台湾の速さ、日本の遅さ

矢板 張さんは台湾「自由新報」の東京支局長時代を含めて40年以上、日本を見つめてこられました。コロナウイルス(新型肺炎)をめぐる日本の対応は、どのように映りましたか。

 あらゆる対応が後手にまわりましたね。台湾人は日本を「兄」のように信頼していますが、「兄さん、どうしちゃったの?」という感じです。

矢板 それに比べて、台湾の対応には目を見張るものがありました。新聞で新型肺炎がベタ記事扱いだった12月から対策を練り、元日には空港で訪台中国人の検温を開始。そして武漢閉鎖(1月23日)直後の25日、中台両国の往来を禁止した。台湾に滞在していた数千人の中国人観光客もホテルに隔離し、徐々に帰国させた。
 さらに驚いたのは、行政院長が1月23日に中国へのマスク輸出を禁止したこと。台湾人は約一割が中国で生活していて、両国の結び付きは日本と比較にならないほど強い。マスクを大量に購入し、中国で高値で売る人が必ず出てくると睨んだのです。

 これまで台湾がWHO(世界保健機関)への加盟を求めると、中国は「お前たちも中国なんだから、誰も相手にしない」と突き放しました。しかし今回はマスクも輸出せず、台湾が中国を相手にしなかったんです。

矢板 一方、日本では2月上旬、国内での感染拡大が懸念されるなか、兵庫県が100万枚のマスクを中国に送った。〝平和ボケ〟丸出しです。

 日本ではマスクが不足し、店頭に並んだかと思えば、一瞬で買われていきます。しかし、台湾は個人番号を使ってマスクの購入を制限しているので、そんなことはあり得ません。個人番号の下一桁が偶数の人は火曜・木曜・土曜、奇数の人は月曜・水曜・金曜に買うことができ、枚数も1週間に1人2枚までと決められている。

矢板 38歳のIT担当大臣、唐鳳(英名:オードリー・タン)氏の活躍もありました。彼は子どもの頃から〝天才〟といわれ、14歳で中学中退、19歳でIT企業を創業し、成功を収めた大物。今回、唐鳳氏の指示で薬局などのマスクの在庫、入荷情報がリアルタイムで見られるスマートフォン・アプリ「マスク・マップ」が開発されました。個人番号とも連携している優れモノです。
 WHOに加盟していない台湾は、「いざという時、誰も助けてくれない。自分の身は自分で守る」という〝緊張感〟がある。新型肺炎への対応で、日台の〝自立心〟の違いがハッキリと見えました。

失政を隠す新華社、飛びつく朝日

 日本の対応で不思議だったのは、中国全土からの入国を禁止しなかったことです。なぜ湖北省と浙江省だけだったのか。
 武漢市がある湖北省と浙江省の人たちは、中国のほかの地域を経由して海外に逃げた人も多くいます。湖北省と浙江省だけでは、明らかに足りなかった。

矢板 武漢にいたっては、封鎖前に人口の半数近くにあたる500万人が脱出していますからね。

 そんななか、中国は日本と韓国からの入国者を14日間隔離した。これ、本来は日本が取るべき対応でしょう。今になって中国は、「日本は大変ですね。ウチはもう大丈夫です」と言わんばかり。さらに感染拡大の責任すら、日本に擦り付けようとしている。

矢板 中国メディアを見ていると、新型肺炎をめぐる対応が〝美談〟に仕立て上げられています。看護師が結婚式を取りやめ、自ら志願して武漢入りした──こんな話が山ほど報じられている。情報統制や初動の遅れ、人権無視といった杜撰(ずさん)な対応を、美談で覆い隠そうというわけです。

 「中国に感謝しろ」という論調まで見られます。新華社通信は「中国は巨大な経済コストを支払った。世界は中国に感謝しなければならない」と主張し、馬朝旭外務次官も「巨大な犠牲を払って全人類に貢献した」と発言。 専門家チームのトップ、鍾南山は「感染は最初に中国で起きたが、必ずしも中国が発生源とは限らない」とまで言っています。

矢板 それに比べて、日本の報道はどうか。朝日新聞などは、ダイヤモンド・プリンセス号における対応の甘さや、小中学校への休校要請を非難したり、マイナス面ばかり強調した報道に終始。
 さらにその記事を海外メディアが取り上げ、日本批判を展開する。すると朝日などのリベラル系メディアが、「海外からも批判の声が」と報じる……慰安婦問題や南京大虐殺と同じ〝マッチポンプ報道〟を繰り返しています。
 大体、ダイヤモンド・プリンセス号はイギリス船籍で、アメリカ企業の運航。日本は日本人の乗船が多いこともあって〝善意〟で対応を引き受けたんです。経験したことのない緊急事態ですから、完璧な対応ではなかったでしょう。しかし、食料や薬を与え、医師は危険を顧みずに治療を施した。崎陽軒も4000人分のシウマイ弁当を寄付……日本のメディアはこうした〝美談〟を大きく扱いません。日本政府も「やるべきことはやった」と宣伝しないと、歴史問題のように痛い目に遭いますよ。

 台湾は日本と同じように、自国の中華航空のチャーター機で国民を帰国させようとしました。ところが、北京から「中国の航空機じゃないとダメ」と拒否されてしまった。中華航空が連れて帰ると、国際社会に「中国と台湾は別の国」というイメージを持たれるからです。

中国「愚外交」の理由

矢板 中国は災害や疫病のたびに〝台湾イジメ〟を行います。1999年、台湾で起こった921大地震のときもヒドかった。中国は赤十字を使い、「台湾は中国の一部なので、台湾への寄付は中国に送れ」と働きかけました。
 さらに台湾は「中華民国 地震支援口座」、中国は「中華人民共和国 台湾省 地震支援口座」という名で義援金を募集する口座をつくる。似たような名前の口座がいくつもあり、世界の人たちは台湾の口座がどっちなのか、見分けがつきません。まるで詐欺のような手口で、中国に善意のお金が振り込まれています。

 921地震では、日本の次にロシアが支援部隊を派遣しようとしましたが、中国から「北京の許可を取れ」と止められたこともありました。このとき、もし「台湾を助けてあげてください」と言えば、中国による台湾統一に賛成する人だって増えたかもしれないのに……中国は愚かです。

矢板 なぜ中国は、自らの利益に反する行動を取るのか。これは権力構造によるもので、独裁国家の宿痾(しゅくあ)といえるでしょう。
 独裁国家では、常に皆が独裁者の顔色を窺います。2010年、劉暁波(りゅうぎょうは)がノーベル平和賞を受賞しましたが、受賞前、中国外務省の傅瑩次官はわざわざノルウェーに飛び、受賞させないように圧力を掛けた。ノルウェーにしてみれば、要求を呑んだら国際的な批判に晒されます。傅瑩次官の行動は、結果的に劉暁波の受賞を後押しすることになりました。
 しかし、国内的には「傅瑩はやるべきことをやった」という〝アリバイ〟となり、受賞してしまった責任を回避できる。自らの生き残りのため、逆効果だと知りつつ、強硬姿勢を見せなければならない──実際に中国の外交官がそう言っていました。
 台湾に対しても、強硬に出れば出るほど、台湾人の民心は離れていく。統一を目指すなら、もっと狡猾な方法があるに決まっています。実際に台湾を「核心的利益」とし、独裁色を強めた習近平政権以降、台湾人の反中感情は高まるばかりです。

 「一つの中国」原則のことを〝一中〟といいます。かつて台湾の親中派がこの言葉を使っていましたが、いまは国民党の政治家でさえ、口にしなくなりました。台湾の平和的な統一は、もう不可能です。
 中国からの圧力が高まるほど、国際社会からは同情が寄せられます。台湾独立、香港独立という言葉が出てきたのも、その影響でしょう。

矢板 厚労省は当初、新型肺炎の感染状況の報告で、台湾を中国として扱っていました。ところが、台湾人が抗議すると一日で別にした。これまでは中国から再抗議があるとまた元に戻していましたが、それもなくなりました。
 いまや台湾だけでなく、アメリカをはじめとした自由主義国全体が反中へと舵を切りつつあります。そして、日本でも「習近平 国賓来日反対」の声がこれまで以上に大きくなった。中国がいかに嫌われたかという証左でしょう。
 思い返せば1998年の江沢民、2008年の胡錦濤──国家主席来日の際、国賓待遇を反対する声は上がっていませんでした。しかし、習近平は違う。情報統制の強化、チベット・ウイグルでの人権蹂躙、東・南シナ海での国際法を無視した振舞い……韜光養晦(とうこうようかい/才能を隠して、内に力を蓄える)は過去のものとなり、世界覇権への野心を隠さなくなった中国の脅威に、日本人も目を覚まし始めたのです。

 中国全土からの入国禁止に踏み込めずにいたのも、習近平の国賓来日と東京五輪を考慮してのことでしょう。しかし、どちらも日本人の生命には代えられない。

矢板 中国全土からの入国を止めれば、習近平も、中国選手団も入国できません。一度、入国を止めてしまえば、目に見える改善がない限り、再開することは難しい。
「安倍政権は自分のメンツのために国民を蔑ろにしている」と思われても仕方ありません。

悪魔からお小遣いをもらうな

 経済面では、「チャイナ・リスク」が顕在化しましたね。

矢板 中国に生産拠点がある企業は製品がつくれなくなり、中国市場に依存している企業は製品が売れなくなる。

 トヨタは中国市場における2月の新車販売台数が、前年同月比で70%以上減だとか。日本車メーカーの中国での生産は、トヨタが140万台/全905万台、ホンダが155万台/全517万台と決して少なくなく、部品も他国と比べて中国からの調達比率が高いようです。

矢板 現地で中国人を雇っている企業も、従業員に新型肺炎への感染が確認されれば、責任を取らされかねません。それだけでなく、裁判にかけられるかもしれない。もちろん、中国の裁判で勝つことはムリです。
 台湾では李登輝(任期:1988~2000年)や陳水扁(2000~2008年)の総統時代、自国企業の中国進出を抑え込んでいました。しかし、国民党の馬英九(2008~2016年)になって、中国進出が加速してしまった。
 人件費が安く、巨大な市場を持つ中国進出は夢があります。しかし、あまりにもリスクが大きすぎる。最近、陳水扁にインタビューをしたんですが、企業の中国進出について〝悪魔からお小遣いをもらうようなもの〟と表現していました。悪魔はいつ発狂し、何をしでかすかわからない。

 台湾は日本と同じく中国人観光客が多いですが、彼らに頼らなくてもやっていけるんです。
 中国の文化観光省は昨年8月、台湾への個人旅行を禁止しました。今年1月に行われた総統選を見据え、経済を腰折れさせ、蔡英文政権の継続を阻もうとしたのでしょう。過去の数字では、中国人観光客の台湾での平均消費額は1人・約14万円。下半期でも約700億円の損失になると見られていました。
 しかし、想定したような損失は出なかった。というのも、中国人観光客は中国の飛行機でやって来て、中国資本の観光バスに乗り、中国資本のホテルに泊まる。買い物をする免税店も中国資本。このような一括手配方式のことを〝一條龍〟といいます。

矢板 龍(中国人観光客)の頭から尻尾まで、サービスするのはすべて中国人だと。

 結果的に中国人の台湾旅行を禁止して損をしたのは中国自身で、台湾経済は〝軽傷〟で済みました。
 台湾人は中国人観光客について、「1流の観光客は、ヨーロッパでブランド品を買う」「2流の観光客は、日本でウォシュレットの便座と、薄型のコンドームを買う」「3流の観光客は、台湾で1個50円のパイナップルケーキを買う。さらに値引きさせる」と言っています(笑)。カネを使わない三流の観光客に来てもらう必要はありません。
 むしろ、中国による台湾への個人旅行禁止措置に「感謝」しなければ。中国人の訪台が盛んだったら、新型肺炎がもっと蔓延していたかもしれません。

矢板 〝一條龍〟は日本でも見られます。日本はかつて、中国人観光客を迎え入れるため、日本の歴史と地理を伝える通訳ガイドの資格をつくりました。しかし、中国人は日本人のガイドを使わずに、自分たちが連れてきたガイドを使う。そして、ガイドは大阪城を見ながら「ここは東条英機が住んでいたところです」と出鱈目を言う(笑)。

 韓国人もビックリですね(笑)。

中国依存は、もうやめよう

矢板 〝爆買い〟で話題になった銀座の家電量販店ラオックスも中国資本で、店員も中国人。爆買いしたところで、日本人には一銭も入ってこないんです。中国人が経営する薬局も増えていて、日本では考えられないような安値で販売する。すると価格の均衡が破壊され、日本の店が苦しむことになります。
 度を越した日中友好は、負の中国文化を輸入するという側面を忘れてはいけません。そして台湾のように、インバウンドは恫喝(どうかつ)の材料として使われる。日本の魅力を発信するのはいいですが、国家経済を観光に頼るのは危険です。

 新型肺炎で中国人観光客が減って、京都も銀座も静かでいいですよ(笑)。台湾最大の湖・日月潭もようやく本来の姿に戻りました。近年は中国人だらけで、歩くことすらままならなかった。話し声もケンカをしているように大きく、ほかの国の観光客が減っていたんです。
 そんな中国人観光客に対して〝防衛策〟を取ったホテルもあります。中国人がホテルの秩序を乱すということで、日本人観光客が多く訪れる土日と連休は、中国からの団体予約を受けないことにした。日本では「差別」と批判されるので、難しそうですが。

矢板 日本の経済界も新型肺炎をキッカケに、中国依存を脱却してもらいたいものです。

 とはいえ、経済界には「習近平国賓来日待望論」もあり、野党は〝桜〟を見てばかり。
 立憲民主党の福山哲郎幹事長は、3月4日の参院予算委で質問に立つと、「『桜を見る会』について質問します。時間に余裕があれば、コロナウイルスもやります」と言っていましたから……。

日台友好こそ抑止力

矢板 でも、張さんにはもっといい〝桜の会〟がありますね。

 昭和天皇が皇太子時代に台湾を行啓されたとき、台湾人は皇太子殿下が訪れる場所に桜や竹、ガジュマルを植えました。昨年10月、その苗木を日本に寄贈する目録の贈呈式を行いました。その名も〝桜里帰りの会〟。
 日本と国交がない台湾が、どのように新天皇陛下のご即位をお祝いするか考え、生まれたアイデアでした。里帰りを実現させ、日台友好の歴史に新たな一ページを刻みたい。そして、両国の絆を深めることができればと思っています。

矢板 若い世代の交流も進んでいます。いまや台湾旅行は日本の若者の定番。訪日台湾人も増え続け、2018年は470万人を超えました。単純計算で、台湾人の5人に1人が日本を訪れていることになる。

 実に喜ばしいことです。日台の強い結びつきが、中国に対する大きな抑止力となる。

矢板 張さんの新著『日本と中国はまったく違います』(産経新聞出版)には、日本と台湾への熱い思いが綴られています。張さんの〝記者人生の集大成〟を、ぜひお読みください。
矢板 明夫(やいた あきお)
1972年、中国天津市生まれ。15歳の時に残留孤児2世として日本に引き揚げ、1997年、慶應義塾大学文学部卒業。同年、松下政経塾に入塾(18期)。中国社会科学院日本研究所特別研究員、南開大学非常勤講師を経て、2002年、中国社会科学院大学院博士課程修了。その後、産経新聞社に入社。産経新聞中国総局(北京)特派員を経て、現在台北支局長。著書に『習近平 なぜ暴走するのか』(文春文庫)などがある。
張 茂森(ちょう もしん)
1948年、台湾中南部・嘉義県生まれ。「自由時報」前東京支局長。「中国時報」記者を経て79年、京都大学に私費留学、比較社会教育を学ぶ。82年、いったん帰国、83年「台湾日報」初代駐日特派員として再来日。96年、「台湾日報」の停刊により、自由時報の初代駐日特派員に就任、2017年の定年まで勤め上げる。18年より台湾「民視(フォルモサテレビ)」駐日特派員。

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