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中国から「3つのノー」を突きつけられたラブロフ外相
 2023年1月9日、中国の秦剛(しんごう)外相は、ロシアのラブロフ外相と電話会談した。両者の会談は昨年末の秦氏の外相就任後初めて。日本メディアにはほとんどとり上げられなかったが、実はこの電話会談で、秦氏は極めて重要なことを口にした。中国外務省のホームページによると、秦氏は中露関係について「同盟関係ではない」「対抗しない」「第3国に向けたものではない」と強調した。

 秦氏が口にしたこの「3つのノー」をわかりやすく説明すると、「ロシアは中国とは友達ではない」「敵でもない」「ロシアによるウクライナ侵攻を中国は支持しない」となる。「中国の対露政策は大きく変更する兆しだ」と指摘する中国のメディア関係者もいた。約1年前の2022年2月初め、ロシアのプーチン大統領が訪中した際、当時の中国の外務筆頭次官、楽玉成(らく・ぎょくせい)氏は記者団に対し、「中露関係は天井がない。終点がない。ガソリンスタンドがあるのみだ」と習近平氏とプーチン氏の会談成果を総括した。「中露の蜜月期」と言われたが、約3週間後の同月下旬、ロシアはウクライナに侵攻した。中国も徐々にロシアと距離を取り始めた。

 プーチン氏はウクライナに対する全面侵攻を決めながら事前に習近平氏にしっかりと知らせなかったことで、中国のロシアに対する不信が芽生えたといわれている。中国はロシアが全面侵攻ではなく限定的な軍事介入をすると思っていたらしく、安易に「全面的支持」の姿勢を示したことで、国際社会における中国のイメージ低下につながった。同年夏、次期外相候補に名前があがっていた楽氏は、突然中国の放送規制当局である国家ラジオテレビ総局副局長に降格された。ウクライナ情勢に対する正確な情報を事前に獲得できなかった責任をとらされたとされる。

 楽氏はロシアの専門家で、いつも厳しい言葉で米国を批判するため、中国外務省の中で「大戦狼」と呼ばれた。「戦狼」とは中国軍の元特殊部隊兵士の海外での活躍ぶりを描いたアクション映画『ウルフ・オブ・ウォー』に由来する言葉で、近年、欧米や日本を敵視する発言をまき散らす中国外交官のことを指す。
 楽氏のほか、「小戦狼」と呼ばれた人もいる。外務省報道局の副局長で、報道官も務める趙立堅氏である。実はこの趙氏も最近、国境問題を担う国境・海洋事務局の副局長に異動させられた。国境・海洋事務局は、花形の報道局と違い、あまり注目されない小さな部署。同じ副局長ポストとはいえ、左遷された感は強い。
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昨年8月、米国のペロシ下院議長(当時)の訪台は、中国にとって衝撃だった
 楽氏と趙氏の異動は、中国の欧米や日本に対する態度軟化と読み解くことができる。中国は最近、ゼロコロナ政策を転換したことで、コロナウイルス感染が国内で急拡大し、輸出をはじめ経済は大きな打撃を受けた。習政権は米国や欧州、日本、豪州などとの緊張関係を雪解けさせることで、経済を立て直そうとしていると指摘される。

 中国の外務省関係者によると、趙氏の人事異動を主導したのは、外相の秦氏である。秦氏は以前から趙氏の報道官としての態度に不満があったという。  
 特に昨年8月、米国のペロシ下院議長(当時)が台湾を訪問する前、趙氏は記者会見で「中国人民解放軍が傍観することは絶対になく、中国は主権と領土を守るために断固とした対応と力強い対抗措置をとることを米国にもう一度伝えたい」と恫喝(どうかつ)した。

 当時、秦剛氏は駐米大使として、ペロシ氏の訪台を中止するように水面下で動いていたところだった。趙氏の発言は米国を刺激してしまい、ペロシ氏訪台の背中を押したところもあり、現場の秦氏を困惑させたという。
 秦氏自身は2005年から計10年ほど、外交報道官を務めたことがある。筆者が特派員として北京に駐在した時期とほぼ重なり、筆者は毎週のように秦剛氏による記者会見に出席していた。当時、ロイター通信の北京事務所の現地スタッフを妻に持つ秦氏は、外国メディアに対してかなり理解があり、会見で挑発的な言葉を発することはなかった。
 毎年1月、外国メディアと報道官たちとの新年会があり、秦氏と何度も会話をしたことがあるが、中国外務省の報道官の中で、秦氏は数少ない本音を話す人だったという印象がある。
 
 秦氏が外相に就任したことで、「中国の外交はこれから変わる」と期待する人が筆者のまわりに多い。しかし、中国の外交を決める最高責任者は、習近平氏である。今回の雪解けは一時的なものなのか、それとも、習政権の外交方針が本当に方向転換したのか、引き続き注目する必要がある。
やいた あきお
1972年、中国天津市生まれ。15歳の時に残留孤児2世として日本に引き揚げ、97年、慶應義塾大学文学部卒業。産経新聞社に入社。2007年から16年まで産経新聞中国総局(北京)特派員を務めた。著書に『習近平 なぜ暴走するのか』(文春文庫)などがある。

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