独政府が国外追放を命じた庇護希望者は1万1982人で、1人につき約20万ユーロのコストがかかっていたという(フォーカス電子版/2022年3月9日)。例えば、ジンバブエ出身の人物は、4人の連邦警察官が同行しチャーター機で送還される、といった具合に、送還も馬鹿にできない費用と手間がかかる。
 しかし送還が可能なだけまだましともいえる。身分証明書の無い「無国籍者」は、送還しようにも不可能である。2022年、正式に認定された無国籍者は3万人で、2014 年の 2 倍となった。加えて9万7000人の「正式に認められていない」国籍不明の庇護申請者がおり、無国籍状態のまま10年以上もの滞在者するものもいる、というから驚きである(ターゲスシャウ)。

 難民認定がいったん却下されても、すぐに強制送還されることはない。人道的な観点から、法的、事実上、または人道上の理由により国外追放を一時的に停止するという「寛容」策がとられているからだ(居住法第60a条)。日本の「仮放免制度」に相当する。寛容期間は2年半(30カ月)だが、この間、様々な要件を満たした場合、居住法第25条に従って、持続的居住許可を申請することもできる。
 亡命手続き中、または申請が却下された後の外国人には、月額、住居費と食費込みで独身者410ユーロ、配偶者369ユーロが支払われる。
 フランスは、これより若干高く、月額一律420ユーロで、フランスがドイツに次ぐ人気のゆえんである。ドイツでは、難民認定されると、難民給付金として、生活費、独身者502ユーロ、配偶者451ユーロに加え、住居費、健康保険、語学習得などの総合支援、児童手当などの手当がつく。一人頭月額400ユーロ、24万人でざっと計算すると、ドイツの移民費用は月額約100億ユーロ以上となる。

 世論調査では、ドイツ国民の大半は「制御されない不法移民の大量受け入れに反対」という結果が出ている。注意すべきは、欧州人の怒りは直接移民に向かってはいない、ということだ。欧州に貧困国からやってくる移民は、祖国を不当に奪われた可哀想な人々と一般的に理解されているおり、むしろ、怒りの矛先は「国境を守ろうとしない」各国の左翼的な政府や政治家らに向けられている。
 それもあってか、ドイツで唯一「不法移民反対」を掲げるAfD(ドイツのための選択肢)の人気が止まらない。2015年の「移民危機」でその存在が知られるようになり、2017年には初の全709議席のうち、94議席(12.6%)確保を成し遂げると同時に第3党となった。コロナ禍でも「強制は基本法違反」と、全国民へのワクチン義務化に異を唱えた唯一の政党で、これに賛同する市民の支持を得ることになった。


 先月10月のヘッセン州とバイエルン州の州議会選挙で、AfDはバイエルン州で14.6%(4.4%増)、ヘッセン州で18.4%(5.3%増)を獲得するという結党以来の快挙を成し遂げた。ちなみにバイエルン州で、SPDは8.4%(1.3%減)と緑の党は14.4%(4.7%減)、ヘッセン州では、SPDは15.1%(1.3%減)と緑の党は14.8%(5%減)といった「痛ましい損失」を見る結果となった。バイエルン州の「ソウル政党」ともいえる地域政党キリスト教社会同盟(CDU)はここ数十年で最悪の選挙結果となった(ハンデルスブラット/2023年10月9日)。
 経済的に特に重要な2つの州の選挙結果によって、「どうせ地盤は(極右の多い)旧東ドイツの州のみ」、という神話は崩れ去り、「西側」市民らによるAfD受け入れの姿勢が明らかになった。

難民問題の根本は「文化闘争」

 EUの移民問題は「内戦」を彷彿(ほうふつ)とさせるようなただならぬ様相を呈している。「国家主権を守る」という価値と「国境をなくし、〝人権〟を守る」という価値の戦いである。
 イタリアのサルヴィーニ副首相は、120隻のボートが一気にやってくるというのは「戦争行為に等しい」としている(『Tichy』2023年9月19日)。
 フランスの保守政党「Reconquête!」(レコンキスタ)代表のダミアン・リュー氏は、「これは侵略だ。不法移民は欧州を不安定にするための武器として使用されているのではないか?」と、島を訪問した際にXで伝えた。

 ドイツの著名な起業家で、セレブ界隈に通じ、キッシンジャーやタッカー・カールソンなど著名な人物らと交流をもつグロリア・フォン・トゥルン・ウント・タクシス氏は、EUの移民問題を次のように見る。
 ランペドゥーザ島で起こっていることは欧州の危機だが、欧州の支配階級は移民を受け入れるべきだ、という観点から、現状を肯定している。また、現在起こっていることは、政治的に画策された民族移動で「欧州の政治階級が自ら欲してそうなっている」のだ、イタリアが放っておかれるのはこのためだ、と、EUの官僚や政治家など「何も声をあげないイエスマン」らの無責任を辛辣(しんらつ)に批判した。

 一方で、欧州の保守系論客たちは、文化圏の違う場所からの大量移民による「欧州の死」を懸念している。今のドイツは、溺れる人を助けようとして共倒れしてしまう人に似ている。まず自国がしっかり機能し強くなることで、「助けが必要な人々」に手を差し伸べる、というのが正しい行いだ。飛行機でアナウンスされる緊急時の対応でも、最初に自分が酸素マスクを着用するように説明されることを思い出すまでもないだろう。
 移民の最大の問題点は、国民国家という概念が崩壊するリスクを孕(はら)んでいることにある。マルチカルチュラリズムなるものが破たんせざるを得ないことは、欧米の歴史が示す通りだ。「チャイナタウン」「イスラムタウン」などは、その土地に溶け合っているのではなく、並行に存在する自治区のようである。この自治区が調和的に振る舞えばいいのだろうが、残念ながらそうはならないことがほとんどだ。

 まだ、平和な日本に住んでいる日本人にはそのありがたみが分からないかもしれないが、安全な社会というのは、何にも代えがたい公共財なのである。そもそも「マルチカルチャー」という用語自体が矛盾している。文化の本質は固有性にあり、文化が混ざり合えば、それはもはや別の何かに変わる。無論このようなことは古今東西で起こることだが、問題は「それでいいんですか?」ということだ。
 ドイツは、今のペースで移民を受け入れれば、二重国籍者が常態化し、「米国化」が進むだろう。ドイツ人としてのアイデンティティ、自覚、誇りは風化する。「地球市民」らしいが、自分は何者なのか、という問いに答えは見つからず、心のよりどころとなるような故郷はどこにもない、という状況に陥る。「なんでもあり」は、社会規範が欠落し、価値観が喪失した状態(アノミー)と同質のものだが、そうなると人々は生きる希望を失っていくだろう。いわゆる〝先進国〟で麻薬などの依存症が横行することと無関係ではない。

 日本も対岸の火事ではない。「移民割合がG7で最下位」という「恥の文化」に訴えかけるプロパガンダにのり、「やっぱり日本は遅れている」などと移民政策にとびついてはいけない。移民がひとたび流入すると、その影響は子供や孫の代にまで及ぶ。移民政策は根本的に悪いものではないが、日本人に対する割合、移民の職業的専門性、文化的摩擦の可能性への熟考は必須だ。「少子化」や「労働人口減少」の解決策としての移民政策を行い、手っ取り早く「数値で解決」などといった暴力的で短絡的な政策など論外だ。「少子化は困る」と言っても、人口が多ければ多いほどいい、というわけではない。
 北欧の国など、少ない人口で豊かさを保っている国は山ほどある。日本が目指すべきは、量ではなく質を考慮した長期戦略であるべきだ。日本は今の欧米のようになるべきではない。日本が日本であり続けるためにも、日本国民ファーストで政治が行われることを心から希望する。
ライスフェルド・真実(マサミ)
1970年、福島県生まれ。東洋大学短期大学文学科英文学専攻卒業。ゲオルク・アウグスト・ゲッティンゲン大学M.A.修了。専攻は社会学、社会政策(比較福祉国家論)、日本学(江戸文学)。在独25年。東日本大震災を機に国家とは何か、等についての思索を続ける。

関連する記事

関連するキーワード

投稿者

この記事へのコメント

コメントはまだありません

コメントを書く