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【ロバート・D・エルドリッヂ】中国が仕掛ける浸透工作の名著~『政治的戦争:中国の「戦わずに勝つ」計画と戦うための戦略』の重要性

中国が仕掛ける「政治的戦争」への無知

 『政治的戦争(Political Warfare)』(※)の著者であるケリー・K・ゲルシャネック氏は、米海兵隊の勤務時代、私の主要なメンターの一人だった。幸運にも、当時の組織内にはかなりの数の指導者がおり、機敏で知的志向が高い彼らの多くはゲルシャネック氏が取り組む問題(中国共産党政権の脅威)を理解していた。だが、誰もゲルシャネック氏ほど、抜きん出てはいなかったと言える。
※)英文のみ。

 ゲルシャネック氏は35年間、政府と軍に所属、そのほとんどをアジアで過ごしている。アジア地域の情報活動に関する米国の最高の専門家であると言っても過言ではない。

 彼は私にとってのメンターだけでなく、私が海兵隊に関わる理由にもなった人だ。偶然の出会いともいえるのだが、およそ20年前、在京米国大使館で行われた当時の米海兵隊太平洋軍司令官、フランク・リブッティ中将との会合で初めて話をした。たまたまその日、会合の主催者であるリブッティ中将の到着が遅れたため、海兵隊から退官し司令部の文官として同行していたゲルシャネック氏と、待ち時間の間にかなり話をすることができたのだ。今思うと、中将の「遅刻」に感謝するしかない。

 さて、その日の意見交換は、私の目を丸くさせるものだった。それまで、日米関係の学者や専門家としての私が軍や政府と交流する際は、準備された答えや原稿の読み上げの繰り返しで回答が制限される傾向にあった。ところが、ゲルシャネック氏は違った。彼は私に対して、そして私の質問、私の前提、私の議論…全てに挑戦を仕掛けてきたのだ。

 私たちは激しく議論を交わした後、私はゲルシャネック氏と彼の同僚に高い敬意を払って帰路についた。そして、その結果、私はハワイで1回、沖縄で1回、フルタイムで海兵隊と一緒に働くことになった。ゲルシャネック氏は特に最初の勤務期間(2004年から05年)に関わり、2回目の勤務時は、遠くから私を指導してくれた。

 このように同氏とは親しい間柄ではあるが、今回彼の著作の書評を書いたことは、それとは関係はない。なぜなら、本書そのものが実に素晴らしい内容だからだ。また、その指摘している内容の重要性も現代世界と日本にとって大変高い。

 東京の米国大使館でゲルシャネック氏に会ってから13年後、私は別の海兵隊の中将に彼の政治顧問として同行し、大使館の幹部たちに会った。そこで私は日本における中国の影響力の大きさについて尋ねた。そのとき、幹部の多くは、「中国は影響力を有していない」と言い切った。

 私はそれを聞いたとき、ゲルシャネック氏が本の中で、米国の人々の中国に対する認識の甘さを指摘し、また、中国の脅威を知ってもらうため、海外の政府や軍隊、企業のために働かけていることについて述べているのと同じ不満と怒りを感じた。彼の述べる通り、多くの米国政府高官や官僚は「政治戦争」を全く認識していないことが、改めてわかったのだ。

中国共産党による過去に類を見ない規模の「政治的戦争」

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あらゆる手段で「戦争」を仕掛けてくる中国
 そういう意味でも、過去70年間、共産主義国である中国の「戦わずに勝つ(Win without Fighting)」戦略を分析したゲルシャネック氏の著作は、政治的戦争や、それに対して包括的に戦う方法に関するテキストの古典になるだろう。

 「政治的な戦争」とは一体何か。それは政治、経済、外交、文化、情報、軍事、準軍事といった、あらゆる形態の圧力を駆使する手法だと考えればいい。

 ゲルシャネック氏が明らかにしているように、中国共産党は、国内でその地位を守り、国際的に必要な地位を促進するために、すべての国、特に日本と米国に対して、そして自国民に対して、24時間、週7日、年365日、政治的戦争を仕掛けている。

 中国は世界規模で政治戦争に従事できる財源と人材の両方を有している。そして、明らかに、その意志を持っている。いくつかの調査によれば、中国は世界的なプロパガンダ展開とメディアへの影響力行使の取り組みに一千万人以上の人々を投入する可能性があるとのこと。過剰な数字に聞こえるかもしれないが、むしろ、控えめな見積もりとも思える。

 中国による政治戦争の成功は、同国の人権問題、新しい「戦狼外交(Wolf Diplomacy)」における攻撃的な姿勢、一帯一路のイニシアチブの強引な拡大、世界保健機関(WHO)を含む国際機関からの台湾の締め出しや武漢ウイルスの起源の隠蔽(いんぺい)など、自国に対する様々な問題への批判を「封殺」している現状などに見ることができる。

 政治戦争の最も陰湿な側面は、それが〝目に見えない敵〟であり、意見や思考、そして最終的には組織や国の政策や方向性を乗っ取り、影響を与えるということだ。

 もちろん、それは今に始まったことではない。しかし、現在の規模で人や資源、技術を動員する能力に関して言えば、過去にない新しい方法であるともいえるのだ。

先駆者=ジョージ・ケナン

wikipedia (4846)

共産主義の脅威に警鐘を鳴らしたジョージ・ケナン
via wikipedia
 このように共産主義・全体主義と、自由・民主主義の間の冷戦中のイデオロギーの戦いは、政治的戦争の究極の例と言える。

 ゲルシャネック氏が高く評価する、ジョージ・ケナン氏は、戦後初期にソ連が提示した脅威に対する警告を発した数少ない米国人の一人であった。特に1948年4月の報告書「組織政治戦争の発足(The Inauguration of Organized Political Warfare)」に対して、米国の対応を披歴した主な声の一つであると正当な評価を下している。

 ちなみに私事になるが、ケナン氏の日本観は、日本調査の関係で博士論文の助けを借りること大であった。また、101歳まで生きたケナン氏の人生の残りの何年間と付き合ったこともある。尊敬の念を込めて、私の息子に、彼の名前(ケナン)を付けたほどだ。

 もちろん、この報告書が発表されたときは中華人民共和国の確立前であったが、中国大陸の内戦が悪化するにつれ、ケナン氏の指摘が実現するのは時間の問題だった。また、1948年9月に起こった北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の開戦前であったことも付言しておく。

 ケナン氏は、国務省の政策企画室の最初のディレクターとして、日本の調査から帰国したばかりで、経済状況、労働組合の過激化、政治情勢、そして、その敗戦で占領国となった日本の内政の治安などをとても懸念していた。彼は、米国が占領政策を間違えたら、日本は共産主義国に奪われかねないと。
 
 もちろん、日本に対する外部の脅威はあったが、実際の脅威は内部にあった。日本(及び他の国)が国内での回復力を得なければ、共産主義の浸透や他の形態の政治的戦争に対して脆弱になるだろうと予測していたのだ。
 今日も同じことが言える。日本、米国、その他の国々は、共産主義の兄である旧ソ連が出あったのと同じ運命を避けようとしている中国から受ける政治的戦争に対して、非常に脆弱なのだ。

深刻な日本への浸透工作

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日本への浸透工作はより深刻だ
 中国による日本への浸透工作は、多くの人々が考えているよりも深く手が及んでいる。なぜなら、欧米と比べて実際に日本やアジア諸国では中国人が簡単に社会に溶け込むことができるからだ。

 例えば、こんなことがあった。

 日本に住むあるカップルが、私が参加した懇親会に現れ、関西で不動産事業を立ち上げたという。彼らは日本人の知人と一緒にいたので、最初は日本人だろうと思い接していた。男性のほうは、今思うと日本語を流暢に話すことはできなかったが、ビジネスのために日本名を使用していたのだ。結果的には彼らが中国人とわかったのだが、こういったケースは日本では多く見受けられるであろう。
 
 中国の工作は、時により公然と行っている場合がある。

 例えば、首相官邸近くのホテルで行われたイベントで、元外相や当時の外相、閣僚を含むレセプションであったにもかかわらず、中国大使館の2人が自由に動き回る様子を見て、私は驚いた。彼らの動きを警戒する人が誰もいなかったからだ。

 途中、彼らは私(おそらくそこにいた唯一の米国人だった)と会話の中で、彼らが中国に属していると主張している尖閣諸島について激論を交わした。中国や中国大使館で議論をするとは別に、日本の外相の目の前で、日本政府と密接に結びついているイベントのレセプション中でのことだ。私は後に私の怒りを文書で伝えるために、外相(当時)に彼らの言動をメールで詳述したが、外相からの返事はいまだ届いていない。

 このような問題の先頭に立つべき外相から何の反応もなかったということは本当に驚きだ。強く疑われているようにハニートラップを含む中国の浸透工作下にその外相を含む政府要人や他の機関の役人、学者、ビジネスリーダーも含まれているのかと疑わざるを得ない。残念ながら今は知る方法はないが……。

 ハニートラップという戦術や、政治家や役人に利益を供与し、妥協させる状況に置くことは、中国によって頻繁に採用されている手法だ。日本の大学教授で、有名なコメンテーターが、コロナ前、中国の学会を訪れた際、彼に対する同様の試みがあったと、聞かされたことがある。また、ある保守系の女性政治家は昨年12月に会った際、国会の男性同僚の半数以上がハニートラップにかかり、その結果、中国に対する姿勢が明らかに変化したとも語ってくれた。

 興味深いことに、ジョン・ラトクリフ国家情報長官(トランプ政権時代)は、米国でもハニートラップされた政治家や影響力のある指導者の数が千を超えると発言している。私はその数字はもっと多く、また、別の方法で関与している人を含めたら、それこそ信じられない数に上ると確信している。おそらくゲルシャネック氏も私の意見に同意するだろう。

 政治家には、いかなる不正行為でも自己申告することが義務づけられている官僚や軍人といったセキュリティ・クリアランスを持つ人々よりも、より強い基準を課さなければならない。しかし、前述した女性政治家が告白した政治家の1人は、安倍晋三前政権の閣僚で、今の菅義偉政権にも留任しているという。これらの政治家は法律をつくることに関与しているだけでなく、場合によっては内閣の大臣、副大臣、または大臣政務官として、その法律の実施にも関わっている。彼らはその職に任命される際、審査を受けたはずだが……。

日米の指導者は本書をすぐに読むべし

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すぐに読むべし!
 ゲルシャネック氏の著書は対日工作についての紹介をしておらず、米国の同盟国であり、日本にとっても重要な国であるタイと台湾に対する中国の政治的戦争に焦点を当てている。ゲルシャネック氏には最終的に日本(特に沖縄県)、フィリピン、太平洋諸島諸国、オーストラリア、インドネシア、スリランカなど他の国々を見て、研究を拡大することを願っている。残念ながら、検証すべき国が多すぎる。

 もちろん、対日工作について直接言及されていなくとも、本書は、そのフレームワーク(枠組み)およびモデル(手本)を我々に提供してくれる。今後、学者や役人は、本書の脚注と同じ詳細さでフォローアップを行う必要があるであろう。

 本書はシリーズの第1巻になるだけでなく、『現在の中国的政治戦争(Journal of Current Chinese Political Warfare)』と呼ばれる新しいジャーナルの基礎を形成することも考えられる。このような実務家や学者のために四半期に一度、または年に2度などでジャーナルを発行してゆけば、誰もが問題を考察し、対処するための情報やネットワークを共有することができる。

 本書は、9つの研究章(メインパート)と、序文、まえがき、および5日間の反中国政治戦争コースのカリキュラムを紹介する付録で構成されている。これはとても複雑な問題であるため、今後のコースやプログラムのカリキュラム全体の拡大・発展の必要性があると思われる。

 第1章は中国による政治戦争の概要を紹介、第2章は用語と定義を提供、第3章は中国の政治戦争の歴史、第4章は中国の政治戦争の目標、方法、手段および戦時支援、第5章と第6章はタイに対する政治戦争の概要と現代的な分析、第7章と第8章は台湾の文脈における同様の議論、そして第9章は結論と勧告について述べている。

 実に重い内容だが、同時に賞賛に値するものだ。たとえ2018年、スーザン・A・ソーントン東アジア太平洋担当国務次官補(当時)が、米国において中国による影響力作戦の「証拠」が見つかっていないと否定したとしても、本書を読めば、読者はすでに何が起こっているか、確実に気づけるはずだ。否定する意見があるとしたら、その中には無知からくるものもあれば、傲慢に基づいているものもある。
 
 ゲルシャネック氏はこう書いている。

 《(事理に)精通した若い外交官は、国務省の企業文化で成功する方法について上級外交官から手掛かりを得ている。中国に関する懸念を差し控えることを迅速に学ぶ人々は、一般的により多くの上級職に昇進する》

 だが、ゲルシャネック氏が指摘しているように、この種のメンタリティは、米国だけではなく他の国々のあらゆる分野でも見られる現象だ。

 中国生まれで日本人に帰化したある評論家は、中国が過去数十年を通じて米国と日本に2つの大きな嘘をついたことを指摘している。彼によれば、米国人に対して、中国は「我々は強い中産階級を生み、より裕福になる必要がある。そうすればその後、我々は民主的になることができる」と説明していると述べた。日本人には「日中の友好」を求め、「そのような友情があれば、どんな困難な状況でも乗り越えられる」と語ったそうだ。しかし、この2つの約束と、まるで正反対のことを中国は実行している。

 トランプ前政権が中国共産党の行動を暴露するために不断の努力を行ったおかげで、米国人、日本人ともども、中国の正体に関して目覚め始めている。

 一方で、バイデン米大統領は、中国の指導者、習近平と密接な関係を持ち、同様の傾向があるとみられる人物から閣僚を政権を構成することで時計の針を戻すのではないかと懸念する人がいる。

 そんなバイデン政権の閣僚は全員、本書を読むことをお願いしたい。いや、彼らは今すぐにでも読み始めるべきだ。

 問題に気づき、それでも行動しないことは、そもそも何かに気づいていないことよりもタチが悪い。しかし、中国の政治戦争の実態を明らかにし、戦うことができるようにするために、認識を深めることはとても重要だ。より目覚めた米国民は、選出された代表者に対して、多くの圧力をかけることができるだろう。

 ゲルシャネック氏は、米国とその友好国や同盟国に大きな貢献したのだ。この本の中で提起されている問題と向き合い、その勧告に取り組むか否かの判断は、それらの国のそれぞれの機関のリーダーたち次第だ。
ロバート・D・エルドリッヂ
1968年、米国ニュージャージー州生まれ。フランス留学後、米リンチバーグ大学卒業。その後、神戸大学大学院で日米関係史を研究。大阪大学大学院准教授(公共政策)を経て、在沖アメリカ海兵隊政治顧問としてトモダチ作戦の立案に携わる。2015年から国内外の数多くの研究機関、財団、およびNGO・NPOに兼任で所属しながら、講演会、テレビ、ラジオで活躍中。防災、地方創生や国際交流のコンサルタントとして活躍している。主な著書・受賞歴に『沖縄問題の起源』(名古屋大学出版会、2003年)(サントリー学芸賞、アジア・太平洋賞受賞)、『尖閣問題の起源』(同会、2015年)(大平正芳記念賞、国家基本問題研究所日本研究賞奨励賞受賞)、『オキナワ論』(新潮新書、2016年)、『人口減少と自衛隊』(育鵬社、2019年)、『教育不況からの脱出』(晃洋書房、2020年)など多数。

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